第十話 血の惨状
やっと更新出来ました!!遅くなってスイマセンm(__)m
それはイクスですら見たことの無い、異様な光景だった。
本来5〜8匹程度で群れを作る筈のバイソンウルフが、眼前には目測だけでも40以上。いくらDランクモンスターとはいえ、これだけの数がいれば脅威以外の何物でもない。
アリの群れが己より遥かに強い大型昆虫、はたまた動物すら餌にするのとイメージは大差無い。 事実、稀ではあるが、Dランクモンスターの大群がBランクモンスターを食い殺した例もある位で、圧倒的な物量には質など意味を成さないのだ。
今のイクス達にもそれが当てはまる。イクスという単身の強者と、バイソンウルフという大量の弱者。しかもイクスはメリッサとジルギスを守りながら戦う事になる。
イクスは久々に感じる『死』に、背筋が凍る様な感覚を覚えた。
全身が心臓になったかの様に、緊張で加速する鼓動を身体の隅々で感じる。
「…ジルギスはヨハンとルーを頼む。メリッサ、馬車の周囲に土と風で壁は作れる?」
青い顏でガタガタと震える二人に、出来るだけ穏やかな口調で、諭す様に話しかける。
「イクス…おめぇ何を言って…」
イクスは馬車から降り、ヨハンとルーの前に立つと、肩越しに振り返る。
「何もやらずに終わるのは嫌だからね、あがいてみせるよ」
そう言って笑うイクス。
「なっ!?ダメよイクス!!アンタが幾ら強くても、この数は無理よ!!どうやったって逃げられやしないのよ!?死ぬ気なの!?」
悲痛な叫び声を上げるメリッサ。それを聞いて、イクスは前を見据える。
「無理かどうかは、やってみないとね?とりあえず、俺はこんな所で死ぬ訳にはいかないんだ」
イクスは目を細めてバイソンウルフの大群を、正確にはその先の、盛り上がって小高い丘になっている場所を見た。そこにはイクスの予想通り、前に取り逃した片目の潰れた、白銀の鬣を持つバイソンウルフがいた。
(仲間の報復、にしてはおかしい。バイソンウルフは縄張り意識が薄い分、仲間意識が強いと聞いた事はあるが…こんなにも集まった例は無い。なら一体何故…?)
イクスは暴れ狂う胸に手を当て、ゆっくりと目を閉じ、深呼吸する。
(落ち着け、俺。想像しろ。今俺の立つ場所は崖の端。ここから1歩でも下がれば…死ぬ。)
イクスの雰囲気が変わったのを感じ取ったジルギスは、ヨハンとルーの手綱を握った。
「え?ジルギス、何して…」
メリッサは信じられない、といった顏をしたが、ジルギスはそれを無視した。
「メリッサ、もう無理だ。イクスはやると決めたら誰の意見も聞かねぇ。この何日かで、それくらいわかってんだろ?」
「でも…!!イクス一人であれだけの数をやれる訳ないわよ!!イクスを見殺しにする気!?」
激昂するメリッサを見てジルギスは静かに告げた。
「信じろ。イクスを信じろ、メリッサ。『仲間』だろ?」
『仲間』、それは信頼の証。そして、己がそこに必要である事の証明。
今まで生きて来て、そんな『己の存在を肯定される』言葉を貰った事の無かったメリッサは、その言葉にとても甘美な響きを感じた。
この二人はアタシを必要としてくれているのかもしれない、それはとても嬉しい事だし、空っぽの自分を満たしてくれる気がした。
だからこそ、その信頼を失わない為にも、メリッサはイクスを信じる事に決めた。
「イクス!アタシは何をすればいいの!?」
「…土と風で壁を作ってくれ。集中したいから、これ以降は話かけないでくれ」
イクスがピリピリしてるのを感じたメリッサは、出来る出来ないだの喚こうとはしなかった。この場には既に選べる選択肢は2つしかないからだ。
メリッサはマナを練り、教科書を開いて該当魔法を探し始めた。
(出来なければ死ぬ。それだけ…やるしか無いのよアタシ!!)
