第三章 05 生理用品の設定
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「生理中でも普段通りに過ごしたい、って、ナプキンのCMみたいな言い方だけど、そうできたら理想だよね。てことはナプキンみたいに吸収力がよくて薄いものがないといかんけど、吸水性ポリマーみたいなもんってこの世界にある? 精霊の力でそういう吸収力がある何かを作れる設定にするか……でも、あんまり現代日本っぽいアイテムを出すとファンタジー感が薄れるよね」
「うん。ていうか、作者ってさ、最初からファンタジー異世界の住人が主人公の話も好きだけど、現代日本の人間が突然、異世界に行く話も好きじゃない。いつか自分にも異世界への扉が開くかもしれない、なんて妄想したりさ。もちろん現実にはそんなこと起こらなかったけど、ファンタジー異世界で旅をしたいって妄想はいまだにあるから、あいたちが消えずに残ってるんだよね。
だから、あんまり現代日本そのままのアイテムが出るのも嫌だけど、あんまり現実とかけ離れた便利アイテムが出てくるのも、妄想の妨げになるんじゃない? 自分が行くかもしれない異世界に、そのアイテムが無かったらどうしようとか思ってさ。
魔物や魔法はファンタジー異世界をファンタジー異世界にしてる根源だからそこは非現実的でいいけど、食事とかトイレとか風呂とか、そういう日常生活部分は、リアリティがある方がいいと思うんだ。自分がその異世界に入り込んでもやっていけそう、って思うぐらいの、地に足の着いた設定をした方が感情移入しやすいはずだからさ」
「じゃあやっぱ、『精霊の力で生理を無いことにできる』みたいな都合のよすぎる設定は、やらん方がいいね。現代日本人と同じように毎月……月があるかはまだ設定しとらんけど……女には生理が来て、その処理はしないといかんってことで。でも魔物退治の旅ができるんだで、何かいい処理方法はあるんだよね。山奥でも清潔な公衆トイレがある設定は作ったし……。そういやさ! トイレにサニタリーボックスってあった?」
「ああ! 忘れてたね……。だってファンタジー異世界で女キャラに生理が来る描写なんて全然ないんだもん、あいたちにいずれ生理が来るなんて、トイレの設定を考えた時にはまだ考えつかなかったよ。トイレの設定だってとっさのことで必死だったし……。
サニタリーボックス、無かった……ような気がするけど、今からでも、『細かいところまで見てなかった』『パッと見、わからないところに設置されてる』ってことにはできるだろうけど、トイレットペーパーでなく、ウォシュレットがメインの世界観にしちゃったもんね。今さら、『生理用品だけは別で、紙を大量に使い捨てします』、なんて世界観にできる? 矛盾が出てこない?」
「使い捨てがいかんってなると……やっぱ、布ナプキンかな。作者も一時期やっとったよね。そん時のこと思い出せば、こっちの世界でも再現できるはず……。
ええと、布ナプキンは、ネルとか吸収性の高い布を、ショーツにあてがって、ボタンでショーツに固定するんだよね。中世ヨーロッパ風の異世界でも、厚手の布とボタンぐらいは出していいよね。
で、血の付いた布を、セスキ炭酸ソーダを溶かした水につけ置きして汚れを落とす……セスキ炭酸ソーダって何?」
「セスキ炭酸ソーダはセスキ炭酸ソーダだけど、ユージナが言いたいのはどうやって作るのかってことだよね。原料とか精製方法とか。中世ヨーロッパ風の異世界にもあるのか、出てきても不自然じゃないのかってことになると……」
「セスキ炭酸ソーダじゃなく、重曹でもいいんじゃなかった? 重曹なら料理にも使うはずだし……でも、重曹もどうやって作るんだっけ。現代日本じゃ普通に店で買ってくるだけだで、材料そのものの作り方なんて気にしたことなかったもんね……」
「確か、セスキ炭酸ソーダも重曹も、アルカリ性の水溶液を作って、血液の汚れを落としやすくするってことじゃなかったっけ? だから同じことができればいいわけで……。
あっそうだ! 下水タンクは浄化の魔法を使ってる設定じゃん? それと同じで、『血液汚れを落とすのに特化した浄化の魔法』みたいなのがあることにしたら? トイレの廃水を無害にするレベルだとかなり高度、つまり上級の浄化の魔法だけど、『血液を布から分離させて洗い落とせるようにする』ぐらいの魔法だったら、中級ぐらいってことでもいいんじゃない?
