君に伝えたいこと~馬の骨と人の思い
主人公の彼女は離婚をして再出発をはかる。
そんな中、彼女の母親と対立が始まる...
俺の元彼女と、その旦那さんとの離婚が成立した。
離婚に対する具体的な取り決めは三点だけで全て口頭での約束をしたようだった。
一つは、彼女に対しての慰謝料はなし。
二つ目は、子供に対する面会は、月一回親の同意が有れば面会出来る。
そして最後に、子供は彼女が引き取り親権は彼女。
こんなに感じで俺の元彼女は子供を引き取り、子供と一緒に俺の家にいる。
これから三人の生活が始まる...
彼女が東京から横浜に来て一週間の間の出来事だった。
俺は心躍りながらも、留置所からの一言が脳裏に焼き付き、少し素直に喜べない自分がいたことも否めない。
「彼女と子供を宜しく頼む...」
「幸せにしてあげてくれ、約束だぞ...」
旦那さんの言葉だ。
凄く重く切ない言葉を残し旦那さんは電話を切った。
俺は自分と旦那さん、そしてこの子達に誓った。
必ず幸せにする...してみせる...と。
そして俺は、近々彼女の実家に挨拶をしに行こうと思い、彼女にお願いして実家のお義母さんに電話をしてもらうことにした。
「もしもしお母さん?私、千尋...」
彼女が実家に電話している。
そして今日までの出来事、事の顛末を話している。
彼女の受け答えはとても重苦しい感じだ。
俺は隣で子供と遊んでいるが何となく空気が怪しいので暫くして電話を代わってもらった。
「もしもし...初めまして、小早川ともうします。」
「今横浜で千尋さんと愛ちゃんと一緒にいます。」
「小早川?...小早川さん?大体の事は今千尋から聞いたけれども、あなたは一体何を考えてるんですか?」
「一緒にって?千尋は結婚してんだよ!子供もいるし何考えてんの!」
挨拶も出来ないほどにお義母さんは怒っている。
「千尋の旦那...田中さんはどうしたの?!話したの?!」
「え、えぇ...この前僕と電話で話をして千尋とは離婚しました。」
「はぁ!?」
「...離婚って!?」
「千尋に代わって!!」
離婚の事はまだ話していなかったようだ。
俺は彼女に電話を代わる。
そして、彼女は離婚の事を含め、俺達の馴れ初めを話しているようだ。
そしてまた俺に電話を代わるよう言われたらしい。
「はい、代わりました。」
「小早川さん、申し訳ないけど色々と迷惑かけてるみたいだけど私は何が何だかサッパリ解らないので、取り敢えずそちらに行きます、そして一度千尋と孫をこっちに連れて帰りますから、この事は無かったことにしてください!」
「...無かったことにって言われても、僕がキチンとしていきますので、田中さんとの約束もあるし、彼女たちの事が好きなので大事にしていきますから...」
「だめです!何処の馬の骨か解らない男に孫と娘を渡せません!」
「馬の骨って...僕は馬の骨ではありません!地元横浜で頑張って働いていて、職人してますが、頑張って千尋さんと...」
「だからって私の知らない男に孫娘をあげれません!!連れて帰ります!」
最後まで俺の話を聞いてくれない。
俺は嫌われているらしい...それは最初の一言で分かっていた...
親からすれば仕方ない事だと自分に言い聞かせながらも何故か切ない...
「田中のことは昔から知ってるし、今は留置所に居るけれどそんなに悪い男ではないから、私は結婚をさせたんだ!」
「あんたの事は見たことも聞いたこともねー!」
「なので、こうして最初に電話してから挨拶に行こうと思うのですが...」
「いい!来なくて!」
「会いたくない!」
「千尋に代わってください!」
俺は、渋々彼女に代わる。
電話を代わった彼女も随分怒られているようだ。
とても不穏な空気が俺の部屋の中を充満している。
「うん、うん...わかった、じゃあ日曜日...」
彼女がそう言うと電話を置いた。
「...ごめんね...お義母さん怒ってたでしょ?」
泣きながら彼女は俺に謝る。
「メチャクチャ怒ってる...」
「なんであんなに怒るのかな?」
「私が勝手なことしたから、それにあんまり親子の中が良くないんだ...小さい頃から...」
聞けば、彼女は幼い頃施設に預けられていた時期もあったらしい...
