深淵の森の神獣
陣とアンはオーリオール平原を抜けて、深淵の森へと辿り着いた。道中無事故で、魔物による衝突が全くなかったのは、陣の能力による所が大きいだろう。
「じゃじゃ馬平原とは魔物の質が違います」
「だな~まぁ神獣が住むなんて言われているぐらいだからな。ボリアルもここの調査は、ずっと放置してるみたいだし」
エミリアですら調査を控えていたぐらいなので、ボリアルに安心して調査するような戦力など当然いない。
「どうします?」
「時間をかけるのもあれだからな……」
陣は少し考えると、森全体にオーラを発する。
「いきなりですね」
「ああ、これで大半の魔物は警戒して俺達には近付かないはずだ。そして森にピンチが迫れば当然ボスが出てくる。おっ、早速だな」
陣は、何かの強い魔物の気配を察する。森を守る神獣であれば陣のような者が、森全体にオーラを発すれば出てこざるを得ない。
「場所がわかったのです?」
「ああ、位置も大体把握したし、行こうか」
陣とアンが向かうまで、一切魔物を見ることがなかった。それだけ森の魔物が陣を恐れているという事の表れでもある。そして森の中でも霧がかかる部分に辿り着く。
「随分と霧が深いです。そして殺気を放つ大きな存在を感じます」
「ビンゴだな~」
「陣が強引なせいで、殺気が尋常なので怖いです」
「ハハッ、悪かったな~でもまぁお前の事は死んでも守るさ」
「アンは幸せ者です」
アンは嬉しそうに陣の腕を組む。そして霧の中、目の前に大きな獣が現れたのだ。
「あのオーラは主か?」
「し、喋りましたの!」
「神獣ともなればそれぐらいは容易なはずさ。悪かったな、あなたに会う為に少し威嚇した。戦闘の意志はない」
神獣の姿は大きな馬のようで、黒い馬体に不気味に輝く金色の角が特徴だった。上に乗って走ったらさぞかし気持ちいいだろう。
「承知した、確かにもし我を殺す気であれば一瞬だろうからな」
神獣は人の姿に変身する。
「改めて、宗田・アロゲート・陣で、こっちは俺の恋人のジャッジ・アンジェルーチだ」
「うむ、我はポマーン。主はもしや二十柱の一人か?」
「ご名答、二十柱の一角である天魔の力を受け継いだ。まぁ新米だがな」
「やはりか、あれほどのオーラは過去にも数えるほどしか知らないからな。ここで立ち話も悪いので、この先に付いてきてくれ」
ポマーンに連れられ、深い霧の中に入っていく。そして木々が存在しない、大きな広場のような場所に付いた。
「ここはあなたの住み処ですか?」
「うむ、そこに座ってくれ。二十柱相手に何もおもてなしもできないのは申し訳ない」
「いや、森を脅かしたのは俺だ。敵意なく迎えてくれる方がありがたいさ」
陣とアンは丸太の上に座る。
「まず主らが来たのはこの森の調査かね?」
「ええ、神獣がいるかもなんて言われていましたからね。その確認で派遣されたわけです」
「ふむ、百年近く前に、この地を攻めた人間共を撃退して以来、姿を現していなかった。確かに素通りする者はおっても、この森を深く調べようとする者はおらんかったな」
ファーガス軍の撃退以降はその噂が広まり、誰も調べる者がいなかった。いつしかその噂の方も昔に比べれば薄れていってはいるが、遠征に失敗をし、大打撃を受けたファーガスはそれを忘れる事はない。
「それだけ昔暴れたのが衝撃的だったという事ですね。ちなみに人間に対しての敵意は?」
「特にない。あの時は、森が戦火になりそうだったから戦ったが、基本的にどっちの国に付くという考えはないし、あの時だけだからな。我はこの森と共にある」
それを聞いて陣は安心する。人間に対して敵意があった場合、今後考えなくてはいけなくなるからだ。
「それを聞いて少し安心しました」
「もしこの森が荒らされるような事があれば別だが、基本的に干渉する気はない。気になる事はあるがな」
「気になる事?」
「うむ、ここ最近この大陸にあった、大きな存在の消失を確認した。主ら二十柱とこの世界の神と呼ばれる存在の激突があったのか?」
神獣の立ち位置として、二十柱の王であるルシファーによって存在が確立されている事もあり、二十柱という存在については認識をしているし、基本的に逆らう事はない。だからといって二十柱に特別味方をするような感じでもないというスタンスだ。だが、自身の住処を守る為に行動するので、この世界に行く末に関しては案じている者も多い。
「偽神との戦いはもう始まっています。この大陸の守り神クレセントも、同胞によって倒されましたが、まだ油断はできません」
「やはりか……となると、最悪ここが被害を受ける可能性も有り得るという事か。ボリアルの方でも不審な動きもあるし、寝ている暇はなさそうだな」
「不審な動き?」
陣がエミリアから頼まれたのは、この森の事とボリアル王国の動きの調査だった。ポマーンのこの言葉には当然反応する。
「うむ、時折王都ヴァルトガイストの方で大きな魔力を感じるのだ。今までボリアルでは感じた事のない反応だけに、嫌な予感がするのだ」
「大きな魔力反応ですか?」
「うむ、我としてもこの森が荒らされるのは、何としてでも避けたいのだ」
陣はそこでボリアルで、何が行われているのか推測をする。エミリアが調査をして、その反応が出てこなかった事から、エミリアが来ている間は、それを悟られないように隠していたと推測。そして辿り着いたのは何かの実験をしているという結論に至る。
