見なしルール
何か困難を乗り越えて、ようやく出会った精霊のような相手から、ひとつだけ願い事を叶えてもらうという話は、世界中によくある。
実は、日本のとあるこの田舎町にも、むかしから言い伝えのある山のほこらがあった。そこは、ふだん、近隣の人間から折に触れて供物などが供えられているが、伝統的に行われているだけで、それほど「霊験あらたか」と有名なわけでは無かった。
ある日の夕方、友達と遊んだ帰り道にたまたま通りかかった少女は、いつもそうしているので、ササッとこのくだんのほこらに駆け寄ると、特に何を願うというわけでも無く、無心の祈りを捧げて手を合わせた。
「お前は、いつも何も願わず、去って行くな?なにか願い事は無いのか。」
少女は、その声がどこから聞こえているのかわからなかった。だが確かに自分の頭の中に、そのような問いかけが、いかにも大きくゴツゴツした中年男のようなイメージの声で響いたのだ。
少女は、ワッと声をひとつあげたが、驚きのあまりそれ以上声が出なかった。ほこらの中から誰かが話しているのかとも思ったが、古ぼけたほこらは、古い塗装も剥げた木組みの枠があるだけで、その奥に人がいるようには思えない。もしかしたら、どこかにスピーカーがあって、それで誰かが自分に話しかけているのかとも思ったが、そんなものも見当たらなかった。
「驚くことも、恐れることも無い。わしは、このほこらに祀られる者だ。お前にとっては、得体の知れない不気味なものだろうが、わしは長い年月、ここで人々の願い事を耳にしてきた。そして、真に美しい心の持ち主、見上げた志の者、そんな人間の願いを時折叶えてやっておる。もっともわしが叶えてやれる願いにも限界があるけれどナ。」
声は、そういうと低い声で謙遜した笑い声を上げた。少女は、それを放心したまま聞いていた。そして、ぼんやりとほこらを見ていた。少女が、そうしたまま身動きしないので、声の主であるほこらの精霊は、少し恐縮したような声音になった。
「お前の願い事をひとつ、叶えてやろうと思う。どうだ?願い事はあるか?」
少女は、少しの間考えていた。けれど思い切って、震える絞り出すような声で、
「わたしは、80才のおばあちゃんになりたいです。80才まで、幸せに生きて来たという話を春の日の陽が当たる縁側で、子どもや孫や、みんなにひなたぼっこをしながらしたいです。」
「よし、いいだろう。お前の願い、叶えてやろう。」
少女は、この願い事によって、最低80才まで、おおむね幸せに感じる人生を確実に手に入れた。
少女は家に帰ると、中年の女性が出迎えた。
「おばあちゃん、またあのほこらに参ってきたんですか?」
「あ、ああ、そうだよ。そうだよ。」
家の中から小さな女の子が走り出てきて、おばあちゃんの腹の辺りに抱きついた。。
「おばあちゃん、こんどアタシもほこらに連れて行ってネ」
「あ、ああ、いいとも。いいとも。一緒に行こうナ。」
老婆の胸には、数々の幸せな記憶がいくつもしまわれていた。