第三章 02 ゴブリン
02
トイレのある場所までは、やはり魔物と遭遇しなかった。
トイレを通り過ぎ、小川との交差点が近づいてきたところで、葉獣に遭遇した。しかも二匹だった。
戦い方は昨日と同じように、リユルが氷の魔法で葉獣を足止めし、ユージナが切りつけるという形をとった。それで一匹は倒せたが、もう一匹はリユルの氷の魔法から逃れ、跳ね回っているところをヴァルルシャが何度も炎の魔法で追いかけ、ようやく炎が命中して倒すことができた。
「敵が一匹じゃなかったから、全体魔法……広範囲に氷を降らせようと思ったんだけど、範囲を広げて、でも氷の密度は単体攻撃と同じで、ってやるの、結構難しいな」
リユルがため息をついた。
「私も攻撃魔法がもう一種類ぐらいあった方がいいでしょうか。炎だけだとなかなか当てられません」
ヴァルルシャも大きく息を吐く。
「葉獣はそんなに強くない魔物ってことだで、それに苦戦するんなら所持魔法が足りんってことじゃない? てことは、魔物狩り屋は何種類か攻撃魔法を持っとるのが普通なんじゃないの?」
ユージナが言う。確かに、と魔法使いの二人はうなずいた。
「ならば何にしましょう……あ、昨日、風の初級魔法を使いましたよね。私は中級まで習得してる設定にしましょうか」
ヴァルルシャは、昨夜ドライヤー代わりに風の初級魔法を使ったことを思い出した。
「そうだね。いいと思うよ。あいが水と氷、ヴァルルシャが炎と風、攻撃のバリエーションが増えそう」
「風でどういう攻撃魔法にするん? かまいたちみたいに切り裂くとか?」
ヴァルルシャは少し考えてから答えた。
「風の刃で敵を切り裂く、となると、ユージナさんが刀ですからかぶりますよね。それに、私の炎の魔法は直線的なので、素早い葉獣に当てるのに苦労するわけですし、もっとこう、リユルさんの氷の魔法のように、広い面積に攻撃できる形の方がよさそうですね」
「てことは、風でもわっと包むとか、押しつぶすとか、そんな感じ?」
リユルが手を広げてジェスチャーする。
「動き回っとる敵を、上から風で抑え込む感じ? 風の風呂敷みたいなもんで……」
「そのイメージいいですね。風の風呂敷で敵を叩きつける……風呂敷から呂を抜いて、風敷といったところでしょうか」
ヴァルルシャの風の魔法のイメージが固まった。次に魔物と遭遇したら実践することにし、一息ついてから、また先に進む。
道が小川と交差するところまで来て、三人が小川をまたぎ終えた時、道の先を何かが横切った。
「なんかおった!」
ユージナが刀の柄に手をかけて身構える。リユルとヴァルルシャもそれを見た。
「葉獣や水狼より大きかったですよね……」
ヴァルルシャが身構えながらその方向に進む。
「小川を越えたあたりから魔物は増えるって言ってたもんね……」
リユルも警戒しながら先に進む。
その時、三人の背後から何かが突進してくる気配がした。振り返って飛びのく三人の間を、それは駆け抜けていく。
背丈は人間の成人の半分ほど。全身は緑色で、ぼろをまとっている。つり上がった目、とがった耳、耳まで裂けた口。凶悪そうな顔つきで、こちらをにらんでいる。
「ゴブリンだ! まごうことなくゴブリンだ!」
三人は声を上げた。
「この世界にもおるんだね! 設定的に、序盤のザコモンスターってことでいいんかな?」
ユージナが刀を構える。飛び出してきたゴブリンは、手に棍棒を持っていた。
「でも武器持ってるから、葉獣とかより手ごわそうだね……あ!」
リユルが、目の前のゴブリンの背後に目をやる。さっき道の先で見かけた影、それはもう一匹のゴブリンだった。それもリユル達に敵意を持った目で近づいてくる。
「いきなり二匹ですか……。でも、こちらは三人いますからね!」
ヴァルルシャが言い、精神を集中し始める。さっき設定したばかりの風の魔法を使う時だ。
手のひらを上に向け、風呂敷サイズの透明な板が手の上に乗っているのをイメージする。
「風よ!」
ヴァルルシャは、手のひらをゴブリンに振り下ろした。透明で大きなハエ叩きを叩きつけるイメージだ。
手前のゴブリンが風圧で地面に押しつぶされ、ギューッという感じの悲鳴を上げる。口がある魔物は声も出るのだ。
後ろの方のゴブリンが、倒れたゴブリンを飛び越して襲い掛かってくる。ユージナは刀を向けてそれに対峙する。
ゴブリンが振り回す棍棒を、ユージナは刀で受け止めようとする。すると刃が食い込んだ棍棒はそこから切断され、先端が地面に転がった。そして、蒸発するように消えていく。
「武器も消えた! 武器込みで、『魔物』っちゅうエネルギーの塊と考えればいいんかな?」
「そうみたいね……ほら!」
リユルがもう一体のゴブリンを指さす。ユージナがゴブリンと切り結んでいる間に、リユルはヴァルルシャが地面に押し付けたゴブリンに、水の魔法をぶつけてとどめを刺していた。ゴブリンは、身に着けたぼろも、手に持った棍棒も、共に蒸発するように消えていく。
残ったゴブリンをユージナが両断すると、それも同じように消えていった。
「いきなり二匹でもなんとか倒せましたね。私の風の魔法もうまくいってよかったです」
ヴァルルシャが安堵の息を吐く。そんな彼にリユルが言った。
「ねえ、ヴァルルシャはなんで魔法を手元に出してから敵にぶつけるの? 敵の頭上に出せばいいじゃない」
リユルの考えでは、魔法は世界を構成する精霊のエネルギーなのだから、精神集中さえできればどの位置にでも火や水は起こせるはずだった。実際、リユルは魔物の頭上に水や氷を現している。あまり自分から離れるのは無理だろうが、対峙している敵に当てやすい位置ならそれほど難しくないはずだ。
「確かに、できなくはないんでしょうが……手元で力を籠めるほうがやりやすいんですよねえ」
ヴァルルシャは自分の手を見る。刀をしまったユージナは二人に言った。
「いいんじゃない? その人の癖ってことでさ。うちの剣技だって我流になっとると思うし。敵が倒せたらいいんだって」
「それもそっか。ところで、のど乾いてきたな。水飲む? ていうか、そろそろお昼、食べちゃう?」
リユルが自分のカバンを触る。魔法水筒と、はさみパンがそこに入っている。
「そうだね。ちょっと早いけど、休みたいときに魔物も休んでくれるとは限らんし」
「それに、食事したらトイレ休憩もしたいですものね。トイレからそれほど離れていない位置で昼食にした方がいいかもしれませんね」
三人は座りやすい場所を見つけ、昼食をとることにした。