「恐らく何かの実験をしているのかもしれませんね」
そしてそれが、ファーガスを攻めようとした理由にも直結していると確信した。
「なるほど、時折感知した大きな魔力反応が、実験だというのなら納得できるが、問題がそれが何の目的かだな。大きな魔力の反応からして、何か良からぬ事に繋がっているのは間違いない」
「はい、なのでこれからヴァルトガイストに行って調査してきます」
「うむ、よろしく頼む」
◇
その頃、尾形とスタセリタはジャジル王国を超え、目的地の一つである、ボリアル王国内の街、エクザルタントに着いていた。
「思ったより早かったわね~」
「エミリアさんから転移魔法である程度の所まで送ってくれたからね。しかしボリアル王国なんて初めてきたよ」
「光一は初めてだったわね。私は国王陛下と会うのに何回か来てるから」
尾形はジャジルでは忙しい毎日を過ごしていたので、他国に行く余裕もなかった。ボリアル王国だけでなく、隣接しているリユーン共和国にも行った事がなかった。
「流石王族だね。ちなみにここの王様はどんな感じなの?」
「そうね~一言で言うと普通かしら。あまり行動的な感じでもなかったわ」
「でもファーガス攻めようとしていたよね」
「そうなのよね~あの国王陛下がそんな事するかな~なんて思って、ちょっと疑っているの」
そもそも今まで従っていたのに、急に心変わりをした形なので、当然何かあったと考えるのが妥当だ。だがエミリアが直接出向いて、洗脳されていないかや、バックに魔族がいないか等念入りに調査をして、何も出てこなかったので余計に不可解だった。
「何か力でも得たのかもしれないね。まぁだからと言って大国に喧嘩仕掛けようなんてなるのも短絡的だけどね」
「会って直接確かめたいけど、エミリアさんに止められているし今回は頼まれた調査をしっかりこなしましょう」
「そうだね」
尾形とスタセリタが頼まれたのは、このエグザルタントの街にある、騎士の証を回収する事だ。この街はジャジル王国の初代国王であり、十三騎士の称号を持っていた、崩壁公ソラリオ・ゾーマン・ジャジルが、青年期に腕を磨いた場所で、騎士道を学ぶ為に、ジャジル、ボリアル、リユーンからの騎士が集まる場所でもあった。
「スタセリタのご先祖様が腕を磨いた街なんだよね」
「ええ、ここは私も年に一回は、式典なんかの都合で行ったりするわ。ボリアル王国領内だけど、この街は曾祖父に関連する街だからね」
尾形が周りを見ると、騎士の恰好をした人が多い事に気付く。
「あの甲冑はジャジルのだし、あっちはリユーンだね」
「ここは、自由都市みたいな位置付けだからね~騎士道を磨く街だけあって、出入りが比較的自由な割に治安もいいわ。万引きとかの犯罪が起きようものなら、他国の騎士に襲われるし」
流石は騎士の街だと尾形は関心する。元々ここら辺の地域は、ファーガスに対抗する為の連合のような形で国を為していた。スタセリタの曽祖父である、ソラリオ・ゾーマン・ジャジルは百年前の大戦の時に、現在のジャジル、リユーン、ボリアルの三地域をまとめ上げていた一人で、ファーガスから国を守った。そして自身は戦後、ジャジル王国を正式に設立し、ボリアル、リユーンの設立を同時に支援したので、この地域では英雄のような位置づけでもある。
「そんな街ならエミリアさんが取りに行っても良かった気がするけどね」
「騎士の証なんて言うぐらいだし、光一に取りに行かせたかったんじゃないかな。それに取るのにちょっと面倒だろうし」
「面倒?」
「講習受けないといけないはずよ。実技もあるだろうし」
騎士の証というだけに、ただ行って持ってこれるほど甘くはない。最低限の腕を見せる必要があるのだ。
「なるほどね~それなら納得。というかジャジルの人もいうだろうし、スタセリタの事バレないか心配だな」
バレると面倒なので予め、髪の毛の色を変えて、帽子をかぶり眼鏡をしての潜入だった。エミリアが、カーリンを連れて行かなかったのは、顔が割れており、一緒にいるのがスタセリタだと簡単にバレてしまうのを防ぐ為でもあった。幸い尾形は、国をほとんど出ていないので、顔はそこまで知られていない。
「そうね、そろそろ偽名で呼んでちょうだい。リラとでも呼んでくれるといいわ」
「了解、それでリラ、目的地は近いのかい?」
「そろそろよ。講習だけど、光一の実力なら実技は大丈夫だと思うけど、それ以外がちょっと心配かも」
「まぁ騎士道なんて学んでないからね~ちょっと苦戦するかもしれないね」
「一回落ちたら暫く受けられないとかじゃないから、気楽にいきましょう」
二人は講習が行われている場所に辿り着いた。
陣と尾形の話が終わったら、主人公視点の話に戻します。
十三騎士
エクリプス全体で最も偉大な騎士の称号を得た者で、
一時代に多くて十三人に与えられる。
また地域ごとに枠が存在するので十三人揃わない事も多い。
神獣
元々は二十柱の王であるルシファーによって作られた存在
戦闘能力は最低でも限界突破した超人並みである。
生まれ持ってというよりも、魔物がとある段階まで、
力をつけると、進化して神獣の遺伝子が覚醒する。
魔物によって神獣の遺伝子を持つ種とそうでない種が存在する。




