怪しい噂
あれから数日後、尾形とスタセリタは講習を終えて、筆記試験を受けた。当初は尾形だけの予定だったが落ちた時の為の対策でスタセリタも受けていた。
「さて結果がどうなるか……」
「大丈夫よ、終わったあと二人で答え合わせした感じじゃ問題なかったし」
「まぁそうなんだけどね~」
尾形の試験の手応えはそこそこだった。徹夜で詰めこんだ甲斐もあってわからない問題はほとんどなかった。
「光一、張り出されたわよ!」
結果が張り出され、待っていた人達は一斉に紙の前に集まるが、中には目が血走っている者もいた。騎士の家の者はこれが落ちれば家からのお仕置きがあったり、レッテルを貼られてしまう者もいるからだ。
「ええっと俺達の番号は……」
「あったわ!あの左側の中段のとこ。私達の番号よ!」
スタセリタはテンション高めに言う。尾形もそれを確認し、内心ホッとするが、周りで番号が載ってなくてガッカリする者もいた。受かった者とそうでない者で表情が正反対なのですぐわかる。
「とりあえず第一段階突破ね!」
「そうだね、あと一つ思ったんだけどあそこまでガッカリしなくても……」
「騎士の家に生まれた者には色々あるのよ。確かにまた受ければいいだけの話だけど、ボリアルの騎士団に入って出世するには、これは必須だから」
「暗記とちょっとした計算問題だけだったんだけどな~」
試験内容だが、講習で習った内容にはちょっとした計算問題があった。尾形からしたら地球の算数や数学で習った簡単だったが、他の受験者はここで思いの外躓いたらしい。合格点が高いので計算問題をいくつも取りこぼすような感じだと当然ながら合格はできない。
「あれが皆苦戦してるのに流石は光一ね。ジャジルでマヨネーズを作って財をなしただけの事はあるわ」
「どうやらこの世界では算数の教育はそんなに進んでないみたいだね。でもスタセリタだって大体解けたでしょ?」
「まぁ家柄勉強はかなりやらされたからね~」
「君達は受かったようだね~」
二人が話していると講習で一緒だったアスクが話しかけてくる。 尾形もアスクの表情を見て受かった事を確信する。
「まぁね、君も受かったみたいだね」
「一応ね~」
「二次試験は明日だっけ?」
「ああ、二次試験の一発合格率は低い。だが何とかしてでも一発合格してやるがな」
アスクの表情は真剣そのものだ。ボリアルの騎士はこれを合格するのが必須となっているだけに、騎士の家に生まれた者は皆子供にこれを受けさせるのだ。
「君も色々ありそうだね」
「まぁな、ボリアルの騎士の家ってのはこの試験にはかなり敏感なんだ。君は冒険者だからわからないだろうけどね」
スタセリタはその意味をよく理解していた。ジャジルもボリアル程ではないが、騎士団でも上にいく者は皆ここで証を取っているからだ。
「そうだね、確かに君からは鬼気迫るものが感じるよ」
「ハハッ、試験が終われば適当さ。それより二次試験は二人で受けるのか?」
「私は本職が剣じゃないから私は受けないわ。筆記の方は光一を受からす為に受けていたたけだし」
「なるほど、だったら丁度いいな」
アスクは手を前に出し、尾形に握手を求める。
「二次試験はペアで動いた方がやりやすい。お互いの為に組まないか?」
「ペアで動いた方がやりやすい?そんな話はあの人からは……」
「誰から聞いたか知らないが、ここ最近はペアで進んだ方が合格しやすくなっている。合格率が落ちてきているらしくテコ入れと聞いているよ」
騎士の証を取る試験は昔に比べ、合格率が落ちていた。というのもボリアル、ジャジル、リユーンはここ数十年は大きな戦はなく、比較的平和だった。ファーガスも昔のように大軍での侵攻はしていない事もあり、平均的に騎士の質が落ちていた。
「なるほどね、それなら組んでもいいよ」
「ちょっと光一!簡単に信用していいの?」
「大丈夫さ、組んだ方が楽ならその方が効率がいい。それに二次試験の規定に受験者を攻撃して、棄権させた場合は失格って書いてあるし」
「でもバレないようにやられたらどうするの?」
「ハハッ、それも大丈夫さ。ペアを組んだ場合にはリングをつける事が必須となるし、それをつけたまま相方を攻撃するとすぐに反応するようになってる」
過去にそういった事例が発生したので、今後そういった事がないようにという事でルールも追加されてきた。ペアでのクリアを推奨し始めているので尚更だ。
「もしアスクだけ試験を合格して俺が駄目だったらアスクを非難すればいいさ」
「そうだね、勿論そういった汚い事をしないのは僕の誇りと家にかけて誓わせてもらう。仮にそんな事があれば喜んで非難を受けるし、合格の証も辞退するさ」
アスクの言葉と表情は真剣そのもので、騎士の誇りと家にかけて誓うという言葉の重みを、スタセリタは理解していたので納得する。
「そうね……光一の実力で落ちるはずないし、足引っ張らないようにね」
「ああ、勿論さ」
◇
陣とアンはボリアル王国の王都ヴァルトガイストから馬車で一日ぐらいの街リンドシェーバーに着いた。そこで情報収集をしていた。
「最近王都が不穏でね~」
バーでマスターのぼやいた何気ない一言に食いつく。
「王都で何かあったのか?」
