第七話 期待の眼差し
1話6000字〜8000字を目指して書いていますが、内容が全然進んでない…。 評価、感想等お待ちしてま〜す。
目印の場所に到着したイクス一行は直ぐに馬達を休ませ、野営の準備を始めた。イクスとジルギスは夕食の準備を、メリッサは馬の世話を担当する。
「しっかしすげぇな。バイソンウルフを瞬く間に4匹倒しちまうなんてよ。傭兵しながら5年も旅してた実力は並じゃない、ってか?」
食材を刻みながらジルギスは言う。
「そんな…別に凄くなんか無いよ。たまたま奇襲が上手くいったから良かったけど…。下手したら俺達死んでたよ」
フランシスカで薪を割りながらイクスは答える。何故フランシスカなのか?それは手頃な斧がジルギスの商品にもイクスの『武器庫』にも無かったから、仕方なく、である。
「あっ!!」
何か思い出したかの様に顏を上げたイクスを見て、ジルギスは怪訝そうな顏をした。
「どうしたんでぃ。急に大声上げてよ」
「えぇっと、あのさ…。『スネークボーン』と『タイタンブレード』返し忘れてた…。ゴメン」
イクスは申し分なさそうに頭を垂れる。
「直ぐに返…」
「やるよ」
ジルギスの言葉に目を丸くするイクス。
「え…?でも『スネークボーン』とかめちゃめちゃ高いんじゃ…」
「いいって事よ!!イクスには助けられてばっかだしよぉ。王都までの護衛も頼むんだ。それにまだ『霧霞』も貰っちゃいねぇしな。
『霧霞』、王都までの護衛と、『スネークボーン』と『タイタンブレード』。商談としちゃ悪くねぇと思うがよ。どうだ?」
ジルギスはニヤリと笑う。
「…。最高だよ!!!ありがとうジルギス!!」
イクスは満面の笑みで答えた。
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メリッサは馬に水をやり、ジルギスに渡された餌を与えていた。
「もう大丈夫だからね…よしよし」
馬の首を抱えて背中を撫でてやる。
馬の嘶く声を聞きながら、メリッサは滲み出る悔しさを隠せなかった。
(またアタシは役に立たなかった…。もう二度と無能なんて…役立たずだなんて言わせない為に魔法を勉強しているのに…)
馬の首をきつく抱きしめ、歯噛みしながら思う。
(悔しいけどイクスは強い。魔法も『マナブースト』と『圧縮魔法』(多分)しか使ってないけど、マナの練度はかなり高い。気は進まないけど、アイツに教えを請うのが今のところ一番いいのよね…)
でもやっぱりアタシにもプライドってものが…それに借りも返してないし…と呟きながらも、メリッサの思考は更に加速する。
う〜あ〜唸っていたので、背後に迫る影に気付かなかった。
「メリッサ!」
「ぅひゃう!!!」
メリッサはビックゥ!!と肩を震わせ、涙目で振り返る。
「えっと…。ご飯、出来たけど…」
そこには曖昧に笑うイクスが。
「おお、驚かせないでよ!心臓に悪いじゃない!!」
気恥ずかしさからか真っ赤になって叫ぶメリッサ。未だ目尻には涙が溜っている。
「いやだって、遠くから何度呼んでも返事しないからさ…」
え?とメリッサは耳を疑う。
(アタシ、話しかけられても気付かない位熟孝してたの!?じゃあ悪いのはアタシじゃない!イクスに当たるのは筋違いだわ…)
意外に素直なメリッサ。がしかし、驚かされたのは事実である。
「うぅ〜〜〜〜……。イクスの声が小さくて聞こえ無かったのが悪いのよ!!」
メリッサは言い訳という名の自分を正当化する為の防御壁を展開。
「え?でも馬はちゃんと反応してたけど?」
はぅ、とメリッサは情けない声を上げた。防御壁はそれほど厚くはないようだ。だが引き下がる訳にもいかないので、更なる壁を構築。
「う、馬は耳が良いじゃない!!それにさっきバイソンウルフを倒したのはアンタなんだから、余計敏感になってるのかもしれないわ!」
「そうかなぁ…。そうなのか?お前達」
馬の首や耳の裏をくすぐりながらイクスは馬達を見る。馬達は気持良さそうに目を細めるだけで何も答えない。
イクスの穏やかな表情を見て、不覚にもちょっとカッコイイかも…と思ってしまったメリッサは、慌てて話題を変えた。
「そ、そういえばこの子達の名前、まだ決めて無かったわね」
「そういえばそうだね。う〜ん、どんなのが良いかなぁ…」
イクスとメリッサは馬達を見る。1頭は栗毛の牝馬で、もう1頭は黒毛の牡馬だ。
