第一章 08 食堂
08
さっき、トイレに行くために開けた扉。
その時は左右をしっかり見なかったが、今回は、三人で扉の外を見渡す。
ここは廊下の突き当りで、左側は壁。目の前はトイレの扉だった。さっきは無意識に見過ごしていたが、二つの扉があり、それぞれに『男』『女』と日本語訳された札がかかっていた。
右側に、廊下が伸びている。
まず隣にあるのは、上に行く階段だった。
その先に、二十人ほどが入れそうな広間がある。
長方形の木製の机に、木製の椅子が並んでいて、周りに食器棚がある。
その奥に、食材が入っていそうな大きな扉付きの棚、トイレの手洗い場より大きな流し台、があるのが見える。
「食堂と台所だ」
三人はそれぞれ同じようにつぶやく。それは先ほど想定したものの範疇に収まっていた。三人はミーティング室の前から、食堂へ向かって歩き出す。
食堂に並んでいる椅子は、ミーティング室にあった物と同じだった。
「あの部屋の椅子はここから持ってきたんですね」
「でも机は違うね」
「パーティーの人数はそれぞれだで、あっちは話しやすいように丸テーブルで、椅子だけ食堂から持ってきて調節しろってことなんかな?」
三人はあたりを見回しながら、流しに向かって歩いていく。
「お、ミーティングは終わったのかい? ほかの客はみんな狩りに行って、残ってるのはあんたたちだけだよ」
突然、棚の影から、声とともに人が現れた。
三人は驚いてコップを落としそうになるが、必死にこらえる。
現れたのは、日に焼けて快活そうな中年女性だった。
「ああ、コップ持ってきてくれたのかい。洗っとくから、こっちにおくれ」
外見や雰囲気から、宿屋の主人の奥方と思われた。三人はコップを渡す。
「今日も泊まってく予定なのかい? 夕飯はどうするんだね?」
三人は視線を交わし、リユルが代表して答える。
「あっはい、今夜も泊まって、お夕食もいただきたいと思います」
どんな答えが返ってくるのだろう。三人は息をのんだ。
「じゃああっちにうちの亭主がいるから、そう言って、今日の宿代と一緒に払っとくれ」
やっぱりおかみさんだった。リユルが答える。
「あっはい、先払いなんですね」
「そうだよ。食材を町から取り寄せて冷やしとくのだってただじゃないんだから。後払いであんたたちが魔物退治に行ってそのまま帰ってこなかったら、あいたちの商売が成り立たないよ。昨日もそうだったろ?」
「そ、そうでしたね。荷物は部屋なんで、これから取ってきます」
ヴァルルシャが言う。昨日も自分たちはこの宿に泊まったのか。おかみさんの中ではそうなっているのか。さっきまで三人が世界の設定をしていたことを、彼女は知らない設定なのか。
「今日も泊まるんだったら大きい荷物は置いといてもかまわないよ。鍵がかかってればうちの亭主も掃除はしないしさ」
怪しまれないように取り繕ったヴァルルシャだったが、おかみさんはそれほど不審に思わなかったようだ。
それでは、と挨拶をして、三人は宿泊部屋に向かおうとする。
「この辺は大した魔物はめったに出てこないけど、何があるかわからないからね。無事に帰ってくるんだよ! 料理が無駄になっちまう」
おかみさんにそう声を掛けられ、お辞儀をして三人は食堂を後にした。