第二章 01 初めての森
第二章
01
「森の匂いがするね」
歩きながら大きく息を吸い込んで、リユルが言った。
「フィトンチッドというやつですよ。リラックス効果があるんだとか……。だから森林浴は体にいいらしいですね」
ヴァルルシャが答える。
「へえ……って、リラックスしとったらいかんがな! うちら魔物退治に来たんだでさ!」
ユージナが言う。
森に入って、踏み固められた道の上をしばらく歩いた。背後にあった宿屋は見えなくなっているが、それほどの距離は進んでいない。
「でも小鳥とかさえずっててのどかだよ~。魔物なんか出そうにないよ」
リユルがあたりを見回す。穏やかな午後のハイキングといった風景だった。
「まだ宿に近いところですから、もっと奥までいかないと魔物は出てこないのかもしれませんね。というか、どんな魔物が現れるんでしょう」
「そうだ、それ決めとかんと魔物が出てこんのかも!」
三人は立ち止った。
「世界が勝手に決まるのが楽しみ、とはいえ、あいたちである程度は方向性を決めないと話が進まないみたいだね」
「そうだね。それに、今まで『魔物』ってざっくりしたくくりで話しとったけど、具体的にどんなんなんだろ? 実際の、……現代日本や日本で読める世界の伝説とかに出てくる、モンスターと同じでいいんかな? ピクシーとかゴブリンとか……。それとも、この世界のオリジナルの魔物にする?」
少し考えて、リユルが答える。
「オリジナルの魔物、だと、出てくるたびに外見とか名前とか、設定を考えなきゃいけないし、作者ってバトルシーン苦手だったじゃない? 魔物の攻撃方法とかワンパターンになりそうだし、既存のモンスターを出した方がいいんじゃない?」
それを聞いて、ヴァルルシャが腕を組んで考え込む。
「作者はゲームとか好きですし、それなりにモンスターの知識はあるはずですが、我々がこの場所から資料を探してモンスターの伝説の詳細を調べるわけにはいきませんよね? ある程度はモンスターの設定などを覚えているでしょうが、それが尽きてしまったらどうします?」
三人はしばし考え込んだ。
「両方まぜる、ぐらいのゆるい設定でいかんかな。伝説や神話に出てくる怪物って、大自然に対する畏怖の念を具現化したものだ、とか言うじゃん? それってうちらがさっき決めた、この世界を構成する力を精霊として見い出したり、精霊のストレスが魔物になったり、っていうのと本質的に同じことだと思わん? だでさ、作者がモンスターの設定を覚えとるもんは、この世界でもそういう伝説があるってことにして、あとはオリジナルの魔物が出てくることにしたらいいんじゃないかな?」
ユージナの意見に、二人はうなずいた。
「それならワンパターンにならないし、作者がうろ覚えのモンスターでも、『この世界ではこういう設定です』ってことにしちゃえば弱点とか設定できるから便利かもね。あ、設定と言えば、『魔物を倒したら色が変わって鑑定屋で換金してもらえる光る石』! あれの設定を後回しにしちゃったけど、結局どうしよう? あいたちが決めないとまた勝手に決まっちゃうよ!」
「そういえばそうでしたね」
「魔物を退治したらそれに反応するんだで、うちら持ち歩いとるはずだよね。この荷物の中か……ちょっと座ろか」
三人は顔を見合わせ、座りやすそうな木の根元に腰を落ち着けた。
「ええと、決めなきゃいけないのは、その、魔物を倒したら光る石が、三人がかりで魔物を倒した場合、どうなるかってことだよね」
カバンを開く前に、リユルが確認する。
「ええ。でもそれ以前に、その光る石は、どんな形状をしているんでしょうか? 魔物と戦う際に身に着けるのであれば、激しく動き回っても落とさないようになっていないと困ります」
「さらにその前にさ! 名前決めん? 魔物を倒して光る石……とか、長くて言いづらいし、うちらが決めんと『魔物狩り屋』みたいに勝手に決まってまうよ」
確かに。と、三人はまず、石の名称を考え始める。
「とはいえ、とっさにいい名前なんて思いつかないよ~」
リユルが頭を抱える。
「ですが、我々が名称を設定しなかった場合、勝手に決まるのはいいとしても、それを我々はいつ知るのでしょうか? 誰かに聞くとしても、宿に戻ってご主人たちに会うか、森の中にいるはずの他の『魔物狩り屋』を探すか……。そして、いきなりその石について質問するんですか?」
