防衛戦1
ボリアル王国の襲撃に備えて王都アスタルテでは緊迫した状態となっていた。すぐにボリアル軍が来るわけではないし、いくつかある防衛網を全て突破しない限り王都が火の海になる事はない。したがって住民達は内心そこまでヒヤヒヤしていないだろう。だが実際に出る兵士達や勇者達はそうではなく、死を覚悟しなければならない。戦争とはそういうものたった。
「須貝さん、大丈夫?」
「お気遣いありがとうございます。私は大丈夫です」
「ごめんなさいね。重そうな雰囲気でいつもの須貝さんじゃない気がして‥‥」
これから戦争だけに軽いノリの人はいないが、須貝の表情はそれ以上に重い何かがあるようなそんな感じだ。
「戦争ですからね‥‥ただ絶対に生き延びなきゃいけないって自分に意気込んでいたらいつの間にか重くなっちゃいました」
「絶対に生きて帰りましょう!やりたい事たくさんあるんでしょ?」
「はい、勿論です!」
須貝は周平と会ったら向き合う事を決めていた。周平の次に勇者を抜けてジャジル王国に行ってしまった尾形の事も。
「須貝、先生ちょっといいか?」
二人に声をかけて来たのはタピットだ。
「どうしました?」
「すまんな。作戦の事だが、急遽俺も前戦に出る事になった」
「タピットさんが!」
「それでは王都は誰が‥‥」
「ついさっき周平とその仲間が一人来た。サラフィナ王女の事があるから王都は守るとの事だ」
「神山君が!」
玲奈の表情が明るくなる。玲奈は周平の強さも知っているし、何よりお互いに信頼している。
「もう一人ってまさかあの幼馴染みの‥‥」
「いや、前にあった嫁ではなかった。髪の毛の長くて、刀をぶら下げてるキモノ?だったかな、着物を来ている女性だ」
「その人は会った事ないですけど、神山君の仲間なら戦闘面の期待値は高いと思います」
「エミリアさんより強いらしいから戦闘で活躍する事はあっても足手まといになる事はないはずだ」
タピットはエミリアに殺されたかけた事もあるので、それより強いとなれば味方ならかなり心強いと感じていた。周平が来て王都を守ってくれる事もあり、表情にも余裕が感じられる。
「そうですね、少しホッとしました」
「俺もだ、そういう訳なので前線の指揮は俺が取るから認識しておいてくれ」
「分かりました」
タピットはそれだけ伝えると二人の元から離れた。
「神山君が王都に来ているなら須貝さん会いに行ったらどうかしら?」
須貝は周平と話す決心はついていたがそれを断る。
「この戦いが終わったら会いに行きます。生きて戻る理由は一つでも多くないと」
須貝は笑顔で玲奈に言う。
「須貝さん‥‥」
「先生は前線にでないので、先に神山君に会ったら話があるって伝えといてください」
「ええ、ちゃんと神山君を確保しておくからそこは任せて頂戴」
◇
「周ちゃんも優しいね〜」
周平と一緒に来たのは椿だった。メンバーの大半が色んな場所に遠征している事もあり、椿が選ばれた。
「そりゃ、サラの奴も守らないといけないだろ」
「ふーん、なら王都の防衛だけ自分でやるで良かったじゃん。私は前線予定でしょ?」
「ここで守れば誰も俺に文句を言う奴はいなくなるからな。この世界を変える為に必要な事さ」
「まぁそういう事にしておくね。私も暇潰しにはもってこいだし」
椿は何となく周平の真意を察してそれ以上の事を聞くのをやめる。
「神山君!」
玲奈が周平の前まで来た。
「おおっ、先生か〜」
「来てくれてありがとう!」
「先生がいるからな~先生の身に何かあったとしたら俺は菱田達に顔向けできないし」
もし先生を見殺しにしたら菱田に一生恨まれるだろうからな。俺としても先生を見殺しにはできない。
「菱田君達も元気なのね」
「ええ、とある場所を目指せと道標を示したのでそこに向かって頑張ってます」
「フフッ、神山君が菱田君を助けるなんて少し笑っちゃうわね」
「まぁアイツに関しては不器用で直接的なだけなので」
菱田はクラスメイトの悪意には加担していない。むしろそこから離す為に道標を示したのだ。
「少なくとも彼はあなたを認めているわ。それを分かったから助けてあげたんてしょ?」
「先生には敵わないっすね〜」
「ありがとう、そしてそこの着物美人さんもどうか宜しくお願いします」
「任せなさい!この椿ちゃんに任せておけば余裕余裕〜」
椿に前に出させれば撒けないと思うが、気になる点はいくつかある。
まずボリアルに陣を派遣したのにボリアルがファーガスを攻めている事。これは陣が足止めできなかった事を意味するが、陣に勝てる相手がいるとも思えない。実際陣の反応が途絶えた訳でもないし。
「椿油断するなよ」
「周ちゃんも心配症だな〜」
「敵の中にブリジット・オブライエンを名乗る人物がいたらしいぞ」
すると椿の表情が変わる。俺もこれを聞いた時は冗談かと思ったからな。
「何の冗談?百年前殺したはずだけど?」
「それだけじゃない、グランツ・シャフリヤールとリリス・オールグレースもいるらしいぞ」
「グランツは直樹が、リリスは九十九ちゃんが倒したはずだけど何の悪夢かしら?」
