第四章 04 道具屋
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「ああ疲れた。ちょっと水飲も……いる?」
リユルが魔法水筒を取り出し、水の魔法を使って一口飲んだ。ユージナとヴァルルシャにも渡す。
「でもさ、魔法屋や髪染屋があんだけ高いなら、この魔法水筒もめちゃくちゃ高いってこと? 残水の魔法がかかっとるはずだけど、それはいつまで持つんだろ?」
ユージナが魔法水筒の中を覗き込んだ。白い塗料が塗られている。この塗料が、水の魔法を使っても水を消えなくさせる効果を持っているはずだった。
「道具屋などで、価格帯を調べてもいいかもしれませんね」
ヴァルルシャが言い、三人は道を見回してそれらしき店がないか探す。
すると『魔物狩りに必要な道具・取り揃えております・魔法水筒の修繕できます』という看板が見つかった。
「タイミング良すぎだなあ……ていうか、うちらが探し始めたで、ああいう店ができたの?」
ユージナが言う。リユルが手元の魔法水筒を見る。
「あいたちが疑問を持ったからあのお店が設定されたってこと? そうかもしんないね……。でも、疑問の答えまでは、あいたち設定してないし」
「行ってみましょう。どんな答えが返ってくるかは……世界に任せてみましょう」
三人はうなずき、その道具屋に向かった。
そこは道に面した店先に棚や台を広げ、八百屋のように商品を陳列している道具屋だった。売り物は大きめのカバンや丈夫そうなロープ、テント、ランタンなど、キャンプ用品店のような品ぞろえだった。年配の男性が店番をしている。おそらく店主だろう。
「いらっしゃい」
そう言う店主は話しかけやすそうな雰囲気だったので、リユルは尋ねてみた。
「あの、魔法水筒の修繕って、いくらぐらいかかるんですか?」
「ん? それかい? まだ塗料は剥がれてきてないようだけど」
店主は魔法水筒を覗き込んで言った。
「あ、塗料が剥がれるまでは使えるんですか」
リユルの言葉に店主はうなずく。
「そうだよ。塗料がひび割れて、それが剥がれるようになったら全部塗りなおしだね。剥がれてない部分にはまだ水は溜められるけど……塗料の浮いた水なんて飲みたくないだろ? その大きさの水筒なら塗りなおしは1,000テニエルだね」
「あ、そこまで高くない」
思わずユージナが口にしたところで、何かが店の奥から飛び出してきた。
「なになに、あいを呼んだ?」
それは、人間の上腕ぐらいの大きさの、お人形さんのような精霊だった。
上半身は人間で、下半身は魚の姿をしている。半透明で、空中を泳ぐようにやってきた。
「小さい精霊もいるんですね」
ヴァルルシャがそれを目で追いながら、驚いた声を出す。
「ああ、うちは残水の魔法をかけるだけだからさ。小さくていいし、税金も安く済む」
「えっ、どういうことですか? あいたち、さっき魔法屋とかに行って、めちゃくちゃ高いなって思ったんですけど」
リユルの質問に店主は笑いながら答えた。
「ああ、魔法屋は高いね。あそこみたいに、精霊をいろんな魔法に対応させようと思うと、国に申請するときも高いし、毎月国に支払う税金も高いんだよ。それが価格にも上乗せされちゃうしね。
この子は残水の魔法一つしか使えなくていいから、税金もそこまではかからないけど」
精霊を店に置き続ける、ということは、そのストレスが常に魔物になり続けていくということだ。ならば毎月税金がかかるのは言われてみればもっともだ。三人は腑に落ちた顔をした。
「あっそうか! だで、魔法屋の精霊は炎タイプだけど全魔法に対応、とか言っとったんだ! ほら、この精霊は残水の魔法だで、水っぽい外見しとるんでしょ?」
ユージナの言葉に、店主はうなずいた。
「ああ、この子……うちの精霊のマーメちゃんな。水関係の魔法だから、人魚の姿がいいかと思ったんだ」
