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ツイオク・ミュージアム〜風変わりな博物館〜

作者: 七ツ樹七香+梨鳥ふるり (原案:七ツ樹)

 

 光と虹のアーチを抜け、アステラが金細工の美しい門の前にたどり着くと、はなやかな金管楽器の音色が美しい少年を笑顔にした。

 薄青の空からお出迎えの軽快なメロディは、なじみのものだ。


<ミュージアムへようこそ。本日の特別展は「たからもの博物館」です。素晴らしい「宝物」と、それにまつわるお話をお楽しみいただけます。お代は見てのお帰りで結構です。今日は、ピカ・ピカとコティロリーザ・ツベルクラータが楽しいお話をご用意してあなたをお待ち申し上げております>


「ありがとう、今日は楽しみにして来たんだ」


 テーマ曲をハミングしながら、深く青い瞳の少年はやさしげに言った。


<ご入館前にお約束と署名をお願いいたします。当館の所蔵品は唯一無二、どうぞこの点ご留意の上、「ほほえみ」と「寛容」を持ってのご入館をお願いいたします。まあ、貴方には簡単なことかもしれませんね、アステラ。ご署名の上、ご入館なさいますか?>


 アステラは、天から降る声に「うん」と返し、手元にぷかりと浮かんだ白い石版を指でなぞり丁寧な書体で署名した。

 それを合図にしたように金色の門扉がゆっくりときしんで開いていく。

 薄もやに包まれた「博物館」へ、細い小道をたどり進む。


 ふと、花の香りがした。

 薄暗い森の中に誘い込まれていることに気づいたが、アステラはそれを不審に思うこともなく鼻歌をうたいながらテクテクと歩んだ。

 しばらく歩くと不意に明るさが増して、pica・picaと刻まれた石の立て看板が道の脇に現れた。黒光りした石版の横には、なめらかな白い木で作られた四つ足の椅子がある。

 アステラがすべすべした座面をさっと手で払い、座って足をぶらぶらさせていると、にわかに鳥のさえずりが響いた。

 椅子の前には、大きく手のひらを広げたようなヤツデの若葉がこれ見よがしに敷いてある。

 その傍らをめがけて、ひらりと黒い鳥が舞い降りてきた。


「ようこそ、ワタシの宝物を見に来てくれてありがとう」


 黒光りする美しい羽を持つ鳥が、ピリリと歌いうやうやしく頭を下げた。

 アステラもうれしそうに返事をする。


「やあ、ピカ・ピカ」

「こんにちは、アステラ。ワタシはいつもあなたの上で飛んで鳴いて歌っていたの。お懐かしい。ワタシを覚えてる?」

「おぼえているよ、ピカ・ピカ。君はいつもステキだったから。元気な声で、夜より純な黒の翼で――。それ以上にその胸元の雪のような羽毛にハッとする。今日もだ。ここに居たんだね、君の宝物の話を聞かせてくれる?」

「ええ、とてもステキだからアステラに見せてあげましょう」


 ピカ・ピカはひと声鳴いて梢に向かい羽ばたいた。そしてふたつの太い枝を飛び越え、ビニールひもを丸めて作ったようなカラフルな巣に飛び込むと、キラキラとしたカケラを咥え、急いでアステラの元へ戻ってきた。

