第六章 04 目覚まし時計
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鑑定屋を出て、時計塔を通り過ぎ、次の道に向かう。
雨はまだ降り続いていて視界が悪いが、レインコートの下から道を見渡すと、『イム時計店』という字と、時計の絵が描かれた看板が見つかった。
「時計だから、タイム……から来てるのかな」
リユルがつぶやく。
「店主の名前かな? 精霊の名前かな? ゼンマイ式の時計だったら精霊の力を借りんでもいいだろうで、店主の名前かな」
ユージナがそこまで言ったところで、三人は店の前にたどり着いた。
「どちらにしても精密機械でしょうし、水気は良く払っておいた方がいいでしょうね」
ヴァルルシャが言い、三人は店の軒先で念入りにレインコートから水を払い、たたんだ。
店の扉をくぐると、店の奥に座っている眼鏡をかけた白髪の男性が、作業を中断して三人の方を見た。精霊は見当たらないので、おそらく彼が店主のイムさんだろう。時計の修理をしていたようだった。
店内には置時計や掛け時計が並べられていた。デジタル時計が無いことと、アナログ時計でも文字盤が十二等分でなく八等分なことを除けば、現代日本にもありそうな、アンティーク専門の時計店のような雰囲気だった。
「目覚まし時計だと、こういう置時計になるのかな?」
店が静かな雰囲気なので、静かな声で、リユルがその棚を覗き込む。
「でも、旅するのに大きいのは邪魔にならん? 懐中時計みたいなのの方がよくない?」
ユージナも同じような声で別の棚を覗き込む。
「懐中時計にもアラームって付いてますかね。宿で起きるときに使うだけなら、置時計タイプでもいい気がしますが……」
ヴァルルシャがそこまで言ったところで、店主がこう言って立ち上がった。
「魔物狩り屋かね。懐中時計にアラームは難しいなあ。そっちの棚にある置時計には全部アラームが付いてるんだけどね。自宅に置いとくんなら安いのでもいいけど、魔物退治で持ち歩くんなら高いやつの方が頑丈でお勧めだよ。どっちにしても定期的にメンテナンスはしないといけないけどね」
店主はその棚の方へ歩いていく。三人もそこについていくと、時計の頭にベルの乗った、見るからに目覚まし時計という外見の時計が並んでいた。
「こっちのは置時計でも小型で軽いよ。その分ちょっと高いけど」
店主は棚の一角を示して言う。ヴァルルシャが尋ねた。
「アラームはどうやって設定するんですか?」
店主は一つの置時計を手に取り、裏返した。
「このねじを回すと、アラーム用の針が回る。それを鳴らしたい時刻に合わせておくと、通常の針がそこに重なったら上のベルが鳴る仕組みだよ。オンオフはここのボタン。通常の針の時刻合わせはこっちのねじ、それからここのねじを毎日巻かないと時計は止まっちゃうからね」
店主はそう説明した。基本的には現代日本にもある目覚まし時計と同じだ。電池式でなく、手動で毎日ねじを巻かねばならないところだけが違っていた。
「これ、おいくらぐらいするんです?」
リユルが尋ねた。棚には値札のような物は見当たらなかった。
「そっちの大きい目覚まし時計は600テニエル、こっちの小さいのは900テニエルだよ」
三人は悩んだ。大きい時計たちは手のひらの全長ぐらいの長さで、そこに金属の部品が詰まっていると考えれば、重さも見た目通りのものだった。
小型の時計たちは握りこぶしぐらいの大きさで、大きさ通りの軽さをしていた。
「……宿屋に置いとく、っていっても、旅してるんだし、やっぱり軽い方がいいよねえ」
リユルが大小二つの目覚まし時計をそれぞれの手に乗せ、重さを比べてみる。
「三人で一つだけ買って、一人が目覚まし時計で起きて他の人を起こすとか……? でもやっぱ、自分で一つ持っとった方がいいか」
ユージナは自分が寝坊した時のことを思い出した。起こされるより、やはり自分で決めた時間に起きる方がいい。
「起きようと思っても寝過ごす可能性はありますからね。各自で一つ持っていた方がいいでしょうね」
先日、寝坊したヴァルルシャもそう言った。