俺もにわかには信じ難い。アーシアの父であるリヴリアの腹心だったブリジットやファラリス連邦の前身のファロス帝国で騎士団長をやっていたグランツ、ダーレー教団所属の七魔女の一人だったリリスが復活しているなんて事実を聞いたら俺が前に出て確かめたいぐらいだ。
「悪夢か‥‥ゾンビを呼び覚ます秘術を使っていてもおかしくはない」
「そんなのがあるの?」
「分からんがない事もない。そいつらが復活しているなんてそれ以外考えられないだろ?」
「確かに‥‥まぁ全員殺すだけだけどね〜ただ増員もう一名ぐらい欲しいかも。他にもいたら私が負けなくてもこっちの軍事体が敗れるかもだし」
ブリジットやグランツやリリスあたりなら椿であれば負ける事はないが、あの世代の奴らは今の世代の奴らより強い。限界突破して超人となったメンバーこそ数えるぐらいだが、超人の域の少し下まで迫った奴等は多かった。
「動けるメンバーはそんな多くないけど救援は頼んでおくよ」
ジャジルにいるエミリアやギャラントプルームにいる残りのメンバーは呼べるはずだ。ゾンビ兵共がどれぐらいいるかわからないが、場合によってはアーシアを呼ぶ事も想定しなければならないな。
「宜しく〜」
「神山君大丈夫なの?」
「ははっ、先生か不安がる必要はないよ。最悪俺が出るし心配しなくていい」
先生を不安にさせてはいけないな。
「そうそう、これでも百年前も同じような状況下の戦いでも勝って戦局をひっくり返してきたし。私達騎士団のメンバーは負けない!」
百年前も数人で大軍を相手にする事がしばしばあったからな。昔もこういう状況で何度も勝利してきた。ちょっと名の知れた奴が数名いようがこっちの勝ちは揺るがない。
「あなたを信じているわ。そうそう、須貝さんがあなたと話したがっているわ。気持ちをちゃんと伝えたいんですって」
「須貝が?」
「ええ、今まで向き合って来なかったからちゃんと伝えたいって。聞いてあげてくれるわよね?」
「先生の頼みなら聞かないわけにはいかないな」
須貝が話したいか‥‥何を言われるのか分からないけど、きっとあの事を言われるんだろうな。確かにアイツともっと仲良くしていたら今頃違った未来があったかもな。
「宜しくね!」
「椿、勇者達の事も見てくれないか?」
「はいはい、その代わり増員はちゃんと頼むね~」
◇
ボリアル王国軍は国境を超えてファーガス王国軍と衝突しようとしていた。
「ドミノ殿!」
陣から逃げたクラウン・ポーターはボリアル王国軍と共に行動していた。そしてボリアル王国軍を率いるのはドミノと呼ばれる男だ。最近ボリアル王国で名を上げ、今では国王をも裏で操っていると言われている男でもある。
「どうしたクラウン殿?」
「カナーン殿は大丈夫なのだろうか?」
「エクリプス十神の一角、知恵の神カナーンといえど全盛期の力はない。二十柱が出てきては勝つことは難しいだろうな」
「でなカナーン殿は?」
「カナーン殿はそれを承知で残り、足止めをしてくれている。カナーン殿の犠牲を無駄にしない為にこうしてファーガスへの進軍を始めたのだ」
ボリアル王国軍と言っても大半はドミノを支持している、またはクラウンの反魂憑依によって蘇ったメンバーばかりだ。エミリアの交渉が入り、王国軍全員がドミノに従う事はできなかった。ボリアル王も同盟国との関係性があるので、大っぴらにドミノを支持しておらず、今回の進軍はドミノの独断という事になっている。
「そうでしたな‥‥あの女の意向なんざ無視していればもっと軍が集まったものを‥‥」
「もしあの時エミリアを始末したら我々の作戦は実行できなかった。今回の進軍は国王が黙認した独断行為だからな」
ボリアル王がそれを止められなかったのはドミノという男がそれだけ強いからだ。クラウンの研究を支持して国王に黙認させたのもドミノの力故だ。
「あの女狐は出てきますかね?」
「どうだろうな‥‥だが出てきたらこちらも丁度いい駒を用意している。奴も始末したいし出てきてくれると有り難いがな~」
二人は後ろを動く軍勢を見る。そこには歴戦の猛者達の姿がある。クラウンはそれを見て顔をニヤける。
「ドミノ殿はファーガスを征服したらどうするおつもりですか?」
「ファーガス王国を乗っ取りクレセント大陸の覇者となる。二十柱共が最近出てきてダーレー教を次々に弱体化させているからな」
ファーガス王国内でのダーレー教の力は弱体化しており、クレセント大陸内でも聖地ペブルスでの混乱で勢いはない。加えて周平達の活躍でバイアリー教の勢いが増している。
「ドミノ殿はダーレー教徒でしたな」
「うむ、全ては我が神の為に……クラウン殿も最後までついてきてもらいますぞ。貴殿に教えた術式でまだまだやってもらう必要がありますからな」
「より強い戦士の復活……ヒヒッ、任せてくだされ!」
ドミノの半分脅し混じりの圧力に対して狂喜の笑いを見せるクラウン。それを見ていた者は皆苦笑いをしていた。
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