第六話 旅の始まり
遅くなってすいません(>人<)先週には文は完成していたのですが、投稿直前に間違えて消してしまうという悲劇が起きて、暫し書く気力を失っていました。 しかも投稿した後に見てみたら誤字脱字、表現のおかしな箇所が10以上…。修正は一応しましたが、もしかしたらまだあるのかも… 色々とスイマセンm(__)mこんな作者ですが、最後まで付き合って頂けたら幸いです。
イクスは馬の手綱を操りながら、溜め息をついて独り言ちていた。後ろの馬車内から、ジルギスとメリッサの愉しげな会話が時折聞こえて来る。
「はぁ、なんでこんな事に…」
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時は今朝に遡る。メリッサの『借りは返すぜうがー!!』宣言の後、メリッサは料理が出来ない事を知り、ジルギスと共に朝食を作った。
出来立ての朝食を頬張りながらイクスは疑問だった事を口にする。
「ジルギス、俺の荷物は?」
「いや、知らねぇけど。ここいら一帯のテントは全部片付けられてっから、まぁ盗まれたってのが妥当か」
「うげ。マジかよ…。色んな国の珍しい工芸品とかあったのに…」
「まぁ、しゃあねぇわな。旅にゃこういうアクシデントがつきものだろ?」
豪胆に笑うジルギスを睨む。持ち物の中には、魔力感知機や、目的地まであとどの位の距離か調べる魔力計測器等々、旅の必須アイテムが詰まっていたのだ。勿論、食料や衣類も。
「お金だけは持ってたのが不幸中の幸い、か」
腰に提げた皮袋を触って呟く。
それを聞いたジルギスがパンを千切る手を止め、何やら真剣な顏で尋ねてくる。
「なぁイクスよぉ。おめぇさん、今いくら持ってる?」
…この男は何を言い出すのだろう。もしかして、助けた+飯食わせてんだから金払えって事?
イクスは警戒心からか自然と皮袋の口紐を握ると答える。
「確か…金貨20枚と銀貨6枚、銅貨12枚だったかな」
無論、嘘だ。本当は金貨32枚、銀貨6枚、銅貨0枚なのだが、いきなり有り金の金額を聞いてくる辺り、何か怪しい。
気を失った自分を介抱してくれていたのだからそれなりに信用してもいいのかもしれないが、巧妙な罠の可能性もある。
それを聞いたジルギスとメリッサの顏が明るくなる。
「おぉ!!なら王都までもつかもなぁ!!やったなメリッサ!!」
「うん!!野宿すれば宿代も浮くから、きっと大丈夫ね!!」
「野宿の時はイクスが見張りをすれば安心して寝られるしなぁ!!」
手を取り笑い合う2人の会話がおかしい。いつの間にこの二人と旅する事が決まった訳!?俺、そんな事一言も言ってないぞ!?
「ち、ちょっと待ってくれ。ジルギスとメリッサはこれからどうするつもりなんだ?」
嫌な予感がする。あぁ…当たらないでくれよ…。
「王都『バンカラ』に行くに決まってらぁ!!何当たり前の事聞いてんだ?初めて会った時に言ったじゃねぇか」
「えっと、誰と?」
「メリッサとイクスとでぃ。それ以外に誰がいんだ?」
ほら当たったよ。やっぱり俺組み込まれてるよ。俺の意思関係無しかよ。
イクスが頭を抱えて唸っていると、メリッサが追い討ちをかける。
「え?イクス一人で王都まで行くの?徒歩で?」
「んじゃジルギスやメリッサは…」
そこまで言うと、メリッサがテントの方を指差した。
指の差された先には、4〜5人は裕に入れる、立派な幌馬車が。
「老魔術士によぉ、イクスは血が足りねぇから下手に動かすとヤバいって聞いたからここから離れられなくてよぉ。仕方ねぇから他の商人から買った。
足下見やがってよぉ、金貨35枚も取られたんで、おれっちは少ししか金がねぇんだ。だがまぁ、イクスが金持ってて助かったぜ」
ジルギスはニヤリと笑う。
「アタシは王都の魔法学校に働きながら通う予定だったから、入学金以外は必要最低限しか持って無くて…」
メリッサは申し訳なさそうにしているが、ジルギスは依然としてニヤニヤ笑っている。
「イクスよぉ。一緒に行かねぇか?流石のおめぇさんでも、徒歩で王都に向かうのは難しいだろ?食料無しじゃ、次の町まで持つかすらわからねぇよな。なんせ病み上がりなんだからよ。
それにおれっちとメリッサに助けたられたっていう借りがある訳だしなぁ?」
ジルギスは優秀な商人みたいだ。イクスの言われると弱い事柄を突いて来る。
平常の彼なら次の町までなら徒歩でも余裕である。がしかし、今は病み上がりで体力が落ちている。無理ではないが、厳しいだろう。 それにジルギスとメリッサに借りがあるのは確かだ。あのまま気絶したままだったら、間違いなく右腕を失っていた筈だ。
「ぐうぅ…分かった。一緒に行くよ。いや行かせて下さい…」
それを聞いたジルギスが、満面の笑みを浮かべる。
イクスがお財布係になった瞬間だった。
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(で、今に至ると。情けないな〜、俺。でもまぁ、今更どうこうしたって仕方ないか)
頭を左右に振って、思考を切り替える。
(それより、『あの老人』は一体何者なんだ?)