 自慢げに胸を張り、うやうやしい仕草でちいさなカケラを椅子の前のヤツデの上にポトリと落とした。


「どうぞアステラ、ご覧なさい」

「触ってもいいの?」


 アステラは答えを待たずに椅子から飛び降りると、つやつやした葉の上に置かれた輝きの前にしゃがみ込んだ。


「もちろん。でも、とがっているから気をつけて」

「ねえ、ピカ・ピカ。これは、なに?」


 無色透明のカケラは一辺がとがり、一辺はゆるい丸みを帯びていた。その切っ先に不用意に手を当てたアステラは指先にちいさな血の粒を湧かせて苦笑いする。


「あら、アステラ、おけがを?」

「君のたからものがあんまりステキだから触りすぎてしまった。すぐに血はとまるよ。お話をして?」

「ワタシのたからものが不届きなことをしてごめんなさい。でも、これは痛いほどにとがった特別のカケラ。これは世に並ぶものなき、すばらしい水晶なのです」

「水晶、そうなんだ」


 アステラは割れたビン底めいたガラスのカケラをしみじみと眺めて頷いた。


「ええ、尊敬するコルヴス・コロネのコレクションをひとつ分けてもらいました。この輝きたまらないでしょう? 鉱山の森で暮らしていたコルヴスの宝物だったのです。まだ母の羽の下にいるひな鳥のころに見つけて、大切に持っていたのですって。ワタシ、コルヴス・コロネに一度これを見せられてからというもの、どうしてもどうしてもこの水晶が欲しくて。毎日毎日、カマキリや木の実をくわえていっては、譲って下さるようお頼みしました。でも、あのごうつく…じゃなかった、思慮深いコルヴスはなかなか首を縦に振ってくれなくて。なのに、全くダメともいわずにいたんですよ。ほんと、よくば……いえ、ですから! 誇りあるピカ・ピカの名にかけて毎日の贈り物は欠かしませんでした。こんなステキな水晶を毎日眺められる日が来ると思えば、ちっともつらくなんかありませんでしたから」


「そうか、頑張ったんだね」

「力の限り! ついに手にした水晶の、なんと美しかったこと。毎日空にかざして、毎夜懐に抱いて眠りました。なに、とがった方を腹に刺さなければどうってことないのです」


 ピカ・ピカはちょんちょんと飛び上がり、黒曜石のように輝く翼を何度も羽ばたかせて、誇らしげに歌った。ピカ・ピカが尊敬しているというぬばたま色の鳥、ハシボソガラスにだって負けない美しさだと、アステラはひとり目を細める。


「朝日にかざすとダイヤモンドのようです。夕日を当てると赤く光ります。雨の日には梢の雨粒をひとつぶのせます。そうすると汲みたての清水より素晴らしく思われて、ワタシはいつも喉をならして飲み干すのですよ。水晶というのは霊的な力を秘めています。だから、ワタシの心はいつも快く満たされているのです。ええ、今このときも」


 ピカ・ピカはなんの変哲もないガラス片をうっとりと見つめて、高まる胸の内をこらえきれないようにまたひとつ羽ばたいた。

 すかさずアステラは拍手を送る。


「素晴らしい宝物の話をありがとう」

「いいえ、アステラ。来てくださってうれしかった」

「じゃあ、次に行くよ」

「ねえ、お願いがあります」


 すこしもじもじと、アステラの前を行ったり来たりしながらピカ・ピカはくちばしをカツンと鳴らした。


「いいよ、ピカ・ピカ」

「ワタシ、カササギと呼ばれる方が好きなのです。かなえてください。なつかしい方」

「そうか、カササギ。君の名前はどちらもステキだ。宝物を大切にして、どうか幸せでいてほしい」

「ええ、ええ。これからもずっと。ありがとうアステラ。皆もこの懐かしい出会いを喜んでいます」


 ピカ・ピカがそう言うと、森には一気に朝方の輝く光が飛び込んで、木々の梢に隠れて息を殺していた小鳥や大きな猛禽たちが、羽を広げて声を上げた。

 アステラの訪れを喜ぶように、美しい声が代わる代わるアステラの名を呼んだ。

 とりどりの色の美しい鳥たちにひとつひとつ頷きを返し、アステラはピカ・ピカにひとこと「ありがとう」とそう言った。


「さあ、コティロリーザ・ツベルクラータが待っています」


 ピカ・ピカに手を振り別れ、また森の小道を進みはじめたアステラは、周囲の景色が徐々に溶けていくのを感じた。

 森の露とフィトンチッドの織りなす快い空間を通り過ぎると、ゆるやかな風に乗って太陽の匂いが鼻先をくすぐる。そして間違いようのない潮の香りが、周りの景色を一気に塗り替えた。

