御朱印で呼び出し候。
知っているか? この世界でもっとも古く頒布されている書物のことを。俺とアイツが作った世界。そして、この地球の歴史が書かれているあの書物のことを。ひでぇ内容だ。ぜんぶが嘘っぱちなんて言わねぇよ。そうだな。ちょっとだけ話をしよう。
俺は俺とアイツが作ったこの地球と言う星のこと、人間に与えた知恵と知識が愛おしく、誇りだった。アイツは人間を作った。オレは人間を機能させる知恵を作った。知恵を与えるのがオレの役目だったからな。だが、アイツは俺が最後に人間に与えた知恵と知識が気に食わなかったらしい。
アイツが創造した人間と言う箱は完璧で美しかった。様々なものを作り上げて最後に造った傑作だったからな。
それまでに…人間を創り上げる前にアイツが造ったさまざまな箱も、そりゃあ素晴らしかったさ。それぞれに俺は知恵を吹き込んだ。でも、最後に造った人間という箱は息をのむほど美しかった。俺はその時に思ったのさ。いや、アイツも同じ事を考えていた。この人間たちに俺たちが造ったこの美しい星を管理させようと。
だから俺は考えたんだ。ありったけの知恵を人間に与えようと。そしてこの知恵をもってこの星でこの人間が成長していくサマを。楽しいじゃねぇか。でも、アイツは許さなかった。彼らは創造主を敬い、逆らわない僕として、そしてしこの美しい星の管理者としてあり続ければよいと。
だから、行き過ぎた知恵を与えれば必ず人間は不幸になると。それからだよ。俺とアイツが喧嘩を始めたのは。ま、どんな攻防があったかはおいおい話してやるよ、機会があればな。
あれから6000年たった。ヤツは結果は出たと言った。そして裁判でオレは負けた。オレやオレに同調したヤツは地球に落とされた挙句、力を封じ込まれた。そしてアイツは言った。今のこの地と人間は美しくない。全て滅ぼし、新しく作り直すと。そして残念そうにオレに言ったんだ。
お前が人間に与えた知識はもっとも美しくない。人と共に滅びろと。もうすぐ、アイツはこの地に降り立ち人間を滅ぼす。怖いか? 創造主だからな。なす術が無いと思ったか?
大丈夫だ、もともとこの星…地球の創造には俺も関わっているんだ。人間の創造にも、俺は関わっているんだ。ヤツらの思うようにはさせない。だからお前も手伝え。俺たちは封じられてはいるが無力ではない。
そして、人間の力を見せてやれ。知恵ある人間は美しいという事をを見せてやれ。もうすぐ、奴らは地に降り立つ。御前達を滅ぼすために。共に戦おう…。
お前たちが、日の本に集めらたのは、偶然ではない。必然なんだ。俺はこの地球も人間も好きなんだ。俺は誰かって? それはいずれ分かる。さぁ、ソロモンの知恵と、ベニアミンの勇敢なる力を与えよう!
不思議な夢だった。はっきりと、一字一句の呼び声が記憶に残っている。初夢? になるのか。元旦に友人と伊勢神宮にお参りをして、そのまま地元に帰り夜からは家に集まった親戚と、新年を祝い御節を食べたし、少しお酒も飲んだ。強行軍だったせいもあり、宴席もほどほどに部屋に戻り眠りに就いた。
風呂にも入ってないし、お参りの時に持っていったキャリーケースの整理もしていない。ベッドの横に転がったままだ。ああ、妹のために買っておいた赤福がまだカバンに入ったままだ。赤福って賞味期限が短いんだよな。とっとと渡してくるか。
キャリーケースは短期の旅行に使うもので、さして大きくないサイズ。電車を使って移動だったこともあり、衣服も最低限。正直キャリーケースを使うまでもない荷物の量だ。無造作に部屋に転がしたままだったキャリーケースの取っ手を持ち、赤福を出すべく手繰り寄せた。
「ん?」
僕はそのキャリーケースの重量に違和感を覚えた。少し重たいのだ。まぁ、違和感を感じる程度なんだが…。
「なんだこれ?」
キャリーケースを開けるとおなじみの包装に包まれた赤福が目に入った。それは想定内。だが、下の桐箱はなんだ? やけに豪華な桐箱だ。入れた覚えは全くない。それを俺はそれを取り出して見た。桐箱の表に名前が書いてある。俺の名前だ。藤原一二三。
「うーん…」
記憶にない。寝ている間に来ていた親戚か誰かがカバンに入れたのか? 何の為にこんなものを? よく分からない…。が、桐箱を開けてみることにした。怪しげなモノだが、開けることにあまり躊躇はなかったように思う。取り出してみると、桐箱には、和風な巾着袋が入っていた。その巾着袋も手に取り、中身を確認することにした。
「手帳? 違うな…」
サイズはA4よりも少し小さいくらいか。厚さはまぁまぁあるな。10cmほどか?