『あの老人』とは、イクスの通行証が本物だと調べてくれ、腕も治してくれたマギの事である。王都へと出発する前にお礼を言っておこうと思ったイクスは、ジルギスとメリッサがテントを片付けている間に会いに行ったのだ。
その事を思い出すが、どうも俯に落ちない事が多い。
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イクスは詰所の扉を控え目に叩いた。出てきた門番に話をし、マギを呼んで貰った。扉の前で暫く待つと、マギが出てきた。
「あの、腕を治して下さったのが貴方だとジルギスから聞いたので、お礼を申し上げに来ました」
口一番にそう言うと、手ぶらのイクスを見たマギはつまらなそうに嘆息した。
「なんじゃい若造、礼を言いに来るなら、酒くらい持ってこんかのぉ。気が利かん奴じゃの〜」
「えぇと、すいません。後で持って来ます…」
失態を恥じて小さくなるイクス。
「もういいわぃ。それより、確か若造はジパング出身じゃったの?」
「えぇ。それが何か…?」
「うむ。ならお礼の代わりに、ジパングの話を聞かせてはくれんかの?」
マギはいたずらっぽい笑いを浮かべてウインクした。
「えぇ。構いませんが…」
「立ち話もなんじゃからの」
ドアを開けて中へと促すマギに従い、イクスは詰所に入った。
詰所の内部は宿屋に近い造りをしていて、広い応接間の奥に個室のドアが幾つか見えた。
マギはチェスを興じている門番(イクスを捕えようとした奴だ)に歩み寄り、何やら話し掛けている。門番はイクスを見て一瞬変な顏をしたが、渋々といった感じで頷いた。
マギはイクスの元に戻って来て、更に先を促す。
「おぬしとは個人的な話がしたいからのぉ。個室を1つ借りたんじゃ。さ、こっちじゃよ」
応接間を横切り、個室の一番左の部屋に入ると、マギがドアの鍵をかけた。部屋の中には机1つと丸椅子が2脚あるのみだ。
イクスが警戒していると、マギは椅子に座り、イクスにも座るよう促す。
「そう警戒しなさんな。別に取って食おうなんて思っちゃおらんよ。トラップも仕掛けちゃおらんから、安心せぃ。ここは本来集中してチェスをするための部屋での。音漏れしにくいから選んだだけじゃから」
イクスは椅子を引いた。が、座らずに椅子を様々な角度から見ている。
「警戒は怠らん、か。益々『彼奴』と似ておるの〜」
彼奴って誰?と疑問に思いながらも椅子から目を離さない。魔法陣がどこにも 描かれて無い事を確認し、椅子に座った。
「その警戒を怠らん態度は、おぬしの師の教えかの?」
いきなり言い当てられ内心は軽く動揺しながら、イクスは頷く。
「えぇ、得体の知れない場所や人物には警戒心を常に持てと、昔から教えられて来たもので。悪気は無いのですが…」
「構わんよ。そういう態度は嫌いじゃないんでのぉ。して、若造。何故ワシが得体が知れないと思ったんじゃ?」
「貴方がジパングの話が聞きたいと言った時、貴方の眼に別の含みがあるのを感じたからです」
「ふぉっふぉ。鋭いのぉ〜!益々『彼奴』に似ておるの」
「先程から思っていたのですが、貴方は何故私が師を持っていた事をご存知なのですか?そして『彼奴』とは一体…?」
「なに、ジルギスと言ったかの?あの男におぬしの戦闘の様子を聞いての。話からして我流でないと思ったのじゃよ。おぬし、確か…イクス君、じゃったかの?」
「えぇ。そうです」
「君の師は、どんな人間じゃった?」
「??何故そんな事を?」
「なに、もしかしたらワシの知り合いかもしれんのじゃよ」
「じゃあ『彼奴』とは…」
「ワシの知り合いの事じゃよ。もう何年も会って無いからのぉ…しかし君の動きに『彼奴』に似た物を感じたんでの。ちょっと気になっての」
「だから話がしたいと」
マギは柔らかい笑みを浮かべて頷く。
「えぇと、俺の師匠は…修行は容赦無しで、実戦練習と称してモンスターの巣に叩き込まれた事も何度もあります。酒と賭博が大好きで、実はお菓子作りが趣味だったりするし…。何ていうか、無茶苦茶な人でしたね」
