第一章 10 冒険の旅へ
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宿屋の一階、食堂の先に、広めの玄関があった。カウンターらしきところで、帳簿の整理か何かをしている人物がいる。
日に焼けた、ひげを蓄えたたくましい中年男性で、若い時は武器を携えて魔物と戦っていただろうという印象を受ける。今でも腕は衰えていないかもしれない。彼は歩いてくる三人に気づき、言った。
「ああ、これから出かけるのかい。ほかの魔物狩り屋たちはもう森に出かけたぜ」
先ほど、ミーティング室の扉越しに聞いた声と同じだった。
「あっはい、それで、今夜も泊まらせていただいて、夕飯もお願いしたいと思います」
ユージナが言い、500テニエルの小銀貨を差し出す。
「おお、そうかそうか。あんたたちは、二階に泊まってる人たちだったな」
亭主は三人からそれぞれ小銀貨を受け取り、帳簿を広げて、支払いについて書き込んだ。筆記に使うのはファンタジーの定番、羽ペンだ。
「今日はいい天気だから狩りにはいいよなあ。でもこっちの調子のいい時にお高い魔物に遭遇できるとは限らないのが難しいとこだ。俺も若い時には苦労したぜ。ああ、引き留めちまったな。気を付けて行って来いよ」
亭主に見送られ、三人は建物の外に出る。
建物の外観は、三階建ての木造建築で、頑丈そうなつくりをしていた。
「さっき決めたとおりだね」
リユルが言う。
建物は森の入り口にあった。近くではまばらに生えている木々が、建物から離れるにつれて間隔が狭くなっていき、重なり合った緑の影で視界を覆う。それは奥深く、森がどれほどの広さかはわからなかった。
「でも、道があるね」
木が密集しはじめるところまで来て、ユージナが言う。舗装されているわけではないが、三人が横に並んでも余裕があるほどの踏み固められた道が、森の奥に続いている。
「魔物を探しに森に入る人間が多いからでしょうね。というか……『魔物狩り屋』」
ヴァルルシャの言葉に、皆うなずく。
「うん。ご亭主がそう言っとったね」
「あいたちが『魔物退治で生計を立てる人』の名称を決めなかったから、勝手に決定しちゃったんだ」
しばしの沈黙。風が木の葉を揺らす音が聞こえる。
「でも、ご亭主の設定だけでも決めておいてよかったですよ。宿代も」
「そうだね。あいたちが決めないと、どんどん決まっていっちゃうんだね。気を付けないと……」
きちんと考えて設定しておかないと、取り返しがつかなくなるようだ。三人は身が引き締まる思いがした。
「ん……でもさ、なんか、ドキドキもしてこん? 先のことが全部わかっとったら面白くないでしょ! 最初は何もなかったあの暗闇から、うちら、こうして動き出したんだよ! うちらが何もしんかったら、この景色は無かったんだよ!」
ユージナの言葉に、リユルもヴァルルシャも顔を上げてあたりを見回す。
暗闇の中から、自分たちが現れ、設定を話し合ったあの部屋ができた。それは宿屋のミーティング室ということになり、宿屋が現れ、森が現れた。
それは自分たちが話し合いを始めるずっと前からそこにあった、そんな姿で堂々と立っていた。
「そうですね。我々がすべて決定しなくても、世界が動いていく……。我々は神のような創造主ではなく、この世界で生きている、一人の存在……。我々も、他の人たちも、決められたストーリーをただなぞるだけの、神の操り人形ではないのですね」
「詩的な表現だね」
ユージナに笑顔で言われ、ヴァルルシャは笑顔を返す。
「だって私、魔王退治に行って、すべての存在が神の操り人形であることに衝撃を受ける設定でしたもの」
三人は笑いあった。
「この先には、何が待ってるんだろう」
リユルの視線の先には、森が広がっていた。
「うん。楽しみだね」
ユージナがうなずく。
「先に、進んでみましょう」
ヴァルルシャが言い、三人は、森の中へと歩き出した。