最弱の現実
まだ覚醒しません
次の日の朝から早速訓練が始まり腕立て伏せやランニングをしてステータスアップに勤しんでいた。この世界でステータスを上げる方法だが、攻撃、防御、素早さは地球でやるのと同様の筋トレを行うことで上がり、魔法の強化は魔法をひたすら覚えて唱えることだ。
初日ということもあり魔法適性のある者も全員筋トレスタートだ。自分以外はギフトがあるからかトレーニングも軽快に進んでいるようだが自分はそうではない。周りと比べ遅いのが目に見えてわかり周りからの笑い声は実に屈辱的だ。
「まったく……嫌になるな……」
ステータスが最弱だからか俺へのあたりはさらに冷たくなっていった。菱田はいつも通りちょっかいだして馬鹿にしてくるし、スクールカースト上位にいる橋本あたりからは邪魔だけはするなと言われ周りからの評価は完全お荷物野郎の扱いだ……まぁお荷物なのは否定できないが……
二人を除いた他の女子も見下したように見てくる。正直地球にいた頃は喧嘩も弱くなかったし、スポーツも勉強もかなりできたので、アホの戯言なんて流してこれたが今は違う……俺は完全な底辺にいるのだ。
「とりあえずここで挫けていても何も始まらないな」
俺は集中するためにクラスメイトと離れて訓練を始めた。選んだのは城の裏にある小さなスペースだ。周りが草に囲まれているので、ランニングで城の周りをランニングしているクラスメイトからも見えない、ここならそう簡単には見つからないだろう。そう思って筋トレをすること一時間……クラスメイトが近づいてきたのだ。
「周平君……」
と話しかけてきたのは尾形光一だ、一応二年一組での隠れ友達だ。人の気配がした時は一瞬焦ったが、来たのが尾形だったのでホッとしたところだ。
「なんだ尾形か。どうした?俺を笑いにきたか?」
俺は自虐気味に言った。昔はこいつを助けたりしたが今はそんなこともできないからだ。むしろ今は俺が助けられる方になるだろう。
「そんなわけないでしょ!その……大丈夫かなって……」
「俺は大丈夫だよ。それより俺と話している所を見られると厄介だ」
こいつはスクールカーストでいうとこの下位だ。中学校時代ゲーセンで絡まれているのを助けてから、仲良くなりよく一緒にゲーセンに通ったものだ。なんといってもこいつはゲームの腕はプロ級で俺と互角の腕を持っている。よく一緒に切磋琢磨したものだ。
「それでも俺は……」
「お前の気持ちは受けっておくよ、ありがとな」
高校二年になり同じクラスになってちょっとしてから俺はクラスで孤立した。孤立した段階で俺は教室では絡まないように避け、夜のオンラインゲームやたまに遠征しにいくゲーセンでしか尾形と絡まないようにした……尾形が標的にならないよう守るためだ。
「俺……いつでも助けになるから……」
尾形は自信なさげに言うが目は本気だった。こいつは優しい……だから俺が助けを求めたら俺のために何かしようとしてくれるだろうが、それはあまりにも悪い……結果こいつが潰れてしまうだろう。
「ああ、その時はよろしくな。だから今は戻りな」
「うん!」
尾形がクラスメイトの元に戻ると筋トレを再開した。みんなステータスが上がる中、自分はちょっとしか上がらず腐りかけるが、地道に自分のペースでやっていた。
一人隠れて訓練を重ねクラスメイトに見つかったら場所を変え時には部屋で筋トレをしていた。タピットがみんなに色々教えている中、自分は参加せずにいるとタピットは自分を気遣い、個人的に見てくれる時もあった。そのおかげもあって一週間は嫌がらせを受けることなく、なるべくクラスメイトとの接触を避けながら訓練をすることができた。
◇
だがそんな状況をつまらないと思っていたのかある日の夕食時に嫌がらせが飛んできたのだ。
「よう神山、最近見ねぇな」
夕食時話しかけてきたのは菱田だ。そろそろこいつが絡んでくるとは思っていたが……
「何しろこのステータスだ、みんなと一緒に訓練したら足を引っ張るから一人で個人訓練さ」
俺は自嘲気味に言う。こいつは俺が馬鹿にされて悔しがる所や苦しい所が見たいはずだ。だったらいっそ開き直った体で言った方がいい。最初は自分の置かれている状況が信じられず戸惑ったが、三日もたてばそれもすんなり受け入れることができたからな。
「相変わらず気に入らねぇ……」
俺の態度が気に入らなかったのかとても菱田の顔はとても不機嫌だ。お前をそう簡単には喜ばせてはやらんよ。
「隼人君こいつ強がってるんだよ」
「こんなステータスが弱いんじゃみんなと顔を合わせてもみじめだもんな」
取り巻きの大野と秋山だ。菱田にくっついて強くなった気になっているのは、この世界にきても変わらないようだな。
「お前らは黙ってろ!」
そんな二人を一言で黙らせた菱田はいきなり俺の胸倉をつかんできた。周りは視線がこちらに集まる。
「てめぇはなんでそんな余裕でいられんだ?俺にはわからねぇな」
「自分でもわからないからな」
なぜか余裕がある自分がいて、それがなんでなのか俺にもわからない。今こいつにいたぶられれば俺はなす術はない……それでも俺はこいつに恐怖などなかったのだ。
「お前に痛みを教えてやるよ……」
菱田は耳元でつぶやくと俺を離しその場を離れた。周りの生徒は当然見て見ぬふりだ……まぁ菱田なんぞに関わりたくはないだろうし、やられているのも俺なので当然か。尾形だけが心配そうな目でこっちを見ていたので俺は大丈夫だと目で伝えた。月島と杉原、嶋田がいればこれを止めていたのだろうがあいつらは生憎タピットに呼ばれていていないのだ。
「ははっ、これはまいったな~」
俺は勝手に独り言を言うと橋本が横に来て囁いた。
「哀れだな……」
「お前も俺に何か言いたいのか?」
橋本は見下したような表情で俺に言う。
「確かに地球にいた頃のお前は優秀ではあった……でも今は違うだろ、だから少しは現実見ろよ無能力者が!」
無能力者……今の俺には突き刺さる一言のはずだ。ただ何故だろうか……それも今の俺にはただの戯言にしか聞こえない。
「現実を見ているから冷静なんだよ」
「ふん、強がりを……今のお前のその不利な状況を作ったのはお前自身の責任だ。素直にあれも認めていればよかったものを……」
あの事件か……濡れ衣を着せられた忌々しいあの出来事……
「俺はやっていないことは絶対に認めない!それは死んでも変わらない!」
そういえばあの出来事があってからか……こいつが俺をクラスから外すように動いたのは。
「まぁいい、精々自分を貫いて苦しむといいさ」
橋本は俺の元を離れた。まったく無能力者とは言ったものだ……力がないから、ギフトがないから無能力者と勝手に決めつけるお前は本当に浅はかでナンセンスな男だ。俺は例えこのまま無能力者であろうと自分の価値を絶対に見出す。あの時あいつがいなくなって絶望して立ち直ったあの時からそう誓ったのだ。
淡々と夕食を済ませ部屋に戻った。食事中に聞こえた会話の内容は俺を笑う内容も含まれていて、それはとても不快であるはずだがそれも気にならなかった。実力はないけど心だけは大物になったような気分でとても不思議だった。
2019年3月10日修正