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序章 鮮血の夢路
たいそう暑い夏の日だった。
田舎道を、父の車で走っていた。夕日がやたらと大きく見えて、膝の上で弟がはしゃいでいた。自分は弟が落ちないように、まだ小さい手で弟の腰を押さえていた。
「母さん」
山の端まで広がる田んぼの向こう側に、それはいた。
「あれは、何」
それは、自分が問うた瞬間、こちらへその紅の目を向けた。早送りのビデオのように、田んぼの向こうから一直線に、それはやってくる。
「マジモノだ!」
父がそう叫んでハンドルを切って、自分はほとんど反射的に弟を強く抱き寄せていた。
息が苦しくなって、少年は目を醒ます。
「仮眠は済んだか、【アラハバキ】。支部長が呼んでるぞ」
「……はい……」
少年は、日に焼けた畳の上でのそりと起き上がった。枕代わりの座布団からヘッドバンドを取り、垂れ下がっている前髪を持ち上げる。
少年の本名は藤虎煌太、サムライとしての字は【アラハバキ】――――まつろわぬ民、蝦夷の神の名だ。まだ青臭さの抜け切らない少年は、齢十九にして、異形の災害、マジモノから人々を護る刃を振るっていた。