「古っぽいな? 夏目◯人帳ですかそうですか?」
と、思ったら和綴タイプではなく蛇腹折りになっている。えーっと…見たことあるな。なんだっけ…。
「……御朱印帳だ」
そう御朱印帳だ、最近流行ってるんだっけ。神社の社務所に行って、確か印をもらうんだよな。神社仏閣版スタンプラリー。その台帳みたいなものだよな。蛇腹を広げてみたが使われた形跡はない。真っさらだ。桐箱に僕の名前も書かれていたし、たぶん誰かがプレゼントしてくれたものだろう。しかし、誰だ?普通に渡してくれてもよさそうなものだ。新年のあいさつに来ていた親戚連中の誰かか?
この手の趣味はあまりないんだが…。
「まぁ、いいや」
寝起きという事もあり、頭が回らない。とりあえず土産物の赤福を持ってリビングに向かった。
「彩音〜。彩音はいるか?」
御節の残りをもぐもぐと食べながらテーブルに座る彩音が目に入った。
「ほれ、伊勢土産だ」
赤福を差し出すと、最初の呼びかけにはたいして反応しなかった妹の彩音の顔がパーッと明るくなった。
「さすが兄貴。選ぶ土産のチョイスがよろしい。赤福ラブ!」
受け取ると、早速包装紙をビリビリと。おいおい、もう少し丁寧に開けなさいよ…。
「あのさ、俺のキャリーケースの中にさ、御朱印帳がなぜか入っていたんだが、誰が入れたか知ってる?」
竹ベラを高々と振り上げいざゆかん!と構える彩音はキョトンとした顔で僕を見た。
「ごしゅいんちょう?伊勢で買ってきたんじゃないの?」
彩音はその後、どうでも良いとばかり竹ベラを振り抜き赤福を切り分けると、幸せそうな顔で餡子と餅のハーモニーを堪能しはじめた。
「母さん、俺のキャリーケースに…」
「知らなーい。昨日はあんたが帰ってきてからは誰もあんたの部屋には行ってないはずよー」
やりとりを少し聞いていた母は、めんどくさいとばかりすぐに関わりを否定した…。じゃ、誰だ。御朱印帳なんて渋いもんを私めに下さったのは。まぁ、いいか。面倒くさいから考えるのを辞めようとしたとき、今朝の夢の事を思い出した。やけに記憶に残る夢、語り。
「ベニヤミン? ソロモン?なんだっけ…」
ボソッと呟いた言葉に反応したのは彩音だった。
「イスラエルの12部族のひとつと言うか1人がベニヤミン…の一族と言われてるわ。ソロモンは聖書に出てくる賢者の名前よ」
「聖書? はぁ?読んだことないなぁ」
藤原家は、無宗教だが妹の彩音はカトリック系の私立校に通っている。彩音も別に敬虔な信者と言うわけでなく、正月には神社でお参りをするし、手を合わせる。実に日本人らしい宗教観の持ち主だ。僕もキリストだろうが、なんだろうが神に貴賎はないと思うタイプで、八百万の神をボチボチ敬う。伊勢詣は、友人に付き合っただけのちょっとしたイベントで、特に思い入れはない。
彩音の説明も若干曖昧だが、聖書に出てくる人物だか部族なのはわかった。ソロモンと言うワードは聞いたことがあるが、ベニヤミンと言う言葉は、あの夢が初めてだ。御朱印帳と聖書。離れすぎていてあまり関わりはなさそうだ。
「お兄ちゃん、聖書に興味あんの〜?」
彩音は赤福を箱半分以上たいらげている。
「いや? 特に? 初夢に出てきたんだよ。そのワードがさ。あとほら、俺のキャリーケースに謎の御朱印帳が…」
特に彩音も興味のあるような反応はせず、僕の話を聞き流した。
「オカルトじゃああるまいし…。御朱印帳の事なら、神楽ちゃんに聞いてみれば? 家が神社なんだからさー。LINE飛ばしてみればー?」
神楽か。藤原神楽。僕と名字が同じなのは、遠い親戚筋だからだ。彩音と同じ高校2年生。僕の家から徒歩3分で着く上澤神明神社の社家の子だ。