 アステラの確かな歩みはいつしか白い砂を踏み、真珠の粒を連ねたようなくすぐったい波を越え、どこまでも青く澄んだ海中へ沈みながら導かれていた。


 深い海だった。

 オーシャンブルー、オーシャングリーン、青に碧に色を変え海はめくるめく青の彩りをアステラに見せた。

 足下は、群青。

 アステラはそれ以上歩むのをやめ、ただ深い海の中ほどから、きらめく太陽のまだ見える海面を見上げた。ちらちらと光が揺らめいている。

 パッと口を開けばどこまでも高く、きらめく泡が我先にと震えながら水面をめざして競いあう。

 何者もいない、海にひとり。

 アステラは楽しくなって、口唇をとがらせるとパッと強く息を吹き出し、泡の輪を作った。ちいさな輪がむくむくと育ち、やがて大きな輪が切れ切れにちいさな粒になって四散する。

 興の乗ったアステラが二つ目の輪を作ったその矢先、ちいさな目玉焼きが広がりかけたバブルリングの中にぷかりと浮かぶのに気づいた。


「あのう、お話……しても、よろしいでしょうか?」


 かたまりかけの目玉焼きさながらの何者かは、ぷるぷると身震いして、アステラにおずおずと話しかけた。「話す」とはいえ、口も目も手もなく、あるものといえば、卵の黄身を抱くキノコのカサめいた頭部と、半透明とアメシスト色で洒落っ気のあるフリンジのような脚だけだ。そのすべてはジェリー質だった。


「なかなか出てきてくれないから遊んでしまった。君はコティロリーザ・ツベルクラータ?」

「そうです、ワタクシはコティロリーザ・ツベルクラータ。リーザとお呼びください。ごきげんよう、アステラ。でも、あなたはワタクシの宝物なんかには……ご興味ないでしょう?」

「いいや、もちろん見せて欲しくてきたんだよ」

「だって、ずっとおひとりで遊んでいらっしゃる。呼んでくださればいいものを……」


 ずいぶんすねているらしいコティロリーザ・ツベルクラータに、アステラは一笑して念入りに慰めた。


「ごめんよリーザ。この海がとてもあたたかで美しく、心地よかったから。これはこの上なく良いところに住んでいるのだなと、じっくり見ていたんだよ。君はきっと素晴らしい宝物をもっているんだろうね」

「そう、ここは良いところです。懐かしい地中海にそっくりで……、ああすみません。早くお帰りになりたいでしょうし、ワタクシの宝物を見せましょう。いいですか、つまりませんよ? 大きなため息をついてがっかりする準備はOK? さあ手をお出しなさい、アステラ」 


 念押しをして、コティロリーザ・ツベルクラータは目玉焼きみたいなカサをぎゅっと絞り、くるくる回って一度いきむと、ポンっと音を立てて素晴らしいバロック真珠をひとつぶ、アステラの手のひらに産み落とした。


「これは……」


 海の中のわずかな光を虹色に変え、いくつものえくぼに乗せて輝かせる乳白色の珠にアステラが息をのんでいると、コティロリーザ・ツベルクラータは骨の折れたカサのようにつぼんで恨めしそうにつぶやく。


「ほら、がっかりなさった。これはね、ワタクシのひいひいひいひいひいおばあちゃんらしいんですよ。とどのつまりミイラです。ああ、なんだってこんな物を、わたくしは後生大事に身体のなかに抱えていなくちゃならないのでしょう。つまらない伝説ですよ。大切に守っていたら、いつかいいことがあるなんて母の教えのまま生きてきてしまいましたが。大方、嘘でしょう。アステラもそう思うでしょう?」

