第三章 06 生理用品と飲み薬
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自室に戻り、ユージナは自分の荷物を探った。
厚手の布でできた布ナプキンと、離血浄の洗剤が見つかった。粉タイプだった。まずはトイレに行き、応急処置の手ぬぐいを布ナプキンに取り換える。
それから洗い場に向かう。外した手ぬぐいに離血浄の粉をふりかけ、水をかけると、粉が血液を溶かして布から分離させ、血液を包み込むようにゼリー状になった。血のにおいも封じ込め、布からするっと洗い流すことができた。繊維に血液が残っているということもない。
「すごい! ゴシゴシこすらんでも血がとれたよ! めっちゃ洗うの楽!!」
ユージナは喜びの声を上げる。
リユルは洗い場についてきていたが、ユージナが血の付いた布を取り出してからはそばを離れていた。じろじろ見る物ではないからだ。だがユージナの声に呼ばれ、洗い終わった布を目にする。確かに、何の痕跡もなく血は洗い流されていた。
「ほんとだ! こんな短い時間で洗い流せるなら、布ナプキン洗うのも苦にならないね! あいも自分の荷物の中、探しておこ!」
洗い場に手ぬぐいを干し、自室へ戻る。ユージナは荷物の中からスパッツを発見し、ミニスカのような着物の下に履いた。スパッツとニーソックスの隙間はわずかになり、冷えていた腰回りが温まる。痛み止めなどの薬も見つかった。
リユルも自分の荷物の中から薬を見つけ、ユージナの部屋に来て、ベッドに並んで座る。
「外袋に、『痛み止め』『月経停止薬』『月経開始薬』って書いたるで分かりやすいけど、日本語に訳してあるとはいえ、『月』がこの世界にあるってことでいいんかな?」
「日本語訳っていっても、『生理』って単語にしてもいいはずだもんね。やっぱ月、あるんじゃない? 昨日は確認しそびれたけど、今日は確認してみようよ」
ユージナとリユルはそう話しながらお互いの薬を見せ合った。
『月経停止薬』には、
・月経直前、月経中に飲んでも出血は止まりません
・一日一錠を服用し続けることでその間の月経が停止します
・服用は適宜中断し、月経を再開させてください
・月経の再開後からまた服用が可能になります
という注意書きがあった。
『月経開始薬』には、
・月経後しばらくは飲んでも効果はありません
・月経直前に一錠を服用するとすぐに月経が開始します
・月経が開始しない場合は体の準備が整っていない可能性があるので数日後にまた服用してください
という注意書きがあった。
「おんなじ袋だね。手書きじゃないで……活版印刷? いつの時代からあるんだっけ?」
ユージナが自分とリユルの薬袋を見比べながら言う。薬の入っている紙袋には、手書きには見えない文字が並んでいた。
「グーテンベルクだっけ? でも、そんな大掛かりなものでなくても、ハンコかなんかで短い文章を作るぐらいは誰か思いつくんじゃない? 手書きでいちいち同じこと書くの面倒だとか思ってさ……。
あ、ってことは、たくさんこの薬袋を作って薬を入れなきゃならない、つまり、この薬はたくさん売られている、使っている人がたくさんいるってことだよね!」
リユルがそのことに気づいた。
「確かに。それにこの説明書きから見るに、月経停止薬はピルと同じで、排卵を止める作用があるんだろうね。排卵した後だと、二週間後ぐらいに生理来ることは確定しとるもんね。で、飲み続けとらんと効果が無くて、飲むのをやめるとまた排卵が始まるんだ。
月経開始薬はその逆で、前の生理が終わってから日数が経っとらんと効かんのだろうね。生理で剥がれ落ちた子宮内膜がもう一度厚くなっとらんと、飲んでも出てくるもんが無いだろうでさ」
「生理の周期をコントロールできたら便利だけど、それって体に悪影響が出るんじゃ?とも思うんだよね。でも、この薬を飲んでる人がたくさんいるなら平気かな? 問題があるなら誰も使わないだろうし。月経停止薬はときどき中断しろって書いてあるけど、生理が来たらまた飲んでいいってことは、周期をずらすぐらいなら平気ってことだよね。
月経停止薬は、効能も使い方も、ピルと同じと考えていいんだよね。ピルは生理痛も軽くなるし、子宮内膜症にもいいっていうし、最初は頭痛とかあるっていうけど、デメリットよりメリットの方が大きいって話だもんね。現代日本で飲んでる人はたくさんいるんだし、特に問題があったって話は聞かないし」
「月経開始薬の方は、現代日本に同じような薬が無いでわからんけど、そこはもう、ファンタジー世界の薬草が原料だでさ。副作用なく使えるっていうことでいいんじゃない? どっちの薬もさ。中世ヨーロッパ風とはいえ、この世界に現代日本より便利なとこがあってもいいんと違う? むしろ、現代日本は便利で進んどるように見えて、不便なことも多いよ!」
