第二章 03 回復魔法
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「とはいえ、あい、水の魔法だけじゃ困るね。他の魔法も使える設定にしたいけど、攻撃魔法、何種類ぐらい使えるのが普通なんだろ」
どんな魔法も使える天才設定は恥ずかしいから嫌だが、戦闘に何も貢献できないのも嫌だ。
「とりあえず、もう一種類ぐらい攻撃魔法が使えても、チートって感じはしないと思いますよ」
「じゃあどんな魔法がいいかな……水と火……あとは、風と土とか?」
リユルは考える。魔法の属性と言えば、地水火風、の4種類はRPGの定番だ。
「でもさ、蓄光石とかも精霊の力でやっとるわけだで、そういう定番の属性だけでなく、いろんな攻撃魔法があってもいいと思わん? あ、そういやさっき宿屋に冷蔵庫っぽいものがあったで、氷の魔法もあるんと違う?」
「そうだね。それに、水と氷だったら近い属性だから、両方習得するのは難しくなさそう。じゃああい、氷の攻撃魔法も使えることにする!」
氷だったら、水の敵にぶつけても敵ごと凍らせたりできそうだ。
「私ももう一つぐらい魔法の設定があってもいいんでしょうが、今は決めずに後にとっておいた方がいいでしょうね。何が必要になるかわかりませんから」
一つ戦闘を経たことで、また一つ、いやそれ以上に世界観が固まった。こうやってどんどん物語を進めていこう。三人は気合いを入れなおした。
「じゃあ、川沿いに進んでみるってことでいいかな?」
リユルが泉のほとりに戻って言う。今は魔物はいない。泉から流れ出す小川のせせらぎと、鳥のさえずりがまた聞こえるようになっている。
「ええ、行ってみましょう」
三人は小川の流れに沿って歩き出した。
しばらくはのどかな雰囲気が続いていたが、突然、がさがさっという音が聞こえてきた。
音のする方を見ると、猫ぐらいの黒い影が茂みに隠れていくのが見えた。
「魔物? それとも、タヌキとかそういうの?」
言いつつも、ユージナは刀の柄に手をかける。
「わかりません。でも、あそこでしたよね……」
ヴァルルシャが言い、用心しながらその茂みに近づいていくと、何かが、飛び出してきた。
木の葉、木の枝、木の実などをかき集めたような、松ぼっくりをサッカーボール並みの大きさにしたような、茶色の塊。
しかし、それには手足があり、三人をめがけて体当たりしてきた。
「木の獣……『木獣』? 葉っぱの獣……『葉獣』?」
リユルが言いながら身をかわす。可愛らしいと言えなくもない外見だが、リユルによけられるや否や、ユージナに向かって突進していく。
「葉っぱメインだで『葉獣』かな……。てか、うちらにものすごい敵意持っとらん? 精霊のストレス発散なだけあるわ!」
体をひねったので直撃はしないが、葉獣の体当たりがユージナの腕をかすめた。
ユージナは体勢を立て直し、刀を振り下ろすが、小枝や葉っぱでできているせいか相手は身のこなしが軽く、空振りになった。
「魔物とは、人間を見れば襲い掛かってくる物なのかもしれませんね! それがタヌキとか普通の獣とは違うところなんでしょうか!」
言いながらヴァルルシャは精神を集中し、炎の魔法を発動させる。目を開けて葉獣を狙うが、よけられて当たらない。
さっき水狼にしたように、ユージナとヴァルルシャは葉獣を挟んで左右に分かれる。水狼の時はユージナが切りつけに行ったが、葉獣は水狼より小さく素早いので、同じようにしても逃げられてしまうだろう。
リユルは少し離れたところで息をひそめ、葉獣に感づかれないように、精神を集中した。
氷の魔法、あいつに当たるように、広い範囲に……!
