第四章 05 時計と時間
05
リスタトゥーの宿屋から森を抜けた先にあった、キヨゥラ川。
それは今、目の前にあるのと同じ川だ。川幅は変わらず数十メートルほどある。
森の中ではよく聞こえていたせせらぎだが、町の中では人々の喧騒にかき消されてあまり聞こえてこない。
周りを森に囲まれていた時はこの川からケルピーが飛び出してきたが、周りを町に囲まれている今は、人間の活気に押され、魔物は現れないのだろう。
それは川に橋が架けられていることでもわかる。魔物が頻繁に現れるなら、橋を架けてもすぐに壊されてしまうだろう。
橋は石造りで、石の欄干が両側に設置されている。橋が川と接する部分はアーチ状になっており、いくつもの半円の間を水が流れていく。
橋は人間が十人ほど並んでも渡れそうな広さがあった。馬で荷物を運んでいる人も見える。川の東側には農地や工場があるという話だから、その品々を町の西側や、南のリスタトゥーの宿屋の方まで運んでいくのだろう。
三人は橋の中央まで進み、下流の方を見てみた。ゆるやかにカーブする川が、人間の町を水面に映して、人間の町に飲まれて視界から消えていった。この流れの先に、ケルピーと戦ったあの場所があるのだ。
そして、上流の方を見てみる。上流は流れがまっすぐで、川の流れに沿って町並みが一点透視図法のように小さくなっていく。
人間の建物が、遠くにいくにつれ小さくなり、やがて途切れる。川はその向こう、緑の広がる森の中からこちらに流れてきていた。
「町からそれほど遠くないところに、森がありますね。というか、森のそばに町を作ったのでしょうね」
「魔物が襲ってこないほどの近さに、物資とか補給できる拠点が必要だから、ってことだよね。あれなら、森まで徒歩一時間もかからなそう」
リユルの言葉に、ユージナがふと疑問を口にした。
「……そういや、この世界の時間の単位も、現代日本と同じでいいんかな? 一日の長さは感覚的に違和感がなかった、つまり二十四時間ぐらいあった、って感じがするけど、この世界に時計ってあるんかな?」
「そういえば、考えたことが無かったですね。宿屋を拠点に魔物狩りしてた時は、朝昼晩、のざっくりした分類でどうにかなってましたが、時間を現すものや時間の単位、あった方が便利ですよね……」
ヴァルルシャがそこまで言ったとき、リユルが「あ」と声を上げた。
リユルが橋の向こう、東ファスタンの町の中を指さす。
「時計塔だ」
「鐘も設置されていますね」
ユージナとヴァルルシャも声を上げる。
そこには、鐘のある時計塔が建っていた。
「タイミングいいなあ……。あいたちが時間の話をしたから時計塔が出てきたの?」
「そうかもしれませんね。でも、ちょっと遠くて文字盤や針が見えづらいですかね?」
「近くまで行ってみん?」
ユージナが言い、三人は橋を渡り、時計塔に近づいてみることにした。
橋のある通りは交通量が多いため広く、町のメインストリートという感じだった。時計塔はその通り沿いに建っているようだ。それほど大きくはなく、橋を渡る前に視界に入らなくても不自然ではない、と思えるぐらいの高さではあった。
距離が近くなってくると、その様子がよく見えるようになってくる。
建物の上に四角く塔が伸びており、大通りに面した方向にも、三人が歩いている方向にも、文字盤があった。おそらく四つの面全てに文字盤があるのだろう。その上には鐘があり、屋根があった。
「文字盤が……あれ? 八個しかない?」
リユルが二人に確認する。二人はうなずく。
「ええ。それに、針は見えにくいんじゃなく、一本しかないようですね」
ヴァルルシャの言うように、針は重なったり光の加減で見えにくくなっているのではなく、一本しかなかった。
「文字盤も日本語訳されとるのかアラビア数字だけど、8までしかないし、針は一本だね」
ユージナの言う通り、その時計はそういう形状をしていた。
