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異世界「が」転移してきたので、自宅ダンジョンに引きこもる  作者: さいとうさ
第四章 なんということでしょう迷宮都市
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外十五話 転換点①


「ほほう。これがハリマヤ橋ですか……」


 初老の男は髭をなでながら橋を見る。だが、その声には張りがない。なんとなくその理由に検討がつき、羽根は苦笑した。


「……まあ、三大がっかり名所とも呼ばれています」


 高知市は1124事件において壁が現れ、モンスターなどの外敵から守られた街の一つである。住宅街はほとんど被害がなく、転移事件以前の街並みを今も保っている。

 商店街の横、比較的大きめの建築物が立ち並び、路面電車がに沿うような大通りの脇。石造りの欄干を超えた所に、ひっそりとその橋はある。

 鮮やかな朱色に塗られたそれは、添えられた小ぶりな街路樹も相まって、公園の遊具を切り取って持ってきたような印象すら受ける。事実、ここははりまや橋公園という公園の一部だ。

 脇に説明の看板がなければ、ここが有名なスポットだとは思われないであろう。


「ふーむ。異世界人の私としては寧ろ、他の建物の方が凄いように思われるのですが、この橋は日本人から見れば美しいものなのですかな?」

「……いえ、それは人によるでしょう。ただ、歴史のあるものだと。何かの物語に登場したとか、そのように聞きました。この橋が二百年前からあるものだと考えると、趣を感じませんか?」

「違いますよ羽根ー。この橋は江戸時代からあった訳じゃないですよー」

「ん、そうなのか?」


 疑問に思う羽根に、明日香は国道の先を指さした。


「あっちのもー、そこのもー、そしてここのも播磨屋(はりまや)橋ですー」

「……へぇ」

「要は何回か移設したのですよー。堀も埋め立てられたりしましたしー。そして向こうにある石の播磨屋橋もー、明治に作られたものなのでー、江戸時代のは無いですねー」

「じゃあこれは?」

「復元という名のレプリカですねー」


 ヤレヤレ、といった風に明日香は首を振った。

 車に紛れて、とさでん交通の路面電車が国道の真ん中を通る。


「正直そこのー、路面電車が2つ交わっている交差点の方がー、私としては珍しいと思いますけどねー」

「ふむ……しかし私は寧ろ、先程の話を聞いて趣とやらを感じましたな」

「……ほほー?」


 目を細める明日香に、初老の男は朱色の欄干を撫でながら言う。


「復元ということは、一度無くなった……壊されたということ。ただ昔の物を残しただけでは、昔で時は止まってしまう。しかし復元となれば、そこには破壊の歴史が痛ましく残る。美しくはありませんかな?」

「興味深いですがー、同意はできませんねー」

「おや、それは悲しいことだ」


 初老の男は笑った。


「破壊も歴史です。我々の世界は破壊の過去の上にあった。貴女方もきっとそうでしょう」

「負の遺産とか、そういう話ですかー?」

「『負』ですか。それはまあ、そういう世界なのでしょうね。ここは。ただ破壊も前進だと、私は考えますよ。革命とは常に、多大な破壊を伴う。悲しくもね」


 男は向いの建物を遠目に見た。


「……時計がありますな。まだ12時にはなっていないようだ」

「そうですね。もうそんな時間ですか。さ、そろそろ行きましょうか。我々はすぐにこの街を離れなければなりませんが、一人も心細いでしょう。近くの知り合いのところまで連れて行って差し上げましょう」


 羽根は少々長話にうんざりしていた。早々に国道を渡った所にある交番に引き渡そうと、男に出発を促す。


「……ところでそこの貴方」

「向井だ」

「ふむ、ムカイさん。貴方は仰いましたね。『人が死ねば無知は言い訳にならない』と」

「……あぁ、言ったな」

「全くそのとおりだと思いますよ。無知とは愚かな事です。知らぬものには対応できない、立ち向かえない、進めない。未知のことは恐れられるからまだいい。しかし無知なものは、その恐れすら抱かない」

「なんの話だ」


 向井が不機嫌そうに言うが、男は笑うだけだ。

 羽根は間に割って入る。


「……いい加減にしてくれませんかね。お話したいのはよく分かりましたが、我々も暇ではない」

「無知なものは自分が無知だと自覚しない。矛盾することですがね、無知でない者は無知だと自覚しているのですよ」

「──ご老人!」


 苛ついて、つい羽根はそう言ってしまった。だが初老の男は止まらない。


「例えば、そう貴方。貴方は私のことを今『ご老人』と言いましたね」

「……言いましたが、失礼であったことは謝罪を……」

「貴方は私の名前を知らない。これも一つの無知ですな」


(本当に呆けているのか……?)