仲は悪くない。ちょくちょく話をする間柄だ。そこで、あけおめついでに聞きたいことがあるとメッセージを送ってみた。するとさほど間を空けず神楽から返信があった。簡単な新年のあいさつと、くたびれたネコのスタンプと、バリバリ仕事をしている犬スタンプだ。
「あ。まだ、2日だ。あいつ、巫女巫女業務で忙しいんじゃないか?」
彩音が巫女と聞いて騒ぐ。
「はぁぁっ、そうだ! 神楽タン巫女巫女コスプレ中かぁ、ヤダ、見に行こう…、きっと萌え死ぬわ。死んじゃうわ〜」
「コスプレじゃないだろう…」
「お兄様も神楽タンの巫女巫女にキュンとなっちゃったりとかして…JK巫女とか眼福よぉ〜キャ〜!有り難や、有り難や〜」
くねくね妙な動きをする彩音は放置してメッセージを送り返す。
【忙しい時にすまない! ヒマな時に連絡してくれ。たいした用じゃない】
すぐに既読にはなったが返事はない。まぁ、僕には塩対応はしない子だから、手が空けば連絡くらいくれるだろう。さて、御節でも食うか。
「母さん。お雑煮温めてくれないか」
「自分でやんなさいよ。御節だのなんだので、どんだけ働いたと思ってるのよ」
つれない返事だ…。
結局ダラダラと1日を過ごし、夜になった。正月のくだらないテレビを見る気にもなれず、ネットを見たり、本を読んだり。謎の御朱印帳の写真を撮って、一緒にお伊勢詣りに行った面々に心当たりがないかも聞いてみたが、特に反応はなかった。
21時を回ったくらいに、神楽からメッセージが届いた。ようやく、家のことが一段落したらしい。僕は簡潔に要件をまとめてメッセージを送った。
【とりま、それ持って神社にきて】
興味を示したようで、呼び出しがかかった。まぁ、呼び出しと言っても徒歩3分。コートを着込み、御朱印帳を持って夜の神明神社に行くことにした。雪がパラついて、今日は少し冷える。
行って見ると神社はまだ明るかった。提灯や街灯が灯っていて、正月と言うこともあるのだろう。数はまばらだが、まだ参拝客がいた。この一帯では、そこそこ大きな神社で、比較的大きな社務所を構えている。お祓いはもとより、結婚式とかにも利用されていて、なんて言うのだろう格式? 社格? はそこそこな気がする神社だ。
境内に入って、神楽を探すとすぐに見つかった。社務所の玄関で、こっちだとばかり手を振っている女の子がいる。
「寒いっ! 早く入って!」
「悪いな、こんな時間に。あ、ああ、あけましておめでとう」
「あけおめー。今年もよろしくー」
「なんだ、巫女衣装じゃないのか」
「あんなの一日中着てられますか!バカじゃないの」
まぁ、そうだな。神楽は呆れた顔で僕を見ると社務所のストーブに火を入れる。
「寒いと思ったら雪がぱらついてるのね。甘酒でも飲む? 温めるから」
甘酒は神社で毎年振る舞われるものの残りだろう。ここの甘酒は甘すぎず風味とコクがあり旨いと人気。正月になるとこの甘酒求めて参拝客が来ると、去年の正月にドヤ顔で神楽が聞かせてくれた。
「で、コレなんだが、御朱印帳だよね」
コンロに火を入れた後、まだ温まってない掘りごたつに足を突っ込んでミカンを剥いている神楽に、巾着から取り出した例の物を見せた。
「立派な御朱印帳ね。一般的なものより少し大きいかも。さらぴん?」
「なんも、書いてない」
その後、知らない間にキャリーケースに入っていた経緯などを話した。
「古そう、立派、少しデカイくらいで、多分御朱印帳かな。装丁も豪華だし。ウチでも御朱印帳は売ってるけど…」