母親と一緒に暮らしたのはほんの数年だったと、このとき初めて聞かされた...
そして今、お義母さんは実家で独り暮らしをしているけれど、長年同居している人がいるらしい。
その人は優しいけれど、定職に就かないで毎日パチンコをして実家で寝泊まりしているらしい。
何だか俺も意味がわからなくなってきた...
そして実家には、叔父さんもいてその叔父さんの友達も寝泊まりしていて...
彼女の家庭が複雑な事がだんだんと分かってきた...
「それで、日曜日って?どうした?」
「取り敢えず日曜日にこっちに来るから愛を連れて来いって、色々話をすることになったから...東京まで出てこいって...」
彼女のお義母さんは今度の日曜日に田舎から出てくるらしい。
その時に俺も付いて行くと言ったが、彼女のお義母さんは俺は絶対に連れてくるな!と彼女に念を押したようだ。
俺の心は複雑だった。
普通の挨拶も出来ず、一方的に怒鳴られ、なじられ、聞いてみれば、昔、彼女を施設に預けて、今の恋人はパチプロ、そして俺を馬の骨...確かに俺はろくでもない馬の骨かも知れないけれど、留置所に入ったり、パチプロしたり子供を施設に預けたりする気もないし、したこともない!ただ一途に千尋と愛のことが好きで、好きでどうしょうもない男なだけだ!俺は心のなかで叫んでいた。
次の日の夜も彼女の実家に電話をした。
そして、俺も日曜日に同席させて貰えるようにお願いをした。
結果は同じ...
「貴方に会う気はありません!」
電話では話が出来なかった。
直ぐに電話を切られてしまう。
そして、次の日も...
彼女には時間と場所を指定して、俺が電話に出ると切られてしまう...
参ったね...
そして、約束の日曜日がきた。
俺はなぜか知らないけれどその日は朝から高熱を出して魘されていた。
今までに無いくらいの高熱だった。
そして、言葉も発することが出来ないくらいのだるさと熱、全身の痛みが俺を襲っていた。
「大丈夫?!」
「病院行こうよ!」
「救急車呼ぶ!?」
彼女が心配しながら体の汗をふき、頭に冷たいタオルを乗せて俺を看病してくれた。
「...だ大丈夫...」
「...は、早くお義母さんに合いにいきな...」
「うん...平気、少し遅れても平気...」
彼女は俺の手を握って離さなかった...
そして俺は、遠退く意識のなかでこんな声を聞いた...
「千尋行くよ!」
「わかった!でも先に行ってて!後から行くから!」
従姉妹の声だ...その声を聞きながら俺は意識と記憶をなくしていった...
何時まで寝ていたか分からなかった。
気が付くと隣に彼女のがいた。
「...ど、どうした?愛は?お義母さんは?」
「従姉妹が先に行ってる、愛を連れていったから平気...」
「平気って...早く行きなよ、待っているよ...」
「こんなになってるのに行けないし...平気だよ、もういないし...」
彼女は俺を心配してお母さんとの約束の場所に行かなかった...
その選択がすべての人生の歯車を狂わせることになるなんて事は、誰にも分からなかった...そして俺は熱を出した自分を心底呪った...
その夜、彼女は実家に電話をした。
「もしもし、私、千尋...えっ?なんでって従姉妹にも言ったよ、病気になって看病してたから少し遅れるって...」
また部屋の中に不穏な空気...
お義母さんは電話口で約束の場所に彼女が来ないことに凄く怒っているようだ。
暫く彼女はお母さんと言い合いをしている。
お母さんは従姉妹が来てから、直ぐに愛を連れて田舎に帰ってしまったようだ。
彼女の来ない理由も、従姉妹から聞いたようだか、男にうつつを抜かしてると決めつけ、本当に病気だろうが何だろうが親が来てるのに、来ないなんてふざけるな!とその場で従姉妹にも激高して、従姉妹を連れて、愛と一緒に直ぐに新幹線で田舎に帰って行った...