「よし、牝馬は『メリッサ』に決定。同じ栗毛だし」
イクスがそう言うと、メリッサに殴られた。
「なによそれ!!き…」
そこまで言って、メリッサが押し黙る。
「き?」
イクスが繰り返すと、慌ててメリッサが口を開く。
「アタシの方が黄色がかってるわ!一緒じゃない!!」
「ぷっ…くく…冗談だって。そんなムキになるなよ」
イクスが口元を押さえて笑っていると、メリッサは更に顏を赤くして、後ろを向いて歩き出してしまった。
「…ヨハンとルー」
歩きながら、メリッサは呟く。
「え?」
「だから、ヨハンとルーよ。牡がヨハンで牝がルー。これでいいでしょ?」
するとそれに同意するかの様に2頭が嘶く。
「へぇ。良い名前じゃないか。良かったな!ヨハン、ルー」
2頭が嬉しそうに嘶くのを見て満足そうな顏をするイクスを振り返って見たメリッサは軽く微笑むと、イクスに向かって叫ぶ。
「もうご飯なんでしょ!?早く行くわよ!!」
「あっ、待ってよ!」
イクスが追い付くまで、彼女はクスクスと笑い続けていた。
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食事を終えた3人は火を囲って色々な話をしていた。とは言っても、イクスが旅した地についての話が大半だが。
「あ。そういえば俺、メリッサとちゃんと自己紹介してないな」
「…そういえばそうね。アタシはメリッサ…。メリッサ・ソルクランよ。アンタは?」
「俺はイクス・ハイド・カリヴァディア。宜しくね」
「…?イクスって貴族なの?」
「え!?違うよ?」
「じゃあ何で『二つ名』があんのよ」
「お、そういやおれっちも気になってたんだ。イクスはジパングの貴族じゃねぇのか?」
「残念、貴族じゃないよ。昔父上が功績を立ててね。その名誉を讃えて、って感じかな」
旅を始めてから5年間吐き続けている嘘。嘘に父上を引き出すのは胸が痛いが、これも目的を果たす為の布石だから仕方ない。
「ふ〜ん。イクスの親父さんはすげぇんだなぁ!何で手柄を立てたんだ?」
「武勲だよ。父上は槍の名手だったからね。さて、そろそろ水浴びでもして寝ようよ。話尽きちゃうよ」
イクスは苦笑する。これ以上話してしまうとボロが出そうなので、いつもこれくらいの情報しか与えない事にイクスは決めているのだ。
「え〜〜〜〜。つまんねぇなぁ」
「オッサンが『え〜』とか言っても可愛くないよ」
イクスが冷ややかに応える。
それを聞いたジルギスは頬を膨らませ、両方の人差し指を立てて頬に当て、小首を傾げてみせた。
「これならどうでぃ?」
それを見たメリッサが腹を抱えて大爆笑し、ジルギス、イクスもつられて笑った。
「ぶふっ…くくく…うっ…ぷはぁっ!!くぅ…ぶっくく…………ぜっ…ぜっ…久々にこんなに笑ったわ、アタシ」
涙を拭いながらメリッサが言う。
「俺もだ。こんな下らない事で爆笑したなんていつ以来かな」
イクスは穏やかで、それでいて哀しげな目をしてそれに続けたが、その表情は一瞬の事だったので二人に気取られる事はなかった。
「ふふん、おれっちの迫真の(?)演技のお陰だな!」
「演技としては陳腐過ぎるけどね」
未だ笑いながらイクスが返答する。
「さ、そろそろ本当に寝よう。明日からは昼までジルギスが手綱を握るんだから、しっかり休んどいてよ」
「おぉ、そうだなぁ。んじゃ、お言葉に甘えて水浴びして来るかね」
そう言って立ち上がりかけたジルギスの腕をメリッサが掴む。
「どした?メリッサ」
「…アタシが先」
ジルギスは暫く首を傾げていたが、何かに思い至ったのか相槌を打った。
「おぉ、『れでーふぁーすと』だな」
その言葉にメリッサは軽く頷く。
「そ。イクスも一緒に来てね」
「…?何で俺も?」
メリッサは顏を赤くして言い淀んでいたが、直ぐに答えた。
「か、仮にも女性がは、裸になるのよ!?護衛よ護衛!!見たら殺すからね!?」
なるほど、とイクスは思った。
「大丈夫だよ。メリッサみたいに起伏のない女性に欲情するほど堕ちてな…な……」
メリッサは両拳を握り絞めてうつ向いていた。その身体からはドス黒い殺気が漂っている。
イクスの額から変な汗がつ、と垂れた。
(な、何だこの師匠と試合した時みたいな強烈なプレッシャーは!ここまでの殺気を何でこんな子が放てるんだ!?)