「リーザ、いいや、とても美しい物に見えるよ。この、君の遠いおばあちゃん」


 お金を積んでも買えないほどの価値に思える、大きな宝珠を手のひらでもてあそびながらアステラは明るく言った。


「まさか! ありとあらゆる我々らしさを根こそぎ失ったこのミイラがですか? ご冗談でしょう。ええ、そう。きっと明日見せたら、『なんだこの干物は』なんて笑い出すんです。アステラ、あなたときたら昔からそういう気まぐれなところがありましたからね。時々、ワタクシの住まいも暑くなったり寒くなったりで、迷惑したこともあったんですから」

「いや、それはまったくすまない。でも、あなたの宝物は本当にとてもステキだよ。君の世界の産んだ素晴らしいもののひとつだ。今日は、ここで君に会えて良かった」


 アステラが心から言って笑うと、コティロリーザ・ツベルクラータの黄身の色にほんのりと赤みが差した。照れ隠すように、いそいそとアステラの手に被さると、ちょっと愛おしげに真珠を撫でてから、元のようにごくりと飲み込んだ。


「……ワタクシもです。おばあちゃんのミイラだというと、みなつまらなそうな顔をするから、この宝物はもうずいぶん誰かに見せていなかったのです。ワタクシの、プラヌラぐらいの自尊心がやっと少しうるおいましたよ。ありがとうアステラ、お会い出来てうれしかった」


 コティロリーザ・ツベルクラータはクラゲらしくカサの端を何度もつぼめたりひらいたりしながら歓びを表し、かたわらにぽんと現れた宝石サンゴでできたバーをクイっと短い脚で引っ張った。

 すると、彼らの周りは一気に南国の海へと様相を一変させた。

 白いテーブルサンゴ、桃色サンゴは自由に腕をのばしていて、枝々の間には赤と白のしましまのエビや、瑠璃色の魚たちをまとわりつかせている。

 大きなオサガメがゆうゆうと海を舞い、まるで貴婦人のようなミノカサゴは美しいひれを動かしてアステラに優雅に会釈した。

 誰の苦しみもない海の姿に圧倒されるアステラに、美しいフリンジの脚をさわさわと動かしてコティロリーザ・ツベルクラータは別れの挨拶をした。


「アステラ、貴方は、今お幸せ? そのお姿になってずいぶん経つでしょう」


 アステラはほほえみ、静かに手を振った。

 海はゆるやかに闇に溶け、アステラはいつしか真っ白な世界に取り残されていた。


 そして、彼の目の前には道化師の姿をした少女が一人立っていて、微笑んでいた。

 アステラは馴染み深く微笑んで、少女に会釈をした。


「お久しぶりです、館長」

「貴方の退場と再来場の間はいつも、わたくしにとって一瞬の事です。アステラ」

「それなら忙しくさせてごめんなさい」

「お構いなく。特別展の<たからもの博物館>はいかがでしたか?」


 アステラは「うーん」と言って、片足のつま先を白い地面に軽く打ち付けた。


「コルヴス・コロネはうまくやったなと思う」

「ピカ・ピカのお話ですね」

「はい。カササギにたくさん贈り物をさせた挙句焦らして、焦らして、うまくガラクタを盗ませた」


 少女は小さく頷いた。その頷き方に感動は無かった。

 しかし彼女はいつもこうだったから、アステラは気にしなかった。


「あの鳥の事をよくよく知っていたんだ。ピカピカしたものなら、銀のスプーンだって宝物だと思い込み、持って行ってしまうのだから。そして、そうまでしたカササギは、もう瓶底のガラスを類まれな美しい水晶と思い込む他なくなった」


 アステラは先ほど小さく裂いてしまった指先を、チュッと舐める。


「後ろめたくて甘酸っぱい。甘酸っぱいのは、カササギの無邪気さのせいかな」


 味覚に集中する為目を閉じるアステラに、少女が身体を半ば乗り出す様にして囁いた。


「その味に、タイトルを付けますか?」

「そうだなぁ、カササギの罪と盲目のテイスト、とか? でも、これは辿って行くとコルヴス・コロネの作品になるのだろうし、悔しいよ」

「あなたも悔しがるのですね」

「展示物に出来なくてごめんなさい」

「いいのよ、アステラ。本当の本当のたからものというものは、飾られることなど滅多にないのですから。あなたの秘密のたからものにしておいてください。さぁ、これを」


 少女はアステラを許して、手を差し出した。見れば、ガラス瓶の底の殻が抓まれている。

 そこには何も映ったりしないけれど、鋭く尖った切っ先が、誘うように囁いていた。


 ――――いつ私の鞘になるの?


