懐疑心と満月の夜
誤字脱字あったら指摘よろしくお願いします
最初の一週間俺は基本一人でのトレーニングを行った。夜は図書館の本を読み漁り一度覚えたら忘れないというこの特技を生かして知識を吸収することにしたし、その間は嫌がらせをうまく避けのらりくらりと過ごしていた。
しかし一週間して模擬戦闘が始まった。模擬戦闘など俺には無縁な話だが、それを待ってましたと言わんばかりに菱田達は俺を捕まえ無理やり模擬戦をさせた。当然俺には過酷で菱田達の直々のトレーニングは、高校時代の嫌がらせを超える度がすぎるいじめに等しかった。だがクラスメイトの大半は見てみぬふりで、助けるどころかひそひそと笑う生徒もいたぐらいだ。
「どうした神山!そんなんじゃ魔王は倒せねぇぞ!」
地球にいた頃なら負けなかったかもしれないが今は圧倒的な能力差に為す術なしだ。
(これはさすがにやばいな……)
「おらいくぞ!痛みを教えてやるぜ!」
(やばい……避けられない……)
菱田の拳が俺の左胸に直撃し、痛みが体にはしる。
「グフェッ!」
五メートルほど吹き飛ばされた。気合でなんとか立ち上がったが、さっきから殴られるたびに骨が悲鳴を上げていた。恐らく折れたかヒビでも入ったのだろう。
(何本か折れてるかもな……さてどうするか……)
といっても為す術はない。気を失って放置が妥当な線か……
こんな様とは全く神様も残酷だ。だがどの世の中でも弱肉強食だというのを俺は知っている。地球にいた頃強い側にいた事もあるからよくわかる。悔しいが弱い自分が悪いのだ。
「何をやっているの!」
すると月島と杉原が来て止めに入り、安堵したのかその場で倒れる。俺を助けてくれるのはこの二人ぐらいだが、二人もいてくれて感謝だ。これでなんとかこのワンサイドゲームからは解放される……
「これはどういうことかしら!?」
杉原が強い口調で菱田達三人に言う。
「大丈夫周平君!」
月島に介抱される。
「ああ、なんとかな。まったく弱いと苦労するな」
「今治療するからね」
魔導士である月島から魔法をかけて骨折部位を治してもらった。高校に入ってからこの二人にはよく迷惑をかけてきたが、こっちの世界きてもそれは引き続き継続だな。
「ちょっと神山にトレーニングをだな……」
菱田はバツが悪そうに言う。
「そ、そうトーニングですよ~」
「神山を鍛えようと思ってな、ははっ」
取り巻きの二人もバツが悪そうな顔で言う。
トレーニングという名のストレス解消だ!
「こんなのはトレーニングとは言わないわ!」
杉原は三人に対して怒る。杉原はクラスの女子のリーダー格、状況が状況だけに菱田も強くは出れない。
「そうよ、こんなのただのいじめだわ!これから周平君は私たちと訓練するからあんた達は近づかないで!」
月島も杉原同様三人に怒る。まったく二人は本当俺に優しいね~
「そうだね、これはただのいじめだ」
今度は続いて後ろから嶋田と木幡がやってきた。どうやら四人で訓練をしていたようだ。
「少し反省するべきだな、俺達は同じクラスメイトだ。みんなで元の世界に戻るために亀裂を生むわけにはいかないだろ?」
この二人に睨まれ菱田達三人は逃げるように離れた。助けてくれたのは嬉しいし感謝はしているが、月島と杉原はともかくこの二人の世話にはあまりなりたくないのが本音だ。
「大丈夫、周平君」
「ああ、もう大丈夫だ。ありがとう月島」
月島の俺を本気で心配するこの姿こそがこのクラスで俺を妬みいじめに発展した理由なのだろう。まぁ原因となった事件は別にあるわけだが……
◇
結局俺は四人に混ぜてもらい一緒に訓練することになった。正直男二人はよく思わないだろうが、こっちも一人でいると命の危険があるので空気読めはなしでお願いしたい。
さっそく五人で訓練を始めると杉原が俺の話題を出し始めた。
「しかし周平君だけなんでギフトがないのかしら?異能が二つあるのも周平君だけだけどみんな最低Bランク以上だし」
確かになんで俺だけないのか……何かの手違いで急に覚醒とかそういう神パターンでもあるのか?
