第四章 07 町の宿屋
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その宿屋も、リスタトゥーの宿屋と同じような作りだった。
建物の入り口をくぐると、フロントになっており、中年の女性が受付をしていた。小型の時計が置いてあり、その針は「6」に近くなってきていた。三人は食事無しでまず一泊を申し込み、400テニエルを支払う。
リユルが301、ユージナが302、ヴァルルシャが303の部屋の鍵をもらう。
宿屋に食堂は併設されておらず、一階にあるのはカウンターと、男湯と女湯、それから、宿直室と書かれた部屋だった。横にある階段を昇ると、二階と三階は客室になっている。各階には手洗い場とトイレがある。
客室の大きさはベッドが一つ収まるだけの正方形で、窓はないが、天井には通風孔がある。床には荷物置き場の台があり、出入り口の横の柱のフックには、光池で光るランプが吊り下げられている。
「前の宿屋とだいたい同じだね」
リユルがそう言って背負っていたリュックを自分の部屋に下ろす。
「ええ。じゃあ、夕飯を食べに行きましょうか」
ヴァルルシャも自分のリュックを部屋に下ろし、肩にかける小型のバッグだけ身に着けて部屋を施錠する。
ユージナも背負っていた風呂敷包みを自室に置き、手荷物の入った風呂敷包みだけ体に残して部屋を出ようとするが、その動きを止める。
「どうしたの、ユージナ」
リユルが尋ねると、ユージナは刀を手にもって考え込んでいた。
「うち、刀は持ち歩いとった方がいいのかなあ。狭い部屋に鍵かけて荷物を置いとく、って言っても、泥棒が入る可能性はあるよねえ。前の宿って通風孔ってあったっけ? 無いと苦しいで、あったはずだけど、通風孔じゃなくても、部屋が完全に密閉空間ってことにはならんよね。てことはどっかの隙間から何かを差し込んで、鍵を開けて誰かが盗みに入る、ってことも考えられるよね。
きみらみたいに魔法が使えんから、うち刀がないとなんもできんし。これを盗まれたら、犯人を見つけても捕まえられんかもしれん」
「盗難の可能性ですか……確かに。前の宿屋は出入りする人数がそもそも少なかったので、不審な動きをしている人間がいたら目立ちますものね。それに逃げるルートも限られていますし、悪さをする人間とは遭遇しませんでしたが、これだけ賑わった町だと、その危険性もあるかもしれませんね」
「もっと高い宿だったら、部屋も広くて、荷物をしまっておける金庫みたいなのが部屋についてるのかもしれないね。あ、でも、安宿に泊まるぐらいだからお金ないって思われて、泥棒には狙われないかな? ちょっと楽観的かな……」
ヴァルルシャとリユルに言われ、ユージナはしばらく考え込むが、やがて、刀を腰に付けた。
「やっぱ、刀だけは持っとくわ。町の中でも突然魔物が現れるかもしれんし。身に着けとると安心だでさ。じゃ、ご飯行こうか!」
三人は部屋を施錠し、宿の外に出た。
日はすでに沈み、空が暗くなってきていたが、町には飲食店が多くあり、それぞれが店先にランプを掲げている。炎で照らすランプか光池で照らすランプかは店によってさまざまだったが、現代日本のネオン街とまではいかなくても、町はそれなりに明るく、人でにぎわっていた。
三人は宿の近くの店で夕飯を食べた。
日本語訳されたメニューと、他の客が食べているものを照らし合わせながら注文した。
パンは柔らかいものから硬いものまで何種類もあった。パスタもあり、様々な形がそろっていた。サラダも色とりどりの新鮮な野菜が何種類も用意されていた。果実を絞ったジュースに、いい香りのお茶もある。酒もあるようだったが、飲むのはやめておいた。
肉は、リスタトゥーの宿屋では塩漬けや燻製のような保存のきくものを料理に使用していたが、ファスタンでは新鮮なものを売る肉屋があり、それが料理に使われている。
鳥は、肉だけでなく、卵もあった。牛のミルクがあり、チーズやバターなどの乳製品もあった。
近くに農地があるというだけあって、ファスタンの食生活は豊かだった。
三人はそれぞれ150テニエルほどの料理を食べ、宿屋に戻った。
ファスタンの宿屋の風呂もリスタトゥーの宿屋と同じ様子で、温泉宿のような脱衣所の横に洗い場があり、下着などを洗って干すことができた。風呂を済ませ、部屋に戻り、髪を乾かしたり歯を磨いたりして三人はくつろぐ。下着も部屋に回収し、寝る前の支度はすべて終えた。
宿の客室の廊下には小さな窓があり、そこにはガラスがはめられていた。しかし夜の町の光は明り取りになるほどではなく、廊下には光池で光るランプが設置されている。川沿いの宿とはいえ、窓が締まっているので川の音は聞こえない。
「こっちの宿には窓ガラスがはまっとるんだね」
廊下に出て、ユージナが言った。ユージナの背よりも高い位置にそれはある。
「うん。町の中だと魔物に壊される心配しなくていいからかな? でもあんまり大きくないね」
部屋から顔をのぞかせて、リユルが言った。
「大きいガラスはコストが高いからでしょうか」
ヴァルルシャがそこまで言ったところで、同じ階の個室が開き、他の宿泊客が廊下に出てきた。どうやら風呂に行くようだ。
「他にもお客さんがおるんだで、廊下でしゃべっとったらうるさいね」
ユージナが自分の口を押さえる。
「そだね。じゃあ、寝ようか」
リユルがそう言って、部屋の扉に手をかける。
「おやすみなさい。また明日」
ヴァルルシャが言い、三人はそれぞれの部屋で眠りについた。




