ハードロック山脈へ
暑くて外が辛い(笑)
「隼人君が手も足もでないなんて……」
「あいつ何者?」
三人は菱田の元に行く。
「これがお前の実力だ。あのじいさん倒すには程遠い」
「クッ……」
菱田は悔しそうな顔を隠せない。ここに来て上達しているのは自分でもわかるぐらいだけに手も足もでなかったからだ。
「あなたは人間よね?今の菱田君を倒すなんて一体何者?」
「別に何処にでもいるおっさんさ。ただそこで倒れてるガキとの違いはここに来て長いという事だけだ。言い換えれば年数をこなせば俺ぐらいになる事はできるさ。センスは悪くないようだからな」
「あんた名前は?」
「カゲロウだ、それじゃあな」
カゲロウと名乗った男はその場を去ろうとする。
「待ってくれ、俺もっと強くなりてぇんだ」
菱田はカゲロウを引き止める。
「なら鍛練し続ければいい、俺は別に特別な事はしていない。まぁここで鍛練するというのは特別な事かもしれないがな」
「俺はもっと強くならないといけねぇんだ!その為にここに来たが、ずっとここにいる訳にもいかねぇんだよ!」
菱田がそれと同時に思い浮かべたのはファーガス王国で待つ玲奈先生の事だ。戦神の丘を見つけて、帰還ルートを見出だして玲奈先生を連れて帰る為に菱田はここにいる。
「だがそんな簡単に強くはなれない。それはお前もわかってるだろ?」
「ああ、たからこそ俺はあんたに頼みたい!」
すると菱田は突然土下座をし始めたのだ。
「えっ……」
「隼人君」
「頼む、俺を鍛えて欲しい!俺にも守るべきものがある。その為には背に腹変えられないんだ!」
プライドの高い菱田がここまでするのは玲奈先生の為は勿論だが、ここに来て自分が弱いという事を実感したからだ。ファーガスを襲った上位魔族やエミリアや周平達を除いて勝てない相手と会った事がなかっただけに、来るまでは勇者である事の優位性や強さをある程度自負していた。だがこの場所は自分以上の強さを持つ者がたくさんいた事でそれを自負する事ができなくなった。
「じゃあ聞こう。大切な人が目の前で死にそうな時お前ならどうする?」
「目の前に飛び出して守る以外に選択肢なんかねぇたろ。それが仮に無意味な行動だとしてもな」
菱田は真っ直ぐな瞳で迷いなくそれを言い切った。
「ふっ、良い目だ。よかろう、お前達を鍛えてやろう」
「本当か!」
「ああ、特別にな」
「よっしゃぁぁぁ!」
菱田は立ち上がり歓喜の声をあげる。
「訓練は明日からだ。じいさんとの手合わせがある時はなしだ」
「おう!」
「それじゃあ明日の朝にここに来い」
カゲロウは去ろうとするとメイスが呼び止める。
「どうして鍛えてくれようと思ったのかしら?」
メイスからすると見ず知らずの赤の他人を無償で鍛えるというのは疑問だった。
「そうだな……センスは悪くないのと……」
カゲロウは途中で一度言葉を止める。
「あの時の俺にないもんを持っているからだ」
「えっ……」
「別によからぬ企みなんざ考えてない。そこは心配するな」
◇
「さてここらからだな」
周平と立花はゲートで一度魚人族の街アクエリアに移動した。パールダイヴァーへは山脈を越えた先だ。
「ごめんなさいね、もっと近い場所へのワープが使えれば……」
立花のゲートは基本的に一度来た場所でないと移動できない。一応座標を指定しての移動方法もあるが負担がかかる上に準備時間もあるからそちらは使わない予定だ。
「へへっ、気にするなよ、ここからでもゲートなしよりは十分近い。それに行ったことない場所をゲートとして機能させるのも大事だろ」
「そうね、でもこの山を越えるのは少し骨が折れそうね」
魚人族の領域から出るには北に行って魔王軍の直轄地に行くか、洞窟から巨人族の集落の方にでるか、そびえ立つ山脈を越えるかだ。魚人族が他の種族から襲撃を受けずに済んでいるのは、この地形にあると言ってもいい。
「アホヌーラ山脈と大して変わらないだろ。気楽に行こうぜ」
このハードロック山脈は強い魔物が出ると聞いてはいるが、俺と立花の前じゃどうせ関係ない。
「ええ、ただアホヌーラ山脈よりも広く道が入り乱れているみたいだから、なるべく最短で行く為に方角は常に確認していきましょう」
◇
「寒くなってきたな……」
登り初めて一時間、気温が急激に下がってきた。厳しい山だとは聞いてはいたがここまでとは……
「この山全体気温が低く山頂付近はもっと寒くなるらしいわ」
「原因は何でなんだ?」
「元々この西側は寒帯地域で全体的に寒いらしいわ。ただ魚人族がアクエリア付近に住み着いてから加護を使って一部分住みやすい地域に変わったから、領域と山で気温がここまで変わるようになったんだって」
「なるほど、さすが王の書」
毎度の事ながらいつもお世話になっております。昔はここいらは来なかったから全然わからない。
「でも目的地のパールダイヴァーの中についてはあんまり詳しい情報が書いてないわね」
「そうなのか?」
「中の地形とかは記されてるけど里の中にあるダンジョンの事とかは奥になればなるほど情報量が乏しいわね」
「それだけ何かあるって事なんだろうな」
戦神の丘についてはほぼ空白ってぐらいだしその入り口とされるパールダイヴァーの詳しい情報が記されてなくてもおかしくはない。何にせよそういう場所だとよりワクワクする。