「確かに……なんでなんだろう?」
月島も首を傾げている。俺が一番首を傾げているがな。
「普段の行いか?」
木幡が言う。確かに自由気ままな高校生生活してたけどお前は黙ってろ。笑いながら言っているがそもそも木幡は俺に対していい感情はない……さてどうなることやら。
「周平君は確かに授業は寝てばっかりだけど成績は悪くなかったわ」
月島のフォローが入るが嶋田がそのフォローをすかさず潰す。
「それこそ神山がギフトを与えられなかった原因かもな。成績もよくてスポーツもできた神山がここにきて神様が大きな試練を与えたんだろう」
嶋田が言うが余計なお世話だし、お前は何様だと言いたくなる。だがこいつは悪人ではないただの正義マンだし、普段の俺の行いを見てれば言いたくなるのも多少はしょうがないか。まぁ月島に気があるみたいで俺のことは邪魔なんだろうというのは前から感じているがな。
俺は極力邪魔にならないかつ四人から離れないように訓練を始めた。だが俺の一度見たものを忘れないという特技が思いのほか重宝され、動きのキレやくせなどを指摘したりと嶋田や木幡ともそれなりに馴染んだのであった。四人に守られるようになったおかげか、菱田や他のクラスメイトの攻撃がなくなり、菱田達や橋本も絡んでくることもなかった。
◇
そして二週間の月日が流れこちらの世界にきて三週間目の話だ。一緒に訓練をしていた四人はタピット騎士団長代理に連れられて迷宮攻略を始めのだ。
四人と菱田は成長が特に早かったので迷宮攻略にいち早く参加させられたのだ。ちなみに俺はというとその間は一人図書館に逃げて本を読み漁った。本によると迷宮は神が作った試練で、四つの迷宮を攻略するとその最下層にはたくさんの財宝があるとされている。
まぁ無能力者に近い俺には無縁の話だが……
他にも読んでいて俺がもっとも気になったのは勇者召喚だ。勇者召喚を行ったダーレー教団だが俺はこの宗教が胡散臭いものだと感じていた。ファラリス連邦とファーガス王国が国教と定め、人間族の大半が信仰しているダーレー教だが、妖精族や魔族が信仰している宗教は別にあるしそれで世界のとらえ方が違う。魔族の信仰しているバイアリー教は、迷宮は神殺しが作ったなどと書いてある。
それらを知り、俺はそもそも元の世界に本当に戻れるのかという疑問を常に抱いている。
魔王を倒したら神が元の世界に戻してくれるのか?
仮に魔王を倒してもほかの魔族が生きていてまた魔王が誕生したら?
魔族の殲滅が条件だとしたらたぶん年数的に戻れないだろう。図書館では閲覧禁止の棚にまでこっそり手をだし、読んだ結果改めてこの国は胡散臭いという結論がでた。早いとこ離れたい所だが俺の能力的にきついのが現状だ。
そんなことを考えていた毎日だったがとある日の夜外に出て考え事をしている時のことだった。
「やっほー」
俺の元に来たのは月島だ。月島雪は右目の下にある泣き黒子がチャームポイントだ。黒髪のセミロングでスタイルがよく顔も整っている上、頭もいいクラスの学級委員長だ。
地球にいた時は一日に何人もの男がアタックをしては玉砕にあっていた。そんな月島と仲良くなったのも一年生の入学直後にとある出来事があったからだ。
「おう、こんな時間にどうした?」
「周平君がでていくのを確認したから後をつけたのであります」
こんな美人にストーカーされるなんて悪くないな。
「ははっ、そうか。何か用でもあったか?」
「最近どうかなって?また菱田君たちにやられたりとこしてない?」
「心配性だな、最近は大丈夫だよ。二人に守ってもらってるからな」
ここ最近は月島や杉原に加えて、嶋田もガードしてくれているだけあってちょっかいはなくなったのだ。情けない現状ではあるがとりあえず当面は大丈夫だろう。
「でもほんと周平君は凄いよね。私たちの癖とか動き見て指摘できちゃうんだから。凄い洞察力だよ」
「ははっ、そんなことはないよ。俺はただの無能力者さ」