で、ユージナみたいに魔法が使えない人でも使えるように、精霊の力を、粉か液体か……とにかく洗剤みたいにして売ってる、って設定はどうよ!」
「それいいね。『汚れが超落ちる洗剤』なら、そこまで不自然な便利アイテムじゃないし。それに、魔物退治で流血する人も多いだろうし、血液汚れを落とす洗剤、ってのは生理の時だけじゃなく、この世界では需要が高そうなアイテムだから商品として流通しててもおかしくないよね。
あっでも、昨日うちらが風呂場で会った人、血の付いた洗濯物を干しとったよね? そんなに血が落ちる洗剤があるんなら、なんであの人それ使わんかった?って話にならん?」
「ええと……その洗剤は結構高いんじゃない? 宿屋の洗い場に備え付けてあるのは普通の石鹸だけだったでしょ。血液汚れを落としたいなら、自分でそのよく落ちる洗剤を持ち込んで洗わないといけないんだよ。それに上着はまた魔物退治で汚れるかもしれないし、高い洗剤を使ってまで洗わなくてもいいやってことで、上着に付いた血は普通の石鹸で洗う人も多いんじゃない?」
「なるほど。つじつまが合ったね。じゃあ、その洗剤は、液でも粉でも、『血液に振りかけたらすぐに布と血液が分離する』と考えていいの? 布ナプキンって、セスキ炭酸ソーダを溶かした水に一晩つけておかんと汚れが落ちんかったよね。何時間もつけ置きしたのちに洗うってのが地味に面倒なんだよね。
あと、出先で布ナプキンを使う場合も、持ち帰らんといかんかったでしょ? しかも血が乾くと落ちにくくなるで、セスキを溶かした水を霧吹きに入れて持ち歩いて、トイレで布ナプキンを取り換えた後、血の付いたところに溶液をかけて、乾かんように密封して持ち帰って、帰ったら家のつけ置き容器に放り込んで、何時間か経ってから洗う……って感じだったよね。それが面倒だで作者は使うのやめちゃったんだよね。現代日本の外出ですらそれが煩わしかったのに、外に魔物がおるような公衆トイレで手間のかかることやりたくないしさ」
「じゃあそこは楽できるような設定にしよう! その『血液と布をすぐに分離できる浄化の魔法』……長いね、なんか短い名称欲しいけど……とりあえず『その魔法の洗剤』、血が付いて一日か二日ぐらいだったら、乾いた血でも布から分離できることにしようよ。それで、何時間もつけ置きしなくてもいいってことにしよう! それなら、血の付いた奴を密封して洗い場に持っていって、その洗剤をかけて洗えばすぐに血が落ちるわけじゃない? 出先の公衆トイレから持ち帰る必要はあるけどさ、ずいぶん楽になるはずだよ!
現代日本じゃ自宅のトイレにつけ置き容器を置くけど、この世界で、しかも旅をしてるあいたちは宿屋に泊まるのが基本だよね。宿屋のトイレは共用なんだから、つけ置きが必要なら、自室につけ置き容器を置くしかないよね。
すぐに血が落ちる洗剤が無かったら、『宿屋の自室につけ置き容器を置いて洗剤を溶かした水を入れて一晩布ナプキンを付けて、トイレで布ナプキンを取り換えるたびにトイレから新しい血の付いた奴を自室に持ってきてつけ置き容器に入れて、一晩経ったら洗い場に洗いに行くけど、最初に入れた奴は血が落ちてるけど最後の方に入れた奴はつけ置き時間が足りなくて血が落ち切らないから、つけ置き容器を一度洗って新しく洗剤を溶かして、もう一度そこに血が落ち切らない奴を放り込んで自室に戻る』なんてことしなきゃならないよ!
そうやって洗ってる間にも血は出るし、トイレ行って取り換えたくても、洗ってるつけ置き容器を洗い終わって外側の水気を拭いて中に洗剤と水を入れなおして、ってやってからじゃないとトイレにもいけないもんね。現代日本でもそこが煩わしかったわけだし」
「うんうん。しかも魔物退治の旅に出るなら、その容器を持ち歩いて次の宿屋まで移動しなきゃならんってことだもんね。宿屋を発つ時だって、つけ置き時間が足りんでまだ血液が落ちんけど、片付けて持って行かなきゃってことになるし。そんな煩わしいことしないといかんのだったら、旅しようって思う女は少ないよね。実際、現実世界の歴史じゃ、旅人だの冒険家だのは男ばっかりだし。でも、昨日宿屋で見た感じじゃ、魔物狩り屋、男も女も同じ数ぐらいおったよね。風呂場だって同じ大きさだったしさ。
だで、この世界では、女も男と同じように旅ができる、つまり、生理がそこまで煩わしくない、って設定にしたい、しないといかんよ。それも含めて理想のファンタジーなんだでさ」
「そうだよね。だから、『血液をすぐに洗い落とせる浄化の魔法』……長いね……、で、布ナプキンをすぐに洗える設定、すごくいいと思う。ところで、この魔法の短い名前を考えようよ」
「うん。血液を分離するわけだで……離血とか? それだけだと何のことかわからんか。洗い落とせて、浄化の魔法だで……離血浄、とか? 『離血浄の魔法』、『離血浄の魔法を固めた洗剤』、粉タイプ、液タイプ、両方販売中、そんな感じ?」
