君に伝えたいこと~留置所からの電話
彼女の名前は、田中 千尋。(旧姓南)
長女の名前は、田中 愛。
俺の名前は、小早川 幸輝。
この3人の出会いの意味を未だに俺は理解出来ていないかも知れない。
「もしもし...あんた誰?」
電話の向こう側で怒りを抑えながら冷静に話そうとしているのが伝わるが、語尾が荒い。
「初めてまして、小早川です」
「...こ、小早川?」
電話の向こうで俺が誰なのか考えていた。
「俺と合ったことあんの?」
「ありますよ、二年、三年前?」
俺は、当時彼女が勤めて居たときに彼女が付き合っていた今の旦那と何度か店の中で見かけていた。
そして旦那も俺を知っているはずだ。
その店に毎日のように通っていた時に、俺と彼女が何度か話をしている所を旦那に見られていたのを知っている。
当時は、彼女の旦那も同じお店で働いていた。
(当時は結婚していなかったが、パチンコ屋さんには結婚していると、嘘をついて働いていた。)
夫婦と言う形でパチンコ屋さんの、寮に住み込み、しばらく二人で働いていた。
「何でお前が俺の女と子供とそこにいるんだよ!」
喧嘩腰だ。
「昨日田中さんから電話が来て、旦那が留置所にいて、この先不安と心配で眠れないって夜中に俺の所に電話してきたから、俺が俺の家に連れてきた。」
「勝手なことしてんじゃねーぞ!」
「ふざけるな!こらぁ!」
彼女の旦那は地元でも有名な暴走族の、頭だ。
言葉の全てが威圧的だった。
「こら!テメーざけんなよ!」
「あっ!?」
俺も一応男だし、族の頭じゃないが昔から喧嘩は弱く無かったから語尾が荒くなる。
「ざけんなじゃねーよ!ごら!!」
「ふざけてんのあんただろ!?あっ!」
「あんたいまどこにいんだよ!」
「こら!?」
「おっ?!どこだこら!」
電話口で喧嘩が始まる。
「...うるせーこら!」
「テメーに関係ねーだろー!あっ!」
「関係あんからわざわざ留置所から電話させてんだよ!」
留置所にいる旦那と離婚するために彼女が、昼間警察署まで会いに行き、俺の電話番号を教えた。
そして、電話が掛かって来た。
「留置所」と言葉を発したとたん、一瞬電話の向こう側の、空気が変わるのを俺は感じた。
「千尋が電話したのか?」
「そうだよ!」
「何なら代わるぞ!」
「おう!代われや!」
俺は彼女に電話を、渡した。
「もしもし...」
「そう、うん...」
「私から電話したの...」
彼女は、今までのこと、これからのこと、そして、不安と心配の心の内、彼女の想い全てを彼に話をしている。
それを俺は黙って聞いていた。
時間にして一時間...いや、二時間?
俺には凄く長く感じた。
そして、彼女が電話を俺に回した。
「もしもし...」
「はい?」
「色々うちのやつから聞いたよ、俺はあんたが俺の女房に手を出したかと思ったからよ...」
「出さねーよ!」
「あぁ今聞いたよ、アイツから電話して泣き言言ったらしいな...」
「普通泣き言言うぞ!」
「女一人、子供抱えて、金もねー、仕事もねーミルクも買えねー旦那もいねーって!」
「...」
俺は留置所にいる彼の立場を理解しようとしなかった。
彼女と、愛だけしか見えなかった。
俺は、胸の内を彼に話始めた。
「本当に悪いんだけど、俺は昔から彼女が好きでさ、あの時から、俺は付き合っていたと思ったけど、当時はあんたと彼女が付き合っていたの知らなくてさ、それで何か突然居なくなってさ、それがいきなり電話来て、久しぶり!って、そして幸せかって聞いたら、あんたが警察に捕まったって、そんなこと聞いたら、そしたら普通男なら黙ってられないでしょ?誰でも好きな女が泣いてたら、抱き締めるでしょ?まして、こんな小さな子供がいるんだよ!俺は黙ってられなかった、悪いと思ったけど、俺が彼女達を幸せにするって思ってるから、連れてきた、そして彼女に言った、旦那と別れて俺とやり直そうって、俺は本気だし、気持ちならあんたにも負けないし、子供も俺が命を掛けて幸せにするつもりだから、心配しないでほしい、俺は本気で彼女とこの子のために生きていくから。」
彼は黙って聞いていた。
そして、言った。
「千尋と代わって...」
そして彼女と彼がそれぞれの気持ちを伝えあっていた。
「わかった...じゃあ代わるね。」
彼女が俺に再度受話器を渡す。
「はい...」
「小早川さん」
「はい...」
「色々話したけど俺たちは駄目みたいだ...俺がこんなになっちまって、なさけねーけどもう我慢出来ないらしい...悔しいけど昔からあんたのことが気になっていたみたいだって...だから電話したんだって、やり直せないみたいだ...」
受話器の向こう側の声は、最初の威圧したドスの利いた声とは違い、普通に気の優しい男の声に、代わっていた。
「俺はまだこっちにいるから、情けないけど愛と千尋お願いしますね...」
俺は心が震えた。
男が男に女子供をよろしくって...言えない。
俺は言えないかもしれない。
言わないかも知れない...
そして気がつくと、俺の頬に熱いものが流れ落ちて来てそれを拭いながら俺は彼に約束した。
「田中さん、本当に、本当にありがとうございます、そしてごめんなさい、本当に勝手なことしてごめんなさい、でも本当に彼女と愛ちゃんを幸せにして見せるから、そこを出て落ち着いたら愛ちゃんの顔見に来ても平気だから、あと少し頑張ってください、本当に俺は約束するから、幸せにするって約束するから...」
俺は初めて男泣きしていた。
そして、彼女も涙でぐしゃぐしゃだった。
彼女の中の何が壊れてしまい、それを涙で洗い流すかのようにいつまでもいつまでも二人泣き濡れていた...
幼少時代の写真が一枚ある。
未だに棄てられずにいる。
「愛」もう立派な大人になっているはず。
今一度会いたい。心からそう願う。
あの時の涙が枯れてしまう前に...