#11 三輪山リターンズ
「あ・い・し・て・る♡」
「ぐふぉ――!」
「はい、黒崎くんの負けー。てか弱すぎなんだけど、毎回1ターンキルじゃん!」
愛してるゲームなるものをご存じだろうか。
僕は今はじめて知ったのだが、かいつまんで説明すると「愛してる」とお互いに言いあい、照れたり笑ったりしたほうが負けというものだ。なんじゃそりゃ。
僕VS沖島でそのゲームをしているわけだが、今のところ僕が5戦全敗。沖島がにやにや笑っているが、僕にそんな笑うほどの余裕はなかった――ご褒美と思ったそこの諸君、これはご褒美じゃない。拷問だ。
何が楽しくて僕のベッドの上でギャルと愛してると言い合わないといけないんだ。
「じゃあ次、黒崎くん先攻でやってよ」
「もうギブっす……」
「え、まだヨユーっしょ。ただ言葉言うだけだよ?」
からかうように沖島は言って――というかからかっている。絶対。
「ただ言うだけってなあ……。三輪山を見てみろよ」
「黙って、黒崎くん、そんな気持ち悪い目で私を見ないで頂戴」
そういえば三輪山は僕と沖島の怒涛の恋人ロールプレイングによって中途半端なところまで回復していた。どれくらいにまでなったかというと、とんでもなく冷たいくせに僕の名前は呼べるという初期状態。
初期三輪山――それでも「死ね」「黙れ」しか言えない三輪山からここまでの回復っぷりを考えれば僕が全敗した愛してるゲームも無駄ではなかったということか。
さっさと初期三輪山から友達三輪山に進化させたいところだ。
「ただ言うだけってのが僕たちにとっては難しいんだよ。三輪山は緊張で、僕は恐れっていうか――」
「恐れってそんな。大丈夫だって、ウチらダチなんだから! ウチのこと信じて!」
なるほど、確かに……。
口は災いのもと、と思っていたけれど。
僕は三輪山を見て、過剰に話すことを恐れるのもおかしいと感じ始めていたのだった。そんな暴言を吐かないでも素直に言えばいいのに――なんて、だったら自分も社交的になれと言われそうだけれど。
とにかく人の振り見て我が振り直せというか、僕も初期黒崎から進化するべきなのかもしれない。
この人にならなんでも言えるという信頼。話相手のことを信じて、僕はそこに飛び込む経験をしよう。
「じゃあ、いくぞ――」
「うん、どーぞ」
覚悟を決めろ。
沖島を信じて、三輪山の、そして三輪山のおばあさまのために。
ここでうろたえてる場合じゃない。みんな大真面目なんだ。
僕もみんなの気持ちに応えないといけない。
そういう責任も含めて、僕はこの役目を引き受けたんだろう。
「愛してる」
しーん、と。
返ってくるのは静寂だった。
でもそれは白けてしまったわけではなく、結論から言えば、僕は柄にもなくかっこつけることに成功したからだった。
しばらくして、ぷっと沖島が笑う。正確には「ぷふー!」が正しいかもしれない。
そんな笑いも様になっている。
「なーんだ、カッコイイとこあんじゃん」
僕がやっと三輪山の笑顔にたどり着けた時とは違って、沖島の笑みはいつでもそこにあった。よく笑うやつだから。
しかし今日ほど満面だったのははじめて見るかもしれない。
本当に僕がカッコイイかはさておき――いや、ほぼ沖島のリップサービスだと思うんだけどさ。やっぱ照れるよな、美女に褒められると。
「サービスでもなんでもないって。男の子としてちゃんとできると思うよ、黒崎クン」
じゃあ付き合ってくれ――うわ、さすがに気持ち悪いな、これ言っちゃうと。
もしかしたらリップサービスにさらなるサービスを重ねているだけかもしれないし。僕は沖島の言葉を受け入れないほど彼女に信頼を置いていないわけじゃない。ただ、残念な自己肯定感のせいで褒め言葉が苦手なだけだ。どちらかというと自分を信頼できていないんだな。
それはさておき――。
ええっと、なんか忘れてるような……。
「あっ。これ、沖島の負けってことじゃあ……。笑ったから――」
「ヤバ! ゲームなの忘れてた!」
あははは――と。
やっぱり沖島はよく笑うやつだ。
油断しているとまたときめきかねないから、僕は早々に目をそらした。
目をそらして――その先で三輪山と目が合ってしまった。
その瞬間に三輪山はカッと目を見開いて――。
開眼、覚醒、刮目。
完全体の三輪山澪が目覚めた。