「氷よ!」
細かい氷が、葉獣に降り注ぐ。致命傷にはなりそうもないが、葉獣の体を一回り大きくしたぐらいの範囲に、雹のように氷が落ちる。
リユルに気づいていなかった葉獣は、とっさに飛び跳ねて逃れようとはしたが、体の半分は氷で覆われた。それで、動きが鈍る。
「リユル、ありがと!」
そう言ってユージナが切りつけに行く。ヴァルルシャは、炎で氷を溶かしてはいけないと、炎の魔法は使わない。
ユージナの刀が葉獣を両断し、その体は氷の魔法と共に溶けていった。そこから光が三つ、三人の蓄光石に向かう。
「光が出た、ってことは、魔物を完全に倒した、ってことだよね。わかりやすくていいね。とどめ刺したと思って油断したら反撃された、ってことにならんでいいわ」
ユージナが緊張を解き、刀を鞘にしまう。
「さっそく、あいの魔法が役に立ってよかったー! 氷にしといてよかったよー」
そう言いながら、リユルは葉獣がいた場所に近づき、自分の魔法で魔物を退治できた様を確認する。
リユルはユージナの隣に立った。
「あ! ユージナ、血が出てる!」
言われてユージナは自分の腕を見る。さっき葉獣に体当たりされた左腕だ。
「ほんとだ。全然気づかんかったわ。そんな痛くないし、大したことないよ」
それは、まさに木の枝でひっかいたような傷だった。確かに重症には見えないが、それでも赤い血がずっと滲み出している。
ヴァルルシャも心配して様子を見に来る。
「だからってこのままでいいわけないよ。何か、手当てするようなもの……」
そこまでリユルが言ったとき、ヴァルルシャが自分の両手を打ち合わせた。
「そうだ! 私の魔法、まだ炎の一種類しか設定してませんでしたよね。回復魔法が使えることにしましょう!」
ヴァルルシャの提案に、二人はうなずいた。
「そういや、回復魔法のこと考えとらんかったね。じゃあ、お願いするわ。といっても、回復魔法ってどんな感じなんだろ?」
「その前にさ! この傷跡、泥とかついてるよ! まず洗った方がいいよ」
リユルの言う通り、その傷は森で転んだ時のような傷だった。葉獣は倒すと消え去ったが、茂みの中を駆け回ったりしていたので、泥などが付着していたのだろう。葉獣の体当たりは、森の茂みそのものが体当たりしてきた、と言ってもいいのかもしれない。
「ええと、あいが水の魔法を選んだのは、『水が容器から消えない魔法』のためだから、あいのカバンには、それがあるはずだよね。ちょっと探してみる」
「じゃあその間、私は回復魔法の設定を考えてみますね。ユージナさんは休んでてください」
ヴァルルシャはユージナを木の根元に座らせた。リユルが、カバンからそれらしき物を見つけて隣に座る。
「これ、水筒っぽいよね……」
それは、片手で持てるほどの筒で、軽そうな金属でできていた。縦の長さの四分の一ぐらいのところに切れ込みがあり、そこをひねると、筒は二つに分かれた。小さい方は、外側も内側も同じ、金属の銀色をしていたが、大きい方は、内側が、真っ白な塗料のような物で塗りつぶされていた。
「蓋がコップになるタイプの水筒だね。その白いのが、『精霊の力で水の魔法が消えなくなる塗料』かな?」
「やっぱユージナもそう思う? 大きい方に水を出して、小さいコップで飲んだりしろ、ってことかな? ちょっとやってみるね」
リユルはそう言って精神を集中し始めた。魔物にぶつけるのではなく、傷口を洗うための水。汚れのない、清潔な、綺麗な水……少しでいいから……。
「水よ!」
その言葉とともに、水筒のすぐ上から、見えない蛇口でもあるかのように水が注がれる。水は水筒を満たし、止まった。
「消えんね。やっぱりこれが『水が容器から消えない魔法』のかかった水筒だったんだ」
「これだけでも、結構疲れるわー! 綺麗な水、って意識しなきゃいけないのって、大変なんだね。上水タンクに何十リットルも水を張るのって、すっごく大変に違いないよ」
「うちのためにありがと。……あ! 『水が容器から消えなくなる魔法』、っていうかその塗料! 見た時、なんで白色なんだろうって思ったけど、白いと、溜まった水に濁りとか汚れがないのが見やすいでかな」