水の魔法や、炎の魔法、一つのみに特化した精霊なら、その属性に応じた外見になるのだろう。そしてそういう姿そのものが人間に好まれ、魔法屋で全ての魔法に対応した精霊を具現化するときも、あえて外見を炎っぽいものにしたりする、そういうことなのだろう。そして、まったくそういう属性を感じさせない、自分と同じような髪染屋の服を着せた精霊にする、そういう選択もあるのだろう。
店主との会話で、疑問が一つずつ解消されていく。
「工場じゃ、もっと大きな水の精霊がたくさん働いてるんだけどね」
工場!という顔をする三人に、店主は答えた。
「そうだよ。魔法水筒に塗る塗料はそんなに多くないけど、どの建物にも上水タンクがあるし、上水タンクは頻繁に塗料を塗りなおしてたら手間だからね、入れ物自体に残水の魔法をかけるのさ。いわばこの塗料を固めて大きな風呂桶を作るようなもんだよ。だから工場で精霊が寄ってたかって力をこめないと作れないのさ」
「あい一人じゃ、水筒サイズが精いっぱーい」
精霊、マーメもそう言った。
さまざまな疑問が解け、工場の設定も知ることができたが、店主の言葉でまた新たな疑問が現れた。
「工場は東ファスタンの向こうにあるよ」
えっ東ファスタン? という顔をする三人に、店主は答えた。
「ははは、この町は初めてかい? この町は西と東にわかれているんだよ。町の真ん中をキヨゥラ川が通っている……いや、キヨゥラ川を挟んで町ができた、と言った方が正しいかな。キヨゥラ川の北にはズーミー湖と森とヤームヤーム山脈があって、山脈は南西に伸びてるけど、キヨゥラ川の東側は平野が広がってるんだよ。そこには農地や工場があって、その品物が町に運ばれてくるんだ。橋を挟んだこっち側が西ファスタン」
「橋もあるんだ。あいたち全然知らなかったー」
「教えてもらえんかったら、うちらなんも知らんままうろうろするところだったね」
「いろいろ教えていただいたし、何か買っていきましょう」
ヴァルルシャの言葉にリユルもユージナもうなずく。
「そうかい? ありがとねえ」
「やったー!」
そう言う店主とマーメに見つめられながら、三人は品物を選ぶ。
売られているのは旅に役立ちそうな物ばかりだ。とはいえ、自分たちの大荷物に何が入っているか、すべて確認したわけではない。なるべくなら重複しないものを選びたかった。
「あ、宿屋にあったのと同じようなのがある」
ユージナがそれを手に取った。木箱の上に逆さまのコップが埋め込まれたような形の、精霊の力で照らすランプ。
「ランプっぽいものがいっぱいあるね。隣のやつは……普通に火で明るくするやつかな?」
リユルがそちらを覗き込んだ。そこは照明関係の商品が並べられている棚だった。リユルが目にしたのは、灯心があり、油を燃やす構造のランプだった。
「これは……『マッチ』、と書かれていますね」
ヴァルルシャが手に取ったのは、まさにマッチ箱と呼ぶべき大きさと形のものだった。内側の箱をスライドさせると、先端に薬品が付いている木の棒がたくさん入っていた。箱の側面にも薬品が塗られていた。
「お兄さんみたいなベテランの魔法使いには、『魔法が込められた棒の先端と箱の側面をこすり合わせて、小さな着火の魔法を起こす』なんて道具はもう面倒でしょ」
店主にそう笑いかけられ、「いえ、私そこまで優秀じゃないんで……」とヴァルルシャは笑顔でお茶を濁す。
「でもほら、うちみたいに魔法が使えんとそういうのも必要だしさ。こっちのランプは、そこの油を入れて、そのマッチで火をつけるんですよね」
ユージナがヴァルルシャの言葉を不審がられないよう、店主に尋ねた。ユージナが指さしたのは、マッチとは別の棚にある、『ランプ用灯油』と書かれた缶だった。
