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フィギュアなメリーさんの電話

作者: 久愚藁P

「あの人形? 捨てたわよ」


 コッフォwwwww それがしの宝物が母上に捨てられたでござるwwwwwwww

 これは許されざるぅwwwwwwww許されざるですぞ wwwwwwwwww

 

「あんたの部屋きったないんだからどれがゴミだか大事なものかわからないのよ。

 捨てられるのが嫌ならきちんと自分で片付けをなさいな!」


 ––正論である。

 俺の部屋は雑然としていて、長らくいるために自分では気づかないが異臭もするらしい。

 布団は敷きっぱなしで手の届くところに必要なものがあるのと同時に不必要なものも溜まって行くので、ひたすら物が布団を囲うように溜まって行く仕様システムである。しかして所謂いわゆる汚部屋は過去のものとなった。綺麗になってもどうせ一時的なものだと断じてしまうのはひたすらにダメ人間の烙印を自ら押す行為であるが、そう簡単に抜け出せるものではない。

 世のダメ人間は大抵自分のことをダメ人間と自負しているものなのである。ダメ人間たる所以でもある。


 しかし、今回は、今回ばかりはショックが大きい。

 毎日(主に下から)眺め倒していたフィギュアが捨てられてしまったのだ。

 

 それは超人気アニメ『お前が私のご主人––あ、間違えましたすみません 〜え、今日もサビ残!?〜』の二番目ヒロイン。”メリスリア・PPPポンポンペイン綿堂久佐院めんどくさいん”の8分の1スケールフィギュアである。

 メリーさんと呼ばれ親しまれるそのキャラは、デザインが極めて細かいためにアニメでもなかなか出番がなかったり、あってもすんごく遠くに写ってデフォルメされるわで、制作側からの面倒くささが際立って伝わるキャラである。

 そのため他のキャラが立体化(フィギュア化)された後もなかなか発売されず、ようやく発売されたかと思えば製作の限界により一部限定生産品として少数のみつくられたのみだった。故に価格は高騰し、ネット販売では6桁はいく代物なのである。


 奇縁あって入手することができたのは数週間前のことになるが。まさかこんな形で失うことになろうとは。

 俺は涙にくれた。久々にみるフローリングの床に雫がこぼれる。


 プルルルルルルルルッ! プルルルルルルルルっゴホッゴホッ! ……プルルルル!


 スマートフォンの着信音(声優イベントで録音してもらった生声着信音)が鳴る。

 人が落胆に浸っているというのに無粋なやつめ。誰だ?

 みると、かかってきた番号は登録されていない。070……はて?


「……はい」


 わずかばかり緊張しながらでた俺は、相手の声を確認するまでの間に違和感を覚えた。

 なんだか不思議なノイズがある。電波が悪いのだろうか。不気味な何かを感じた。

 声よりもその違和感に注意が削がれ始めたときに相手は喋り始めた。


「私メリーさん」


 え?

 最初の反応は疑問符だったが、すぐに気持ちが切り替わる。

 不思議なもので。直感としてそれが捨てられた人形であるということを察した。

 作中の声(CV:○谷○子)そのままなのである。これは衝撃的だ。ウザさと面倒くささが一声で伝わる。

 演技力の化身と言える。いや、演技ではないか。(注:これは人形であるということであり、声優のウザキャラがどうこうと言う訳ではありません。誤解を招く表現をしてしまったことを深く反省するとともに誠意改善をしていきたいと存じます。)


「今焼却場の前にいるの」


 人形はそう言うとすぐに通話は切れた。

 ……あいつ自力で脱出したんだ。

 よかった、無事で。


 プルルル––––。


 手に持っていたスマホから再び着信。○谷からである。


「はい」

「私メリーさん。今駅前にいるの」 プツッ。


 いいぞ。順調に帰ってきている。


 しかし本当に不思議なものだ。

 確かに通話からは霊的なこの世ならざるものを感じるのは事実であり。名乗って目的を言わずに場所だけ伝えて切る、という説明不足の極みである彼女にはひょっとしたら俺に対する敵意や害意があるのかもしれない。

 これまで呪いというものに詳しくなる機会がないので判断しかねるが、恐らくは呪怨に満ちた人形が捨てた持ち主に復讐を果たすためにやってくる。というのが想像しうる現状なのであろう。

 全く怖くない。昼間だし、今。ホラーは夜にやるべきだ。

 何より捨てたの俺じゃないし。願わくば帰ってきて欲しいというのがまごう事なき本心である。


 着信。すぐにでる。


「私メ––。」

「メリーさん?」

「うん」

「今どこ?」

「駅のホームにいるの」


 乗るんだ。電車。

 近場とはいえ、一駅乗ればそれなりに早くなる。

 悪くないチョイスだ。


「乗った。そろそろ動く」

「メリーさん。お金は持ってるの」

「え……。もしもし……」

「あれ? メリーさん? メリーさん?」


 質問に答える事なく切れた。切られたわけじゃなく、電波が悪くなったようだ。

 移動して電波が切れるって、ひょっとしてメリーさんピッチ(PHS)なのか?