「『あの、魔物を倒すと光る石、何て名前でしたっけ』って、突然聞くのは不自然だし、何も決まっとらんかったら、名前以外の設定もどうなるかわからんよね。かといって設定を固めるのに、名前がないとやりづらいし……。やっぱりうちらで石の名前、決めんといかんよ」
三人はしばらく考え込む。
「魔物を倒す……退治……お金が溜まる……」
「RPGでいう、経験値が溜まってくようなもん……」
「経験値を蓄積……」
ヴァルルシャがつぶやいたその言葉に、リユルが顔を上げた。
「蓄積? ちくせき……。ねえ!『蓄石』ってどう? 蓄える石と書いて!」
「あ、いいかも! 魔物退治の結果を蓄積しとるわけだし!」
「あっでも、普通の『蓄積』と発音が同じでまぎらわしいかな……」
「もう少し言葉を追加しましょう。光るとか……退治とか……」
三人はそれらしい言葉を口に出してみる。
「光る……コウとも読むよね……光る石……こうせき……功績?」
リユルのつぶやきに、二人がそれだ! という顔をする。
「『こうせき』で『ちくせき』で……『こうちくせき』……いや、『ちくこうせき』だ!」
「光を蓄える石と書いて『蓄光石』ですね! 魔物を倒した『功績』を『蓄積』するんですよ!」
三人は顔をほころばせた。
「いいね! 何重にも意味が入ってるし。いい名称思いついたー!」
「完全に日本語の言葉遊びだけどね。うちら中世ヨーロッパ風の世界におるはずだけど」
「いいんですよ。現代日本語に訳しているという建前なんですから」
三人は笑いながら、『蓄光石』と何度もつぶやいた。
「いい名前を決めたんだで、設定もしっかり決めんと、って気になるね! まずどっから決めよう? 形から?」
「そうだね。大きさとか持ち歩き方とか。とりあえずカバンに入る大きさで、そんなに重くはないだろうけど……。肌身離さず身に着けるなら、アクセサリー風に加工されてた方がいいかな?」
リユルが自分の胸元や指先を見る。今のところ、アクセサリーは一つも無い。
「ネックレスや指輪の宝石のように、『蓄光石』がはめられていることにします? ですがむき出しだと、魔物との戦闘で傷ついたりしませんかね」
「首にかけるなら、ひもを長めにして服の内側に垂らしとけばそうそう落ちんと思うけど……穴開けて金具とか取り付ける加工はできるんかな? 天然石のペンダントトップみたいな感じでさ」
「なんか、金具用に穴開けちゃうとそこから溜めたものが漏れていきそうな気がするなあ。それに、ピンみたいな物をねじ込んでもバトルで激しく動いたら抜けそうだし、『蓄光石』を落としちゃうよね。あいからアクセサリーって言っといて何だけど、違う形がいいかなあ」
そう言いつつも、リユルはネックレス形状に未練がある顔で、自分の胸元を撫でた。
「後から穴をあけるのではなく、最初からドーナツのように穴のある形状の石として作られる、ということにしたらどうでしょう。あ、勾玉の形なんかどうです?」
ヴァルルシャが和風な姿のユージナを見て思いついた。
「勾玉だと和風になりすぎん? でも、ドーナツ状はいい考えかも。そこにひも通せば金具は要らんしさ」
「そうだね。それに、あいとユージナは女だし、ヴァルルシャも知的魔導士タイプだからアクセサリーつけるのは嫌じゃないだろうけど、ごっつい鎧戦士だったらアクセサリーは邪魔だよね。ドーナツ状の石なら、ひもを通してストラップみたいに持ち歩くこともできるんじゃないかな?」
三人はうなずく。形状は決まった。
「じゃあ次は大きさと重さだね。あんまり大きいと邪魔だし、かといって軽すぎても落としたことに気づかないと困るし……五百円玉……いや、100テニエル銅貨ぐらいの大きさ? もうちょっと大きい方がいいかな?」
リユルが指で輪を作って大きさをイメージする。それを見てユージナが思いついた。
「あ! それだ!『その人が親指と人差し指で作った輪』の大きさで、精霊が石を作ってくれる、っていうのはどうよ! 一人に一個、専用の『蓄光石』を鑑定屋で作ってもらうの!」
ユージナが自分の指でも輪を作って示す。体が小柄なので指の輪もリユルより小さい。