イクスが怒り半分、呆れ半分で話すと、マギは顎に手を当てて考え込んでしまった。
「あの…どうかしましたか?」
「いやのぉ、もし仮にイクス君の師匠がワシの知り合いとしたら、相違点が多すぎてのぉ。しかし君の動きに『彼奴』を感じるのも確かなんじゃ。どうしてかのぉ?」
「さぁ…」
その後はジパングの文化や歴史等の話をした。マギは興味深そうに話を聞いてはいたが、心ここに在らずといった感じだった。
そうこう話していると、不意にドアがノックされた。マギがドアを開けると、門番が困った顏で立っていた。
「どうかしたかの?」
門番は困り顏をイクスに向ける。
「いやその、彼の連れを名乗る男が彼を迎えに来ているのだ」
マギとイクスは部屋を出て、詰所の出入口へと向かった。
門番が扉を開けると、そこには門番と同じ様に困った顏をしたジルギスが立っていた。
イクスの顏を見て安堵の溜め息をついたジルギスが口を開く。
「遅い!!」
「ご、ごめん。マギさんと話してて長くなったんだ」
「何かあったのかって心配してたんだせ?もう旅の準備は終わったからよぉ、早く出発しようぜ」
イクスは振り返ってマギの顔色を伺う。
マギはウインクして答えた。
「いやはや、興味深い話ばかりじゃった。長生きはしてみるもんじゃの。まだまだ色々と聞きたいのじゃが、先を急いどるなら仕方ないのぉ。またの機会に聞かせておくれ」
「えっ…でも」
「ふぉっふぉ。イクス君がこの国に長く滞在するのなら、また逢うじゃろうな」
いたずらっぽく笑うマギに違和感を覚えつつ、イクス一行は関所を後にしたのだった。
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(どうも気になる。最後の言葉を口にした時のマギの顏は『また近いうちに』逢う、みたいな顔つきだったしなぁ…)
思い悩むイクスの肩が不意に叩かれる。手元が狂わない様に注意しながらチラッと振り返ると、ジルギスだ。
「なに?」
「もう正午を回ったから、交替だぜ?それとも、まだいけるか?」
うぅ〜ん、とイクスは唸る。もう少しマギについて一人で思案したいが、彼についての情報が少な過ぎる。暇つぶしにはなるかもしれないが、いくら考えた所で答えは得られそうに無い。それに、何だかお腹が空いて来た。
「いや、交替を頼もうかな。何だかお腹空いたし」
「おぅよ!交替だ。昼飯はトウカの実だなぁ。足が早えぇからよ、早めに処理しなきゃなんねぇからな」
「トウカの実?」
聞いた事の無い名前だ。バラムに着くまでに幾つか国を経由したが、それでも初耳だった。
「知らねぇか?セルクエィド原産の果物だ。あんまり日持ちしねぇから魔術士に凍らせて貰ってたんだがよ、ワームドラゴン出現の時の火災の熱波で溶けちまってな。再冷凍は品質が著しく落ちちまうから、勿体無いが食おうって思ってよ」
「何処にある?荷物多いからわかんないよ」
馬の手綱を渡しなからイクスは聞く。
「多分メリッサがまだ食ってるから、すぐ分かると思うぜ」
「ん、分かった。んじゃ夕刻まで任せるね」
「おぅよ!!まかしとけ!!」
馬車の3分の2はジルギスの商品とメリッサの私物が敷き詰められている為、4〜5人乗りの馬車なのに結構狭い。
荷物を倒さないよう注意しながら奥に進むと、メリッサが何とも毒々しい果実にかぶりついていた。
形はジパングにあった桃に近いが、色が紫色で、黄色い斑尾がある。そんな果実を皮ごと食べるメリッサを見て、言いようの無い不安がイクスを襲った。
自然界では一般的に、見た目が派手な物は毒がある場合が多いからだ。
「えっと、もしかして、それがトウカの実?」
メリッサは無言で背もたれにしていた木箱に手を突っ込むと、食べているものと同じ実を一つ取り出し、イクスに突き付けた。
「食べろと?」
メリッサは実をかじったまま笑顔で頷く。
「えぇ〜…。何かやだなぁ…」