 しかも相当古いの。あるんだまだ、そういうの……。

 心霊よりも感心が深い。


 しかし秒刻みで掛かってきた今までと違って、今回は間隔が長かった。

 そりゃあ。移動手段が電車だもんな。確かこっちの駅まで3分もしなかったと思うけど。

 待つ事10分。それでも掛かってこない。着信ナシ。


 ドンドン! ガチャ––。


 突如、部屋の扉が叩かれ、開けられる。

 ビクッとして振り向くと同時に声を浴びせられる。


「梨切ったけど、食べる? ほらっ」


 切られた梨が乗った皿を強引に渡す母親。


「あの、いい加減いきなり開けるのよしてくれませんかね」

「ノックしてるじゃないの!」


 バタン。

 

 一言返してそのまま行ってしまった。

 ノックの意味がないって話なのだが。

 俺は不満を漏らしながら梨を口に放る。着信はこない。

 電話番号を登録して、漫画でも読むことにした。


 1時間は過ぎたろうか。読み終えた漫画が、再び部屋の片隅にオブジェクト化したところ。着信が入る。


 『新谷』


 あ、メリーさんからだ。

 

「はい?」

「私メリーさん(がやがや)」

「あーもしもし?」

「そのー……(がやがや)」


 どうにもかまびすしい周囲と明らかに動揺してる○谷ボイスでなんとなく察した。


「メリーさんひょっとして快速乗った?」

「……あ! いま久喜にいるの!」

「久喜駅……」


 通り過ぎてるなぁ。確実に遠ざかってる。


「いい? まず下りの––うっ!」


 アドバイスしようとすると、ガヤが大きくなり周囲の雑音が鮮明に聞こえてくる。


「あーもしもしー。そろそろ着くんだけどー。今自販機前なんだけどー。なんか飲むかー?」


 誰かの声が丸聞こえだ。


「全員コーヒーでいいよな。ええっと、ブルーマウンテン、モカ、キリマンジャロ。どれよ」


 ざっくりコーヒーと決めたのに豆に拘る。

 俺はメリーさんの声を待っているのだが、男の声が引き続き聞こえてくる。


「サトシは、ブルーマウンテン。ヒロコは、ああ、キリマンジャロな。んでブルータスは?」


 だれブルータスって。本名なのかな。しかしこのフリはベッタベタなんじゃないか。


「あー? 周りの音が大きくて聞こえねぇ。なんて? ブルータスは何? 聞こえねえなぁまあいいか。じゃあ––」


 言う気か。言うつもりなのか。


「ブルータス。お前キリマンジャロな」


 彼はモカがよかったんじゃねぇかなぁ。


「もしもし私メリーさん」

「あ。メリーさん!?」


 なんかモヤモヤする! けど今はメリーさんだ。


「どうしたの?」

「携帯落としてた。探してた」

「そうなんだ」


 ––––この子人形なんだよな。

 自分の体と同じくらいの大きさの携帯電話(PHS)をどうやって無くせるんだろうか。


 俺は今PCと向かい合っている。画面には久喜駅発の時間が映し出されている。


「今どこ?」

「私メリーさん……」

「うん?」


 ノイズの具合からして、キョロキョロしながら名乗っている。間を持たせようとしている。

 周りからはこのフィギュアは見えてるんだろうか。


「今三番ホームにいるの」

「あ、じゃあー」


 そう言いかけるといきなりブツッと切れてしまう。これは……電池切れだ。

 それがメリーさんとの最後の通信となった。

 以来、CV:新○の声はスマホから聞こえる事はなかったが。

 これはこれで良い体験だと己に言い聞かせ、この日のことは心の中のお洒落小箱にしまうことにする。

 いずれ歳を重ねた時に不意に思い出し。あの時声優との会話を疑似体験したんだとほっこりするに違いない。


 プルルルルル。


 不思議体験をした夕刻、電話がかかる。

 『新谷』


 夕食時、母親が真っ先に画面を除く。極めて悪趣味である。


「誰よ新谷って。友達?」

「……彼女」

「………………。」


 信用などハナからない哀れんだ目。よせやい母上。

 それ息子に向ける眼差しの中じゃあ最悪の部類に入るぜ?

 俺はそそくさと食卓を離れ、廊下に出てから通話を受諾する。


「はい」

「失礼ですが○○さんのお電話であってますかねぇ?」


 張ってはいるが少しぶっきらぼうな男の声がした。

 話を聞けば、相手は駅員さん。

 落し物としてフィギュアを預かっているのだが、そのフィギュアはPHSを抱くように持っていて、裏面の電池カバーにこの番号と名前が掘られていたのだと言う。

 

「ええ。ピンク色の髪で〜。こうサイドテールの、はい。服は虹色で––––」


 特徴を言い本人のものと確認をとった後、軽く注意を受け、取りに来るように言われる。


 後日。駅で受け取ったそのフィギュアは紛れもなく自分のものであった。いざ外でもつとそれなりに恥ずかしい。

 一緒に渡されたシルバーのPHSはかなり古く、画面はモノクロで文字も三行かけるかどうかのものだ。

 裏面には銀の塗装が削られ、確かに自分のスマホの番号と名前が掘られている。


 思えば誰かのイタズラだったのか。母親含めてTV番組が裏でグルになって……。

 どうなんだろうな。良いか。どうでも。


 自室に戻り、棚の上に帰ってきたメリーさんを置く。

 超常的な体験も日を過ぎればどうでもよくなって来るのは我ながら思うものがあるが気にしない。

 こういう性格は今に始まった事でない。

 仮にイタズラだったとしても、本当に心霊的なものだったとしても。

 捨てられたはずの宝物が戻ってきたのは事実である。それで充分。


「どっかのタイミングでグッと来るセリフ言わせたかったな」

 人は欲深いものだ。


 部屋で寝そべり、まどろみに身を任せ眠りに沈む俺は。

 棚の上に置いてあるメリーさんのかすかに削れた指先から、銀色の塗装の粉がぱらりと落ちた事に気づくことはなかった。

声優もフィギュアも電車もそこまで詳しくないですはい


PHS(笑)

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