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第14話 嫌悪

 レールガンの上でセナと約束を交わした後、キースに送られてセナの家に着いたらしい。

 なぜ「らしい」なのかというと、セナに抱えられて階段を下りている最中に、完全に熟睡してしまい、呼び掛けられても目を覚まさなかったからだ。

 まあ、猫は一日の三分の二を寝て過ごす生き物で、それにしては頑張って起きていた方だろう。まだ寝足りないくらいだ。

 小さな窓から差し込むオレンジの夕日は頼りなく弱まっていき、セナが照明を点けた時に、クロウは目を覚ました。

 ぼんやりする頭で周囲を見回す。朝と同じ段ボールに寝かされていた。キッチンでこちらに背を向けて、何やら作業をしているセナの姿が見える。

「俺は何時間くらい眠ってた?」

「うーん、二時間くらいじゃない? とても可愛かったわよ、何しても起きないんだもん」

 何をしたのか、と問い詰める気力も体力もない。おそらく一般的な猫と同じようなことをされたというのは容易に想像できる。

「夕食は今日買ってきたお肉焼こうかと思っているんだけど、味付けはどういうのがいい?」

「俺の分はシンプルな薄味にしておいてくれ」

 人間と同じ物が食べられると言っても、体はとても小さい。塩分その他諸々の蓄積量は計算していかないと早死にする。

 少し経って、心地の良い肉の焼ける音に、涎の垂れるような香りが部屋を満たした。ちゃんとした肉を食べるのは久しぶりだ。職業柄、食事はほとんど保存食を一人でつまんでいた。

 頃合いを見て椅子の上に飛び乗る。料理を待つという一時も随分と貴重だ。忙しなく動くセナの背中を見ていると、家庭というものを想像してしまう。

 地球でこうやってセナと暮らしていくのも悪くない。

 今回の一件が終わったら、猫の一匹ぐらい研究所が面倒見てくれるだろう。別にフレッドとともに技術者として宇宙船を作ってもいい。いくらでも平和な暮らしの道はある。

「どうしたの? ニヤニヤして」

 両手にステーキを盛った皿を持ちながら、セナがクロウの顔を覗き込んでいた。

「いや、何でもない」

 頭をぶんぶんと振って答える。

「ふーん、変なの」

 セナは皿をテーブルに置くと席に着く。こんがりと焼けた表面に、レアっぽく赤身の残る色のコントラストが食欲をそそる。

「明日、外に行けるなんて信じられないわ」

「かなり急なスケジュールだとは思うが、まあ慣れてる」

 外についての情報をキースに聞いておいた方が良かったと後悔していなくもないが、問題はないだろう。大して危険もないはずだ。心躍るような冒険もないとは思うが。

「あんたは、外に出て何がしたいんだ?」

 あの喜びようだ、具体的な目的とはいかなくても、何かしたいことぐらいはあるのだろう。そう思っていたが、セナは予想に反し額に皺を寄せて首を傾げた。

「そういえば、あんまり考えたことなかった」

「おいおい」

「見ないで終わるのが嫌だった……それだけかな」

「まあ、分からんでもないが」

 自由の制限というのは耐え難いものだ。自分の能力不足なら甘んじて受け入れるが、そうじゃないことの方が世の中には多い。

 他愛もない話とともに食事を終えると、セナはシャワーを浴びると言って扉の向こうに消えていった。流石に「一緒に入ろう」などと言ってこなかったので、一安心。

 クロウは一人水の流れ落ちる音に耳を傾ける。断じて期待していたわけではない、雄であっても猫であるクロウにとって人間の裸など無意味なものだ。だからこそ断る理由もないわけだが……。

 そこまで妄想したところでやっと冷静になる。こんな時期の夜に風呂など入ったら寝ている間に凍え死にしかねないだろう、一体何を考えているんだ。

 どうもセナと出会ってから調子が狂う。恋慕といったものでは決してないが、何か魅かれるものがあった。

 羨望か、嫉妬か、たしかにセナはクロウに無いものを持っている。自分のことを気にかけ守ってくれる仲間、未来への希望や純粋な心、その内に秘めた鮮やかな夢。

 全部、クロウが持ち得なかった、もしくはどこかに置いてきてしまったものだ。

 セナとともに居れば、そんなものを今からでも手に入れられるかもしれない、そういう希望に魅かれているに違いない。

 余計に惨めで、醜い生き物じゃないか。

 調子に乗って柄にもなくヒーローを気取ってみたのだって、そうだ。宇宙じゃただの小汚い運び屋が、たまたま重宝される環境に辿り着いて舞い上がっただけ。何か正義感や使命感に突き動かされたわけじゃない。

 いや、自分のことを突き動かしたものが無くはない。罪悪感だ。

 武器を運んだ次の日、ニュースに流れる戦闘や虐殺の報せを見ないフリしてきた。たまの手伝いで同僚が入手してきた船を整備する時、船内に飛び散った血痕を、何の意味もない液体だと思い込もうとした。泣き叫んで助けを求めながらどこかに連れていかれた人達を、どうにか忘れようとした。

 忘れてなんかいない、見て見ぬフリをしてきた全ての罪だ。

 今となっては、「クロウ」という名に別の意味を見出さずにはいられない。死肉を啄む黒い烏としてのミーニングを。

 うん、ピッタリだ。今度からは堂々とクロウと名乗ろう。

 クロウは自嘲めいた表情を、誰へ向けるわけでもなく浮かべる。その時、今は聞きたくない声が聞こえた。

「どうしたの? そんなところで」


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