手に取ってみると、ひんやり冷たい。冷凍していたのだから当然か。匂いを嗅いでみると、芳醇な甘い香りがする。
しかし不安は拭えない。なぜなら、自然界には香りが良いからといって毒…以下略。
腹は減っているが…しかし…と、イクスが迷っていると、メリッサは大口を開けて、約半分の大きさになったトウカの実を自分の口に放り込んだ。
よくもまぁ、躊躇せずに食べられるものだと呆れて見ているなか、メリッサは暫く咀嚼していたが、ゴクン、と一際大きく喉を鳴らして、
「うぐっ!?」
喉を押さえて呻き出した。大方喉に詰めたのだろう。
きゅうきゅうと喉の奥から変な声を出して苦しんでいるメリッサを見たイクスは溜め息をつきながら、荒く上下する背を軽く叩く。
「大丈夫か?全く、一口で食べようとするから…」
未だにゲホゲホむせるメリッサを尻目に、トウカの実を見る。
(やっぱちょっとなぁ…)
メリッサは先程大変苦しい思いをしたにも関わらず、新たな実に手を伸ばしている。どんだけ食べたいんだよ…。
(まぁ、それほど美味しいって事だろうな。そうだ思い出せイクス。ジパングやシン王国その他諸々の国には大抵何か珍味があったはず。見た目はアレだが美味い物も多かった筈だ、うん。ならコイツも…)
口の前にまで運んで、イクスの動きが止まる。
(むうぅ…)
これほどにイクスが躊躇するのには訳がある。彼は幼少の頃、師匠に『帰らずの森』と呼ばれる、一度中に入ると方向感覚を失うという不思議な森に1ヶ月の間放置されるという壮絶な体験をしている。
野草や茸の知識が少なかった頃なので様々な毒草や毒茸を食べたが、ベニテングタケを大量摂取して死にかけた経験があるのだ。故に、見た目の派手な食べ物に異常な警戒心を抱いてしまうのである。
イクスはチラリとメリッサを見た。メリッサは相変わらずトウカの実を夢中で食べている。足元には種が6つ。小柄なのに、どこにそれだけ入るんだ?
とか思ってると、目が合う。
メリッサは口を開けたまま固まるイクスを見て首を傾げていたが、イクスが躊躇しているのが分かったのか、何度も大きく頷いてみせた。
それを“毒は無いから大丈夫”と取ったイクスもメリッサに頷くと、再びトウカの実を見つめる。
(むぅぅ…えぇい、ままよ!!!)
思い切り、かぶりついた。口の中に濃厚な甘酸っぱさが広がる。中は半分凍ったままのシャーベット状になっていた。
(あれ?美味い…美味いぞ!?)
驚愕の表情のままもしゃもしゃと咀嚼を続けるイクスを見たメリッサはニッコリと笑い、新たな実に手を伸ばした。
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イクスが仮眠を取り、メリッサは本を読んでいると、馬車が急に止まった。振動で目を覚ましたイクスは幌から顏を出してジルギスに尋ねる。
「どうしたの?急に止まって」
「いやよぉ、日もかなり落ちて来たからよ、ここいらで夜を明かそうかと思ってよ」
イクスは太陽を直視しないように見る。既に山の端に掛り、燃える様な赤が眩しい。
「そうだね。下手に暗くなって水源を確保出来ないよりはずっといいし」
イクスは頷くと、馬車から飛び降りた。
「近くに水源が無いか見てくる」
「おぅ、頼んだぜ。でも早く帰ってこいよ?まともな戦力はイクスしかいねぇんだしよ。盗賊やモンスターに襲われたら、ひとたまりもねぇ」
イクスは苦笑しながら頷くと、森の中へと消えていった。
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水源は直ぐに見つかった。とはいえ、本来街道は水源に沿って作られるので、直ぐに見つかって当然ではあるのだが。
それなりに広い川原もあるし、野営するのに申し分ない場所だ。
目印として、近くの木に剣で傷をつけて馬車に戻る。
樹々の幹を足場に跳ぶイクスの目に馬車が映る。そして、馬車を扇状に取り囲む生き物も。
(あれは…バイソンウルフ!?)
