第一章 06 この世界の旅人
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「でもさ、いつまでもこの部屋で話しとるより、そろそろ外に出たくない? うちらの世界がどんなか見たいよ」
ユージナが窓の外を見ながら言った。窓枠の形に切り抜かれた中で、木々が風に揺れているのが見える。その先はどうなっているのだろう。
「そうですね。ここは森の中の一軒家、という設定にしましたが、魔物退治で生計を立てて旅をする人間がたくさんいる世界なら、RPGでいうところの宿屋、と設定してもいいでしょうか」
「そうだね。町から離れてる、って設定にしたから、大きな町と町の間の、中継地点みたいな感じかな? 町と町の移動には一日以上かかるから途中に宿屋を……あ、この世界の移動手段ってどうする? 馬とかあるの?」
リユルの疑問に、少し考えて二人は言った。
「馬や馬車は、存在はしているけれども利用するのはちょっと高い、ぐらいにしておいて、基本は徒歩で移動するということでどうですかね。基本が馬移動になってしまうと、それだけ行動範囲が最初から広すぎて、設定が大変になりそうですし」
「うん。それに、自分たちで歩いて世界を見て回りながら、細かい設定を固めていく、って方が、しっかりした設定ができると思うな。文字通り、地に足が着いとるっていうかさ」
リユルはうなずいた。
「そうだね。じゃあ、町と町の中継地点、ってことは、すぐそばに街道とかあるのかな? でもさっき、町の喧騒とか聞こえなくて静か、って設定しちゃったよね。街道もそんなに静かで人通りがないことにする?」
「ああ、それに、この窓から見える景色を、森のような木々に設定してしまいましたものね。ということは、開けた街道というよりは、森の中を突っ切って隣町に行く人のために作られた宿屋、とした方がいいんでしょうか?」
「んーでも、そんな人里離れたところに一軒だけ宿屋があったら、不用心じゃない? 森の中って、たとえば草原とかより強めのモンスターが出たりするでしょ? RPGじゃそういうとこにある宿屋にも敵は出んけどさ、町なら、自警団とか兵隊とかがおるから襲われん、っていうのはわかるけど、一軒だけの宿屋で自衛できる? 魔物じゃなくても、人間の強盗が目を付けるかもしれんし、用心棒でも雇っとるのかって話になるけど、周りが静かで人通りが少ないのなら繁盛しとらんってことになるし、それで経営が成り立つんかな?」
ユージナの疑問に、しばらく皆で考える。やがてリユルが言った。
「そういえばさ、魔物って、森の奥とか、ひと気がないところで生まれる、ってことでいいの? 魔物は精霊のストレス発散なわけだから、暴れまわりたいんだよね? だったら町とか人間のいるところで発生するとすぐ退治されちゃうから、人間のいないところで人知れず発生する、と考えていいんだよね?」
「そうですね。魔王も、どこに出現するかは不明、という設定にしましたが、町の中でいきなり誕生されても困りますしね」
「てことはさあ、森って、魔物の生息スポットなわけじゃん? 魔物退治をする人間が多くいるなら、そういう人たちが森で魔物探しをするときの拠点として、森の入り口に宿屋があるって設定するのはどうよ? みんな森の中に入っていくから宿屋の周りはこうして静かでさ、みんな魔物退治してお金を稼ぎたいんだから、宿屋が魔物に襲われそうになったら、宿泊客が率先して魔物を退治しにくるの!」
「いいねそれ! じゃあうちらもここに泊まっとって、森の中に魔物退治しにいくことにすればいいんだ! それなら弱い敵からちょっとずつ設定固めていけるし、リユルのアイデア、いいよ!」
三人は笑顔になった。
「じゃあ、我々はこの宿屋に何泊かしていて、森と宿屋を行き来して魔物退治をしている最中、ということにしますか。私も、いつまでもこうして設定ばかり決めていないで、魔法を使ってみたくなりました。私とリユルさんは、どんな魔法が使えることにしましょうか」
