自死を選んだはずが……。
夢を見ているのだろうか。確かに俺は病院のベランダから身を投げ出したはずだ。なのに病衣ではなく、なぜか部活のユニフォームを着ている。それに目の前の光景はなんだ。だだっ広い野原でキャッチボールをしている人が何人もいる。それはまだ良い。その中に明らかに人間ではない者もいる。
角が生えた者、猫耳や犬耳が生えた者。ここまではまだ特殊メイクとかで理由が付く。しかし、体長が二mを超えていそうな鬼みたいな者や空を飛んでいる者もいる。あれは人間ではない。
「ここは地獄か?」
そうだ。自分は死んだのだ。親より先に、しかも自殺という親不孝を犯したのだ。地獄行きでもおかしくない。鬼みたいな見た目の者もいるし、きっとそうだ。もう後悔しても遅い。逃げられないだろう。それなら、こちらから向こうへ近づこう。さっさと煮るなり焼くなりしてもらいたい。
「すみません。ここはどこですか?」
俺は、見た目が自分と一緒の集まりの方へ声をかけた。その中の二人が対応してくれた。
「ん? お前か助っ人は?」
俺の問いを無視して、中世ヨーロッパの貴族のような服を着た男の方が質問してきた。
「え? いや違い――。「両チーム集合」
突如、天使をかたどったような像が地面から生えてきた。そして、その像が俺たちに呼びかけてくる。
「集合ってどこにっ――!?」
俺は目を見開いた。人間たちの集まりと異形の者たちのちょうど間くらいの所に、バックネットが現れたのだ。そして今も、白線が引かれ、塁が現れ、外野フェンスが地面から飛び出してきた。
そして俺たち以外の者は、当たり前のようにホームベース付近に集まって行く。もう試合が始まるのだろう。
俺がおろおろしているのを見てか、もう一人の男が声を掛けてきた。
「お前は投手だと聞いている。先発でいってもらおうと思っていたんだが……。グラブはどうした? 忘れたのなら俺のを貸そう」
男は手にはめていたグラブを俺に渡してくる。それは主にセカンドやショートが使う、ポケットが浅い小さなグラブで、そもそも右利き用だった。プロテクターなどを着けていることからこの人はキャッチャーだろう。それなのになぜキャッチャーミットを使っていなかったのだろうか。
それよりも俺は肩を壊したのだ。左では投げられない。右でもそこそこ投げられるだろうが……。いや、そういえば先ほどから左肩に違和感がない。もしかしたら……。
「ちょっと失礼……。あ、大丈夫だ」
俺は左肩を恐る恐る軽く回す。しかし痛みは無い。それを確認して次は軽くシャドウピッチングをする。これも痛くない。
おそらく死んだことによって、怪我がリセットされたのだ。これなら野球ができる。そう思い、左用のグラブがあるか聞こうとしたその時だった。
「お前、左利きか?」
何故か男が不機嫌そうに俺に聞いてきた。貴族のような服の男も俺を睨んでくる。何をそんなに怒っているのだろうか。俺はその雰囲気に気が付かないフリをして「ええ、もしかして左用はありませんか?」と聞いたが無視された。
そしてその男は人間の見た目からかけ離れた者たちを怒鳴りつけ出した。
「お前らぁ。こいつ魔族だろ。負けるのがわかっているからってスパイなんて汚いマネしやがって。本物の助っ人どこにやった」
男のその言葉に、今までこちらをチラチラ伺っていた魔族たちがひどく反応した。
「にゃにを言うにゃ。そんなことしていないにゃ。それにそいつ見た目も人間じゃないかにゃ」
見た目通りの猫らしい語尾を付け、茶色の耳としっぽをピンと立てて、女の子がこちらに走ってきた。
「そうだそうだ。人間じゃないか」
こちらの凜とした黒耳女の子は、見た目通りの犬みたいな語尾を付けず標準語で怒っている。しかし、貴族のような男はそれを気にせずに対処する。
「お前ら、人間が左用のグラブを求めるはずがないだろ。いくら罪人と言えど、人間を馬鹿にするな」
「は?」
俺は思わず声を漏らした。左用のグラブを求めることでなぜそこまで言われなければならないのだ。
「こっちは本当に知らないにゃ。本人に種族判定と真偽判定の魔法を掛ければいいにゃ。ほら早くにゃ」
「ああ、そうだな」
そう言って猫の女の子は俺に指を指す。その指は先端が赤くなっていた。魔族を怒鳴りつけた男も、貴族風の男に言われ、俺に指を差してきた。
「汝、嘘をつくことなかれ」「にゃ」
今、彼女が言ったように真偽判定の魔法という奴だろうか。俺の額に赤い光がそれぞれの指から放たれている。
「お前は魔族側のスパイか」
「いえ、違います」
俺は正直に答えた。とりあえず、なにも体に異変は無い。もしこれで嘘をつくとどうなるのだろうか。
「ほら見るにゃ」
「いや、まだだ。お前は魔族だ。そうだろう?」
「人間だと思います」
この答にも俺の体は何も反応しなかった。その事実に男たちが動揺を隠せなくなった時だった。突如一塁側に魔法陣が現れ、そこから人が出て来た。
「そ、そんなハズはな――。「すいやせーん。遅れましたー」
出て来たのは、金髪のチャラチャラした男だった。今もヘラヘラ笑いながら、だらだらとこちらに歩いてくる。グラブをつけていることから、あいつが助っ人だろう。
個人的に、遅れているのにその態度はかなり気に食わない。それにこれから野球をするというのに、両耳に大きめのピアスをつけたままだ。何を考えているのだろうか。
「にゃはは。これで決定にゃ。そっちの勘違いにゃ」
彼女は、男たちを指差して大笑いをする。
「ぐぬぬ。覚えていろ。試合で徹底的に痛めつけてやるからな」
貴族のような男たちは俺を残して、チャラ男の頭を叩いて仲間のもとへと戻ろうとした。だから俺は男たちに声をかけた。
「すみません。俺は……」
「お前は人間でも、魔族に魂を売った異常者だ。野球がしたけりゃ、そっちでやれ」
貴族のような男は、猫の女の子を指差してから、チャラ男と一緒に仲間のもとへ戻って行った。
「にゃんだい、お兄さん。野球したいのかにゃ?」
「え、ええ。そうですね」
別に特段したいわけではない。しかし、ここは話を合わせておこう。それに、この明らかに日本とは違う世界のことも聞いておきたい。
「よし、それにゃあ付いてくるにゃ。キャプテンに聞いてみるにゃ」
そう言って彼女は、あの体長が二m以上ある鬼のような者を指差した。俺はそれを見て少し後ずさりしてしまった。改めて見ると怖い。
「安心していいぞ。ああ見えて優しいからな」
隣にいた犬の女の子は俺がビビったのを見てか、背中を叩いてくれた。そう言われると、行かないわけにはいかない。
俺や助っ人のチャラ男が急に飛び入りで入って来たからか、集合が解かれ、お互いのチームがそれぞれのベンチへと戻っていく。
俺はここが地獄では無さそうだなと思いながら、魔族側のベンチへ歩みを進めた。