「なるほど、それなら各自の専用アイテムという感じがしますし、落としたら気づきそうで、でも首から下げても邪魔にならないぐらいのちょうどいい大きさですね」
ヴァルルシャも自分の指で輪を作って確かめる。三人でOKサインを出しているようだった。
「では、次は光り方ですね。何色がいいでしょう?」
「虹みたいにどんどん色が変わったら綺麗だとは思うけど、わかりにくいよね」
「魔物を倒すたびに魔物の値段が蓄積されていくわけだで……金貨、銀貨、銅貨、それぞれの値段に応じて、金や銀や銅に光ったらわかりやすいんと違う?」
蓄積してるのが五千円、いや500テニエル未満なら、銅色。
蓄積が500テニエル以上、5,000テニエル未満なら、銀色。
それ以上になったら、金色。
「確かにわかりやすいですね。でも、5,000テニエル以上はすべて金色ですか? 日本円でいう五万円……。月収には少なすぎですし、となると月給を銀行で下ろすより高い頻度で、魔物狩り屋は鑑定屋に足を運ぶ、ということになるのでしょうか?」
ヴァルルシャの疑問に、リユルが考えを述べた。
「精霊が鑑定屋で鑑定してくれるんなら、同じ金色でも、五万も五十万も間違えずに鑑定してくれると思うけど、『蓄光石』にあんまりため込まずに、こまめに換金した方がいいんじゃない? 指の長さで一人に一つ作るとしても、指の長さが同じ人ぐらいいるでしょ。落としたら誰のかわからないし、名前なんか書いたって、鑑定屋で本人確認とかする?」
「本人確認は……精霊が見抜いてくれるとか? でも、ケガした仲間の代理で換金とかありえるか。それに、盗まれたら必死で探すだろうけど、普通に落として無くしたら再発行、いや再制作して新しいの持ち歩くだろうし、落としたのを拾った人が、持ち主を探して見つからんで、中身もらいます、っていうのも責められんよね」
「ということは、『蓄光石』にはあまり大金を溜めておかない、という習慣があると考えてもいいのかもしれませんね。さっき、全財産を入れる通帳的な物の設定は後回しにしましたけど、そっちを、本人確認とかしっかりするアイテムにすればいいんじゃないですか?」
ヴァルルシャが言い、考え込んでいたリユルとユージナが顔を上げる。
続きを促され、ヴァルルシャは考えを述べた。
「銀行的な施設にも精霊がいて、そこでは手形、現代日本で言う書類でなく、文字通りの本人の手の形をかたどって、『蓄光石』のようなアイテムを作るんです。そのアイテムが貯蓄額に応じた反応をするようにして、本人でないと貯蓄を引き出せないようにするとか、代理でお金をおろす場合は、現代日本の銀行に提出するような委任状が必要だとか、そういう設定にするのはどうでしょうか。細かい設定は必要になったときにまた詳しく考えればいいと思いますが」
「なるほど!! 『蓄光石』は本人確認がゆるい分、むき出しでも持ち歩くし、無くしてもいいようにあんまりお金を溜めずにちょくちょく換金して、全財産は本人確認が厳しい方に入れればいいんだ!」
「後回しにしとった銀行の設定も決まってきたね! ヴァルルシャすごい!」
「いえ、お二人に話すことで、自分でも内容が整理されました。それに、手の形でなく別の形状でもいいと思いますし、詳しい設定は必要になったときに、また皆で考えましょう」
相変わらず謙虚にヴァルルシャは答えた。
「『蓄光石』の光り方は金銀銅として、それを鑑定屋で換金すると光が消える、ということでいいでしょうか?」
「そうだね。それでまた魔物を倒しに行って光を蓄積して、って感じ? 光が溜まってないときは何色がいいだろ?」
「透明、だとわかりにくいで、黒がいいんじゃない?」
「そだね。で、三人がかりで魔物を倒した場合、どうなるかってことだけど……」
リユルが二人の顔を見て反応を促す。
「RPGでは、魔物に設定された経験値がパーティーメンバーに等分される、またはパーティメンバーが減ろうが増えようが一人に同じだけの経験値が入る、という物が多いですよね。シミュレーションRPGですと、敵を倒した数が多い者に経験値が多めに入ったりしますが。
経験値ではなくお金ですので、分配は必要だと思いますが……どちらのシステムがいいでしょうね」