「軍事訓練がやたらと多いのさ。この間ジャジルからの使者が来て戦争の意志はない事を国王が国民に伝えたばかりだと言うのにな」
エミリアがボリアルに行って国王に圧力をかけ、戦争の意志がない事を約束したばかりだ。当然それを民衆にも伝えた事で安心した矢先にこれだから、当然不安がるも無理もない。
「なるほどな。俺達は旅の者でボリアルの事は良く知らないが、そんなに不安定なのかい?」
「つい最近まではそういった事もなく平和だったさ。国王陛下も温厚な人柄だし」
「何かに取り憑かれたという線は?」
アンが冗談交じりで言うが、マスターの顔に笑いはない。
「嬢ちゃんのその線も割と有り得そうだから笑えないさ。戦争だけは避けたいな……」
「戦争が怖いのかい?」
「俺が若い頃、親父と一緒に旅をしていた頃の話だが、今みたくファーガスが魔大陸へ遠征をしていてな。負傷をして帰ってくる兵士を見たんだ」
先代勇者の遠征時には勇者達が裏切った事で、遠征が滞り、最前線にいた兵士達がかなりの影響を受けた。死者も多く、被害が多く出て終わった遠征でもある。
「なるほど」
「戦争なんて現実では見た事ないが、あの負傷者を見て恐怖を感じちまったさ。兵士達が安堵の表情を浮かべていたのは今でも覚えている」
戦争に行く兵士達は命の覚悟をしないといけない。それは自身だけでなくその家族もだ。陣はそれを聞いて遠征しているクラスメイトが目に浮かぶ。陣としては全員遠征をしないで大人しく待機をしてほしかった。
「俺も友人が遠征している。戦争なんて全く愚かな事さ……」
「全くだ、その友人も無事帰ってくるといいな。微力ながら無事を祈っているぜ」
「ありがとな。だがこれから王都に観光予定が、そんな辛気臭い雰囲気じゃ考えちゃうな~」
「ああ、特にボリアルの中でも名高い騎士が集結しているらしくて、中には荒い奴もいるから、気をつけてな」
「騎士の集結ですか?」
「ああ、何でも国王陛下直々の選定を行っていて、選ばれると何でも力を与えてくれるとか」
それを聞き、陣とアンは顔を訝めた。
「力?」
「ああ、俺も良くは知らないが、前にここに立ち寄った騎士達が、そんな事言っていたんだ」
「力ね……怪しい話だ」
「俺も同感さ、あんた達も王都に行くなら気をつけてな」
「ああ、ありがとな」
店を出て、宿に向かう道で陣とアンはバーのマスターの言っていた力についての話をしていた。
「どんな力をくれるのか興味があるな」
「神獣が反応するぐらいの魔力反応がそれだとすれば、かなりの脅威になります。もしそんな強靭な騎士達がいるのだとすれば……」
「ファーガスは危ないな。俺達がいなければ太刀打ちできないかもしれないな」
ファーガスにはタピットや残された勇者達がいるが、それで何とか出来る確証はない。もしその力で強化された騎士達がそれ以上なら全滅も有り得る。
「この調査が終わったら誰かを派遣した方がいいかもしれませんね」
「ああ、事態は思ったより大きいかもしれないな。明日になったらヴァルトガイストに……」
すると後ろから大きな音が聞こえた。振り返ると誰かが追いかけられているのがわかった。
「た、助けてください!」
男は陣とアンを見るとそのまま二人の後ろに隠れる。
「ちょっとおい……」
「もう逃がさないぞ!」
「貴様等も仲間か!」
「私達は違っ……」
アンが言いかけたが、兵士達は聞く耳持たずで三人を囲った。陣とアンは厄介事に巻き込まれたと溜息を出す。後ろに隠れた男は怯えた表情のまますがるような目で陣を見つめる。
「チッ……仕方ない。おいあんたらこの男をどうして追いかける?」
「答える理由はない。ただ我々は王都からの脱走者を捕らえにきただけだ」
「なるほどね~助けたら俺達の頼みを聞いてもらうが?」
王都からの脱走という言葉を聞いて、怯える男に問いかける。
「も、勿論です!なんでもしますからお願いします……」
「仕方ないな~」
陣はその場で衝撃波を放ち兵士を吹き飛ばす。
「グッ……何者だ貴様!」
「答える義理はないぜ」
衝撃波に耐えた指揮官を含んだ兵士達を直接攻撃で吹き飛ばす。
「まだやるか?」
「ヒッ……」
大半を片付けると残った兵士はその場で崩れ落ちる。
「早々に立ち去らなければ命はないぞ!」
陣の言葉に命の危険を感じたのか、兵士達は倒れた兵士達を連れて早々に撤退した。
「これで大丈夫だろう」
「は、はい……ありがとうございます!このご恩は必ず……」
「その前に言う事があるのでは?」
「えっ……」
「全く面倒をかけてくれましたわね。あなたのせいで私達も悪い事をしたような扱いです」
アンが不機嫌そうな顔で睨みつけると、男は怯えた表情のままその場で頭を下げる。
「ご、ごめんなさい……その俺……」
「ハハッ、そう睨むなって~折角助けたんだからさ~」
陣は怯える男に向かって優しく微笑む。陣は男の表情や土が被ってボロボロになった服装を見て、逃げていた期間がここ数時間の話ではない事を察する。
「俺は陣でこっちはアンだ、君の名前は?」
「ぼ、僕の名前はベンバトルです」
「よろしくな、とりあえず君の話を聞きたい。一緒に宿まで来てくれないか?」
陣とアンは男を連れて宿へと向かった。
土曜日アップする予定が遅れてしまし申し訳ありません。
最近主人公の出番が……(笑)