売り場に置いてある御朱印帳を持ってきて、それを見せる。
「ハンドブックくらいで、一二三の持っているヤツほど大きくないし、厚くもないよ。持ち歩いて御守り代わりにする人もいるくらいだから」
「なんか禍々しいもんじゃないよな?」
「仕方なく巫女の真似をしてるようなワタシに、禍々しいかどうかなんてわかると思う? 見た目で判断するぐらいよ。うーん、お父さんに見せて見ようか?」
甘酒が温まったようで、オタマで湯のみに甘酒を入れて差し出してくれた。部屋もようやくストーブで温まってきたようだ。
「いや、いいよ。入手経緯がナゾなだけで、どうしたもんかなと思っただけだから」
神楽は話を聞きながら、ハッとした顔をした後、提案してきた。
「うふふふふ、御朱印帳なんだし、せっかくだからワタシに記念すべき一筆を入れさせてよ。まだ、お詣りした人には書いたことがないんだけど、ずいぶん練習したから…。この御朱印帳の処女をワタシが奪うのよ! ダメ?」
僕は、少しため息をつきつつも了承した。桐箱には僕の名前が書いてあったし、使っても問題ないだろう。最初の頁に幼い頃から親しんだ地元の神社の朱印と言うのも悪くない。
神楽はバタバタと別室に入り、朱印と硯、筆を用意した。そして、例の御朱印帳の最初の頁を開くと、丁寧に朱印を押す。大きい朱印と、小さな正月限定の朱印があるらしく、その二つを押した。乾くのを待っている間に墨をすり始める。
「墨汁でも良いんだけど、ホラ、ワタシにとっても初めて練習以外で書く御朱印だから…。ご利益あるよっ! たぶんネ~…」
バイト程度にしか、祭り事に参加しない社家の娘にご利益どうのこうのとドヤ顔で言われてもなぁと思いつつ、その様子を見守る。筆を整えた神楽は、神社名をなかなかなの達筆で朱印の横に添え、奉拝の文字。そして、日付を入れた。
「完成で御座いマス! ちょっと乾くの待って〜。あ、墨がうつるといけないから、この半紙挟んで持ってって」
書きあがった御朱印をマジマジと見る。
「ふむー。悪くはないな。これがいくつも御朱印帳に並んでいたら確かにご利益はありそうだな。流行るのもわかる気がするよ」
「でしょ〜」
朱印が馴染み、墨が乾いてきた。2人でボーッとコタツの真ん中にある朱印を眺める。神楽は良い出来だと言わんばかりにニヤニヤしている。
「なんかさー、友人帳みたいに神様とか呼び出せればよいのになー。なんか呪文とかないの?」
「呪文って、語彙が少ないわねー。御朱印なら祝詞で呼び出したりするんじゃないの」
「祝詞か。なんかないの? 」
「ワタシ知らない。ヤダ、社家のムスメでしょ見たいな顔でしないでよ」
「朱印に触れて、来い!でよいんじゃね? 」
あまり実のある会話じゃないなあと、思いつつも漫才ついでに、朱印に触れて唱えて見た。「来い!」の一言だけ添えて。それだけだった。朱印に触れていた指が少し熱くなったような気がした。まさかなぁと、もう一度触れてみた。
「おい、神楽。なんか熱いよ?コレ」
「またまたご冗談を。⁈」
神楽は、朱印に触れようとした手を咄嗟に引っ込めた。
「光ってない? コレ…」
「……。光ってるよな…」
その時だった。一瞬、目もくらむような閃光が部屋の中で迸る。最初は閃光の影響で何も見えない。部屋を見渡そうと、目が慣れるのを待っていると、神楽が声もだせず、口を開けて僕の後ろを見る。何かいるようだ。
「よう」
宮司衣装…袍? に身を包み、刀? 剣?を携えた男がひとり。
「だ、誰だっ‼︎」
驚きはあったが、恐怖ではなかった。ただ、人外のものであることは分かった。神楽は声も出せず恐怖に震えている。現れたそいつは、周りをゆっくりとみまわすと口を開いた。