そして電話も一方的に切られたようだ。
「どうした?切れた?」
「...切られた、怒ってるし...」
「そうだね、ごめんね、俺が寝込んだばっかりに...」
「あなたが悪いんじゃないよ...平気、また明日電話するから...」
俺は後悔することしか出来なかった...
次の日の夜も電話をする。
お母さんは電話に出ると直ぐに「用事はありません!」と言い電話を切るように成った。
お義母さんが愛を連れて帰り一週間が過ぎた。
その間彼女はまともにお母さんと話が出来ない。
電話をする度に「用事はありません!」と、言われて電話を切られる。
そんな中、俺も不意に昼間とか電話してみる。
「もしもし小早川です。」
「はい、?何のご用ですか?」
「この前はすいませんでした、僕が寝込んだばっかりに...」
「あなたには関係がありません!千尋が来ないから私は孫を連れて帰っただけ!あなたには関係がありません!」
「でも...」
ガチャン!
切られた...
もう一度電話をする。
「はい?」
「もしもし小早川です、すいません電話切れてしまい...」
「何も話すことはありませんから!」
ガチャン!!
そんな日々が続く。
でも俺には、俺には自信が合った、俺の気持ちを伝えれば、伝われば、俺に合ってくれれば、俺を見てくれたらきっと分かって貰えるって...信じていた...
いくら怒ってるとはいえ、本気で向かい合えば、本気で話せば、きっとわかって貰える、きっとお義母さんも許してくれると...
何故なら俺は本気だったから。
本気で愛の父親になり、千尋を生涯の伴侶として幸せにしていく自信があったから何も怖くなかった。
そして、次の休みに田舎に行くことにした。ちゃんと挨拶をしてお詫びをして、お義母さんに受け入れてもらおう、取り敢えず顔を見せて謝ろうと...
この馬の骨の顔を見せてやろうと...
彼女の実家は東北地方。
東京から新幹線で四時間位の場所だ。
東北の人は暖かいってイメージがあるが
そのときの俺にはそんな気持ちはなかった。
東北の山形県、その地に俺は行ったこともなかった。
その日は、朝から彼女と支度をし、急いで電車を乗り継ぎ、彼女の実家に向かった。
途中神奈川のお土産を買い、挨拶の内容を考えながらその地に向かった...
挨拶に行くことは前日に電話で伝えた。
お義母さんの答えは「来ても会いませんから!」
だった。
でも彼女のお義母さんに会わないと、合って話をしないと何も始まらないと思ったので、取り敢えず彼女と話をして、昼間ならお義母さんは、駅の構内で働いているから行けば会えるし、行けば何とかなるだろうと、思い電車に乗った。
そして、東北のその駅に着いた。
静かな駅だ。
お義母さんは駅の売店で働いている。
俺と彼女は一目散にお義母さん合いに行く。
俺はドキドキしていた。
愛にも会える。
ワクワクした。
足早に売店に向かう。
彼女が言った。
「あそこ!あそこでお母さんが働いているから...」
俺はドキドキワクワクしながらその店に彼女と入る。
「いらしゃいませー!」
中から出迎えの声。
すると奥から40代後半位の賑やかな女性ぎ出てきた。
彼女のお母さんだった。
「お母さん...来たよ。」
「...?!何しに来た?!」
「話に!電話しても切られるし!それに愛にも会いに!」
お義母さんは目を見開いて驚いている。
本当に俺らが来るとは思わなかったようだ。
すかさず「初めまして、小早川です!」
と俺が頭を下げる。
するとその瞬間、お義母さんは店の奥にいた孫娘、愛を抱き抱え、店の裏口から足早に出ていった。
「母ちゃん!!」
彼女が叫ぶ。
俺は何が何だかわからずにいる。
お義母さんが裏口から出ていき、愛を抱いて駅前のタクシー乗り場に行き、すかさずタクシーを拾い、それに飛び乗ると、何処かに行ってしまった...
「...???」
なんだ?どうした?
彼女に聞く。
「あれがお義母さん?」
「そう...」
「えっ?逃げた!?えっー??!!」
逃げるか普通...
俺は一瞬何がおこったか分からなかった。
「どうする?」
「大丈夫、地元だしお母さんはきっとおばあちゃんの家にいるから...」
彼女は冷静に言った。
そうだよな、行くところは家だよな...