その棚は、燃料が置かれている棚なのだろう。大小さまざまなサイズのランプ用灯油の缶や、それらを入れる箱が並べられていた。リユルがその中の一つに目を止めた。
「『光池』……って、何?」
その箱には、『光池』と書かれていた。
「あれ? 知らないかい? 最近はこっちを使う人も多いよ。光をランプの油みたいに溜めて使う……それを『光の池』、って命名するのは面白いと思ったね」
そう言うと店主は箱を持ってきて中を見せた。石のような、丸みを帯びた四角い筒が並んでいる。
「宿屋のランプに入っていたのはこれだったんですね」
ヴァルルシャが言う。リスタトゥーの宿屋で、客室のランプの底を開けると、中に何か硬いものが入っていた。それと同じ形状だった。
「東ファスタンの向こうにこれを作る工場があるんだよ。光の精霊の力をこの『光池』に凝縮して少しずつ放出する……もっと小さいのもあるんだよ」
店主が取り出してきたのは、指一本ぐらいの大きさの、さっきと同じ材質の筒が並んでいる箱だった。
「へえ、なんか単三の……」
乾電池みたい、とリユルが言いかけて口をつぐむが、ユージナとヴァルルシャはその言葉の続きを察する。そして、三人で理解する。
『電池』だ!!
「ん? 何だって?」
「いえ、何でもないんです」
店主をごまかし、三人はもう一度、広げられた『光池』を見る。
大きい方の光池は、単一乾電池四つ分ぐらいの大きさ。
細長い方は、普通の単三乾電池より少し大きめのサイズだった。どちらも完全な円柱ではなく、丸みを帯びた角柱なのは、転がっていかないようにだろうか。
「蓄光石みたいに石そのものを光らせたり、残水の魔法みたいに『残光の魔法』をガラス瓶に塗って持ち歩いたり、って方法は昔からあったけど、水と違って光が光り続けるためには常にエネルギーが必要だからね。ランプ並みの明るさを得ようと思ったら頻繁にエネルギーを補充しないといけない。普通に油のランプとかろうそくとかを使う方が楽だったんだ。
でもこの光池は、光の精霊の力を池のように溜めてあるから、この小さい方一本でも、ろうそく一本燃え尽きるより長い時間、光が続くんだ。それに、一回使い終わっても終わりじゃないしね」
「どういうことですか?」
宿屋で取り換えたランプ。あれはどうやって再度光らせるのだろう。そう思いながらユージナが聞いた。電池を取り換えるように光池を取り換えればいいのだろうか。
「光池をランプから外して、工場に持っていくか、『充光の魔法』を使える光の精霊がいる店で、光を入れなおしてもらうんだよ。光池は工場で光を吸収しやすい器として作られているから、この中に光を充満させるだけなら、充光の魔法一つを使える精霊がいればいいんだけど、うちはマーメちゃん一人で精一杯だからね。だから新品の光池の販売だけやってるんだ」
充電できる電池のようなものか。宿屋の客室のランプも、光が暗くなった奴は回収して、数がまとまったら充光の魔法をかけなおしに行くのかもしれない。
「いちいち充光の魔法をやりに行くのが面倒だから、油のランプの方が楽って人も多いね。家で使うんなら油を買い置きしておくだけだし、火種としても使えるし。充光の魔法を使える精霊がいる店は、残水の魔法を使える精霊がいる店ほど多くないからね」
「水を飲みたきゃ水を飲むしかないけど、光が欲しけりゃ火を使ってもいいんだもんね。あいの方が人気者っ」
マーメは自慢げに店主の周りを飛び回った。
「なるほど……。で、その光池はどのぐらい持つんですか?」
リユルが尋ねると、店主は照明道具の棚を指さした。
「あそこの『光池たいまつ』、小型の奴にこの細い光池を一本使うんだけど、光を弱くして使えば昼も夜もつけっぱなしで二日ぐらい持つかな。光を最大にすると一晩ってとこだね。そこにあるランプは、この太い光池一つで、夜だけなら十日ぐらい使えるかな」