「ふむ。御前達は…男は藤原一二三。女のほうは、ここの娘だな。神楽と言ったか。神楽。そこまで恐れずとも良い。2人とも幼き頃から私は知っている。私はこの地に囚われし者だ」
どうも、そいつは僕たち2人の事を古くから知っているようだ。ん? つまりなんだ? そこで神楽がいま思ったことを口にした。
「か、神様じゃないの?」
その質問に対して、しばしそいつは考えこんだ様子を見せた。
「私か? ここの社に祀られているのは私ではあるが、神か?と問われると返答に悩むな」
登場の仕方、その姿…。神と言われればそれっぽいが…。
「な、名前は?」
恐怖はあろう様子だが、神楽は質問を重ねる。さて、僕はどうするか。
「名か。名はあるが、本当の名はまだ知らぬほうがよい。とはいえ、呼び名が無くては御前達も困るだろう。清孝と名乗ることにしよう。キヨタカだ。清孝。覚えたか?」
今度は僕が質問することにした。
「清孝様は、さきほど、此処に囚われていると言いましたよね。そして、社に祀られている者だと。どう言う意味でしょう。そして、どうして私達の前に現れたんです? 冷静には努めていますが、混乱しています。そして、正直なところ恐ろしいです。神明神社に祀られているとおっしゃいましたよね? 確か…主神は天照大御神でしたよね? 縁の…ん? やっぱり神様じゃないんですか?」
清孝は小さく頷いて、目を見据えると説明を始めた。
「言ったそのままだ。いろいろ説明すると長くなるが…。掻い摘んで説明してやる。まず、日の本にある無数の社には、私のような霊者が詰めている。空の社も少なからずあるがな。つまり、御前達が神と呼んでいる霊者が社には祀られて、そこに囚われている。おまえたち人間は、それを神と呼んでいることになるな。呼ばれて悪い気もせん奴もいる。この社に我々は囚われてはいるが、一歩も動けないわけではない」
喋りは口語だし、浮いていなければ…、透け気味でなければ、人間にも見える。喋った時に見える剣歯が弱冠大きい以外は、姿形のイメージは人間と呼んでも遜色ない。
「神でも人間でもなければ何なんですか?」
「それは、いずれわかる……。一二三よ。我を呼び出したのはその御朱印帳の力だ、兎にも角にも、その朱印帳は肌身離さず持っておけ」
「肌身離さず持つにはデカすぎます…」
清孝は、呆れ顔を見せたが、手から鈴のようなものを取り出すと、それを僕に手渡した。
「この鈴を一度鳴らせば、その朱印帳が仕舞われ、二度鳴らせば現れる。いいか。中指に通し肌身離さず持ち歩け。この程度の大きさなら問題あるまい」
渡された鈴に結わえられた紐に指を通し、鈴を一度鳴らしてみる。すると右手に持っていた御朱印帳がすうっと消えた。
「すごい!」
神楽が感嘆の声をあげる。僕は次に鈴を二度鳴らす。鈴は手に包み込まれるように持たれているにもかかわらず、透き通るような音色を響かせた。すると、鈴を持つ左手にズシリとした重みが感じられ、例の御朱印帳が現れた。
「さて、何から話そうか。ああ、まず、その朱印帳。何も書かれていないと思ったろうが、既にほぼ半分以上埋まっているはずだ」
それを聞いて御朱印帳を開いて見ると、空白と思っていた頁が各地の朱印で埋まっている。これを清孝を呼んだように扱えば、それぞれの社の神様? を呼び出す事が可能なんだろうか。
「これは、清孝様のように呼び出すことは?」
清孝は扇子でハラリと顔を隠すと、若干意地悪そうに僕を見た。