少し考えて、リユルは答えた。
「どんな魔法も使いこなして精神力もけた外れに高いから最大級の魔法が何発も使える……なんてチートみたいな強キャラ設定は恥ずかしいから普通でいいわ。でもこの世界の普通ってどのくらいだろ?」
「とりあえず、一つ二つ使える魔法を設定しておいて、実際に魔物退治を行ってみて、この設定じゃ無理!と思ったら他にも魔法が使えることにしていく、という形でどうですかね。『私が使える魔法はこれだけです』と宣言さえしなければ、後から設定を考えてもいいわけですから」
「漫画が長く連載されてくうちに後から設定が付け足される、みたいなもんだね。うちは、泊まっとる部屋に日本刀を置いてあって、魔物退治に行くときに持っていけばいいんかな?」
「ユージナさんはそれでいいと思います。ユージナさんは物理攻撃担当ということで、我々もまず魔法攻撃が一つはできるといいですよね」
ヴァルルシャに言われ、リユルがうなずく。
「あっそうだ! さっきユージナが、『水が容器から消えない魔法をかけた水筒』ってアイデアを出したよね。その水筒に水の魔法を使う必要があるわけだから、あいは、水の魔法が使えることにしようかな」
「リユルさんが水なら、私は火の魔法を使えるようにしておきましょうか。魔物を倒す以外にも使えそうですし。それで、どんな風に魔法が発動することにしましょうか」
少し考えて、リユルとユージナが言う。
「ゲームだと、戦闘画面でアクアとかファイアとか選ぶとそれで魔法攻撃になるよね。気合いを入れて『アクア!』って叫べば水が出るのかな?」
「ゲーム独特の魔法名がついとるのもあるよね。そういうのを考えるか、普通に英語でウインドとかサンダーとか言うか……」
「でも下手に英語にすると、あとが困りますよ。『水が容器から消えない魔法』とか、全部英語で言うんですか? 作者はそんなに英語の知識はなかったはずです」
ヴァルルシャに言われ、リユルもユージナもうなずく。
「じゃあ、水よ!とか炎よ!とか、日本語で言うぐらいでいいのかな? 魔法屋で魔法を買った人間が、精神を集中してそう言うと、水や炎が現れる、ってことで。
水で魔物を攻撃するなら、水で敵を押しつぶし、その水はすぐ消える。火で敵を焼くなら、魔物を焼いた後、火はすぐ消える。って感じ? 単体攻撃と全体攻撃みたいな区別はどうしよう?」
「レベルが上がると一度に出せる量が増える、という感じでしょうか。ここからここまでの範囲に炎を出したいぞ、と念じて精神を集中し、その通りに火が出せるかどうかは、本人の熟練次第、とか」
「てことは、魔法屋で『炎の魔法』ってのを一回買ったら、あとは本人の努力次第でどんだけでも炎が出せることにしちゃう? でもそれだったら一人一回買ったら終わりだで、すぐに買い手がおらんくならない? 出せる炎の量に応じて、レベル1とか2とか区切ってその都度買いに来てもらわんと、魔法屋は商売が成り立たんのじゃないかな?」
「確かに……。じゃあ、何段階かあった方がいいですね。高レベルになるほど、魔法屋に払う金額も高くなるということで。どのぐらいの刻み方がいいでしょう?」
「水筒に使えるぐらいの水を出すのがレベル1って感じだよね。それから、単体攻撃がレベル2、全体攻撃がレベル3? もうちょっと細かく刻んだ方がいいのかなあ。上水タンクに魔法使いが水を張るなら、大量に水が出せないといけないし。レベル1とか2とかじゃなく、初級、中級、上級、ぐらいの区別で、細かい部分は後々決めた方がいいかなあ」
少し考えた後、人差し指を立ててヴァルルシャが言った。
「そうだ、現代日本でいう車の免許も、大型車を運転するには、普通車の免許を取ったのち何年か経たないと受験資格もありませんよね。
