#10 ここから先は恋愛小説になります
「サプラーイズ!」
「…………」
透き通るようなブロンドヘアーと艶のある黒髪が並ぶ。
ついこの前まで男子 (それも洋平のみ)としか話していなかった僕からすればそれはとんでもない大事件であり、困惑であり、狼狽であり、恐怖ですらあった。
5月13日土曜日。
明日は三輪山のおばあさまに会う日――締め切りだ。
そんな大切な日が近づいているというのに、昨日、三輪山が突如として僕に暴言をまき散らし、ここからどうするんだと頭を悩ませていた。
そんな中。
三輪山と沖島が我が家にやってきた。
「なんで!?」
なんで、である。本当にそれしか言葉がない。
まずはなんでアポなしで来たのか。そしてなんで家を知っているのか。あとなんで二人はそんなにバッチリかわいらしい私服を決めているのか。いろいろななんでがあったが――。
「おじゃましまーす」
と、沖島は無視した。
三輪山はというと……なんか下ばっか見てる。真顔で地面を見ている。
いや、怖い怖い怖い。幽霊にでもなったつもりか。いや、それ以上に怖いかもしれない。
「黒崎くん、こっちこっち」
「うおっ!」
強引に僕の手を引く沖島。
握手の時に感じたときめきが再び来てしまった。
しかも今回はあろうことか僕を個室に押し込んで――そこは長く放置されてる父の書斎だった――そこの扉を閉め、僕を壁ドンするという、なんとも肉食な一面を披露してくれたのだ。
もし三輪山なら、こんな状態でも真顔なのだろうか。僕はというと、何をどうすればいいのかわからずに目を泳がせながら息を止めていた。呼吸を忘れていた。
ヤバい。近い。三輪山と沖島は方向性が違うだけで学年一の美少女タイなんじゃなかろうか。
顔だけじゃなくて体も近い。胸が近い。でも逃げられない。それが壁ドンだから。
「ねえ、黒崎くん」
返事すらできなかった。
沖島はどうやら最初から返事なんて求めていなかったようで、僕の耳元で続ける。
「みおっちがああなった原因わかったよ。これ言ったの、本人にはナイショね」
どうやら三輪山に聞かせないためにこんな肉食的行動をしているだけだった。
僕のときめきを返してほしい。
「なんか、おばあちゃんに勘違いされたみたいでさ。みおっちは男の友達って言っただけらしいんだけど、なんかね――」
ボーイフレンドって、おばあちゃんはそう思ってるんだって。
まあ、つまりカレシだよね――。
僕の時間が止まった。
いや、時が止まるなんてことはありえないから、もちろん話は続く。
三輪山が突然僕に対して攻撃的になった理由、それは今までと本質は同じだった。
つまりは緊張によるもの。話すという行為に困っているがゆえの拒絶症状。
僕たちは友達としてのコミュニケーションを重ね、そしてそれによって三輪山の拒絶を薄めていった。
それが今はどうだろう。
おばあさまは僕のことを三輪山のボーイフレンドだと思っているらしく、それに対して三輪山は変な意識をしているらしく、そういうわけで緊張感も増しているらしかった。
そういうわけで、拒絶。
とりあえず僕が嫌われたわけじゃないからよかった。それは本当によかった。
そして僕の家に来たのは――沖島曰く会話の練習出張版であるらしいけれど、いやそれよりも気になるのは。
「なんで僕の家を知ってるんだ……」
「昨日、小東くんと帰ってるとこ見てさあ。ウチ、小東くんの連絡先知ってるから、彼から聞いちゃった」
いつの間に関係を築いていたんだ。
「入学して3日くらい?」
コミュニケーションができる人同士はそんな早く友達という存在をつくれるらしい。
やっぱり別次元だな……。
「く、くろ……くろ、しゃ……」
さて、そんなこんなで僕と沖島は話しているが、肝心の三輪山は頑張っている最中だった。
まずは名前を呼ぶところかららしい。
「くろさ、あ……あぁぁぁぁ! 死ね!」
そして理不尽にも僕は殺されるのだった。
「みおっち、恋愛小説好きだし、結構恋バナとかにも弱いんだよねー。だから黒崎くんが好きとかじゃなくて、恋愛という概念を意識してるってゆーか。勘違いしないでね」
「お、おう……」
思えば一回目の告白の後、聞き耳を立てていた三輪山は僕と洋平の勘違いに気づくなり勢いよく立ち上がっていた。ありえないくらい音を立てて。
だから根本的に恋愛に対しての感受性が豊かなんだろう。意外にも繊細な乙女なのだ。多分。
「くろしゃ……き、き、きゅぅ……」
「だ、大丈夫なのかこれ……?」
「うん、へーき。それより黒崎くん、見てて」
今、僕たち三人は僕の自室で話していたわけだけれど、そこには僕の勉強机とベッドが並んでいる。
ここで重要なのはベッド。なんで重要かというと――。
「ダーイブ!」
沖島が僕の寝床に飛び込んだからである。
「なにやってんすかぁぁ! いや、えっ、あっ、その……」
わかりやすくあわあわする僕だった。
いつだったか三輪山が僕に男子高校生といえば猥談みたいな不純な物言いをしていたけれど、実際のところ僕は多感な時期であった。僕どころか男子高校生なんてみんなそうだろう。
例えばギャルが自分の使用する毛布で包まっていたりしたら、今晩はその事実を意識してしまって寝られなくなるくらい、あるだろう。
「あははは! 黒崎くん慌てすぎ。マジウケる」
「ウケねえっすよ! 早くそこから出てきてください。頼むから――」
「黒崎くん――!」
と。
なぜか三輪山が声を張った。
どゆこと……?
なんで僕がわたわたしてたら三輪山が正常になるんだ……?
「んー、だからね、みおっちって恋愛小説が好きなの」
それはさっき聞いた気がする。
え、でも今これは恋愛小説じゃないし――まさか僕たちが恋愛的な行動をすることでこの場を恋愛小説にしてしまおうなんてメタなこと言わないよな。
「ちょっと似てるけどね。要はみおっちと黒崎くんから恋愛ってゆー可能性を消すの。つまり、ウチと黒崎くんがイチャラブしてる現場からみおっちと黒崎くんはただの友達なんだって事実を見つめ直すの」
「三輪山、環境に影響されやすいんだな……。でもそれと恋愛小説好きになんの関係が……」
「あ、いや、恋愛小説読んでもさ、結局キャラクター同士が恋愛するじゃん。みおっちは読み手で蚊帳の外だから、恋愛小説ではこんなにおかしくならないって言いたくて……。ごめん、わかりにくかったねー」
三輪山についての予備知識の差だった。
これは友達としての経過時間が違うから仕方ないか。
「ま、そーゆーわけで黒崎くん、イチャコラしよ!」
三輪山を正常に戻すためとはいえとんでもない荒療治である。
この場合、荒くされるのは僕な気がするけれど。