「今は無理だ。朱印そのものは生前、お前の祖父が足繁く集めたようだな。今や手に入らぬ力ある者の印や、大社の印が見受けられるが…。その印を有効にするにはその社に行かねばならぬ。尚且つ、そこに朱印の主が居らぬと契約は成立せん。まぁ、その辺りの仕組みも追々わかろうよ」
まだ、答えてもらっていない質問がある。最も重要な回答をもらっていない。
「で、なぜ、私の前にこの御朱印帳と、あなたが現れたんです?」
清孝は目を細める。
「戦うためだよ。流れでわかるだろ。お前も阿呆ではなかろう? 誰と? 簡単に言うとだな、敵だよ。いきなり現れて戦いとか、驚いたか? しかし、選択肢はないぞ? 我々が、苦心して築いた仕掛けが地に機能しているうちはまだ良いが……間も無くその力も無くなる。分かりやすくいえば、封印が解かれる。ファンタジーの世界でも、ゲームの世界でもないぞ」
何のために? なぜ僕が? 煮え切らない表情をしているのを察したのか、清孝は話を続けた。
「話せば長くなると言ったろ? 一気に理を説いても理解はできまい。人間には真理を突いた諺があろう? 『習うより慣れろだ』さて、、……おい、神楽」
清孝は、恐怖の表情から一変、途中から目を爛々とさせている神楽に話しかけた。
「お前は女だが、一二三と共に我に会ったのも縁だろう。一二三のように特別な力は使えぬが、私の配下の者であれば扱えるようにしてやろう。この札を持て」
清孝は、神楽に数枚の紙の札を手渡した。
「ど、どうやって使うの??」
「手に持ち念じればよい。来いとな。掛け声はなんでも良い。好きなように盛り上げろ。札は使えば無くなる。全てが無くなったら、一二三を通じて、私に会いにこい。新しいのをあつらえてやる」
「わかった! とにかく敵が出てきたら使えばいいのね! 簡単じゃん!」
清孝は、ひととおり喋り終えると、僕の方を見る。
「さて…。一二三よ。まぁ、お前は聡い奴だからなあ。逆に混乱しておろう」
「目の前で既に起こっている事が既に、非日常だからね」
ふむ。と言うような表情で、顎をなでる清孝は少し間を置いて喋り始めた。
「新宿は歌舞伎町で起こった事件は覚えているか?」
12月27日に新宿歌舞伎町で、無差別テロがあり、28名の命が奪われた惨事があった。
「今後、ああいった事件が各地で起る。次は1月3日、上野御徒町。アメ横といったか? あそこで事件が起るぞ」
「明日じゃないか!」
寒気が走る。ネットに映像が上がっていたのをうっかり見てしまったが、後悔したのを思い出した。煌びやかなイメージのある、あの色街の路地が血に染まり、死体が転がり…。まさに地獄絵図だったのを思い出したのだ。新年になり、祝賀ムードもあることから、テレビでの報道は控え気味だが、ネットでは未だに祭り状態だ。
不可解な部分が多く、表立った情報が出ていないこともあり、様々な憶測が入り交じり、連日議論されているのは知っている。
「止められるぞ?」
「え? まだ、行くとは決めて……」
神楽がふるえ声で、僕の声を遮った。
「友、友達の美沙がアメ横でバイトしてるの!」
「ほう。ならば明日は行かせぬほうがよいが…」
清孝は低い声で呟いた。
「LINEで明日はアメ横のバイト休んで!って言うわ!」
「待て待て…。どう説明するんだ? 得体も知れないが何かがやってくるから、バイト休めってか?」
若干パニック気味な神楽を嗜める。だいたい本当に事件は起こるのか。歌舞伎町の事件は、テロじゃなかったのか? 敵とやらがテロ組織なのか。それとも、目の前にいる清孝のような人外の何者かが、事件を起こすのか? 明日って何時だ!
