#1 断るところから始まる話
「私、いい顔してると思わない?」
それが三輪山 澪の一言目だった。
夕日が照らす体育館裏。
そのオレンジ色の光は彼女の整った顔立ちを確かに照らしていた。
通常、体育館裏なんて何もない場所に来る人はいない。
高校生活が始まってからまだ1ヶ月だが、ここで人を見たことはなかった。
というかわざわざ気にして視界に入れることがなかった。だから厳密には確認していないだけで、ここに人がいた瞬間はあったのかもしれない。
それでも、もしこんな場所に人が立ち寄る瞬間なんてベタな告白くらいだろう。雰囲気的にもそんな感じがする。
「黒崎くんは……まぁ普通の顔でしょう。だから千載一遇のチャンスだと思うのよ、これは」
彼女は二言三言と言葉を続ける。
恋の告白にしては淡白で、冷静すぎるものだった。
しかしどうやらこれはれっきとした告白のようで、夢でも幻でもなく現実の出来事らしい。
ベタな告白にしか使われない場所だが、どうやら僕はそのベタな告白を受けているらしい。
らしい――なんて思っちゃうのは、僕に恋愛経験がないからかもしれない。突然すぎてよくわからないというか……。
なんせ僕にとっては、人生ではじめて告白された経験なのだから。
こう言うと、じゃあ告白した経験はあるのかと気になるところだろうが、残念だけどそんなものもない。
「黒崎 真人くん、私に付き合ってほしいのだけれど。二度とない機会を逃すわけないわよね……? 釣り合うはずのないあなたが掴めた、この絶好の機会を」
らしい――と思ってしまう理由がもうひとつ。それは三輪山の性格だった。
この独特なワードセンス、常時上から目線の言葉。場所の雰囲気はあるのに、その言葉のせいか僕は美少女からの告白に酔うことができなかった。
僕には生きる上で気にしている言葉がある。戒めと言ったほうがいいかもしれない。
それは『口は災いのもと』だということ。
「どうしたの? もしかして私の顔面偏差値が高すぎて自分では不釣り合いだと躊躇しているのかしら。その気持ちはわからなくもないけれど、私としてはそんな些細な問題――」
「断る」
「え……?」
いくら顔がよかったって、僕は攻撃的な言葉を使う人と仲良くなることはできない。そういう人はきっと無自覚のうちに誰かを傷つけて、不幸にしているだろうから。
綺麗事にしか聞こえないかもしれないけど、それでも僕はそんな綺麗事を信じていた。
そして僕はこれからもその綺麗事を信じ続ける。
だからもし僕がここで三輪山の告白を受け入れたって、僕たちの仲が続くとは到底思えない。
そうなれば答えはただひとつ。
「三輪山の告白は、断るよ――」
三輪山は無表情で、その冷たい目だけが僕を睨んでいた。いやでも、三輪山はいつもこんな感じの無表情だったし、睨まれているような目つきも最初からだったような気がする。
「そう……。それじゃ、黒崎くん。さようなら」
泣き出すこともなく、断った理由を聞くこともなく、静かに三輪山は僕の横を通り過ぎた。
僕がはじめて経験した告白は、こんなにもあっさり幕を閉じてしまったのだ。
沈みきらない夕日はまだ地面を照らしていた。
ハッと目が覚めて、スマホを確認する。
何か嫌な予感がしたけれど、別に遅刻をしているわけじゃなかった。
そうすると、恐らくこの嫌な感じは夢のせいだ。まさか昨日の放課後を夢として追体験するだなんて。
特に三輪山が僕の横を通り過ぎたなんて寒気を覚えるくらいに嫌な感じだった。
いっそ感情をさらけ出して、僕のことを口汚く罵ってくれればまだよかったのに。ただ無表情で去ってしまうのだから後味が悪い。
僕の発言で、僕の断り方で、もしかして彼女の心に傷を負わせてしまったんじゃないかと不安になってくる。もっと言い方があったかもしれない。短く「断る」なんて言うべきじゃなかったかもしれない。
やっぱり、口は災いのもとだから――。
朝食は食べなかった。それどころか僕は朝食というものをほぼ毎日食べない。だって作るのが面倒だから。
両親は今日もいなかった。まあ別に一人は慣れてるし、むしろこの方が過ごしやすいこともある。
例えば、友達ができたか聞かれなくて済むとか……。
食事をする時間が必要ないぶん、長めに寝て――。
適当に顔を洗って、歯を磨いて、制服を着て。
それから僕は学校に向かった。
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