陣の闇
「ここは……」
気付くと陣は暗闇の中にいた。辺りを見渡しても何もない真っ暗な空間の中に一人いた。
「アン!どこにいる?」
叫んでもアンからの応答はない。
「早いとこ見つけないと……」
「まぁそう言わずにゆっくりしていくと良い」
突然カナーンの声が響き渡り、目の前に姿を表す。
「貴様……」
陣は剣で斬撃を飛ばすが、斬撃はカナーンの身体をすり抜けるように通過した。
「落ち着くのだな、ここは幻想の世界、物理的に貴様が私を攻撃する事も私が貴様を攻撃する事は出来ない」
カナーンのその言葉を聞いた陣は、一度深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
「アンはどこだ?」
「この世界のどこかにいるはずさ。この世界は踏み入れた者の心を映し出す世界……せいぜい楽しむがい……」
カナーンは不気味に笑いながら姿を消していき、目の前に扉が現れる。
「あの扉に入れってか?敵の罠に自らハマるの癪に触るが、仕方ないか……」
陣は扉を開けて中に入った。
「ここは……」
扉を開けたその先はかつて自身が少年兵として戦ったとある国での戦場だった。
「地球に……いやこれは幻想だ。俺の記憶が映し出した幻だ」
戦場を歩いていると、敵の兵士が襲いかかる。
「ふん!」
さっきと違い、今度は直に触れる事が出来るので、陣は敵兵を次々と片付ける。
「次はどいつだ!」
陣が少年兵として戦場にいた理由……それは陣が小学校の卒業の直後同時に外国人に拉致された事にある。本来その拉致は別の目的だったが、拉致した本人は陣を連行中に殺され、そこが扮装地域だった。陣はそこで現地の人間に助けられ、戦う事を覚えた。
「懐かしい場所だな……」
拉致から二年弱で現地の言葉を覚えて少年兵を率いる程になった陣だが、ある日とある傭兵部隊との戦いになり、そこで陣の兵士として人生は終わりを告げた。
「あんたは……」
陣はその戦いで傭兵部隊の大半を殲滅させたが、味方の兵士は皆死ぬか捕らえられ、四面楚歌となっていた。そこで数人の傭兵が陣に近付き説得を受けていた。
「さぁ坊主、戦いはもう終わりだ。武器を捨てるんだ」
「が、ガニエ……」
陣の目の前に現れたこの男こそが、陣を説得させ、日本へと帰還させた男だった。だがその男は陣を説得させるのと引き換えに命を落とした。
「久しぶりだな、坊主」
ガニエの見せた笑みで陣は罪悪感が襲い掛かる。
当初陣の説得に成功しかけたガニエ達だったが、内部で捕らえた少年兵達を殺そうと考えている者がおり、ガニエの意図しない形で少年兵達の命が奪われ、陣以外は全員殺された。それを目の当たりにした陣は怒り、それを決行した者を皆殺しにした。
「俺はあんたを……」
暴れた陣を抑える為にガニエは陣を命がけで説得、だが陣はガニエを撃った事で死んだ。死に際にガニエが伝えた言葉で陣は我に返り、保護されて日本へと帰還した。
「あの時の銃弾……確かに痛かったけど俺は別に責めないさ」
「えっ?」
「俺はお前を無事保護出来た事で役目を果たした。だけどな……」
ガニエは突然拳銃を出して陣を撃つ。
「うっ……」
陣はその場で激痛がはしる。
本来この幻想世界の中の拳銃ではダメージを通すことなど出来ないが、陣が今受けた痛みは身体の痛みではなく、心の痛みだ。自身を守ってくれたガニエを殺す事になってしまった陣は後悔の念を抱いていた。ガニエの死に際の言葉を守り、日本へと帰国したが、いつしか陣はその記憶を封印するようになっていた。
「痛いだろ?お前はもう人を越えた存在かもしれないが、俺はただの人間だ。人を殺すというのはそれだけ重い事なんだよ」
「そ、それは……」
痛みと共に動揺を覚えた事で陣の目の前にいるガニエも身体から血を流す。
「お前が殺した俺の仲間達もこうやって痛かったはずさ」
ガニエが銃弾を撃つたびに陣は痛みに襲われる。
「ガニエ……」
カナーンは陣と対峙した時点で力では敵わない事を悟ったと同時に精神面が未熟である事も悟っていた。故にダメージを受けながらも精神攻撃の機会を狙っていた。本来であれば全盛期の力を失ったカナーンが二十柱相手に精神攻撃を与える等不可能に近い。だが二十柱成り立てで精神面が未熟かつ、アンがいた事で陣はカナーンの精神攻撃を防ぎきれなかったのだ。
「俺の残された家族はお前の事をどう考えているだろうな?」
「ウッ……」
「お前がもし俺の家族の立場だったら父親を殺した男を憎まずにいられるか?」
「俺は……」
「そうだよな?憎いよな?それをお前は忘れていたんだ。だからこうして俺はお前の前に出てきたんだよ!俺だって血だらけで痛いんだぜ」
陣の記憶の底に眠る封印していた部分は、陣自身が乗り越えられずにいた記憶。苦しみながら葛藤した負の部分でもあった。
「すまない……だからこそ俺は誰かの助けになる為に生きてきた」
「違うな」
ガニエの銃弾が再び貫通し、痛みが襲う。
「お前のそれは自分を慕う人間を集めるという欲求に過ぎない。そうやって都合の悪い相手を排除する為の手段を考えているのだ」
「違う!」
「何が違うというのだ。力に目覚めて何人も殺したではないか!」
ガニエの言葉の一つ一つが陣を動揺させ、痛みを加速させる。陣の目に映るガニエは自身の脆さを写す鏡そのものだ。弱さと向き合っていない者は見ているだけで崩壊する者も出てくるだろう。