 羽根の中で疑念が確信に変わりつつあった。本当に呆けているのであれば、強制的に連行するのもやぶさかではない、とすら考え始める。


「ところで私の名前は『ウィズダン』と言うのですよ。貴方の名前は?」

「……羽根です」

「では貴女は」

「糸目ですー」

「ハネさんにイトメさん。ふむふむ。これで我々は一つの無知から開放されましたな。とても目出度いことです。とてもとても」


 初老の男は愉快そうに笑う。

 羽根はどう連行するのかを考え、明日香は訝しげに男を見る。向井は問答に飽きたのか、国道を走る自動車を眺め始めた。


「そういえば、貴方達の無知といえばもう一つありましたな。貴方達は我々の世界の人間達と協力し、魔法とこちらの技術をより深く『知った』。そして使っている……しかし、能力(アビリティ)に関してはどうですかな?」

「……能力(アビリティ)を用いた技術発展も、プロジェクトが始まったと聞いています」


 ギルドマスターのキセルが率いる研究チームは、魔法と科学に加え、さらに能力(アビリティ)を合わせた三種混合技術を生み出す計画をしていた。その一端を、羽根は聞いたことがある。


「それがとても恐ろしい。何も知らないのに、知った気になっているのが一番恐ろしいのですよ」

「……どういうことですか」

「噛み砕いて説明すれば、魔法や科学は内容やその存在理由……言い換えれば目的、あるいは根源を、貴方達は知っている。しかし能力(アビリティ)は? 内容は良いでしょう。しかし根源は? 存在理由は? 言い換えれば目的は? 貴方達は何も知らない。そしてきっと実は、魔法も技術も……」

「ウィズダンさん。貴方は知っているというのですか?」

「いえ知りません。推測はできますが、本当のところは分からない……しかし私はそれについて知らないということを知っている。貴方達は知らないということも知らない。これは大きな差だと思いませんか?」

「……ウィズダンさん。さっきから貴方は何が言いたいのですか?」


 路面電車が横切った。けたたましい音をたて、線路を渡る。


「先程からとりとめのない……正直、何を言いたいのか俺には分かりません」

「……ふむ。それもそうでしょうな。私にだってわからない」

「は?」


 羽根は思わず眉を釣り上げる。


「内容は? と聞かれれば、そう答えるしかないのですよ。実に不明瞭なのです。私だって何を話しているのか、実は分かっておらんのです。思いついたことをただ口に流しているだけ……中々面白い感覚ですな。口に任せて喋るということは。まるで私ではない誰かが私の中にいるような……」

「……ウィズダンさん。すこしついてきてくだ」

「ただし、理由は? 目的は? そう聞かれれば私は比較的明瞭に答えることができるのですよ。私にはこれをする理由がある。目的がある。しかし貴方達はまた、それを知らない」

「そうですか……では、それを教えて貰えませんか」

「……青い空ですね。太陽が真上だ」


 空を仰ぐ男。羽根は彼の腕を掴んだ。


「いい加減に──」

「理由はね? とても簡単なことなのですよ。私は貴方達に道路で拾われたとき、とても焦っていたんです。一緒にこの世界に来た友人とはぐれ、この場所にも遅れそうだった……しかし貴方達に拾われて、車というものにのせてもらった」

「……」

「思ったよりも早く着いてしまったのですよ。いえ、早く着いたこと自体は困らないのです。しかし貴方達とは、特にイトメさんとは離れたくなかった……」

「……はっきり言ってください。何もわからない」


 また路面電車が横切った。

 国道の先、からくり時計が、正午になり動き始める。

 歌碑が詩を唄った。



「端的に言えば、『時間稼ぎ』です」






『──規定時間となりました。シナリオが進行します』


 羽根、明日香、向井の脳内に。

 いや、日本全ての人間の脳内に。

 アナウンスが流れた。


『序章「魔王解放」

 現刻を持ちまして、全ての魔王にかけられた行動制限が取り払われました。

 ゲームを開始します』


能力(アビリティ)魔導(トゥルース)』」


 魔王(・・)ウィズダンの両手に魔力が集中する。


「──明日香!!」


 本能的に、羽根は明日香の前に飛び出た。


「No.1」


 ウィズダンの声とともに、その両手から閃光が放たれる。

 羽根の視界が真っ白な光に染まった。





ターニングポイントです。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 規定時間となりました。隆司様の物語がXXX日後に進行します
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