そして、タクシーに乗り、取り敢えず彼女のおばあちゃんの家に向かう。
そして、おばあちゃんの家に着いた。
このおばちゃんとは同居している人の母親だった。
その事は後から知った...
おばちゃんの家は駅から車で10分位の場所だった。
「ばばちゃん...千尋だよ!」
「ばばちゃん!」
彼女が玄関を開けながら声を掛けると
家の奥から腰の曲がったおばあちゃんが出てきた。
「あーっ千尋かぁーっ元気だったか...」
「うん!元気!ばばちゃんも元気かぁ!」
「あー元気にやってるー...」
おばあちゃんは俺達を優しく迎えてくれた。そして家の中に通してくれた。
「んで、何で急に来たんだ?何しに来た?」
おばあちゃんが聞く。
彼女は事の顛末をおばあちゃんに話した。
「ぅんだかぁ...じゃあ叔父さんの家にいるんでゃねーかゃぁ...」
おばあちゃんの家にお義母さんに
は来てなかった。
おばあちゃんが言うには多分叔父さんの家にいると言うので、彼女はおばあちゃんの家の電話で叔父さんの家に電話をした。
「もしもし、こんにちは叔父さん、千尋です、母ちゃんいますか?そっちにいってますか?」
「いねーよ、来てねーよ」
「えっ!?いないって、じゃあどこさ行ったのかなぁ...」
「行くどころは他にないでしょ?何処か他にいるところ知ってる?」
「知らねー...」
「そぅ、じゃあ母ちゃんが来たらばばちゃんの家にいるから電話くれるようにいってくれ!」
そう言うと彼女は電話を置いた。
「ばばちゃん、母ちゃんいないって...」
するとおばあちゃんが一言。
「おら電話してみっさけ...」
そしておばあちゃんが叔父さんの所に電話した。
そうするとやはりお義母さんは叔父さんの所にいた。
そして、いくら会いに来ても千尋と俺と会わないといっているらしい。
さすがのおばあちゃんの言うことも聞いてくれなかった。
俺たちは途方にくれた。
そんな俺達を見ておばあちゃんはご飯をご馳走してくれた。
「まんず、ほげな遠いどころまで来たんだ、ゆっぐりしていきな...」
出てきたご飯を食べながら俺は、駅でのお義母さんの顔を思い出していた。
あのビックリした顔、そして、我が子が会いに来たにも関わらず一目散で逃げる後ろ姿...
いったい俺は何をしているのだろうか...
あの人はいったい何をしたいのだろうか...
出された山菜を食べながら俺は答えの出ない問題を解いていた...
暫くおばあちゃんの家にいて、食事をご馳走になったあと、俺はおばあちゃんに思いの全てを話していた。
おばあちゃんは頷いていた。
そして、こういった「おめーの思いはばぁからも伝えどぐ、でも田舎者はおめみていな都会の人の言うごどを直ぐには信じられない所もあるんだぁ、ましてや孫娘を大事に思えば離婚だ引っ越しだ、となれば心配もするー、だがら少しだけ時間を掛けて話してごらん...悪いようにはしないいさけ...」
もう随分悪い気持ちになってるけれど...
そんな皮肉も心の何処かに合ったかもしれない。
俺の目はきっと笑っていなかったはずだ...
そして、彼女も少し、たわいのない話をおばあちゃんと、交わして俺達はおばあちゃんの家を後にした。
帰りのタクシーの中...
「どうする?叔父さんの所にいこうか?」
「きっとまた逃げるよ...」
「逃げるって...なんで?取り敢えず行こうよ...」
「いい...また逃げられて愛かとに変な思いはさせたくない...」
初めて来た東北の大地で、始めてみる庄内平野を眺めながら俺は思った。
俺は何しに来たんだろう...
俺達はそのまま駅に行き、二人無言のままその駅を後にした...
この日を境に、俺達はとても長くて暗いトンネルをさ迷う事となる...
主人公は、常に彼女の家族から心ないことばを浴びせられる、その言葉がトラウマになりながらも家族を守り家族の為に出来ることの全てをしていこうとする主人公に更なる試練と不幸が重なる...