魔物にぶつけて攻撃するなら水の質が悪くてもいいでしょうが、上水タンクに使用できる飲料に適した水を、しかも何リットルも出そうと思ったら相当の能力が必要だと考えられますね。そういう仕事に使える魔法は、魔物退治用よりも上級で、習得するのに本人の能力が高くないといけないし、魔法屋での価格も高くなっている、というのはどうでしょうか。」
ヴァルルシャの言葉をリユルが発展させる。
「なるほどー。免許はいい例えだね! じゃあさ、上水タンクに魔法使いが水を溜めるのも、誰でもいいってわけじゃなくて、各建物の上水タンクに、水を張るために訪問する職業、っていうのがあるってことにしたら? 魔法使いは、魔物退治をするためだけじゃなく、人々の日常生活を支える職業として社会に組み込まれている、ってことにするんだよ!」
「確かに。それなら、上級な魔法を習得したがる人も増えるでしょうし、魔法屋の需要も高くなるので、各地の町にたくさん存在していても経営は成り立ちますね。そういえば、確か、江戸時代には水屋と言って、水を運んできて売る商売があったんですよね?」
ヴァルルシャに聞かれ、ユージナが答えた。
「ああ、そうだね。『水屋の富』っていう落語があるよ。水を担いで売り歩く水屋さんが、富くじで大金を当てて……って話。水を何リットルも人力で運ぶのは大変だろうけど、魔法で水を出すなら身一つで移動すればいいで、その点は楽かな? でも精神力をたくさん使うで精神的には重労働かもしれんね。でもその分報酬が高いから習得目指して頑張る人も多いとか……免許や資格の取得みたいに手に職を得ようって感じの立ち位置みたいに考えたらいいんかな?」
「そう考えるとわかりやすいかもしれませんね。となると、魔法の上級レベルが、上水タンクに水を張ったりできるくらいの能力。中級が、魔物退治の全体攻撃、初級が、魔物退治の単体攻撃か……それとももっとハードルを下げた方がいいでしょうかね」
ヴァルルシャの言葉を受けて、ユージナが言った。
「うちは魔法が使えんからさ、何もないところに火とか水が出せるのって、物理法則を超越したものすごい力に見えるわけよ。実際に超越しとるわけだけど。今回は精霊の力ってことで、物語によって魔法の力の源は違うけど、走ったり飛んだり、っていう、人間が生まれつき持っとる能力とは別のところから出とる力、ってことに変わりないよね。だからそういうのを使えるようになるには、最初に飛び越さないかんハードルがものすごく高いんだと思う。向き不向きがあって、得意な人は最初から魔物を攻撃するぐらいの大きい力が使えるけど、苦手な人はほんとに初歩から勉強せんといかんと思う。マッチ程度の火を起こすんでもさ。だで、マッチ的な物が売られとる、つまり買わないかん人がおる、ってことだし」
「そっかー。あいたちは魔法使いキャラで、設定として最初から魔法が使えるから、魔法がそんなに難しいものだと思ってなかったな。ユージナの視点だとそう見えるんだね。いろんな立ち位置のキャラがいるっていいね。
じゃあ、初級は、とりあえず魔法が使えるようになる、って程度がいいかな。中級が、魔物退治に使えるぐらい。上級が、タンクに水を張ったりできるぐらい。それぞれの級で、いろいろと幅があるって設定した方がいいかもね」
「うん。火の魔法をある程度使える人が新たに水の魔法も習得するなら、基礎ができとるで中級からでもいけるかもしれんけど、魔法の全くの初心者はめちゃくちゃ簡単なもんからでないと覚えられんと思うんだ。だで、それぞれの魔法に超簡単な初級があった方がいいと思う」
ユージナの言葉にうなずいて、リユルが言った。
「中級魔法が普通自動車免許なら、上級魔法が大型車の免許で、初級魔法は、自動車の免許と一緒に取れる原付の免許、って感じ? ちょっと違うかもしんないけど……。
とにかく、魔物退治用の攻撃魔法は中級ってことで、あいは水、ヴァルルシャは火の中級魔法が使えるってことでいいかな」
「そうですね。それで、一つだけにするか、何種類か使えることにするか……」
ヴァルルシャが言いかけたところで、ノックの音がした。