正円を、中心から十二等分、ではなく八等分してある。
一番上、現代日本の時計ならば十二が書かれているところに、「1」が書かれている。
そこから右回りに1から8までの数字が刻まれている。現代日本でいう三時のところに「3」、六時のところに「5」、九時のところに「7」の数字がある。
そして針は中央から一本だけ伸びており、今は右下、「4」のあたりを指していた。
「うちら、昼過ぎてしばらくしたぐらいに町に着いたよね? そんでしばらくうろうろしとったから、今は現代日本で言う夕方の四時ぐらい……そうなるよね?」
ユージナが、周りに聞こえないように声を潜めつつ二人の顔を見る。
「うん。てことは、あの針の向きは、現代日本の短針の向きと同じ……そう考えていいのかな? 文字盤は違うけど、針の角度が示す時間帯は同じ、って思っていいの?」
「そんな感じがしますね……。しかし針が一本だと、日時計っぽく見えますね。というか、時計はそもそも日時計から始まったんでしたっけ。あ、ということは、右回りに文字盤の数が大きくなっている、つまりこの世界でも『時計回り』は『右回り』、つまりああいう時計が誕生した場所は北半球、それを使っているこの場所も北半球の可能性が高い、そう考えられますね」
「なるほど……時計一つでもそんだけ情報を持っとる、つまり世界の歴史を推測できる、ってことだね。あれは魔法で動いとるんかな? あっでも、現実の中世ヨーロッパにも時計塔ってあるし、歯車かなんかで動かすことってできるよね」
「でもなんで1から8までで、しかも一番上が1なんだろう? ……あっ、ヴァルルシャが言うように日時計が元なら、太陽が一番高く上る正午を1って決めたのかも!」
「それはあるかもしれませんね。文字盤が十二等分でなく八等分なのはなぜだかわかりませんが……」
ヴァルルシャが言い、三人はしばらく文字盤について考えてみる。しばらくして、ユージナが言った。
「……あっそうか! 昔、考えたことがあったんだけど……うちじゃなくて作者がね。時計ってなんで十二進法なんだろうって。面倒だし十進法なら楽でいいのにって。でも、文字盤を十等分するのってうまいことやれんくない? 八等分ならバッテンを二つ重ねるだけでいいけどさ。作者がどこかの作品で時計の設定を考えた時に、十二等分を十等分に減らそうと思ったけどうまく減らせんで、八等分にまで減っちゃったんじゃない?」
その説に、まずリユルがうなずいた。
「確かに……。時計の単位ってなんでこんなにわかりにくいの?って昔考えたことがあった気がする。あいじゃなくて作者が。しかも時間は十二進法だけど、分だと六十進法だし、もっとわかりやすい単位にしてよ!って思ったことがあった気がする。作者が」
「なるほど、そういう心情が今回の設定に反映されたのかもしれませんね。でも時計の文字盤が現実とも、現実の中世ヨーロッパとも違うのは、異世界っぽくていい感じがしますね。
となると、時間の単位の呼び方はどうなるんでしょう? 時計の針が一つ進むのも、現代日本で言う一時間とは違いますよね」
ヴァルルシャが言い、三人は立ち止って時間を換算してみる。
「ええと、こっちの世界の針の向きが現代日本の短針と同じになっとるんだで、おんなじ時間を朝と夜の二回指すことになっとる、つまり一日を文字盤八個の二倍、つまり十六に分けとる、そう考えていいんだよね」
「てことは、二十四対十六。だから……3対2? 1.5倍ってこと? こっちの世界の一時間は向こうの世界の1.5倍、つまり一時間半、90分ってこと? ……あいの計算で間違ってない?」
リユルが頭を押さえながら計算する。