「確かに俺はたくさんの人を殺した。だが、それは皆を助ける為に仕方なかった。結果的に皆を助ける事ができた」
「助ける?だがお前は一人だけ明確な殺意を持って必要以上に痛みを与えて殺そうとしたはずだ?お前のいう助けたはそのついでに過ぎない。自分の胸に聞けばわかるのではないか?」
陣はそれを言われて返す言葉がでない。実際にゼラ・ハイフライヤーに関しては明確な殺意をもって殺そうと考えていたし、それに関しては助けるという気持ちと同じかそれ以上の強い明確な意思を持っていた。
「それは……」
「あの時と変わらない。お前が殺す相手を見る時にだす表情は、虫を踏み潰す時と同じだというのにいい加減に気付くべきだ!」
「うぁぁぁぁ!」
心に響くその痛みに耐えきれず陣はその場で悶える。そしてそれを少し離れた場所でカナーンは見物をしていた。
「二十柱といえどまだまだ未熟な子供……メンタルを崩壊させれば無力化させる事など造作もない……」
心と身体は表裏一体、共に成長していく中、陣は身体だけが急激に強くなりすぎた。選ばれただけに元々並外れた資質を持っていたが、力に対して精神面が追いついていない。
「このまま、さ迷い続けるがいい……あとはあのダークエルフも同じように……」
その瞬間、陣の周りの空間に亀裂が入る。
「な、なんだあの亀裂は!」
亀裂の中から現れたのはアンだった。
「陣見つけましたよ!」
アンが現れた事でカナーンは驚きを隠せない。何故ならアンが空間を破って陣の元に辿り着いたというのは、すなわち二十柱である陣を追い詰めたこの精神的苦痛を耐えきった事を意味するからだ。加えてこの精神空間の中で陣を探し出した。
「アン……」
「こんなにボロボロになりまして陣らしくないですね……」
アンはガニエと対峙する。
「誰だお前は?」
「陣の妻です!」
アンは自信満々に言う。
「妻か……そうか妻まで出来たのか……幸せそうだな陣!」
ガニエは陣に向かって銃弾を放つが、アンはそれを防ぐ。
「なっ……」
アンにとってのガニエは陣のようなトラウマの対象でも何でもない。したがって精神空間の中のガニエの攻撃を受ける事はない。
「ここに来る前から声は聞こえてましたけど不快です。あなた何なんです?」
「俺は陣の中の闇の記憶そのものだ。お前の愛するその男の一部だ」
「はっ!笑わせないで欲しいですね。陣があなたの一部なら自らを傷付けるだなんて有り得ないわね」
「ここは自らの闇と向き合う場所だ。向き合えない者に対しては苦痛を伴う、それがこの世界だ!」
「ふざけないでください!」
アンは魔法によってガニエを吹き飛ばす。
「ガニエ!」
「あなたも目覚めなさい!」
「グホッ!」
今度は陣に向かって思いっきりひっぱたく。 アンが自分の闇を乗り切った理由は単純に闇がなかったわけだが、正確には過去の迫害にて闇そのものだったが、陣との出会いで全ての闇を吹っ飛ばしたからだ。加えて過去の経験から陣よりも強い耐性を持ち合わせていた。
「あなたは偉大なる二十の神の一人です。過去の幻影にいつまでも囚われているなんてらしくないです!」
「アン……」
「あなたにはあなたを愛してやまない私とあなたを慕うたくさんの仲間がいます。一人で乗り越えられないなら私も協力します!」
アンはその場で陣を抱きしめる。すると抱きしめられた事でアンの温もりと支えを感じ、さっきまで苦悶の表情とは一転し、何かを決心したような表情を見せる。
「アン、ありがとな……」
陣は今までこの過去を誰にも話せずにいた。
少年兵のリーダーとしてとある扮装地域の少年兵を束ねて、傭兵のような扱いで近隣地域の紛争に参加していた。いつしか陣は人の死に慣れ、殺す事に抵抗がなくなっていた。そんな時にガニエと会い、再び命の尊さを学ぶきっかけをもらったが、日本へ戻った事で昔の自分と平和に暮らす人達とのギャップを感じた。過去の行いを話せば受け入れられる訳がないと過去を封印し、結果的に目を背けるようになっていた。
「ガニエもありがとな……」
陣がガニエにそう言いながら頭を下げた。
それは今まで目を背けていた過去に対して向き合う事を決めた瞬間でもあった。
「こうしてお前が俺の目の前に出てきてくれたお陰で、あんたの事を思い出して向き合う事が出来た。今の今まで思い出さないようにずっと俺は過去から逃げていた……」
「そうだ!お前は俺からずっと逃げていた。命を懸けて助けようとした者まで殺したんだ!」
「そうだ、だからこそ俺はもう逃げないし忘れない。俺はあんたに助けてもらい、心を取り戻す事が出来た。ありがとうガニエ……」
するとガニエの身体が消えかかる。陣にとって闇だと感じていた部分を自ら乗り越えたからだ。
「そうか……もう俺が出る必要はなさそうだな……俺はもうお前にとっての闇ではないという事だな」
ガニエも何かを悟ったような顔を見せる。
「あんたやあんたの仲間に助けてもらったこの命で俺はたくさんの命を救う。だからそれを見ていてくれ」
「ああ、それじゃあな坊主」
ガニエは陣達の目の前から消え去り、陣の目から涙が出ていたのをアンは横で見ていた。そんな陣に寄り添うように腕を組んで一緒に見届けた。
毎度遅くと申し訳ございません。
陣の過去については気が向いたら、
どこかの回でやります。