 アステラは愚かなカササギを想って泣き出すと、コルヴス・コロネを憎んだ。


「なんてやつだ、酷い誘惑をして。あいつの胸ときたら真黒だ。そうさ、あいつはカササギの胸の美しい白い羽を、妬んだに違いないんだ。でも、あいつの思い通りになんてさせない。カササギは自分をピカ・ピカではなくカササギと呼んで欲しいと、僕に頼んだ――――いや、明かしたんだ。……それで充分さ」


 アステラは涙をぬぐう。


「いつまでも、鞘になんてならないよ。そこまでの一連が、一番魅力的なのだから」


 復讐するように言って、アステラは少女を見つめる。


「これにタイトルをつけていい?」


 少女は一つ頷いて、ガラスの額縁をアステラの前へ浮き上がらせた。


「歓迎します。タイトルをどうぞ」

「『我に返らないで』」

「承知しました」

「どこに展示するの?」

「そうですね……<あやまち展>の<最も重要で控えめな告白>コーナーへ」


 アステラはガラスの額縁に近づいて、中を覗き込む。

 額の中では、ビニールひもを丸めて作ったようなカラフルな巣に、一羽のカササギがふっくり収まって、咥えた水晶のナイフを陽の光に透かし見つめていた。

 アステラはカササギの瞳を、水晶から反射する光でちょうど他の者から見えない様にした。

 小鳥たちが囀っている。

 目を覚ましなさいよ、と。

 カササギはちょっと憤慨して、「目なら覚めていますよ」と、返事をしている。

 アステラはこれでいい、と、満足してそっとカササギたちから目を逸らした。


「いつか、カササギが心の中で見ている水晶が見たいな」

「きっと素晴らしいたからものでしょう」

「うん、きっとね。コティロリーザ・ツベルクラータのバロック真珠のように」

「そうですね。リーザのたからものはいかがでしたか?」


 アステラはほぅ、と、ため息を吐いた。


「素晴らしい真珠だったよ。いや、真珠なのかは定かではないのだけれど。けれど、リーザは不幸だね。『良い』と思っていても、それを人から言ってもらえないと信じきれないんだ」


 彼の心の中で、卵の黄身を抱くキノコのカサめいた頭部と、半透明とアメシスト色の洒落っ気のあるフリンジのような脚が、少し居心地が悪そうに揺らめいた。

 アステラは腕を組み、五歩ほど左右に行ったり来たりして、首をひねる。


「カササギにあの真珠を見せたら、欲しがると思う?」


 少女も、アステラと同じく首をひねった。


「どうでしょう……。カササギには崇拝するたからものが既にありますから」

「そうだね。リーザが言うには、みんなはあの素晴らしい真珠の事を、ミイラに見えると言うそうなんだ。………僕はその言葉に結構傷ついたんだ。だって、僕にはこの上ないたからものに見えるから。……僕が変なのかな」


 もしかして、とアステラはハッとする。


「カササギの瓶底ガラスは、僕が見たから瓶底ガラスだけれど、他のみんなが見たら美しい水晶なのかもしれない」


「そうすると」と、アステラは先ほどこしらえたガラスの枠の中『我に返らないで』をまじまじと見る。


「……多少はカササギも慰められるね……」

「アステラ、ご気分が悪いのですか? お顔が真っ青です」

「うん、だって……こうなると、いろんな事をひっくり返さなければいけなくなるでしょう? 僕の世界の、たからものはガラクタで、ガラクタだと思っていたものがたからもので……それを考えたら少し気分が」


