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脱走

 「そうですか……」

 「すまない、本当はもう少しサポートしたかったんだがな……」

 「申し訳ないです……」


 実と九十九は雪と美里にギャラントプルームに戻ることを告げた。本当は一組のみを離脱させる所までサポートしようとしていたが、ヒルデによって釘を刺され、勇者ごと人質にされたからだ。


 「そのヒルデって人は周平君でもどうにかできないんですか?」

 「四戦姫の事は周平さんでも難しいんだ。そりゃまともに戦えば周平さんのが強いけど、戦姫に関してはそれ以外にも色々あるらしいんだ」

 「私達も詳しく分からないんだけどね」


 ヒルデはこの百年行方を眩ましたままであり、立場上では偽神側についている事になっている。その真意について知るのはごくわずかで、周平側からすればイレギュラーそのものでもあった。


 「残念ですけど仕方ありませんよ。そのヒルデという人は魔王側なんですか?」

 「魔王側ではないの。一応立場上私達の敵側についてはいるって感じ」

 「忌々しいやつだよ。ただ二代目勇者を過去に助けたらしく、良く分からないんだ。俺は殺されかけているから決して信用しちゃいけないけどね」


 実は先の大戦でもヒルデを探して戦場を駆け抜けたぐらいにヒルデに対しての執着と殺意がある。ヒルデに事情がある事を分かりつつも、かつての事を許せないでいた。


 「分かりました、もし会ったら警戒します」

 「まぁ周平さんが目をかけている二人に直接何か下すような事はないとは思うけどね」

 「だとしてもクラスメイトが死んだりするのは見たくないですからね」

 「美里ちゃんも私もその為にここに残っているようなものですし」

 「そうだったね」


 実と九十九は二人に武器を取り出して渡す。


 「これを二人に」


 実と九十九か渡したのは杖と弓だ。雪と美里のスタイルに合わせて周平から渡すように頼まれていた。


 「この武器は前に周君が二人に渡した御守りと合わせて二人の力になるはず」

 「頂いてもいいんですか?」

 「当然、二人の為に周平さんが特注したんだから」

 「ありがとうございます!これは心強いね美里ちゃん」


 二人はそれを嬉しそうに受けとる。周平からというのがより嬉しいのだ。


 「時機、周平さんは君達との約束を果たしに来る。それまで何とか持ちこたえてくれ」

 「はい、頑張ります!」

 「こう見えても根性はこっちに来てから培いましたから」


 雪と美里の表情を見て、実と九十九はかつて自分達が持っていなかったものを感じた。特別強いわけでなくても、仲間や依り所があればやっていく事ができるのだと。三人しかいなく、個々の能力が強かった初代では得る事のできないものがあった。


 「ああ、君達はたくましい、教えていてそれは十分に理解しているよ」

 「それを忘れない様にしてください」

 「「はい!」」

 「それじゃあ、残りのメンバーにも挨拶してくるか





 実と九十九が期間を終えて戻った後、他のクラスメイト達の様々な思惑が動こうとしていた。その中に潜む悪意やドス黒い何かは個々としての弱さの結果でもあるが、人間故ともいえるだろう。


 「そろそろだな……」


 とある日の夜、二年一組の橋本隆は前々から計画していた脱走計画を強行したのだ。内通者がいる事が分かっていたので、とある対策をたてた。


 「これより森へと移動する」


 そこには遠征に参加した二年一組の生徒は全員揃っていた。

 内通者の割り出しに苦戦していた橋本が考えたのは予行演習だった。何度か予行演習をやり、今回は本番最後の予行演習として、想定する荷物を全て持ってきて森まで移動するという体で全員を呼びよせた。実際は今日が本番だが、それを知っているのはごくわずか。

 遠くまで離れてしまえば内通者が一緒でも関係ないと考え、そこで怪しい素振りを見せたら内通者だと断定できる。そんなかんやで今日が予行演習と見せかけた本番の日だった。


 「今日の演習はガチだね~」

 「当然、明日が本番だからね~」

 「荷物もフル装備だし、今日は本番のつもりとの事だからな」

 「体育祭の前日みたいね」


 移動中のクラスメイトの話し声を聞いた橋本は内心ビクビクが止まらない。これが成功すれば二組を出し抜く事が出来るが、失敗すれば今後脱退計画を立てる事が難しくなるからだ。