「そうだよね。昔は血の穢れとか言ってたっていうけど、現代でも生理の話をするのは何となくタブーな感じあるし。女同士でさえあんまり大声じゃ言えないし、男の人がいるところではそんな話できない……」
「あ、いかん、ヴァルルシャをほったらかしにしとった」
会話がそこまで進んで、リユルとユージナはそれに気づいた。
ヴァルルシャは隣の部屋でくつろいでいた。
リユルとユージナはヴァルルシャの部屋に入り、今までのことを説明した。一人用の客室に三人も入ると狭かったが、何とかなった。
「だからね、その薬を飲めば生理の時期をずらせるの。あいの生理周期は……まだちょっとわかんないけど、そのうちリズムがつかめてきたら、ユージナと同じ時期にそろえようと思うんだ」
「女が複数おるパーティーで、誰かが生理のたびに今日みたいに魔物退治を中断しとったら効率悪いでしょ? 二人ともおんなじ日に生理が来るようにすれば、その時期はもう休暇ってことで全員休んだらいいんじゃないかと思って」
「確かに、魔物狩り屋とはいえ、毎日戦う必要はないですからね。私も休息は欲しいですし」
そう答えるヴァルルシャに、ユージナとリユルが言った。
「女の体のことだけどさ、女同士だけで話しとらんで、男の人にも伝えておかんといかんと思ったんだ。三人でパーティー組んどるんだでさ」
「現代日本みたいに、まだ何となく生理がタブー視されてるような世界観は嫌だと思ったの。だから、まず、あいたちがヴァルルシャにこういう話をきちんとしようって、ユージナと決めたんだ」
ヴァルルシャは答えた。
「ありがたいですよ。ちゃんと話してくれるのは。一緒に旅をするなら私にも無関係ではない話ですからね。で、ユージナさん、痛みは大丈夫ですか?」
「うん、今んとこ、何とか……。それに、痛み止めがあるとわかっとるで気も楽だし」
「じゃあさ、そろそろ夕方になってきたけど、夕ご飯食べに行く?」
リユルが言い、三人はそろって食堂に向かった。
夕食はパン、サラダ、魚の塩漬けだった。おいしく食事をして休憩した後、三人は風呂へ向かう。
ユージナは浴室に一番近いロッカーを選び、脱衣所を血で汚さないように服を脱いだらすぐに浴室に移動し、風呂で体を洗った。脱衣所に戻るときも、まず新しい布ナプキンを体にあてがい、血が床に落ちないようにしてから着替えを始める。
着替えを済ませ、洗い場に向かって先ほど洗った手ぬぐいを回収し、さっき脱いだ下着と布ナプキンを洗って干す。
その間に他の宿泊客と一緒になったが、何も言われなかった。この世界ではよくある光景、といった表情だった。
ユージナとリユルが宿屋と風呂場を行き来する際に空を確認すると、現代日本と同じような月が、夜空に輝いていた。宿屋がランプで明るいとはいえ、都会のネオンのように夜空を曇らせるほどではない。月の周りは、天体観測で山奥に来た時のような星空が広がっていた。日本で見られる星座はもちろん無かった。星空をしばらく眺めた後、部屋に戻った。
髪を乾かし、歯を磨く。部屋干しのためにハンガーを借りていいか宿屋の主人に尋ねると、もちろん良いと言われたので、洗い場に行ってハンガーを借り、洗濯物を回収した。リユルの風の魔法で手ぬぐいや下着は乾くが、布ナプキンは布が厚手なので、ユージナは自分の部屋にハンガーをかけて朝まで干せるように形を整えた。
ヴァルルシャも長い髪の手入れを終え、歯磨きなどを終えて部屋に戻ってきていた。
あとは寝るばかりという状況で廊下に三人がそろい、リユルが言った。
「今日もいろんなことがあったね」
客室の前の廊下で、ユージナが背を伸ばす。
「ほんとだよ。まさか生理が来るとは思わんかったけど……いい設定を思いついてよかった。夜はまだ心配だけど」
それでもその表情は、森で生理に気づいた時の、こわばった顔とは違っていた。
「えっ、何でですか?」
扉の前でくつろいでいるヴァルルシャがユージナに尋ねた。
「寝とる間は体が横になっとるし、起きとる時よりトイレに行かんから血が漏れることがあるでさ」
ユージナは答えながらベッドに手ぬぐいを敷き、それに備える。
「そうか、女同士だと『夜』って言っただけで通じるけど、男の人にはちゃんと説明しないとわかんないんだね。あいたちが隠したら余計わかんなくなるだろうし」
「うん。だで、包み隠さず言った方がいいなと思ってさ。こまめに起きてトイレ行くだろうけど、心配しんくていいからね」
「そうなんですね。話してくれてありがたいです。無理せずゆっくりしてくださいね」
「ありがとう。おやすみ」
ユージナは二人に言い、三人はそれぞれ眠りについた。