訓練で四人の動きを見て弱い点や癖などを指摘していた。結果四人の邪魔にはなっていないと思うし、一緒に訓練する以上無能な自分でも力になれることがあってよかったと思っている。
「周平君は絶対無能じゃないから大丈夫だよ!私が保証する」
「ありがとな」
真の意味で俺は無能ではないと思うが現状俺には力がない……それが歯がゆいところだ。
それから二人でたわいもない話をした。去年の昔話やお互いの過去、今後の話なんかをした。他のクラスメイト……特に嶋田は今の俺の位置にいたいだろうなと優越感に浸る。
「陣は元気にしてるかな?」
思い出話をしているうちに陣の名前がでてきた。あいつもこの世界に来ているんだし早く合流したい。
「陣君もきっと元気にしているよ。同じ世界に来ているんだしまた会えるよ。だからこれからも一緒に頑張ろうね」
月島にそんなこと言われて頑張らない奴はいないはずだ。
俺も頑張らねばな。
「ああ、そうだな。しかしほんと月が綺麗だ……」
「うん、綺麗な満月だね」
この世界にきて初めての満月だ。満月の光に照らされて月島がより美しく見えた。でも俺はこんな時でもあいつのことを思い出してしまう……あいつが今ここにいたらもっと俺を惹き付けるに違いない。
もし神様が今俺に何か試練を課しているのだとしたら俺はそれをクリアすべきなのだろう。なんにせよ絶対に死ぬわけにはいかない。
意地でも生き抜いてやるさ。
「明日からのクラス全員での迷宮入りだね」
明日はクラス全員での迷宮攻略……正直行きたくない……
「俺も参加なのがな……」
「ふふっ、私が絶対周平君のこと守るから。だから安心して」
月島の目が自信に満ち溢れている。異論は認めませんと言わんばかりの力強さを感じた。まったく女の子にそんなこと言われてるようじゃ駄目だな~現状はしょうがないが。
「ああ、頼りにしてる。月島には本当に助けられた。あいつが失踪してからな……」
俺の片割れであったあいつ……お前がいればなと何度思ってきたことやら。あの失踪から少しづつ俺の時は動き始めていたが、依然忘れることはできなかった。
「それは言わない約束よ。それに助けられたのは私もだから」
まぁ確かに月島の助けになることをしてきた自負はあるな。あの時俺達は互いに依存し助け会ったのだから。
「ああ、そうだったな。ごめんごめん」
二人で話していると杉原が俺達の元に来た。
「ああ!いないと思ったらこんなところにいたのね雪!しかも周平君と二人きりなんて」
杉原は少しムッとした表情だ。杉原美里は月島に続く美女で、二年生でナンバー二の美女だ。茶髪に髪を後ろで結わいているスポーティーな女の子で、大きな胸が特徴で去年は陣を含む四人でよくつるんでいた。
「おう、杉原」
「ふふっ、こんばんは周平君、私も呼んでほしかったな~」
杉原は少し嫌味っぽく言う。
「ごめんね美里ちゃんたまたま外にでる周平君見かけたからつい……」
「ああ、別にいいのよ、ただ周平君は私と密会なんかしてくれないからね~」
杉原は笑いながら俺をジト目で見る。
「ははっ、じゃあ今度一緒に夜のデートでもするかい?」
俺は半分冗談も交えて杉原を誘う。
「本当!じゃ今度楽しみにしてるね~」
半分冗談を交えた約束をすると月島は少し焦ったのかあたふたする。
「美里ちゃんそれは抜けがけだよ~」
「先に抜け駆けしたのは雪だもんね~」
これに陣がいたら去年の楽しい日常だったな。
「そろそろ寝るか、また後日話そうぜ」
ここで三人で話を始めたら寝る時間が無くなっちまう。
「ああ、そうね。というか私夜更かししている雪を連れもどしに来たんだった」
「それじゃあ戻ろうか」
三人は部屋へと戻っていった。
◇
満月の夜三人が外で仲良く話をして、部屋へ帰って行く姿は果たして何人が見ていたのであろうか。少なくとも五人はそれを見ていた。嫉妬が増幅し醜い争いへと発展していくのをこの時の周平はわからずにいた。
周平と雪の間には恋愛感情とは違う絆があることもクラスメイトは知らないのだった。
20193月10日修正