「あそこに摩利支天があるのは知っているか? あそこの主が、留守中に簡単に言うと乗っ取られた。神社仏閣には門が設けられていてな。その門が開かぬように、我々がいるんだよ。門には術式…現代的にいうとセキュリティープログラムが敷かれていてな。ん?どうした?」
セキュリティーとかプログラムとか神社の主なのに、現代的な言葉を知っているな。
「古臭い格好をしているのに、言葉がとか思ったか? 長く生きてはいるが、得体の知れん何かを演じるつもりはないぞ? 私は合理的なんだ」
御朱印帳を媒体に突然現れて、得体の知れない者じゃないと言うのも無理があるが、確かに良く喋るし、ある程度ね疑問に答えてくれる律儀さは、好感がもてる。
「お前たちが全く理解できないぐらい昔の言語も喋ることは出来るぞ? 長年、この地球に縛られているんだ。知らぬ単語なんぞないよ。まぁ、よい。話を戻すぞ」
その話は良いとばかり、清孝は扇子を片手に神楽に話を聞くように促す。
「兎に角、摩利支天に敷かれていた術式が何者かに解除された。つまりそこから御前達の敵が現れる」
「その、歌舞伎町の事件の首謀者と同一人物ですか?」
清孝は、僕の方をチラリと見ると話を続けた。
「違うな。歌舞伎町を荒らした奴は別だ。私の知る情報では行方をくらませている。御徒町の摩利支天の術式を解く手引きくらいはしたかも知れぬがな。正直わからん。門から現れるヤツはおそらく別。でだ。我々も手を尽くしているからな、術式が破られた時のバックアップ機能が現状働いてる。すぐには門を使えないんだよ。なおかつ、門をくぐって敵が現れたとしても、数時間後には無力化する。が、動ける数時間のうちに何をするだろうなあ。理解はできるな? ちなみにだが奴らが門を使えるようになるのは明日の正午になる」
1月3日のアメ横。人の賑わいも半端じゃない。正午ともなると尚更だ。清孝の言っている事が本当だとして、歌舞伎町の事件ほどの破壊力のある何かが現れたとして…。被害はどうなる? すでに清孝がこうやって目の前に現れた事自体が、理解の範疇を超えているわけだ。清孝の話はおそらく本当だろう。だが、知ってどうする? 何ができる?
「……。清孝様。御朱印帳を使って、あなたをこのように呼ぶことができることはわかりました。根本的なことですが…。呼んで、どうするんです? あなたが戦ってくれるのですか?」
清孝は、僕に目線を向けるとニヤリと口元を歪める。うーん。あまり神様っぽくはないなぁ。どっちかというと邪悪な雰囲気すらある。まぁ、それはいいんだが…。
「我々には制約があってな。普段はまともにその力は使えない。そこで、人の体を借りるのだ。わかりやすく言うと憑依する。ただし、全てを奪うような憑依の仕方をしてもたいした力は出せぬ。簡単に言うと、器の人格を残したまま、憑依する必要があるんだよ」
憑依か。まぁ、一般的な解釈でいうと乗っ取るとか、乗り移るとかそういった話だな。話しによると完全に乗っ取ったらだめなんだろうな。
「つまり、御朱印で呼び出して清孝様が僕に乗り移るという解釈でいいでしょうか? そうするとどうなるんです?」
「少々、姿に変化は起こるが…我が持っている力が、全てではないが発揮できることになる。ちなみに我は、戦いを得意とする能力を持つ。有り体に言えば武神だ」
それを聞いた神楽が、若干興奮気味に茶々をいれた。
「武神! ちょっとカッコいい…」
なんだよ、自分は神じゃないとか言ってたじゃないか…。突っ込みどころはあるが、だいたいは理解できた。
「御朱印で呼び出して、憑依すれば、その敵とやらと戦えるってことですね」