「うちは、戦闘に参加した人に均等に分けられる、っていうのがいいと思うな。うちは刀攻撃だで、魔物を切りつけるしかないけど、魔法使いだったら、素早さとか防御とか、ステータスアップの補助魔法みたいなのを使う場合もあるでしょ? その場合、魔物を攻撃しんかったからって光が蓄積していかん、お金がもらえん、っていうのは不公平だよ」
「それはあいも思ったんだけどさ、『戦闘に参加した人に均等に分ける』って言っても、どう判断するの? 近くにいた人ってこと? だったら、すごく強くて高い魔物を一生懸命倒してるパーティのそばに、利益を横取りしたいやつが隠れて近づいてきたら、その人にも魔物を倒した光が分けられちゃうってこと?」
そう言われ、ユージナは考え込む。
「そっか。それに悪意ある人に限らんでも、通りすがりの人に光が分配されてまう可能性もあるか」
「……『明確に戦闘に参加した人』に、均等に分配される、というのはどうですかね」
「明確に、っていうのは、どうやってわかるん?」
ユージナに聞かれ、ヴァルルシャは答える。
「そこはまあ、精霊も魔物も世界を構成するエネルギーなので、誰が戦闘に参加したかはちゃんとわかるということで……」
苦笑しながらヴァルルシャが言い、ユージナとリユルもつられて笑った。
「設定に行き詰まると精霊の力を利用する、うちら」
「現代日本にはない、この世界の独特の力だもんね! 便利に使わせてもらお! じゃあ、RPGでよくやる、『低レベルのメンバーを後列で防御させ、強いキャラが敵を倒して低レベルのキャラに経験値を与えてレベルアップさせる』みたいなことはできなくなるのかな?」
「あ、そういうのはさ! 他のメンバーが魔物を攻撃して動けなくさせたところで、弱い仲間にとどめを刺させて、戦闘に参加させる、経験を積ませる、ってことでどう? そうすれば、戦闘中は後ろでずっと防御しとっても『明確に戦闘に参加した人』ってことにならん?」
ユージナの提案に二人はうなずいた。
「なるほど、それなら、通りすがりの人や横取りしようと近づいてきた人には光は分配されませんね」
「物理攻撃でも補助魔法でも、その魔物を倒すのにその場で使用されたもの、それを使用した人には光が分配される、そんな風に考えたらいいのかもね」
「そうそう。RPGで弱い仲間が戦闘中防御しとるだけでもレベルが上がるのって、仲間の戦い方を見とるからかなと思っとったけど、高レベルのキャラが敵を弱らせといて、最後は低レベルのキャラに戦いの練習をさせとる、そういう想像をしてみてもいいのかもね」
「それがパーティを組む、仲間である、ということかもしれませんね。イベントで一時的に仲間になるNPCは、行動を共にしても戦闘で経験値が入ったりしませんからね」
「通りすがりの人が魔物との戦いをただ見ていても、経験値は入らないし、もちろんお金に換金できる光も溜まらない、ってことだね。設定がうまいことまとまったじゃん!」
リユルが言い、三人とも笑顔になった。
「じゃあ、うちらの荷物から『蓄光石』、取り出してみる?」
三人は視線を交わす。これだけ決めておけば、大丈夫なはずだ。うなずきあい、それぞれの荷物を探る。
それは、見つかった。
その人間の、人差し指と親指で作った輪の大きさ。
黒くて輝きのない、平たくて滑らかな石。
その石の中央には、小指の先ぐらいの穴が開いている。
穴にはひもが通してあった。
ヴァルルシャは、丈夫な皮ひも。
ユージナは、和風の組みひも。
リユルは、装飾的なデザインの、金属の鎖。
それらで、石は首から下げられるようになっていた。
「出てきたーー!! ちゃんとひもまでついとる!!」
「あいたちに似合いそうなデザインになってるね! 早速つけてみよ!」
現れた『蓄光石』を首にかける。重すぎず軽すぎず、ちょうどいい存在感だった。
「黒い、ということは何も蓄積していないということですね」
ヴァルルシャが首から下げた石を撫でながら言う。ひもは長すぎず短すぎず、自分の胸の中央で石の色をすぐに確認できた。
「それはこれから魔物退治で溜めてく、ってことだね。楽しみだね!」
リユルが言いながら立ち上がる。
「うん。じゃあ、魔物を探さんとね!」
ユージナが、『蓄光石』の上に胸元の服をかぶせながら立ち上がる。服の下にあっても石の存在は肌で感じる。
「では、先へ進みますか!」
ヴァルルシャも立ち上がり、三人は、森の奥に向けてまた歩き出した。