第五章 05 再会
05
ヴァルルシャ、ユージナ、リユルがファスタンの町に戻ったのは、空が夕焼けで赤く染まるころだった。
夕食には少し早いか?という話になり、三人は宿屋に戻って、軽く休憩してから食事に出かけることにした。
リユルは301、ユージナは302、ヴァルルシャは303の部屋で、それぞれくつろぐ。
そろそろ行こうか、という話になり、三人が一階に下りていくと、その人は、いた。
「ルーリーン……さん」
ヴァルルシャがそう声を上げると、彼女は振り向いた。
ルーリーンと、ユージーン、そしてフィルラ。その三人が、宿屋のフロントに、立っていた。
「あっ、さっきの方!! こちらにお泊まりだったんですね! 私たちも、今夜の宿はここに決めたんですよ。だって他の宿よりお安いし……。あっでも! さっき渡したお金のことは気にしないでくださいね! 私が失礼なことをしたんですから! 私があなたたちの獲物を……あ、えっと……あれ? お名前、なんでしたっけ?」
ルーリーンは弾むようにそこまで言うと、眼鏡の奥から、ヴァルルシャをじっと見た。
彼女に見つめられ、ヴァルルシャは一瞬沈黙するが、やがて我に返って返事をした。
「あ、ええ……と、そうだ、まだ名乗っていませんでしたね。私は、ヴァルルシャ・ヌイードシャドラと言います」
ヴァルルシャはその名を言う。だが、ルーリーンの反応は、いたって普通の物だった。
「ヴァルルシャさんですね。本当に私ったらドジで……。でも、ヴァルルシャさんが優しそうな人でよかったです」
ヴァルルシャの名を聞いても、彼女の態度に、何も変化は見られなかった。そのことに、ヴァルルシャは落胆したように、リユルには見えた。
「あの、こちらにお泊まりなんですよね? 今、あの森から戻られたところですか?」
リユルが、ルーリーンと、ユージーンとフィルラに向かって話しかけた。
「ああ、そうだけど?」
フィルラがそう答える。
「お食事はこれからですか? あいたち、今から夕飯を食べに行くところなんですけど、もしよろしければ、ご一緒しませんか? これも何かの縁ですし……」
ヴァルルシャが息をのんでリユルを見るのを、ユージナは見た。
ルーリーンは笑顔で答えた。
「あっ、いいですね! ご一緒したいです! ね、いいよね、フィルラ、ユージーン」
ルーリーンは振り返って後ろの二人を見る。
「あたしはかまわないよ」
「俺もかまわんぞ」
フィルラとユージーンはそう答えた。
「私たち、この宿の二階に泊まることになりましたので、荷物を置いてすぐに来ますね!」
ルーリーンたち三人は、森で会ったときには持っていなかった大荷物を持っていた。それを担ぎ上げ、二階へ向かい、すぐに戻ってくる。
ヴァルルシャ、リユル、ユージナと、ルーリーン、ユージーン、フィルラは、宿の外に出て、近くの店で夕飯を食べた。
ルーリーンたちは、この町の他の宿に泊まっていたのだが、そこは宿代が600テニエルだったという。
「600テニエルって言っても、そこまでサービスが違うわけじゃないんだよね。この町の大通りに近いとか、立地だけの問題でさ。だからあたしたち、この町の宿屋の相場はそのぐらいなんだと思って、むしろ安い方だなと思ってその宿に泊まってたんだ」
焼いた肉にフォークを突き立てながら、フィルラが言った。
「あ、それはあいたちも思いましたよ。特に鑑定屋の近くだと、一泊1,000テニエルぐらいは普通でしたもんね。だから裏通りで探して、橋のこっち側まで来たんですよ」
リユルがスプーンでスープをすくいながら相槌を打つ。
「西ファスタンだと、400テニエルの宿も少しはあるようだな。だがそういう宿は建物が古くて、俺はいいんだが、他の二人があまり古い宿は嫌がったからな」
