第五章 02 魔法剣
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森の入り口には公衆トイレが設置されていた。個室一つ、使用料金20テニエルの物が四基。
三人は戦いに備えてトイレを済ませ、気合いを入れて森の中に進む。
町の中では聞こえなかった川のせせらぎだが、今は聞こえている。森の入り口ではまだ鳥の声が聞こえていたが、少し進むと聞こえなくなった。その代わりに、どこかで人間が気合いを入れて戦っているような声が聞こえる。
「他の魔物狩り屋が戦っとるんだろうね。うちらより早い時間から森に来とる人もおるだろうし」
ユージナが言いながら辺りを見回す。だが、姿が見えるほど近くではない。
森は多くの人間が立ち入り、しかもあちこちに向かうためだろうか、地面はどこが道という感じではなく、全体的に踏み固められていた。
それでも川の近くは草が茂り、石には苔がむしている。川から少し離れて足場のいいところを歩きながら、三人は川の上流を目指した。
湖に着くまでに魔物と遭遇するのか、川から出てくるのか、森から出てくるのか。そんな話をしながら歩いていると、木々の茂みの方から、風の音ではなく、何かが動いて木々が揺れる音が聞こえた。
「何か聞こえましたね……」
ヴァルルシャがそちらを振り返って立ち止る。
「うん。魔物かな?」
ユージナが刀の柄に手をかける。
「あっちの方だよね……」
リユルが警戒しながら歩き出す。
川とは反対の方向。木々の茂みと、地面の緩やかな隆起に目隠しされ、森の中は遠くまで見渡せない。
あたりに気を配りながら少しずつ進んでいくと、それは、現れた。
人間のように二足歩行をしているが、人間より一回り大きい。目つきは鋭く、頭には角、口には牙。肩には棍棒を担ぎ、こちらをにらんでいる。
それはまさに西洋風の鬼といった姿だった。
「オーガだ! これはオーガだ!!」
三人はそう叫んで身構えた。
全体的にゴブリンと似ているが、大きさが違うので、ゴブリンより強いことが想像できた。
「よし! じゃあ早速、さっき考えた奴を……」
リユルは氷の刃を作ろうとするが、精神を集中するまえに、オーガが襲い掛かってきた。
棍棒を振りかざし、リユルに狙いを定める。リユルは身をかわすが、魔法の発動は中断した。
「このっ……!」
ユージナが刀で切りつけるが、オーガの体は硬く、深く切り裂けない。
魔物はエネルギーの塊なので、体を切り裂かれても、血が出るということは無い。オーガの左腕は、粘土の人形に傷をつけたように少し切れ目が入ったが、オーガは気にせずユージナに向き直る。
「グワアー!」
オーガは叫び、棍棒をユージナに振り下ろす。ユージナは刀でそれを防ごうとするが、棍棒の勢いに負け、刀を弾き飛ばされる。
「大丈夫ですか!」
倒れこむユージナに、ヴァルルシャがかけよる。
「うん。でも刀が……」
ユージナ本人は棍棒の直撃を受けなかったが、刀を飛ばされて丸腰になった。
武器の無くなったユージナにオーガは狙いを定めるが、オーガの背後には、リユルが立っていた。
「氷の刃よ!」
オーガがユージナを狙っている間に、リユルは精神を集中させていた。氷を、雹のように降らすのではなく、氷で刃を作るイメージ。自分は氷の魔法を、こういう発動のさせ方もできる。そう自分に言い聞かせて力をこめていくと、それは、リユルの前に現れてきた。ユージナの刀ぐらいの大きさの、三日月のような形の氷の刃。それを、気合いと共に、オーガに投げつけた。
だが、氷の刃はオーガの体にわずかにめり込むにとどまった。オーガは手を伸ばし、背中に刺さった刃を抜く。氷は砕けて消えてしまった。
「あいつどんだけ体硬いの~!」
リユルが嘆く。
「いや、刃に重みが足りないんじゃ? そうだ、うちの刀にあの氷を乗せてみてよ! それで切りつけたら倒せるかもしれん!」
ユージナが立ち上がり、飛ばされた自分の刀を探す。それをオーガは見逃さなかったが、オーガが次の攻撃に移る前に、ヴァルルシャが魔法を発動させた。
「風よ!」
風の風呂敷で、オーガを上から抑え込む。
今のうちだ。ユージナは刀を拾いに走り、リユルもそばに駆け寄ってもう一度精神を集中する。
ユージナの刀を、氷が包み、大きな氷の刃になるイメージ。
「氷よ!」
リユルの氷の魔法により、ユージナの刀は大きな氷の刃に包まれた。
「これなら斬れそう! でっでも、重い……」
ユージナが体を震わせる。体の中心に力を入れ、なんとか普段通りに刀を構えようとするが、なかなか刃先が安定しない。
「そうだ! それなら私の魔法で……」
ヴァルルシャが風でオーガを抑え込むのをやめ、風を違う形で発動させようとする。
風がユージナの体を包み、武器も含めて軽く、動きやすくなるイメージ。
「風よ!」
ヴァルルシャがユージナに手を向けると、ユージナの体の周りの空気がわき上がり、浮き上がる力で体を包んだ。
氷に包まれた刃は軽くなり、ユージナ自身も体が軽くなって、素早く動けそうだという感覚に包まれる。
「すごい! 素早さアップの魔法だ!」
そう言うユージナを、風の圧力から解放されたオーガが狙う。だが、素早くなっているユージナは、簡単に身をかわすことができた。
「これでどうだ!」
ユージナは氷に包まれた刀を振り下ろす。オーガの体は二つに切り裂かれ、蒸発するように消えていく。
「やった! 倒せたー!」
リユルがユージナに駆け寄る。刀を包んでいた氷も、ユージナを包んでいた風も、同じく蒸発するように消えていった。
オーガのいた場所から光が現れ、三人の蓄光石に吸い込まれていく。
「大丈夫ですか、ユージナさん」
ヴァルルシャもユージナのそばまで来る。
「うん、二人の魔法のおかげで倒せたよ! ヴァルルシャ、風で素早さを上げるなんて、うまいこと考えたね!」
ユージナが興奮冷めやらぬ顔で二人を振り返る。
「ええ、うまくいくかどうかわかりませんでしたが、やってみて良かったです。我々の魔法、こういう使い方もできるんですね」
ヴァルルシャが言い、リユルもうなずく。
「氷の刃も作れたし、それをユージナの刀に乗せることもできるんだ! 戦い方のバリエーションが増えたね!」
「そうだね、これなら、使える魔法の設定、増やさんでもやっていけるかも! うちの刀も、魔法と組み合わせたらいろんな使い方ができると思うし!」
ユージナは息を弾ませて自分の刀を見る。氷だけではなく、炎をまとわせることもできるだろう。水や風はどうだろうか。想像が膨らむ。
「そうだ、蓄光石はどうなっただろ」
リユルが胸元からそれを取り出す。蓄光石の輝きは銀色になっていた。
「銀色、ということはそこそこの値段ですね。ケルピー並みでしょうか?」
「うん、やっぱりこの森の魔物は強いんだね」
リユルが自分の蓄光石と、ユージナとヴァルルシャが取り出した蓄光石を見ながら言った。三人の石は同じ銀色に輝いていた。
「でも、うちらオーガだって倒せたもんね! 魔法の氷を刀に乗っけたんだで、今のは『魔法剣』ってやつかな? うちのは剣っていうか刀だけど、武器に魔法の力を合わせる方法の総称ってことで。炎を乗っけて敵を切りつけるのも効果がありそうだよね……」
ユージナがそこまで言ったところで、大きな鳥の声がした。