「『離血浄』か、いいね。じゃあ、その洗剤が、宿屋の大荷物に入ってるのかな? あいもユージナも持ってるはずだよね。探してみよう。大荷物の中には布ナプキンも入ってるはずだよね。あとは……」
「洗剤ですぐに血が落とせるなら、つけ置き容器は要らんのかな? でも夜中とか、すぐに洗いに行けんときの分を入れる物がいるか。それに、出先のトイレから持ち帰るとき用の入れ物もいるよね。
どんなんがいいだろう。特に外からの持ち帰り用は、他の荷物と一緒に手荷物に入れて野外のトイレから宿屋の洗い場まで持っていくわけだで、密閉できて水を通さない入れ物じゃないと困るよね」
「でもバケツみたいに立体的だとかさばるよね。大荷物じゃなくて手荷物の方に入れるんだし、生理が来ない時だってどこかにはしまっておくわけだし。
……ってことは、袋? 現代日本じゃチャック付きビニール袋が定番だと思うけど、ビニール袋は中世ヨーロッパ風の世界観には合わないよねえ」
「えっと、てことは、油紙かな? 西洋にもあるんだっけ? でも紙に油ぬって防水加工っていう、原理自体は難しくないよね。紙も、トイレットペーパーにできるほどじゃないけど流通しとる世界観にしたわけだし。それか、布に油ぬって防水するか、革を薬品で防水加工するとか? そこはまあ、いろいろでいいか。
とにかく、防水加工が施されとって、口を密閉できる袋。チャックは無くてもひもでぐるぐる巻きにしたら密閉できるよね。出先のトイレで、綺麗な布ナプキンと血の付いた布ナプキンを交換して、血の付いた奴は密閉袋に入れて、宿屋に戻ったら『離血浄の洗剤』で洗うと。出先から持ち帰るんじゃなく、夜中とかの分を何回か溜めとく奴も、そういう防水加工の袋があればいいのか。
何時間もつけ置きしとかんでもいいってことになると、空いた時間に洗いに行けるでいいよね。あっでも、干す時間はかかるか」
「そうだね。洗い場も男女別だし、昨日あいたち下着干したし、布ナプキンも干せると思うけど……共用の場所だとどうしても紛失の心配はあるだろうし、昨日の下着みたいに早めに回収した方がいいのかもね」
「ってことは、うちも、風の魔法、初級ぐらいは覚えとった方がいいんかな。風は火や水を起こすより簡単……だと思うし」
「あいがいるときはあいが乾かしてあげるよ。ところで、痛みとかまだ大丈夫?」
「今んとこはね……。でも、痛み止めの薬とか、持っとることにした方が安心だよね。それに、魔物と戦うんでも、怪我しても回復魔法を使える人がおらんとか、中級までしか使える人がおらんとかで、すぐに怪我が治らん場合もあるよね。だで、痛み止めの薬はこの世界で需要があると思う」
「うん。じゃあ、そういう薬草があって、それを粉とか丸薬とかにして売ってる、ってことにしようか。薬は、『この世界にはそういう薬草があります』って言っちゃえば難しい設定を考えなくてもいいから楽だよね。
あっ……そうだ!! ピルみたいに生理をずらす薬もあるってことにしたら!? そういう薬草があるんだよ!
女は毎月……月があるかはまだ設定してないけど……一週間は生理なわけだから、つまりひと月の四分の一は生理ってことだよね。だから、女が四人いたら誰か一人は生理の可能性が高いわけで。複数でパーティー組んでて、強い魔物を倒しに行こうって時に誰かの生理がかぶると困るよね。痛み止めや布ナプキンがあるとしても、やっぱり生理の時は調子が狂うしさ。
だからピルみたいな薬があったら、旅の日程に合わせて生理をずらせるし、魔物退治の旅もしやすいんじゃないかな!?」
「確かに! てことは、『女性ホルモンと似た成分を持ってて、人間が飲むと生理に影響を与える植物』みたいなのがあるって設定にすればいいのかな? その薬を飲むと生理が止まって、飲むのをやめると来るとか……。
あっそうだ! 『来そうでなかなか来ない生理を、すぐに来させる薬』もほしくない!?
『月曜に大事な予定があるから、金曜の夜から生理きて土日休みのうちに出血のひどい日がすぎて月曜には少しでも軽くなってほしい』って思っとるときに限って、土日に生理が来んくて、じゃあ火曜まで遅れてくれればいいのに、よりによって月曜に生理が来る、ってことよくあるでしょ! そういう時にその薬を飲むとさ、『あと数日のうちに生理が来る』って状態だったら、その日のうちに生理が始まるんだよ! そういう薬があったらよくない?」
「いい! いいねそれ!!『そういう作用を持つ植物がこの世界にはあります』ってことにしちゃえば、あとは設定のつじつま合わせとか要らないもんね! そういう植物があるんだから! そういう薬、便利~! 現代日本でもピルはあるけど、『生理を今すぐ来させる薬』なんて無いもんね。中世ヨーロッパ風の異世界だけど、現代日本より便利なんじゃない?」
「うんうん、いろいろ便利な設定考えたで、なんか気持ちが明るくなってきた! こんだけの設定があれば、生理が来とっても魔物退治の旅がやれそう! 早く宿屋に帰って、どんなんが荷物に入っとるか見たいなあ」
ユージナの表情が明るくなるころ、三人は宿屋に帰り着いた。