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「ふっ…ふっ…ふっ…ふっ…」
イクスは短く息を吐き、ゆっくりと高ぶる気持ちを抑えていく。
(そうだ…必要ない思考や感情は全部削ぎ落とせ…。恐怖?捨てろ。焦り?捨てろ。仲間意識や信頼?…捨てろ。………………………………捨てろ捨てろ捨てろ捨てろ捨てろ捨てろ捨てろ捨てろ捨てろ……………………………………………………今必要なのは生き残る為の思考と、殺意だけ…)
「ふっ……ふっ………ふっ…………」
イクスの顏からみるみる内に感情と呼べる物が失われ、平坦な、まるで蝋人形の様な、精巧だがそこに生気を感じられない顏付きに変化していく。
イクスは目を開き、イヤにゆったりとした動きで両腕を真っ直ぐに突き出した。
「『ディメンション…』」
イクスの手の甲に淡い紫の魔法陣が浮かぶ。
瞬時に両手にナイフを『取り出した』イクスは、指先を使いナイフを器用にくるくると回し始めた。
「ふっ……ふっ……ふっ……」
回転するナイフは一回転する毎に斧、刀、曲刀、短槍…と、様々な武器に入れ替わってゆく。
それを唖然と見ているジルギス、メリッサをよそに、イクスが呟く程度の声で指示を出す。
「メリッサは俺が駆け出した瞬間に壁を作れ。それが終わったら馬車の中にいろ。ジルギスは馬達が暴走しないように手綱をしっかり握っててくれ」
それだけ言うと、再び短く息を吐く。
「ふっ…ふっ…ふっ…ふっ」
突如、イクスが前のめりに倒れた。
ジルギスが声を上げる直前、地面に身体が触れるギリギリで、もう一度イクスが息を吐いた。
「ふっ!!」
チリッ、と土を跳ね上げる音を残して、イクスの姿が掻き消えた。
ジルギスもメリッサも数瞬の間、時間が止まったかと思った。
それほどの静寂が辺りには漂っていた。
バイソンウルフも、馬達もジルギスもメリッサも、誰もが微動だにしなかった。
しかし、直ぐに変化が訪れた。
ゴトリ、という何かが落ちる鈍い音。そして、それに追随するかの様に空高く上がる深紅の飛沫。
その場にいた全ての生物が、音のした場所を見た。
それはバイソンウルフの群れの最前列にいた1頭の、首が落ちた音であり、深紅の飛沫は、首無しの亡骸から上がった血飛沫だった。
その隣には、両手に血濡れたククリを握った、イクスが立っていた。
命の取り合いが、始まった瞬間だった。
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メリッサは暫し呆気に取られていたが、イクスの言葉を思い出し立て続けに魔法を発動させる。
『万物の祖なる土よ、其の力をもって儚き命を守る堅固な盾と成せ。“岩の盾”』
『神速なる不可視の風よ、其の力をもって我が身を守る盾と成せ。“風の盾』
メリッサが詠唱し終わると馬車の前の地面が隆起し、幾つもの岩が織り重なって高さ1メートル、横幅5メートル程度の岩の盾が出来上がった。が、厚さが30センチにも満たない、『盾』としては随分貧相な物だった。
『岩の盾』に沿って不可視の『風の盾』も張ったが、やはり教科書に記載されている盾に比べると空気の密度が低い。
(やっぱり…。初めて使うからかしら、上手く行かないわね…)
メリッサは歯噛みするがどうしようもない。
取りあえずやるべき事を終えたメリッサだが、盾が破られたらジルギスとヨハンとルーが無防備になると気付き、イクスの指示を無視してその場に留まった。
しかし数秒後にその判断に後悔することになるとは、当然ながら気付く事は無かった。
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血飛沫が頬を濡らす感触にイクスは顏をしかめた。獣臭さが鼻につく。
周囲にいるバイソンウルフが血の臭いで殺気立ち始めている。長考している時間は無い。
(狙うは首か胸…それか一刀両断か…だな。ほぼ一匹一撃で殺らないと…俺が『狩られる』)
イクスが思考し終わる瞬間、バイソンウルフ達が襲いかかって来た。
イクスは大きく2歩後ろに下がり、自然と差し出される形となった2匹の首を撥ねる。鮮血がイクスの身体を汚すが、今はそんな些事は気にしていられない。
目の前に迫る数に対処仕切るのは不可能と判断したイクスはククリをしまい、地面に向けて長槍を『取り出した』。一瞬で2メートル上空に移動する事でバイソンウルフ達を回避し、素早く地面に着地すると再び両手に武器を持ち、『生き残る』為に奔走する。
斬り、躱し、時には大剣の腹を盾に防御しながら、着実にバイソンウルフ達の数を減らす。
順調と言える状況だが、イクスのほぼ無表情な顏には僅かな陰りが見て取れた。
(クソッ…。『やりづらい』な…。腕輪さえ無ければこれ程度の数なんて初撃で殲滅出来てるってのに…)
その思考がイクスを一瞬停止させた。そしてバイソンウルフ達はそれを見逃さなかった。
前から迫る3匹に対処するイクスは、後ろに更に一匹いる事に気付かない。
3匹の首を的確に撥ねたイクスが後ろからの殺気に気付き、振り返ると目の前には…
バイソンウルフが大口を開いて跳びかかって来る姿が。
