第一章 02 初めてのトイレ
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「……ねえ。あいちょっと、やばい予感がするんだけど」
やがて、おもむろにリユルが言い出した。
何?と聞き返すヴァルルシャとユージナに、リユルは、ゆっくりと、答えた。
「……トイレ、行きたくなってきたかも」
「!」
「!」
三人は息をのみ、机の上の水差しとコップを見る。水差しの中身は半分以上減り、それは、その分の水が三人の体に吸収されたことを表していた。
「やばいやばい! 魔王どうこう以前にトイレの設定しないと!」
「リユル、一番寒そうな格好しとるもんね!? 冷えちゃった!?」
自分の肩を抱くリユルをユージナが温めようとするが、ユージナも上着というものは着ていないし、それはヴァルルシャも同じだった。部屋の家具は机と椅子しか設定しておらず、寝具や毛布のようなものは無い。
「まさかトイレに行きたくなるとは~! 現代日本みたいなトイレ作っちゃっていいの!? それともファンタジー世界っぽいトイレにした方がいいの!? ファンタジーっぽいトイレってどんなよ!」
「普通、トイレの設定まで考えて話を作りはじめはしないですからね。しかしこの状況は一刻を争いますね。作者の知識を探ってみましょう。作者から生み出されるものしか描けないわけですから」
三人は、目を閉じて、トイレの知識が頭に浮かんでくるのを待った。
「実際の中世ヨーロッパは、とても不潔で、排泄物は道に垂れ流しだったようですね。それで開発されたのがハイヒールだとか」
「その知識はあいの頭にも浮かんだけどそんなの嫌! 現実の中世ヨーロッパじゃなくて、あいはファンタジー異世界の中世ヨーロッパ出身なんだから!」
「日本の江戸時代だと、排泄物をくみ取って畑の肥料にしとったって話だけど」
「それも嫌~~!! トイレにそれが溜まってるわけでしょ!? それにこれから食べる野菜類全部、そういうの肥料にしてるって設定になるわけでしょ!?」
三人の頭に浮かんだトイレの知識は、リユルに悲鳴を上げさせることしかできなかった。
「私も、排泄物垂れ流しの世界観は嫌ですね」
「垂れ流しよりは肥料になっとるほうがいいと思うけど、うちもファンタジー和風時代劇から来とるで、リアル江戸時代方式よりもっといい設定を考えたいなあ」
いい設定……。と三人は頭をひねる。
「やっぱり水洗トイレが使いたいよ~!」
リユルが叫ぶ。
「確か、古代ローマは水道があって水洗トイレもあったはずですが……作者にそれ以上の知識は無いようですね」
「水洗トイレがあることにする? でもさっき、ここを『森の中の一軒家』って設定にしとったよね? そんなとこまで水道が通っとる設定にできる? そんなにこの世界は技術力高いん?」
「さっき部屋の設定を決めてしまったことが裏目に出ましたね……。」
「ほかにトイレの知識というと……。そうだ! 確か富士山のトイレって、昔はそのまま山に流しとったから環境が汚染されて問題だったんだけど、今はおがくずを入れて排泄物を微生物に分解させとるらしいよ! そういうのどうだろ……。でも、作者は詳しい知識までは持っとらんようだし、水が全く使えんのは嫌だよね」
ユージナは頭を押さえる。作者の知識にシンクロしても、作者が知らないことはキャラクターの自分たちが知ることはできない。
「ファンタジー世界だから、精霊の力で人里離れた一軒家でも水が使える設定などにします?」
ヴァルルシャが言うが、ユージナがつっこむ。
「さっきまで木材とか水とかコップとか、材質の入手のリアリティみたいな細かい世界設定にこだわっとったのに、トイレだけそういうふわっとした設定でいいの?」
「……そうだ! あいもヴァルルシャも、魔法使いじゃん!? 魔法で水が使える設定にしたら?」
もぞもぞしながら、リユルが言う。
「確かに私は魔法が使えますが……そもそも我々はどういう仕組みで魔法が使える設定なんでしょう? 制限なく使ってしまっていいものでしょうか?」
「今そんな設定まで考え出す~?」
いいアイデアだと思ったのにヴァルルシャにダメ出しされ、リユルがうなる。
「しかし、安易に設定してしまうと後々大変ですよ。それに、魔法で水洗トイレにするなら、魔法を使えない人はトイレを使えなくなるのでは? それをきちんと考えないと……ユージナさんは魔法使い系じゃないのでしょう?」
「確かにうちはそうだわ。でもやっぱ、精霊とか魔法とかで水洗トイレが使える設定はいいと思うよ。清潔そうだし」