イクスは物心付く前から師匠の元で鍛えられて来た為、女性との交流が極端に少なかった。それ故に、女性のタブーが一体どういったものか理解していなかったのだ。
メリッサが顏を上げた。その目は虚ろで、何の感情も内包していない。
「メ…メリッサ!?」
「………………………いっぺん………死んで来いやあぁああぁアァァァ!!!!!」
「ごっ…!?」
『マナブースト』を全開にしたメリッサの拳がイクスの溝尾を捉えた。その速度は正に神速。空気すら切り裂き、打撃音が聞こえるまで数秒を要した程だ。
イクスはとっさの判断で身体の前に『タイタンブレード』と『斬馬刀』を出したが、簡単に砕かれた。仮にも2本で厚さ5センチは裕に越える鉄の塊が、である。
後にイクスは、『残像すら捉えられない拳なんて師匠以外に初めて見た』と語ったそうだ。
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「いい!?覗いたらさっき程度じゃ済ませないから!!」
「あい…」
イクスは今、川原の大きな岩の後ろでガタガタと震えていた。
(お、恐ろしい。怒った女性がここまで強いとは…)
「何か言った?」
「いえ…」
考えが読めているのかと思う程に敏感。いやはや、女性とは全く恐ろ…
「だから、何か言った?」
「いや!?何も言ってないよ!?」
この事を考えるのはもうよそう、とイクスは思った。幾度となく死線をくぐり抜けて来たイクスの直感が警告を告げている。
イクスは軽く溜め息をつくと岩肌に背を預け、瞑想を始めた。
暫くそうしていると、背中から声がかかった。
「ねぇイクス」
「ん?どうかした?」
振り返ろうとしたが、きつめの声で制される。
「だっ、ダメ!!裸なんだから、こっち向かないで!!」
その声を聞いたイクスは一瞬固まり、再び前を向いて目を閉じた。岩を挟んだ反対側には一糸纏わぬメリッサがいるのだと思うと何だか不思議な気分になった。そう、これはのぼせる一歩手前の感覚と似ている。
「あのね…アタシ…」
「うん…」
妙に鼓動が速い。いつも瓢々としていながらも冷静でいると自負しているイクスからしてみればあり得ない事だった。
イクスの沈黙を先を促すよう催促していると判断したメリッサは更に言葉を紡ぐ。
「アタシ……アンタに、ま…」
「ま?」
「ま…魔法、教えて欲しいの」
消え入る様に囁かれたその言葉に、イクスは硬直した。
沈黙を否定と受け取ったのか、メリッサの口調はまくし立てるかの様にどんどん速くなる。
「差し出がましいって事くらいわかってるわ。でも身近に魔術士なんていないし…それにアンタの魔法は未熟者のアタシから見ても中位以上だったわ!!だって『圧縮魔法』が使えるんだもの。お願い!アタシに魔法を教えて!!!」
イクスの額を、頬を、汗が滝の様に流れる。
(ヤバい…勘違いされてる!!どどど、どうしよう!?嘘言う訳にはいかないし、本当の事を伝えても果たして信じるかどうか…この子、妄執的だからなぁ…)
前述の通り、イクスは『マナブースト』と『ディメンション・マジック』のみしか魔法は使えないのだ。
何より教わった師が変人だったのだから、上手く教えられる自信も無いし、他の魔術士とは違うかもしれない。何せオリジナル魔法の使い手だ。間違いなく普通じゃない気がする。
「アンタしかいないの!!お願い!!」
メリッサの声は本気のソレだった。
…ああ、無理だ。本当の事を伝えても信じる筈が無い、と、何となくイクスは悟った。
「ぐうぅぅ……。分かった。教えられる範囲でなら…」
「ホント!?やったぁ!!」
後ろでメリッサが嬉しそうに飛び跳ねているのが見ないでも分かる。……あぁ……
「あ!!この借りも、ちゃんと返すからね!!」
あぁ……胃が痛い………。
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水浴びに行ったメリッサと護衛として付き添ったイクスが帰って来た。メリッサは上機嫌、反対にイクスはぐったりしている。
「どしたぁ?イクスよぉ。ぐったりしてんじゃねぇかよ。……搾り取られたか?」
ジルギスのからかいにイクスは力無く首を振る。
「なっ…ばっ…違うわよ!!イクスに魔法を教えて貰える事になったの!!」
それを聞いたジルギスは怪訝そうな顏をしてイクスに耳打ちする。
(おぃイクスよぉ。おめぇさん、2つしか魔法使えないって話したか?)