直後、肉の裂ける鋭い感触と、鮮血が舞った。
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ジルギスはその光景を見て言葉を無くしていた。
ワームドラゴンの時とも、この前のバイソンウルフとの戦闘とも違うイクスの戦闘方法は、明らかに剣士としては『異質』だった。
狂気の乱舞を踊るイクスの顏は完全に無表情。振るう武器はバイソンウルフの首、心臓を的確に捉え、一撃の元に絶命させる。
2〜3匹を殺す毎に武器を替えるのは恐らく切れ味が落ちるのを防ぐ為だろうが、それにしても保有する武器の量が多すぎるのだ。
初めはククリを2本持っていたが、今は身の丈程もある大鎌を手に、一振りで3匹を横一閃に斬り裂いている。
(これで12、いや13回目か?剣士なんだから様々な剣を振るうならまだ判る。だがイクスはどうだ?剣、槍、斧、それ以外にもおれっちの見たことの無い武器を使ってやがる…)
ジルギスがそんな事を考えている間もイクスは一瞬たりとも止まらずに動き続け、バイソンウルフの数を着実に減らしている。
むせ反る様な濃い血の臭いと血飛沫を散らせながら踊るイクスの姿を、自分が恍惚として見ている事にジルギスは気付いた。
己の頬を触ってみると、口元が弛んでいた。
(なっ!?)
その事実に驚愕し、頭を2、3度左右に振ると、改めてイクスの姿を凝視した。
やはり、血生臭い闘いに見惚れていると今度は直ぐに分かった。しかし何故…?
この答も、イクスの舞いを見ていて気付いた。
(はは…やっぱりおれっちは武器商…なんだな)
恐らくこの感覚はメリッサには、いや、一般人には理解出来ないであろう。現に隣に立つメリッサは口元を押さえ、戦場から目を背けている。
(アイツは…。イクスは、武器を『正確に』使いこなしてやがる。だからあの舞いが綺麗に見えちまうんだ…)
そう、今までイクスが振るった武器は全て、その武器が最大限の威力を発揮出来る使い方で、かつ最適の間合いで振るわれていた。
武器を作る人間からしてみれば、そんな姿を見る機会など無いに等しい。武器商は所詮武器商であり、買われた武器がどのように振るわれるかは知り得ない。
修理を頼まれても、痛み具合からどこにどんな負荷が掛っていたか、その武器を振るう人間の癖や使い方が判るのだが、どんな達人でも必ず何処かに余分な力が入っていたりするものだ。
だが今、目の前で舞うイクスの振るう武器には余分な負荷が全く掛っていない。完璧過ぎるのだ。故に見とれていた。
(本当に…。何者なんだ?おめぇさんはよ…)
ジルギスはイクスから目が離せないまま、心の中で呟いた。
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メリッサは魔法を使った後、イクスが何故馬車の中にいるよう指示したかが分かった気がした。目の前で繰り広げられている光景に恐怖し、身体が意図せず小刻みに震えていた。
血の臭いと血飛沫から来る吐き気を抑えながら、戦場から目を背ける。そうしなければ、恐らくはもたなかっただろうから。
メリッサもバラム王国に辿り着くまでに何度かモンスターに遭遇した事はあるし、微力ながらも討伐に助力した事もある。見慣れた訳では無いが、こういう事態も覚悟していた。が、それを差し引いても、この光景は『異常』過ぎる。
商人、見習い魔術士、実力不鮮明な魔法剣士というパワーバランスの悪いパーティが、傭兵ギルドの旅団ですら苦戦を強いられるであろう異常発生したバイソンウルフの群れを、一方的に『虐殺』しているのだ。 しかも、たった一人の魔法剣士によって、だ。
この光景は『虐殺』としか表現のしようがない。とメリッサは思わざるを得なかった。
バイソンウルフ達の凶悪な爪や牙がイクスに届く事は一度も無く、無慈悲に首を撥ねられ、又は胸を刺し貫かれ、派手に血飛沫を上げて絶命していく。
これを『虐殺』と呼ばず何と呼ぶべきなのかメリッサには分からなかった。
そんな事を考えていると、ジルギスの息を呑む音が聞こえた。
イクスに何かあったのだろうかと、恐怖を殺して戦場を見ると、ワームドラゴンの時位、驚くべき光景が目に飛び込んで来た。
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傷から血が勢い良く吹き出し、イクスの白髪を、顏を濡らす。
『見上げて』その傷口を一瞥し、確実に息の根を止めたと確信したイクスは『地面から突如生えた』斧槍を倉庫に『戻した』。
頭上から降って来た亡骸を前方に蹴り飛ばして隙を作り、再び死の舞いを踊り始める。
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イクスの背後から迫っていたバイソンウルフが、突如地面から『生えた』斧槍によって串刺しにされた。
メリッサはその事実が信じられなかった。
イクスは己の使う魔法を『圧縮魔法』と言っていた筈。
(違う…。今のは『圧縮魔法』じゃ説明がつかない…。アレは地面から『生えた』。その証拠に、柄尻が地面に埋まってるもの。それなら、今のは一体何なの!?)