 アステラは骨の無いクラゲの様にくにゃりと白い地面に座り込んだ。

 心は今にも崩れそうな、ジェリー状だ。


「リーザがあの真珠をどうしてあんなに貶して、身構えているのだろう、と思ったけれど……今なら気持ちが少しわかるよ」

「いろいろな事をひっくり返すのなら、『我に返らないで』を、どうなさいますか?」


 少女は淡々と訪ねた。アステラにとっては、残酷なほどだった。

 アステラは迷って、瞳を潤ませた。

 潤んだ視界の中が泡立って光った。アステラが指で瞳の潤みをこすると、小さな雫が爪の先からコロリと落ちた。まるで、コティロリーザ・ツベルクラータの真珠の様だった。

 アステラの目から見て、やっぱりそれは、類まれな美しい宝石だと思えた。

 アステラは唇を引き結んで、拗ねた声で答えた。


「『我に返らないで』は、そのままにします。だって……カササギのやった事は変わらないはずだから。……水晶の囁きもきっと変わらない」

「わかりました」

「……ありがとうございます」

「不完全が完璧を超える事も、当館ではままある事ですよ、アステラ」


 少女がアステラへ手を差し出した。その手には、何も無かった。

 アステラは嗚咽しそうになって堪えた。

 彼は少女の手のひらをジッと見つめた。見つめながら、『我に返らないで』を強く想う。自分以外の者が見たら、一味も二味も削がれてしまうガラスの額縁の中身。そこに自分だけが見れる輝きは、「本当はね」と言い出し辛くて、もどかしくて、切ない。そして、分かってはもらえないのだろう。


「――――だから長い時間、飲み込んでミイラにしてしまう」


 アステラは少女の何もない手に手を重ねる。


「でも、僕は信じている。僕は、これを美しいたからものだとコッソリと思う。誰に何と言われても」


 合わさった二人の手のひらの間から、ほのかな光が漏れだした。

 光はどんどん強くなり、少女の手のひらに重ねたアステラの手の甲から橙にまあるく透けて、目玉焼きみたいになった。

 少女が微笑んでアステラに訪ねた。


「タイトルを付けますか?」 


 アステラも微笑んで答えた。


「これは、『たからもの』だよ。ピカ・ピカもコティロリーザ・ツベルクラータも、大好きだ!」


 クラゲは聞いた。その姿になって幸せですか、と。

 アステラは誰にともなく、うん、と頷く。

 重ねる手のひらがないと見つけられないたからものをみつけられたのだから。


 ――――どうしてその姿になったの? と、聞かれなくてよかった。運命的なものの事は、答えられないもの。


 次はどんな姿になろうかな。その度に、その姿でしか見られないものが見れるだろうな。

 アステラはそう思い、瞳をきらきらさせて笑った。




 ピッ……。


 ピピッ――。


 ピピピッ――。



 本日は、ご来場誠にありがとうございました。特別展<たからもの博物館>はここまでです。

 ピカ・ピカとコティロリーザ・ツベルクラータのステキなたからもののお話、いかがでしたか?

 アステラはずいぶん満足して帰っていかれたようです。

 こんなにステキなお代を頂戴してしまいました。


 当博物館の展示はキュレーターの気分次第で日替わりでお送りしております。

 いつ来てもお楽しみいただける、最高のミュージアムです。

 愉快に、楽しく、悲しく、切なく、いかなる展示のご要望にもお応えが可能です。ご予約いただければ、たちどころに用意してご覧にいれます。


 あなたのまたのお越しを心よりお待ち申し上げております。

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[良い点] カササギにチチュウカイイボクラゲ。 うっとりするよな響きの学名の生き物が、それぞれの宝物を抱えて見せに来てくれる博物館。 美しい森と美しい海。音楽も建物もまるで天国みたいにキレイすぎて頭が…
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