(いや、それがさ…。有無を言わせずって感じで…。断れなかったんだよね…)
(ど〜すんでぃ!!今更使えませんでした、なんざ言ってみろぃ。またあの神パンチ食らうぞ!?)
(うっ……。まぁ、基礎だけ教えて、後は自分で頑張れ的な感じなら大丈夫なんじゃない?俺が師匠に魔法習った時もそうだったし)
(…無茶苦茶な師匠だな、おい)
「二人とも何話してるの?」
無邪気な笑顔でメリッサが歩み寄って来る。
「い、いや何でもねぇぜ!?イクスが上手く教えられんのかって思っただけでよぉ!!」
「うんそうそう!!不安だな〜って思ったからジルギスに相談してたんだよ!!」
「…ジルギス魔法使えないじゃない。聞いて意味あんの?」
はぅっ…胃が…。
「だだ、だよね〜。俺の説明じゃわかりにくいだろうけど、頑張ろう!」
「うん…!!頑張ろう!」
メリッサが両拳を握ってニコッと笑う。
ジルギスにさりげなく目をやると、ほっと胸を撫で下ろしていた。…何とか誤魔化せたか?…と思ってたんだけど。
「具体的に何やるの?」
うっ…子供の無邪気さは恐ろしい…。
「まぁ、今日はもう遅いし、明日からね?」
イクスの背中は冷や汗でびしょびしょだ。
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結局魔法の特訓(?)は明日からになった。メリッサは暫くぶーぶー文句を言っていたが、眠くなったのだろう、ピタリと文句を言うのを止めると、
「寝る」
と一言だけ呟いて馬車に戻っていった。
メリッサが就寝するのを見届けた後、ジルギスとイクスはメリッサ&馬車の見張りを交替で行って水浴びをした。
「ふぃ〜。さっぱりしたぜ〜」
麻布のタオルで身体を拭いながらジルギスが帰って来た。火の近くにタオルを置くジルギスにイクスは問う。
「ジルギスは今日何処で寝るの?」
ジルギスは腕を組んで馬車を見る。
「やっぱ…まずいよなぁ?」
「うん…。色んな意味で、まずいね」
「ん〜…。簡易テント張って寝るかなぁ。すまねぇイクス、手伝ってくれるか?」
「うん」
黙々と二人で簡易テントを立てる。
「ほい完成っと。おっと、いけねぇいけねぇ…」
そう言ってジルギスは馬車に入り、手に小さな瓶を持って戻って来た。
「酒?」
「おぅ。寝酒しねぇと眠れねぇんだわ」
「アル中かよ…」
イクスはげんなりして言うが、ジルギスは悪びれもせずに笑う。
「はっはっは!!まぁ、そういうこった!イクスもいるか?安物だがよ」
「いや、俺はいいよ。眠くなったらまずいし」
「そうかぃ。ならおれっち一人で楽しませて貰うぜ」
いそいそとテントに潜るジルギスを見ながら、イクスはこっそりと溜め息をついた。
暫く経つと、ジルギスのテントからいびきが聞こえ始めた。
(全く、呑気なもんだな…。『殆ど力が使えない』俺に守られてるってのに)
イクスはおもむろに『ディメンション・マジック』を起動させた。目を閉じて深呼吸し、精神を落ち着かせる。
ゆっくりと目を見開き、『ディメンション・マジック』を発動させる。イクスの左手にはバスタードソードが一本。
それを地面に置くと、左手で再びバスタードソードを『取り出す』。2本目を先の物の隣に置くと、イクスは再び深呼吸した。
今度は右手で槍を『取り出す』。
すると、地面に並べた筈のバスタードソードの1本目が消えていた。
「…。やはり2本が限界…か」
イクスは左手の腕輪を見つめて呟いた。
「『これ』が付けられてから5年…。一体いつになったら『呪い』が解けるんですか?師匠…」
その呟きは誰の耳に届く事もなく、風に流されていった。
おまけ〜馬命名の後〜 「何この手」 メリッサはイクスの服の袖をガッチリ掴んでいる。 「煩いわね!!暗いから何かあった時に盾にする為よ!!」 「ふぅん…」 「な、何よ。早く行くわよ!!」 「あ、今彼処に何か光る玉が…」 「ひょえっ!?」 「あ、今メリッサの右肩に白い手みたいなのが…」 「ふえぇぇぇぇ!?!?」 「………。嘘だよ」 暫し沈黙。 「うぅうううぅぅぅぅ!!!!!」 「ぎょぷっ!?」