「ええ、逆に調査のしがいがあるわ」
立花もウキウキした様子だ。時間的な余裕は偽神側の行動次第だが、こっちとしては図書館が言っていた場所に行って用事を済ませ、アーシアと会えればそれで任務終了だ。アーシアに関しては他のメンバーが再会してくれればやる必要はなくなる。。
「だな、本当はこの山ももっと調査を……」
すると何かがこちらにやってくる。この気配からして魔物だろうか。
「フリーズンジャイアントね、寒い山岳地帯を生息地とする好戦的なゴリラよ」
数メートルはあるがデカイだけだ。初めて会う魔物だし肉と毛皮をとっておくか。
「ゼロディメンスィオ!」
指定した任意の空間に存在するモノを消し飛ばす。当然対象範囲は奴の頭だ。
「狙う相手を間違えたな」
頭のみが消し飛び雄叫びと動きはピクッと止む。その場で解体し宝物庫の中に収納した。
「この山脈自体好戦的な魔物が多く生息しているらしいわ」
「この過酷な場所に住み着くだけあって、生存競争が激しいって事だな」
まぁ魚人族の傭兵を募った魔族達もここは通らないらしいからな。
「ええ、それとここには神獣が住んでいるらしいわ」
立花がニヤニヤしながら言う。
「へぇ~そいつは面白いな」
神獣とは獣の中でも特に特別な存在で全宇宙で数えても存在個体が少ない超希少な存在だ。ミストの森や海の洞窟にいたヌシがそれにあたるとされてるが、迷宮やアホヌーラ山脈のダンジョンでしか見たことがない。迷宮のボス階層にいるのは天然個体ではないだけに天然個体を見てみたいものだ。
「探したかったでしょ?」
「そうだな~もっと余裕があれば立花連れ回して探すかもだけど、今回は行くルート上で遭遇ができたらだな」
「フフッ、今回遭遇できなかったらまた見つけに来ましょう」
最近は立花とはいつも一緒にいてどこか行く時も一緒だが、いつも任務みたいなもんだからな。早く自由に色々行きたいものだ。
「ああ、ちなみに最短ルートかつ休憩をしっかりとった場合この山脈を抜けるにはどれぐらいかかるんだ?」
「私達のペースだったら大体一週間ってとこかしら?」
「けっこうかかるな。流石はハードロック山脈」
「この世界で一番高い山脈よ、アホヌーラ山脈が可愛いくなるぐらいね」
アホヌーラ山脈は気温とか環境は過酷って感じじゃなかったからな。こっちは標高一万超えてるし、地球で言うとこのエベレストより高いんだよな。エベレストなんて素人じゃ絶対登れない山って印象だったけど、今はそれよりも高くて過酷な山を越えるって考えると少し不思議な気分だ。
「世界一高い山か……テンション上がってきな。大自然に俺達の力を見せつけてやろうぜ!」
◇
同時期、九兵衛はギャラントプルームにて出発の準備をしていた。
「さて、俺はいくよ~」
目的地はクレセント大陸のとある場所だ。旧レイルリンク王国領内あり現ファーガス王国のブロードブラッシュという街が最初の目的地で、そこには旧レイルリンク王国民の子孫が済む街でもある。
「九兵衛さん……」
「九ちゃん……」
「九兵衛さん……」
三人の白い目が九兵衛に突き刺さっているが、今回の遠征で誰を帯同させるかについてはロードリオンが仲裁に入り人事を決めた事で三人に文句を言わせなかった。
「ハハッ、三人ともそんな目をしなくてもまたすぐに帰ってくるよ~」
アキーダが来てから女問題続きだった事もあり、リフレッシュできると内心ウキウキしているのは三人には内緒だ。
「しかし引率が君とはね~」
「よろしくね~」
意気揚々と声を上げるのは神代椿だ。ファラリスでの戦い後が暫くギャラントプルームにいたが、そろそろ身体を動かしたいとうずうずしていた事もあり、ロードリオンが指名したのだ。
「椿ちゃんもだけどもう一人はまさか君とはね」
「は、はい、よろしくお願いします!」
おどおどと頭を下げるのは周平がファーガス王国の王都アスタルテの武具屋で出会ったダルジナだ。まだ幼い子供だが、その素質を認めてスカウトした。
「よろしくね~でも今回はどうして俺に同行しようと思ったんだい?」
「世界を見ろというのが周平さんから言われていた事です。今回の遠征はいい機会だと思って立候補しました。迷惑にならないよう頑張ります!」
ダルジナは当初周平達の方に行こうとしたが、場所が劣悪な環境な事から断念した。元気の良い声で言うと、九兵衛さんはダルジナの頭を撫でる。
「元気だね~よろしく」
「九兵衛さん、一応あの三人が見てるので誤解を与えるようなシーンはあまり見せないでくださいね」
椿が目線を誘導させると三人が黒いオーラを出していた。
「ちょっ、それはいくら何でも誤解だよ~」
「あの三人以外はわかっているんですけどね~」
ダルジナも苦笑いを見せ、九兵衛は慌てて馬車の中へと避難する。
「さぁ、ささっと馬車に乗って出発しよう」
「了解」
「はい!」
二人も続けて馬車に乗るとロードリオンが声をかける。
「九兵衛、気をつけてね」
「ああ、リオンも留守番は任せたよ~」
「オッケー、それじゃあいってらっしゃい!」
こうして三人も目的地へと向かった。
次話も来週中までを予定しております。