「そっか、そうかもね。じゃあ上水タンクも、水が容器から消えなくなる魔法のこの白い塗料で……って、長い!! 言いにくい!! なんかいい名称考えようよ!」
「うん。うちもそう思っとった。水が消えない魔法がどうの、その魔法の塗料が塗られたこの水筒がどうの、ってさあ。この現代日本でも売ってそうな形の水筒、っていうか魔法瓶……」
そこまで言って、ユージナが言葉を止めた。何かに気づいたように、リユルと二人、顔を見合わせる。
「魔法瓶?」
「魔法瓶……」
「『魔法瓶』だーーーー!!!!」
二人は同時に声を上げて笑いだした。
「ヴァルルシャ、ねえこれ、『魔法瓶』! 文字通りの『魔法瓶』!!」
ユージナがそばの彼を手招きする。二人して笑いのツボに入ったようで、涙が出るほど笑っている。
「聞こえてましたよ。でもそれは金属製のようですから、魔法瓶でなく、魔法缶ですかね? それだと、何か魔法が詰まった缶詰のような響きですけど……」
「魔法瓶でも……魔法缶でもないとすると……『魔法水筒』?」
「そもそも本物の『魔法瓶』みたいに保温しとるわけじゃないしねえ」
ひとしきり笑った後、リユルとユージナは深呼吸をして落ち着いた。
「あーおかしかった。じゃあ、この水筒は『魔法水筒』ってことで、『水が消えない魔法』そのものは何て名前がいいだろ? 水が消えない……不消……じゃ、不肖の息子、みたいな感じがするかなあ」
リユルに続き、ユージナが言う。
「水が溜まる……、蓄積する……だと、蓄光石とかぶってまうしねえ」
「水が、残る……と考えてもいいですよね。その『魔法水筒』に」
ヴァルルシャの言葉を受けて、ユージナが言った。
「残る……『ざん』とも読むよね……水が残る……残水? 『残水』とかどう?」
「あ、いいかも。短くてわかりやすいし。『残水の魔法』『残水の塗料』『残水の魔法がかかった魔法水筒』って感じだ」
『水が容器から消えなくなる魔法』の名称が決定した。
「で、回復魔法の設定ですけど、私の考えはだいたいまとまりました。
回復魔法と言っても、どんな傷でも治るとなったら体を粗末にしかねませんよね。ですので、人間の自然治癒力を精霊の力で高める、時間をかければ魔法無しでも治るような怪我を、精霊の力で短時間で回復させる、という形はどうかと思いました」
ふんふん、とうなずきながらリユルとユージナが聞く。
「回復魔法の初級、中級、上級の差も考えてみました。
初級は、本当にちょっとした怪我、消毒液とばんそうこうで何日かすれば治るような傷。それを一瞬で治せるぐらい。
中級は、アウトドアで怪我をして、でもキャンプ等を中断して病院に行くほどではなく応急処置で対応する程度の怪我。それを一瞬で治せるぐらい。
上級は、すぐに病院に担ぎ込まれるぐらいの怪我、外科手術が必要なほどの大怪我。それを治せるレベル。ここは一瞬かどうか迷うところですが。能力的には現代日本で言う医療関係者ぐらいと考えたらいいでしょうか。
というか、この世界の医師は、魔法使いということでいいんですかね? 魔物と戦ってダメージを受けるだけでなく、日常生活でも大怪我することはあるので、病院は必要ですよね?」
ヴァルルシャが二人の顔を見る。まずリユルが答える。
「そうだね。町にお医者さんいないと困るし。上級の回復魔法を習得するのは、医師免許を取得するみたいなものかな? 水の上級魔法もハードル高そうだけど、回復魔法はもっと大変そ~!」
「あ、でもさ! 怪我はともかく、病気はどうすんの? 上級の回復魔法がお医者さんレベルとしても、自然治癒力でどんな病気でも治せる?」
ユージナに言われ、ヴァルルシャは考え込む。
「確かに。病気のことは失念していましたね……」
リユルが少し考えて、自分の意見を述べる。
「ええと、魔法であれこれできる世界っていっても、薬草ぐらい発見されてるよね。魔法ばっかり使ってたらやっぱ疲れるし。で、薬の知識は魔法の知識とは別に、勉強する必要があると思う。