「ええ。しかし、我々が清潔になるのに、精霊の力を使うわけでしょう? どうしてそんなことに精霊が味方してくれるんでしょう? 何か代償を払わなくてはいけないのでは?」
「細かいこと言ってないで早く決めようよ~! 代償っていうなら、それで魔王が生まれたってことにすればいいじゃない~!」
らちが明かないので、リユルが叫んだ。
その言葉に、ヴァルルシャとユージナが顔を見合わせた。
「それだ!」
「それです!」
「?」
二人に指をさされて、リユルは戸惑う。
「人間が精霊の力を使うことも、物語の目的として魔王がいることも、その設定で解決だ!」
「魔法も、人間と精霊が契約して、使えるようになるという設定にしましょう! 精霊は、人間に便利に使われる代わりにストレスが溜まって、それが魔王……それから、多くの魔物になるのです! 弱い魔物を倒して我々はレベルを上げて、最終的に魔王に挑むのです!」
「いい! いい! それいい! だから早くトイレの設定決めて!!」
方向性が決まれば、細かい部分も決めやすかった。
「魔法の力で、建物には飲料に適した水が溜まっている上水タンクと、生活排水などを溜める下水タンクがあることにしましょう! 建設時にそういう設備を設置するのです! それなら森の中の一軒家でも水が使えることになります!」
「そうだね、魔法使いが一か月……あ、月があるって設定? それは後でいいか、とにかく魔法的な力で定期的に水を溜めるタンクがあって、家中に管がつながっとれば、うちみたいに魔法が使えんでも水道や水洗トイレが使えることになるね!」
「トイレや食器を洗った後などの生活排水は下水タンクに溜めて、浄化の魔法……微生物を増やして汚水を無害にする魔法をかけるのです! これで環境的にも問題ないはずです!」
「うんうん! じゃあ細かいことは後にしてトイレの事決めよ~!」
リユルがもぞもぞしながら叫ぶ。
「うん! トイレは、個室がいいよね。材質は……木より陶器のほうが手入れしやすそうだで、陶器がある設定にしよう!」
「トイレの水を流すのはレバー方式でいいですよね? トイレ内にもトイレ用のタンクがあり、そこに上水タンクからの水が溜まっていて、用を足したらレバーを動かすと一回分の水が流れる、これで水洗トイレになりますね?」
「トイレットペーパーどうしよ? あるの? 使い捨てに使えるほど豊富に紙がある設定でいいの?」
急ぎながらも、リユルは設定を考える。トイレに入って困るのは自分だからだ。
「ウォシュレットだ! ウォシュレットにしよう!」
ユージナが言うが、リユルはうめく。
「でも電気のスイッチで水が出るとかやれる?」
「トイレ用のタンクがあるんでしょ? そのタンクからもう一本ホースが出とることにするんだよ! ウォシュレット用のホースが!
トイレ内のタンクからホースが伸びとって、用を足した後、そのホースを手元に持ってきて、レバーとか紐とかのスイッチを入れると、一定の水が流れることにするんだよ!」
「濡れたの乾かすのは? それも魔法の力とかにする? でも水は溜めれるけど風は溜められないでしょ~?」
「紙も少しは使いましょう! ウォシュレットの後にちょっと拭くぐらいの紙は流通してる世界にしましょう!」
「ウォシュレットのホースは清潔なんだよね?」
「消毒液につけとることにしよう!」
「そーね! これでいいかな? トイレ、使えるかな?」
三人は、設定を確認しあった。
・この世界の建物には上水タンクと下水タンクが設置されており、水道が使える。
・トイレは、手洗い場の奥に一人が入れるだけの個室があり、陶器でできた腰掛のような便器がある。
・トイレ内にも水のタンクがあり、太い管と細い管が伸びている。太い管は便器につながっており、細い管は横にある消毒液入りの容器に先端が入っている。
・便器内に用を足し、細い管から出る水で体を洗う。
・細い管は、それ用のレバーを引くと水が流れるので、先端を手元にもってきて用を足した後を洗う。水は便器内に流す。先端は消毒液入りの容器に戻して清潔を保つ。
・トイレ内には、手のひらサイズの紙がまとめてあって、それで使用後の水気を拭く。使った紙は便器内に落とす。
・用を足し終えたら太い管用のレバーを引くと、便器内を水が流れて汚水を下水に流す。
「大丈夫? 問題ないかな!?」
三人から、これ以上の疑問は出てこなかった。
「じゃあ、行ってきます! この部屋の真正面にトイレがある設定にするね!」
リユルは部屋を飛び出してトイレに駆け込んでいった。
しばらくしてリユルは戻ってくる。すっきりした顔で、不便はなかったようだ。ユージナとヴァルルシャも順にトイレに行ってみる。
設定した通りの物がそこにあった。




