第三章 01 また森へ
第三章
01
目覚まし時計などは無いので、自然に目が覚めるまで眠っていた。ランプの明かりは寝る前に最小限に絞ったときのまま、同じ光を発し続けている。個室に窓は無いので、日光の様子で時刻を知ることはできない。扉を開けると、廊下のランプはすでに消されており、窓が開いて朝の光が差し込んでいた。すでに宿屋のご夫婦が来て、ランプを消して窓を開けていったのだろう。
部屋の鍵をかけて、トイレや洗顔に向かおうとその場所に行くと、先客がいた。
「あ、ユージナ、おはよう」
トイレ手前の手洗い場で、リユルが顔を洗っているところだった。
「おはよう。よく眠れた?」
「うん。横になったらぐっすりだったよー。疲れてたんだね」
「起きたら夢オチでした、ってことにならんでよかったね」
二人は笑いあい、自室に戻って身支度を始める。隣の部屋でも物音が聞こえ始めた。ヴァルルシャが起きたのだろう。
身支度を終え、三人が廊下にそろう。
「おはようございます。今日もいい天気みたいですね」
ヴァルルシャが窓の外を眺めながら言う。その言葉通り、さわやかな日光が降り注いでいた。
食堂に行くと、朝食が用意されていた。パンとサラダ、焼いたハム。三人はおいしくいただいた。
おかみさんに聞くと、昼食も、朝のうちに頼めば用意してくれるそうだ。とはいえ、パンにサラダとハムをはさんだ、『はさみパン』ぐらいの簡単なものだそうだが。一つ50テニエル。支払いは品物と引き換え。
ご亭主に森のことを尋ねると、やはりトイレのあたりまではあまり魔物は出ないという。
この森の先には、キヨゥラ川という広い川があるそうだ。森の泉から流れる小川はそこへ流れ込んでいる。宿屋の目の前の道は、宿屋からキヨゥラ川に最短距離で向かうルートだった。キヨゥラ川周辺はそれなりに価格の高い魔物が出たりするので、宿屋からまっすぐ川まで向かう魔物狩り屋が多く、道ができたのだという。
トイレより向こう、道と小川が交差するあたりから、少しずつ魔物が増えてくるそうだ。
今日は小川の向こうまで行ってみよう。三人はそう話し合い、支度をして、『はさみパン』を受け取って宿屋の外に出た。
「さあ、今日もがんばるぞ!」
リユルが森の入り口に立って気合を入れる。
「今日は、どんなことが起こるんだろうね」
ユージナが期待を込めて森の奥を見る。
昨日は、この先に何があるか全くわからなかった。
「それを確かめるために、進むんですよ」
ヴァルルシャが力のこもった言葉で言う。
今日は、昨日歩いたところまでは様子がわかっている。その先の情報も仕入れた。
「ねえ、ところでさ、『キヨゥラ川』って……」
リユルが、周りに自分たち以外の人間がいないことを確認してから、言った。
「うん。『清らか』、って言葉をもじっとるんかな」
ユージナがリユルの言いたいことを察して後を続ける。
「『清らか川』……『清らかな川』……『清川』……といったところですかね。これ、昨日の時点で設定があったんでしょうか?」
ヴァルルシャが二人の顔を見て返答を待つ。
「ヴァルルシャが言いたいのは、昨日、うちらが森へ入るまでは、森の中の設定は何も固まっていなかったんじゃないか?ってことだよね」
「あいたちが、森の中で泉を発見したことで、泉から小川が流れだして、その流れつく先、つまりもっと広い川が設定されたんじゃないか、そういうことだよね」
ヴァルルシャはうなずく。
森の先に川があることも、川の名前も、自分たちが動き出したから設定されたんだろうか? あの暗闇から、部屋を設定したことで、部屋の外の世界が広がっていったように。
「だとしたらさ、あいたち、どんどん動き回らなきゃね」
自分たちが進むことで、世界が広がる。
それは心の踊ることだった。
「うん。うちらでも世界でも、どっちが決めてもいいで、たくさん設定を固めていこう!」
自分たちが設定を考えるのも、勝手に決まった設定に驚かされるのも、どちらも楽しいものだった。
「ええ、さあ、行きましょう!」
三人は期待を込めて、今日も森の中へと足を進めた。