バイソンウルフを串刺しにしていた斧槍が消え、イクスが再び両手に武器を持ち舞い始める。
手を替え品を換え虐殺を続けるイクスの動きはまるで演舞を踊るかの様に洗練された無駄の無い動きをしていた。飛び散る血すら、イクスの舞いを際立たせる為の小道具に見えてしまう程、美しかった。
(…狂気を宿す人間は魔性を帯びるってよく聞くケド、ああいうのを言うのかしらね…)
ふとジルギスを見ると、恍惚とした表情でイクスを見ていた。
(本当に…アンタ一体何者なワケ!?)
メリッサは恐怖と、その舞いの美しさに背筋を震わせながら、彼の舞いを見つめ続けた。
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首を撥ねる時は関節を狙って、胸を貫く時は質量の大きな武器で骨を砕きながら。
最も無駄無く、的確に殺す為の思考を止めずにイクスは『狩る』。
バイソンウルフ共もイクスの戦い方を覚え始めたのか、数を活かして波状攻撃を仕掛けて来るようになっていた。
それを攻撃方法を度々変えて撹乱しながら殲滅するイクスの顏はやはり優れない。
(やはり何かおかしい。獣程度の知能しかないコイツ等がこんな高度な戦法を用いる筈が無い。統率が取れ過ぎている。
…しかし何者かに調教された訳でも無いな。まずこれだけの数を調教するなど不可能だし、何より調教師の『癖』が無い。どうなっている…?)
生物を調教すれば、その調教師個々の『癖』が必ず残るものだ。それがこの群れには全く感じられない。 本質は野性のまま、調教したとしか思えない行動を取っているのだ。
その事実はイクスに違和感を覚えさせる物だったが、まず『生き残る』事を最優先していたイクスは直ぐにその思考を切り捨てた。
5匹がバラバラのタイミングでイクスに迫る。2匹が前に、その後ろに2匹が連なって走り、左から1匹。
イクスは最前列の2匹の首を素早く撥ねると、眼前に迫る1匹の目の前に長槍を『取り出し』、後ろに付けているもう1匹諸とも串刺しにする。
左からの1匹には対処が間に合わないので槍を『しまい』、自分と左から迫るバイソンウルフとの間に斬馬刀を『取り出し』、刀身の腹に衝突させて足止めする。
鉄を叩く鈍い音が響き、バイソンウルフの動きが止まる。
すかさず回り込んで『ハルペー』で首を薙ぐ。
(残り10ちょっと…か。…!?)
一瞬だけ思考したイクスは素早くバックステップでその場から大きく下がる。
先程までイクスがいた場所の地面が抉り取られて土煙があがり、その中から白銀の鬣が見え隠れしていた。
(来る!!)