バイソンウルフはDランクモンスターで、牛並の体躯をした狼だ。
小規模な群を作り、特定の巣を持たないので、いつ何処で遭遇するか分からないモンスターである。巨躯の割りに動きは素早く、鋭い爪や牙を使い突進する姿は正に牛そのもの。その破壊力は凄まじく、岩をも砕く程だが、獣に変わり無いので火を苦手とする。
数は7匹、じりじりと馬車に近づく、群れの長らしき片目の潰れた白銀の鬣を持つバイソンウルフが唸る。
(群れの頭を潰せば動揺するだろうから、そこからは火で追い払えるか?いや、一時は引いても血の匂いを追って来るかも…。全滅させるべき、か。それにどうやら、火を恐れて無いらしい)
ジルギスが馬車の中から薪を取り出し、メリッサの魔法で火を付けた。それを一匹に投擲するも、前足で軽く弾かれる。
イクスは『マナブースト』、『ディメンション・マジック』を発動させる。
(アイツらは見た目に反して素早い。奇襲して数を減らすのが上策か)
イクスはバイソンウルフ達の真横に位置する木まで移動すると、地面に落下、着地した瞬間から駆け出した。
草を掻き分ける音に2匹が反応し、イクスのいる方を向いたがもう遅い。イクスは既に、目の前にいた。
「しっ!!!」
息を短く吐くと、身体を独楽の様に回転させる。飛び掛かってきた一匹とイクスの腕が肉薄する瞬間、イクスは『タイタンブレード』を取り出した。
対中〜大型モンスター用のソレはバイソンウルフの身体を易々と横一閃に斬り飛ばす。
イクスは更にもう1回転し、『タイタンブレード』の柄から手を離し投擲する。
2回転分の遠心力と速度を携えた『タイタンブレード』は、イクスに飛び掛かる筈が、先に飛んだ同胞が真っ二つにされたことに怯んでいたもう一匹の頭から尾までを貫き、血飛沫を上げさせた。残り5匹。
イクスは止まらない。『タイタンブレード』を消したイクスが次に手にした剣は、刀身1メートル程度で刃の先端部が半円に形造られた剣だ。その半円は、人の頭一つ位の大きさがある。
馬車を襲うよりイクスという脅威を排除するのが優先と判断した2匹が更にイクスの元に襲いかかる。左右から進撃するバイソンウルフに対し、イクスは至極冷静だった。脅威と感じるよりむしろ愚直だと思ってしまった程だ。
左右に展開したバイソンウルフが迫る。
接触の瞬間、イクスは上に跳んだ。
勢い良く走っていた二匹は急停止出来る筈もなく、骨と骨がぶつかり、砕ける鈍い音がが辺りに響いた。残り、3匹。
自滅した二匹の上に着地したイクスは残りのバイソンウルフ達を見据える。
暫し睨み合いが続いたが、白銀の鬣を持つ長が残りの二匹に指示するかの様に2、3度鳴くと、悔しそうな唸り声を上げながら去っていった。
一瞬追おうかと思ったが、流石のイクスでも本気で逃げるバイソンウルフに追い付くのは難しいので諦めた。
「…っぷぅ。結局、使わなかったな」
呟いたイクスは『ディメンション・マジック』と『マナブースト』を解除すると、ジルギスの元へとゆったりした足取りで向かう。
「お、終わったのか?」
未だにビクビクしたままのジルギスがイクスに尋ねる。
「うん。終わったね。本当は逃がすつもりは無かったんだけど…。逃げられちゃった」
申し分なさそうにするイクスにジルギスは首を振る。
「いゃあ、おめぇさんが居なきゃ今頃おれっちとメリッサはあいつらの腹ん中だった。また助けられちまったなぁ!!なぁ、メリッサ」
「借りは…必ず返すから!!」
それだけ言ってそっぽを向いてしまった。
イクスは苦笑しながら馬を見る。瞳は揺れ、息も荒く怯えているみたいだ。
「ごめんな?怖かったろ?」
小刻みに震える首を撫でてやるが、震えは一向に収まる様子もない。
「今日はこれ以上は無理だね」
「だなぁ。イクス、いい感じの場所はあったか?」
「うん、馬車も置ける広い川原があったよ。そこで今日は野営しよう」
メリッサが馬の首を撫でながら尋ねる。
「もうすぐ休ませてあげるから、もう少しだけ頑張ってくれない?」
馬は軽く嘶くと、ゆっくりと歩を進め始めた。