 「橋本、大丈夫か?」


 木幡が声をかける。

 今日が本番だというのを知っている事もあり、緊張している事を察した。


 「木幡か、すまないな」

 「俺にはいいが、後ろの奴に悟られたら元も子もないぜ」

 「ああ、待ちに待ったこの日だからな。チャンスを無駄にする訳にはいかない」


 橋本は木幡に言うも、自分にも言い聞かせていた。


 「杉原が周囲の気配を探っているが今の所は追ってくるような気配も待ち伏せするような気配もないらしい」

 「それならちょっとは安心だな」


 橋本はそれを聞いて表情が少し明るくなる。


 「今日は本番を前提とした予行演習の体だし、普段通り落ち着いて行こうぜ」

 「ふっ、そうだな」


 森の中を歩き進むと、前回の演習でも行ったちょっとした広場に辿り着く。前回の演習はここで演習を終えていた。


 「それじゃあ一旦止まってメンバーの確認をするぞ」


 橋本が点呼を取る。メンバーは一人の欠員もなく終わると、美里に周辺の気配を探知させて、追ってくる気配がない事を確認した。


 「今回は本番最後の予行演習という事もあり、前回からもう少し先に進む予定だ」

 「この先にそんなに長くない洞窟があり、そこを抜ける予定だ。事前に俺や杉原で確認済みだ」

 「あんまり広くないから一列二人ぐらいで進みましょう」



 事前に少し通知していた事もあり、特に周囲は驚かない。橋本や木幡の指示に従って少し先にある小さな洞窟に入っていく。


 「確かにこれだと二人ぐらいだな」

 「夜だから魔法で周囲を明るくしてるにしても怖いわね……」

 「何あんた、暗いとこ苦手なのかしら~」


 美里が田島亜紀を茶化す。


 「そ、そんなんじゃないわよ!」

 「ふふん~それならいいけどね~」


 田島はクラスの女子の中でのカーストは上の方ではあるが、美里には頭が上がらない。それには昔のとある出来事が関係していた。


 「しかしこんな洞窟があったとはね」

 「入り口も分かりにくい上にそんなに広いわけでもないからな。確か東は周囲の探索は独自でやっていたよな?」

 「やってはいたけど一人では限界があったのがこの洞窟で良く分かった。ここを見つけた木幡達には恐れ入ったよ」

 「ははっ、ここは分からなくても無理はないよ。こっちと杉原と月島と探している時、偶然分かったようなものだし」


 列を成して、魔法で明かりをつけながらゆっくりと進んでいく。


 「そういえばこの中に魔物はいないのかい?」

 「前回来た時にの調査した感じでは、狭い事もあってコウモリみたい魔物を除くと基本はいない感じだな。気温も低いから特に虫みたいなの見かけなかったし」

 「なるほどね、確かに外気温も低めだからそれもあるのかもね」


 三十分近く歩くと出口が見えてくる。


 「出口が狭いから気をつけてくれ」


 先頭を切った橋本は最初出口を出ると、一人ずつ誘導する。

 出口は入り口より狭く二人同時に出るには狭かった。


 「確かに出口は狭いね」

 「そうなんだよ、だから出る時は頭をぶつけないように気をつけてくれ」


 最後尾にいた木幡は東を先に出させ、出口を出ると森ではなく平野のような場所に出る。


 「さっきまでの森が嘘みたいだね~」

 「気づいているかもしれないが、この洞窟は入り口から入って徐々に下へと下がって行ったのさ」

 「木幡はこの先も行ったのかい?」

 「ああ、一応この平野の先がどうなっているかも把握している。その話はこの後橋本からあるはずさ」

 「皆注目してくれ!」


 橋本が全員の視線を集める。


 「この通り、洞窟を出ると平野が続くがこの先を行くと、谷底に続く道がある」

 「谷底?」

 「そうだ、そして谷底に川が流れていて、キャンプするにもこの人数でも問題ない」

 「つまり本番当日はここを抜けて谷底に向かうという事よね?」

 「その通り、谷底の先はわからんが先には道も続いているからな。そこから先は未知だが、あそこから離れる事は出来る。そして……」


 橋本は木幡に合図を送ると、木幡は洞窟の出口付近で爆発を起こす。


 「キャッ!」

 「ば、爆発?」


 木幡が起こした爆発で、出口付近で落盤を起き、出口が塞がった。


 「これなら追手は来ないだろうな」

 「ど、どういう事?」


 事情を知らないメンバーが騒ぎ出す。予行演習だと見せかけて本番を決行したとしても、内通者がいるのでは後からつけられる可能性は十分あると考え、この洞窟まで行った後に出口を塞ぐという選択に至った。本番だと知っていたメンバーも少ないが、出口を塞ぐという作戦を知っていたのは橋本と木幡と雪と美里だけだった。


 「これより兼ねてより計画していた脱退を始める!」



 ◇



 「あの子達大丈夫かな」

 「脱退の事か?」


 実と九十九は魔大陸を離れ、ギャラントプルームまで帰還途中だ。


 「うん……ちょっと不安かな」

 「あの道を教えたんだ。後は成功を祈るだけさ」

 「確かにあそこは見つかりづらいし、ルートも追跡しづらいけど、あの子達だけで魔王の所に行くのは……」

 「今のままでは難しい……場合によってはそのまま諦める奴もでてくるかもどけど、だからこそもう一つのあれさ。どうせまずは地盤固めをするからすぐに戦おうなんて思わないだろうし、あの洞窟方面は魔王城から遠ざかるルート。魔王軍がすぐに攻めてくるような事もないさ」


 実と九十九はヒルデによって釘を刺されて援護が出来なくなった代わりに、訓練かてら脱走ルートを教えていた。


 「うん……後は信じるしかないね」

 「九十九ちゃんは優しいな~」

 「実君もじゃない~」

 「ははっ、確かにあの中に潜む闇も含めて、育成してあげちゃうあたりそうかもね~」


 一組の中にも注意しないといけない人物はいる。実も九十九もそれを承知の上で全員を指導したのは、まずは二組の脅威を取り除かなければいけなかったからだ。今回の一件が吉とでるか凶とでるかは未知数だった。


 「アイツらが全員諦めて大人しくして、こっちに委ねてくれれば楽なんだけどな~」

 「本当はね……もう悲劇の勇者召喚も無くさないとだし……」

 「そうだね……もう二度と……」


 実と九十九は、辛い過去の経験を頭に思い浮かべながら魔大陸を後にした。


クラスメイト達の話が暫く続く予定です。

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