ユージーンが、鶏肉からナイフで骨を外しながら言う。
「ああ、でも、あんまり古そうな建物だと、防犯とか心配になりますからね。うちらも、ちょっと安くても、見るからに古そうな宿は避けたんです」
ユージナが、フォークに細めのパスタを絡めながら言う。
「それで、私が今日、森から帰ってきたときに、川沿いのあの宿を見つけたんです。建物がそんなに古くない割には、400テニエルで、いいなって思って。前の宿屋に今日の宿泊費は支払い済みだったんですけど、キャンセルすると八割は返却されますから、一泊600テニエルなら、払い戻しが480テニエル。400テニエルの宿に泊まっても、お釣りが来るなって思って、宿屋を変更しようって思ったんです」
ルーリーンが、サラダを手に取りながらそう説明した。
「ああ……そうなんですね。八割返却……ですか、キャンセルしても。でしたら……400テニエルの宿は、お得ですよね」
お茶を手に持ったまま、ヴァルルシャは答えた。
「あっでも! ほんとに! 今日の500テニエルのことは気にしないでくださいね! お金に困ってるってわけじゃないんです、私たち! ただ同じような宿屋に泊まるなら、値段が安い方がいいと思っただけで……!」
そう言うルーリーンに、ヴァルルシャは言った。
「ああ、いえあの、それは本当にお気になさらず……私、気にしてませんから……」
ヴァルルシャが気にしているのは、お金ではなく、ルーリーン自身のことだった。
だがルーリーンはそれに気づかず、この店の食事はおいしい、この町の食料は豊かだ、そんな内容に話の中身は移行していった。
夕食をすませ、それぞれが食べたものの支払いをし、ヴァルルシャたち三人と、ルーリーンたち三人は、共に宿に戻った。
ルーリーンたちと二階で別れを告げ、ヴァルルシャたちは三階まで行く。
部屋の前まで来たところで、リユルがヴァルルシャにささやいた。
「宿が同じになるなんて、ものすごい偶然だよね。いくら安いっていってもさあ。てことは、あいたちがタイミングよく時計塔を見つけたみたいに、もう一度会いたいと思ったから、あの子が目の前に現れた、そんな風にも考えられない?」
二階に聞こえないように、その場にいる者にしか聞こえないぐらいの大きさの声で言った。
「じゃあ、リユルさんが食事に誘ったのは……」
ヴァルルシャが小声で返す。
「だってせっかくのチャンスだし。ヴァルルシャ、彼女のこと気になるんでしょ? 向こうは過去のことは覚えていない、というか知らないのかもしれないけど、これから新たに人間関係を築くことだってできるじゃない。ねえ」
リユルはユージナに同意を求める。
「うん……でも、うちらがあんまりおせっかいするのも、いかんのじゃない? こういうのは、本人が決めることだでさ」
ユージナはそう答えた。
「そうだね。あいもこれ以上のことはしないから、あとは任せるわ。じゃ、お風呂の支度しようか」
三人はそれぞれ支度をし、風呂に向かった。
リユルとユージナは風呂の途中、ルーリーンとフィルラと一緒になり、簡単なあいさつを交わした。ヴァルルシャも男湯でユージーンと一緒になっているかもしれなかった。リユルとユージナが部屋に戻って髪を乾かしたりしていると、ヴァルルシャもぼんやりしながら戻ってきて、自分の髪を乾かし始めた。
「あ……じゃあ、おやすみなさい」
歯磨きを済ませた後、ヴァルルシャはそう言って自室に入っていった。
「おやすみなさいって言っても、眠れなさそうな顔してるね。まあ、あいたちにどうにかできることじゃないけど」
リユルがユージナに言った。
「そだね。じゃあうちらも、寝ようか」
「うん、おやすみ」
リユルとユージナもそれぞれの自室に入り、扉を閉めた。