ぶっちゃけ僕にもここの仕組みはわからないけど、とにかく三輪山は僕のことを友達として再認識してくれたっぽい。それってつまり僕と恋愛的な関係になるのは無理だわって拒絶されたことを意味するんじゃ……。
僕の渾身の愛してるでそんなに冷めてくれたのか。いや、覚めてくれてよかったけども。
「待たせたわね、黒崎くん。完全復活を遂げた私よ。会話の練習相手でもガールフレンドでもなく、友達としての私。私リターンズよ!」
まさしく三輪山。
どこから見ても三輪山。
僕の知り尽くす限りの三輪山。
「いやあ、つらかったよ三輪山。ここまで戻すのにどれだけ苦労したか。僕の勇姿を語るには一生が短すぎるぜ」
「つまり黒う崎くんは十秒後に死ぬということね」
「僕の勇姿、十秒で語りつくせるのかよ!」
「とてもよくできました」
「十文字で語っちゃった!?」
でもよかった。
「死ね」でも「黙れ」でもなく、僕の勇姿を十秒どころか十文字で語りつくす、学年一の美少女、いつも真顔で声の抑揚があまりない、口下手で緊張しいでそれでも悪いやつじゃなくて、おばあちゃんのために頑張っている――。
僕の友人、三輪山澪そのものだった。
「よかったー。みおっち戻らなかったらどうしようかと思ったんだから」
「ふん、私が私を忘れるなんてあるわけがないでしょう。たとえおばあちゃんがどんな勘違いをしたとして、この私が黒崎くんごときを好きになるわけないじゃない」
「でもさっきの愛してるは結構カッコイイと思うけど?」
「ゼロに何を掛けてもゼロよ」
「んふふ、照れなくていいのに」
笑うブロンズに真顔の黒髪。
女子トークともなれば僕が出る幕もない。
そういえば、今スマホを確認して気づいたけれど、洋平から謝罪のメッセージが来ていた。謝罪ってほど重くもないか。別に僕も怒っていないし。
その内容は沖島に自宅の場所を教えたことについてだったけれど、沖島と三輪山が一緒なことはもう洋平も知っているみたいだ。これは沖島が説明したのだろう。
間接的にでも三輪山と洋平が関係を持ったのだし、洋平に僕と三輪山の関係を白状できる日も近いのかもしれない――。
さて。
一件落着。終わり良ければすべて良し。
残念ながら本当の終わりは明日以降だけれど、とりあえず今日はここいらでお開きになるんじゃないだろうか。三輪山は正気を取り戻したし、僕たちの会話レベルは普通の友達になったわけだから。
「そーだ、せっかくだしさ、みおっちとも一戦やってみたら?」
「一戦やるって……?」
「愛してるゲームだってば」
おいおいおい沖島さん。パリピのノリを僕らにやらせるのはキッツイぜ。
特に三輪山となんて無理じゃないだろうか。いやもう、断言する。絶対に無理。
だって三輪山はいつでも真顔なんだぞ。対して僕はチョロチョロな男だ。チョロ崎チョロ人だ。
「私は黒崎くんがどうしてもと言うのならばやってあげてもいいわ。黒崎くんの顔を見つめるなんてとても縁起が悪いけれど」
「人の顔を下駄の鼻緒みたいに言うなよ。どこも切れてないよ」
「口が裂けているわ」
「それが口だろ!」
三輪山にやる気があるのかないのかはわからないが、沖島の取り計らいによって結局僕たちは対面した。
試合会場はやはり僕のベッドの上。なぜかお互いに正座という、緊張感たっぷりの試合だった。
誰も得しない、不毛な一戦だ。
「ぶは! お見合いかっての!」
一人の部外者だけ得してたわ。
違うか。沖島はもしプレイヤー側だったとしても気楽なんだった。
無敵かコノヤロー。
「んじゃ、一回勝負ね。先攻みおっち、はい、かいしー」
三輪山は僕を睨んでいた。鋭く睨んでいた。下駄の鼻緒は切れると縁起が悪く、僕の口は切られずとも裂けているものだが、本当に切っているのは三輪山のメンチだった。
あまりにもその目が鋭いものだから、僕は甘い緊張感なんて味わうこともなく、むしろ泣くまで追い詰められていた。
………………。
………………………………。
しかも三輪山、全然セリフ言ってくれないし。
そんなに嫌なのか!? 嘘でも僕を愛したくないのか!?
しかしながらそうじゃなかった。
三輪山はやっぱり三輪山だった。
一分間はメンチを切られて、そしてその後にようやく三輪山は言ってくれた。
なんだかんだ男子を見つめることに緊張していたんだろうなあとわかる、ほのぼのとしたセリフであった。
「死ね」
ルール違反で三輪山の負け。
安心してください。
僕たちはちゃんと仲のいい友達です。