三人はその品を見てみる。
光池たいまつとは、文字通り、光池で光らせるたいまつだった。大型は人の腕一本分ぐらいの長さ、小型は手のひらから少しはみ出す程度の長さ。先端にガラス部分があり、そこが光るのだろう。
ランプは、基本は太めの光池が一つ入る構造で、大型のものだと二つ入れられるようになっていた。
電線で家庭に電力が供給されている現代日本ならば、充電式電池が切れたら家庭のコンセントを使って充電できる。だが、もし電池が切れるたびに電池を店に持っていって充電しなければならないとしたら、結構面倒くさいだろう。他の買い物のついでに油を買い置きできる灯油式のランプに根強い人気があるのも理解できる。三人はそう思った。
だが、旅をするのに、油がこぼれたり火事になったりしない光源が一つあるのは便利だとも思った。
もしかしたら大荷物の方にすでに入っているのかもしれないが、小型の光池たいまつは、乾電池一本で光るペンライトのようだった。これなら、もし重複して持っていたとしても、それほど邪魔にならない。
それに、この電池みたいな異世界のアイテムを、自分たちも使ってみたい。
そういう気持ちがそれぞれに沸き上がり、三人は、細めの光池と小型の光池たいまつを、一人に一つずつ買うことにした。
細めの光池一本、100テニエル。
小型の光池たいまつ一本、300テニエル。
合わせて400テニエル。リスタトゥーの宿屋の、夕食無しの一泊の値段と同じだが、何度でも使えることを思えば妥当な値段かもしれない。
「これ、どうやって使うんですか?」
ユージナが尋ね、店主が説明した。
たいまつの棒部分に切れ目があり、そこをぞうきんを絞るようにひねると棒が二つに分かれる。そこに細めの光池を入れて、棒を逆に回して閉じ直す。ガラス部分の根元にある輪っかを右に回すと光が強くなり、左に回すと消える。
乾電池と違って、プラスマイナスの向きのようなものは無さそうだ。
「いろいろと教えてくださって、ありがとうございます」
三人は店主に礼を言う。
「こちらこそお買い上げありがとうねえ」
「また来てねーっ!」
笑顔の店主とマーメに見送られ、三人は店を後にした。しばらくして振り返ると、まだ手を振ってくれている。
よく見ると、『魔物狩りに必要な道具・取り揃えております・魔法水筒の修繕できます』の看板のそばに、『道具屋・ニコウド』と書いてあるのが見えた。
「ニコウド……って、店主の名前かな? ニコニコしてるから? 店に精霊の名前を付けるとはかぎらないんだね」
リユルが言い、ユージナとヴァルルシャも店主の前ではできなかった話をし始める。
「魔法屋や髪染屋みたいに精霊がメインじゃないで、店の名前に付けんかったのかな? 道具屋を開業して余裕ができてから、精霊を国に申請したのかもしれんね。税金がかかるって言っとったしさ」
「ところであの精霊、人魚の姿でしたね。マーメもマーメイドから来ているんでしょうか。となると、この世界には、人魚が存在するということでしょうか?」
「ファンタジーの世界だからいてもおかしくないけど、この世界においても、物語とか空想上の生物としての、人魚の伝承があるってことも考えられるね。ところであの子も、一人称『あい』だった~! あいの考えた一人称が世界に広まってるんだね!」
「魔物としての人魚、っていうか半魚人みたいなんは海辺には出そうだよね。ケルピーも馬と魚が混ざったような姿しとったし、人間と魚の組み合わせがあってもおかしくないよね」
そうやって進んでいくと、広い交差点に出た。右に曲がった先には橋があるのが見えた。
「橋を挟んで、西と東に分かれとるって言っとったよね」
「じゃあ、あの橋の向こうが東ファスタンかな?」
「行ってみましょうか」
三人はそう話し、橋の方に向かって歩き出した。