『こういう症状にはこういう薬草をこうして飲むのが効く』とかは、今までにいろんな人が試してきた結果の積み重ねだから、魔法が使えるかどうかは関係なく、知ってるか知らないかだよね。
ヴァルルシャが、上級の回復魔法は外科手術レベルって言ったけど、自然治癒力を高めると言っても、骨折したところにただ回復魔法をかけて、骨が曲がってくっついちゃったら困るよね。
だから回復魔法は、『本人の自然治癒力にプラスして、精霊の力も少し作用して、ちょっとした原因なら取り除ける』、ぐらいの設定にしたらどうだろう。複雑骨折とかしてても、骨をまっすぐに戻す作業は精霊の力がやってくれて、あとは本人の治癒力と、回復魔法を使う人の精神力、ってことで。
病気に回復魔法を使うのも、軽いものなら魔法だけで治る、ってことにしたら? 例えば軽い風邪だったら、風邪の菌を退治するのは精霊の力にやってもらって、あとは本人の自然治癒力で治すの。魔法を使う人の精神力も必要だけど。
重い病気は、『回復魔法に含まれるちょっとした精霊の力』じゃ、原因が取り除けないの。だって魔法屋で魔法を買うとき以外は、そんなに精霊のストレスが溜まらないはずでしょ。精霊の力もそこまでは頼りにできないってことで。
だから重病を治そうと思ったら、回復魔法の力だけでなく病気に対する知識がいるから、医者になるには、上級の回復魔法と、薬草や病気の知識と、両方持ってなきゃいけない、ってことになると思う」
ユージナが感心してため息をついた。
「……やっぱ魔法のことは魔法使いが考えるのが一番だわー。うち何にも言うことないわ」
「この世界で医者になるには、実技と筆記の両方、上級の回復魔法と医学の知識と両方、持っていないといけないということですね。
魔物狩り屋は、医者を目指しているわけではないので医学の知識はさておいて、回復魔法だけは上級まで習得する。そんな人も多そうですね。
……ということでユージナさん、怪我をずいぶん放置してしまいましたが、痛みませんか?」
「え? あ、ああ、すっかり忘れとったわ。二人の話聞いとったらさ」
ユージナは自分の腕を見る。血は乾き始めているが、まだ滲み出しているところもある。
「私は、とりあえず中級の回復魔法は使えるという設定にします。『回復魔法に含まれるちょっとした精霊の力』があるのなら、傷の周りの泥などは洗わなくてもいいのかもしれませんが……」
ヴァルルシャがリユルの持つ水筒を見る。ユージナの傷を洗うためにこの『魔法水筒』は見つかった、現れたのだ。
「でも最初、いえ、久しぶりなので、泥は洗いましょう。勘を取り戻せば回復魔法だけで治せると思いますが。ハンカチか何かあるといいですよね……」
ヴァルルシャはそう言いながら自分の体を探る。ポケットから、ハンカチが見つかった。
「リユルさん、水をかけてください」
そう言ってヴァルルシャはユージナの傷にハンカチをあてがう」
「あ、血がついてまうよ」
「傷を綺麗にする方が優先ですよ」
「そうだよ。設定ばっかり考えてほったらかしだったし。じゃあ、水かけるから」
リユルがコップに注いだ水をユージナの腕に垂らし、ヴァルルシャがハンカチで拭う。さすがにしみるのでユージナが顔をしかめる。汚れが落ちたところで、ヴァルルシャがその傷に手をかざした。
引き裂かれた皮膚が、元に戻っていくのをイメージする。
「傷よ……癒えよ!」
ユージナは患部が温かくなるのを感じた。実際に血液が集まって熱を帯びているのかもしれない。暖かく柔らかい感じが続いて、ヴァルルシャの手が離れた後を見ると、腕の傷はふさがっていた。
「治った! すごい!」
自分の腕を見てユージナが声を上げる。
「よかったー! これが回復魔法なんだね! 無事に設定も作れたし!」
リユルがその腕をさする。血がにじむことはもうない。ヴァルルシャもハンカチをしまいながら笑う。
「それに、『魔法水筒』の設定もですね」
水筒の水は、まだ残っていた。
それをコップに注ぎ、三人はそれぞれ喉を潤す。
最後に、水筒の底に少し残した水でコップをすすぎ、コップを蓋としてかぶせて、リユルは『魔法水筒』をカバンにしまった。