「まぁ、簡単に言えばそういうことになる。ちなみに、門から出てくる奴らは、この地球における制約に従って、自分を形作り具現化する。つまり、物質化するんだよ。厄介なのは、お主ら人間の使う武器では、その物質化したものは破壊することはできるが、コアとなる霊的な部分にダメージを与えることができない。だが、お前さえ力を貸せば、コアとなる霊的な部分にもダメージを与えることが可能なんだよ」
アニメやラノベのように、突然、事態に巻き込まれてよくわからないまま能力を発現。敵と戦闘…みたいなドラマチックな展開よりは、幸か不幸か事前に効果効能を確認できたのはついているのではないか? 事件が起こり、敵が現れるタイミングまで知っているのだ。
「明日、御徒町の摩利支天に敵が現れることを知っているのは、僕らだけですか? 戦えるのは僕らだけなんでしょうか」
ヤバイ。意味もなくテンションがあがっている自分がいる。喧嘩はもとより武術も知らない。まっとうな戦闘力は藤原一二三…僕自体にはない。でも、御朱印帳で清孝様を呼び出し、憑依させて戦う。男子なら、ちょっと憧れる流れではある。自分が特別な感じがするじゃないか。
「ふむ。まぁ、我々の仲間が警戒するように周知しておるし、一部の人間の組織にも話は伝わっておろうな。だが、すぐには機能すまい。即応できる立ち位置にいるのは、お主らだけだ。行くか? 相手の能力はわからんぞ。そして……。死ぬかもしれぬぞ。まぁ、私がついているから、お前が死ぬことはなかろうが…」
「私はどうすればいいですか?」
話しを聞いていた神楽が、恐る恐る尋ねた。
「私も、この札持って、御徒町にいかなきゃ…美沙をほっとけないもん…」
「友人がいるのであったな。ならば、その札を持って、その友人を守れ。守るくらいはできよう。ただし、札の場合、一二三のように憑依で戦うのではない。使えばわかる。そして、危険は伴うぞ。ふむ。ふたりとも言っておく。ほおっておけば、数十人…程度の犠牲で沈静化はする。奴らが力が使えるのは、短い時間だからな」
美沙、姶良美沙。神楽の同級生だ。神楽ほど知った仲ではないが、妹の彩音とも仲がいいことから、2人で何度か家に来たこともある。知り合いが居なければ様子見も選択肢にあったろうが、そうもいかないだろう。結論は行くしかない。だ。
「神楽。お前は行くな。僕が行く。正月も最中で、お前が家を開けるわけにはいかないだろ? 得体も知れない奴が現れるんだし、何かあったら困るだろう?」
神楽は首を横に振った。
「バカじゃないの? もしも一二三が戦うことになったら誰が美沙を守るのよ。何もかも初めてなのに、清孝様がいるからってどうにかなるわけじゃないかも知れないのよ? 知った以上は見過ごせない」
おいおい、男前だな…。神楽の頑固さはよく知っている。言い出したら聞かない奴だ。
しかし、事態は急展開だし、ぶっつけ本番だ。現れた清孝も胡散臭さは残るが、よくよく考えれば腰を抜かしてもおかしくないような超常現象が目の前に起こっているのだ。細かく考えるのはよそう。兎に角、明日は御徒町に行くのだ。そう決めてからやるべきことを整理しよう。僕は覚悟を決めた。
「清孝様。明日、行きます」
覚悟を決めた僕の顔を見て、清孝様は笑みを見せて言った。
「合理的な判断だ」
後に思い知る。この時踏み出したことが間違いでなかったこと。そして、偶然か必然か、手にしたこの御朱印帳一冊から、世界一のベストセラーを潰す戦いが始まっていたこと。そして、全てが合理だったこと。そして神なんていないことを知ったんだ。