「紙とペンがあると計算しやすいですけど、手元にないですからね……。ええと、針が文字盤を一周するのにかかるのが十二時間として、その四分の一、90度まで進むのが三時間。こちらの文字盤は、真上が1で、90度進んだ箇所が3。つまり三時間で針は文字盤の1から3まで動くわけですから、その中間の2を指すのは、一時間半。つまり90分で間違ってないと思います」
ヴァルルシャは時計塔の文字盤を見ながら計算した。
「やっぱこういうとき十進法だと計算しやすいのにー! でも文字盤を十分割するのは、やりにくいで仕方ないか。こっちの世界の一時間は90分……なんか、大学の授業の一コマみたいだね」
ユージナが言い、ヴァルルシャがそれを受けて話を続ける。
「となると、こちらの世界では、時計の針が一つ進むのを、『一時間』ではなく『一時限』と称するのでしょうか。どちらの世界も『一時間』と表記してしまってはまぎらわしいですものね。この世界で『二時限後に夕食です』などと言う場合は、現代日本で言う『三時間後に夕食です』と同じ意味だと考えればいいでしょうか」
「でも、こっちの世界の時計に長針は無いよね。90分より短い単位はどうするの?」
リユルが言い、三人はまた考え込む。
「そうだ、確か、江戸時代は一刻とか半刻とか言うんじゃありませんでしたか?」
ヴァルルシャに聞かれ、ユージナはそれを思い出す。
「そうだね。確か、一刻が約二時間で、半刻が一時間。四半刻が三十分、だった気がする。江戸時代は日の出と日の入りに合わせて季節で時間が違っとったんだよね。あと十二支に割り振ったりとか……その感覚がようつかめんで江戸時代の時計を調べても設定に活かせんかったんだけどさあ。この世界の時計は季節にかかわらず一定、ってことでいいんかな? で、半とか、四半とかで区切ればいい?」
「ええと、てことは、この世界では、『一時限』が90分、『半時限』が45分、『四半時限』が22分から23分、って感じ? それ以下は?」
リユルの質問にユージナは首をひねる。
「確か、四半刻……三十分以下の単位は江戸時代には無いって話だったなあ。昔は現代人ほど時間に細かく縛られんかったって話だし」
「あの宿屋でも、朝になったら起きて、日が昇っている間は魔物狩り、日が暮れたら宿に戻って、食事、風呂、就寝、という感じでしたものね。我々だけでなく、他の宿泊客も。分刻みで行動しなければならないような用事はありませんでしたよね」
「じゃあこの世界の時間の単位は、90分が『一時限』で、あとはそれを半分か四分の一にした単位、そういうことでいいのかな?」
リユルがそこまで言ったところで、ユージナが「あ」と声を上げた。
ユージナが指さすのは、自分たちのいる大通りにつながる、一本の路地。
そこも大通りほどではないが、店が立ち並んでいる。多くは飲食店だが、その中に、こんな看板があった。
『洗濯屋
鎧の洗浄から衣類の洗濯まで承ります。
薄物なら最速、四半時限から半時限で』
「クリーニング屋ですね」
「タイミング良すぎだなあ……うちらが時間の単位を決めたで現れたんじゃない?」
ユージナがため息をつく。
「でも最短で22分から45分ってことでしょ? 結構早いよね。あ、でも離血浄の洗剤とかあるし、血じゃなくても普通の汚れをよく落とす魔法の洗剤があるのかも。それに風の魔法を使える人が専属のドライヤー係になれば、薄手の服ならそのぐらいで乾かせるかもね」
リユルがその店を見ながら言った。
「ああでも、横に小さく『最速仕上げ:100テニエル』と書いてありますね。他の注文を後回しにしてそちらを優先するので追加料金が発生するのでしょうね。あとは『漂白仕上げ』『ふんわり仕上げ』とか……。洗剤の広告みたいですね」
「宿屋じゃみんな自分たちで洗濯しとったけど、町だと人が多いでこういうお店も成り立つんだね。魔物退治で疲れとるのに洗濯までやりたない、って人もおるだろうしさ」
しかし三人はその路地には入らず、大通りを歩いて時計塔の下まで行ってみることにした。