イクスが体制を整えるより速く追撃を仕掛けて来たのは、先日出会った白銀の鬣を持つ隻眼のバイソンウルフの長(イクスが勝手に長と解釈)だ。
他より大きな体躯を大剣で受け止めるのは危険と判断したイクスは地面に向かって長槍を『取り出し』、空中へと逃げる。
が、まるでそれを読んでいたかの様に、隻眼の長はイクスに飛び掛かって来た。
「チッ!!」
舌打ちしたイクスは長槍を『しまい』、足元に剣の柄のみを『取り出し』て空中に足場を作る事でこれを何とか回避することが出来た。
ほぼ同時に着地したイクスと長が睨み合う。
(コイツ…他と動きが違う!?一撃で殺れないかもしれないな…)
イクスは素早いバイソンウルフに対応する為に両手に細身の双剣を『取り出し』、左手を正眼に、右手を下段に構える。
先に動いたのはやはり長だった。鋭い爪の付いた前足でイクスの右脇腹を抉るべく迫って来る。
イクスはそれを右手で弾き、頭を割る為に左手を振るったが、剣は鈍く光る牙を持つ口で防がれた。 前蹴りを長の腹に叩き込んで距離を取り、今度はイクスから仕掛ける。
(コイツ…目の焦点が合って無い!?確か『混乱の魔法』や『服従の魔法』を使うとこういう症状が出るって師匠が昔言ってたっけ…。
まさかコイツ、誰かに操られてる?)
8手目を防がれた時点でイクスの疑問は確信に変わった。
(間違い無い。コイツは何者かに操られてる。てことは…、今まで他のバイソンウルフ達を統率してたのはコイツか!!ならコイツを倒せば…)
イクスの攻撃を紙一重で躱す長と、武器を盾に攻撃を防ぐイクス。分が悪いのはイクスだ。何故なら、まだ仕留めていない数匹がいつの間にかイクスと長を取り囲んでいたからだ。
しかしイクスの顏に焦りは無く、相変わらず無表情のままだ。
(さて、操ってる誰かさん。そろそろ俺の攻撃範囲を見極めたか?)
イクスの剣撃を牙や爪で防御せず、躱しながら迫る長を見ながらイクスは絶好のタイミングを待っていた。
(…!!ここだ!)
長が右手からの突きを躱した瞬間、イクスは左手を真横に薙いだ。
長はそれがギリギリ当たらない位置に下がった。それを見ながらイクスはニヤリと笑う。
イクスの左手が――――その手に握られた剣が――――何者かが操る長の毛先に触れるか触れないかの位置まで振るわれた次の瞬間、
ソレは赤黒い体液を吐き出すだけの肉塊と成り果てていた。
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イクスの予想通り、長を殺ってからは他のバイソンウルフ達の動きは明らかに本能に従う獣のソレとなった。 統率する者のいない、思考能力さえままならない獣の群れの行動は2つしかなかった。
辺りの同胞の死に恐怖して逃げるか、血の匂いにあてられて愚直に襲い掛ってくるか。
既に数は両の手で数えられる程しかいないのもあってか、イクスには何の脅威にも感じられなかった。
イクスは右手に握った一対の双剣の『片割れ』をしまい、左手に握られた、刀身が2メートルを悠に超える『斬馬刀』を両手で握り直した。
(最近あまり『普通』に戦って無かったからな。タイミングがずれるかと思っていたが…杞優だったか)
あの時、本当なら左手は空振りに終わる筈だった。イクス以外の剣士なら、の話だが。
何故届かない筈の剣が長を切り裂いたのか。それはイクスが空振る直前に、左手に持つ双剣を斬馬刀に『取り替えた』からである。
一瞬でリーチが倍以上伸びたのだ、紙一重で躱していれば直撃するのも当然と言えよう。
瞬時に攻撃範囲が30センチから4メートル近く、投擲武器も加算するなら更に数メートル伸びる『高速武器換装戦術』。これこそ、『ディメンション・マジック』の真髄の一つである。武器を換える予備動作すらないその攻撃は、敵対する者が見切る事など不可能。
何故なら世界中にある幾千もの武器のリーチを知る必要があるし、何より武器を換えるタイミングやどの武器を使うかはイクス次第だからだ。
最近はあまり使う機会が無かったが、これが彼本来の戦闘方法であり、彼が師から受け継いだ『力』だった。
イクスは柄をきつく握り締め、迫り来る残りの哀れな獣達の血走った眼を見据えた。
それから数分後、緑映える草原から一転し、血の赤と首無しの死骸が無造作に転がる無機質な景色の中で生命を宿していたのは、その白髪を、肌を、身に纏う全てを真紅に染め上げた青年、ただ一人だった。
戦闘描写の苦手な作者ですが、読者様の納得いくような物は書けてたでしょうか? 果てしなく不安ですが、これが作者の限界でした…。期待ハズレだよ!!と思われた方、スイマセンm(__)m ご意見、ご感想等、随時お待ちしております。