三人は結局、小型の900テニエルの目覚まし時計をそれぞれ買うことにした。
店主は外の時計塔を覗き、目覚まし時計のねじを巻きなおして時刻合わせをした。その針は4から5のあたりを指していた。
「もう夕方か。あいたち、いっぱい買い物したもんね」
昼過ぎに森から戻ってきたとはいえ、買い物でずいぶん時間を使ったようだ。
「そろそろ宿に戻らんといかんね。もう夕飯も食べちゃう?」
「明日は早いですからね。早めに済ませて休みますか」
三人がそう話している間に、店主は丈夫そうな布袋を取り出し、目覚まし時計を入れた。
「料金にはこの袋も含まれるからね。カバンに入れて持ち歩いたときの衝撃がちょっとでも軽くなるように、時計一個に一袋ずつ付けてるんだ。軽く防水加工もしてあるし。今もまだ雨降ってるしねえ」
そう言いながら、店主は布袋の上からさらに紙袋で時計を包んだ。
「ご丁寧に、ありがとうございます」
しっかり包まれた品物を受け取り、代金を払い、三人は言った。
「こちらこそお買い上げありがとう。大事に使えば長持ちするからね。うちみたいな専門店で定期的にメンテナンスした方がいいよ」
三人はお礼を言い、店を後にした。レインコートをもう一度はおり、橋を渡って川沿いの宿を目指す。宿に着くころには、雨はほぼやんでいた。
宿の玄関でレインコートの水気を払い、一応、自室に広げて干しておく。荷物を置き、近くの店で早めの夕食をとった。
宿に戻り、食休みも兼ねて買ったものを整理する。
「うち、これ洗ってくるわ」
ユージナは今まで履いていたわらじとも草履ともつかない履き物を、風呂場の横の洗い場に持っていき、丁寧に洗って泥を落とした。自室に持ち帰り、壁に立てかけて干しておく。平たい構造なので明日には乾くだろう。
洗い場の横はボイラー室の熱気が当たるところにロープが張られ、ハンガーと洗濯ばさみもあった。以前泊まったリスタトゥーの宿屋と同じ構造だ。履き物も熱風に当てた方がよく乾くのかもしれないが、宿泊客が共同で下着や服などを干す場所に土足を吊るすのはよくないと思ったので、ユージナは水場で泥を落とすだけにとどめた。雨なので他の宿泊客の洗濯物はすでに何着も干してあったが、靴はなかったので、皆、自室で干しているのだろう。
それから三人は風呂に入り、寝間着に着替え、下着を洗って洗い場に干した。足元は今日買った室内履きに履き替えて、部屋に戻ってきた。脱いだ外用の靴はひとまず廊下に置いておき、買った基礎化粧品や整髪料の使い心地を試す。
「この靴、朝までに乾きますかねえ」
ヴァルルシャが廊下に出て言った。外用の靴をいつまでも廊下に置いておくわけにもいかないだろう。部屋に入れるしかないが、雨の中ずっと歩き回っていたので、かなり濡れていた。リユルのブーツとユージナの地下足袋も同じで、まだ廊下に置いてある。二人も廊下に出て、自分の靴を眺める。
「あっそうだ! 新聞紙を丸めて靴に詰めると早く乾くって言うから、今日もらった紙袋を詰めようよ!」
リユルがそう思いついた。確かに、買い物でもらった紙袋は役に立ちそうだ。三人は自分の履き物に紙を詰め、自室に一晩置いておくことにした。
明日は早いからそろそろ寝よう、という話になり、三人は洗い場から下着を回収し、風の魔法で乾かした。
「明日は何時に起きる?」
ユージナが二人に尋ねた。
「数字が5の位置にアラームの針を合わせるのがやりやすいんじゃない? 数字の無い部分だと、三人でずれが出るかもしれないよ」
リユルの言う通り、時計には分の刻みが無いし、十二等分ではなく八等分なので、細かい設定は難しそうだった。
「時計があると言っても、そこまで時間に追われる生活でなくてもよい、ということでしょうかね。今までだって時計無しで過ごせていましたし」
ヴァルルシャが言い、三人はそれぞれの目覚まし時計のアラームをセットした。
「じゃ、おやすみ」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
明日は朝の五刻、現代日本で言う朝の六時に起きることにして、三人はそれぞれの部屋に入り、明日に備えて早く眠った。




