外十三話 とある勇者の前日譚
大昔の閑話の人
果たして覚えてる人はいるだろうか……
「よっこいしょ!」
勇人のロングソードが、オークの頭をかち割る。それに怯えたもう一体のオークが、ブヒぃと悲鳴を上げながら森の中へ逃げていく。
「あ、しまった」
勇人は慌てて追いかけようとするが、森の奥から断末魔が聞こえ、ほっと息をついてから足を止めた。
ガサゴソの茂みが揺れ、森の奥から現れたのは獣の耳が頭にある少女、マホロであった。
「全く、勇人はすぐ油断するんですから……」
「ははは……ごめんごめん」
「そんなだから、未だにS級になれないんですよ」
能力「聖剣」を保有する青年、芦屋勇人。能力を隠しながら町で冒険者稼業を行ってきた彼は、そのコツコツとした努力が街の人々に認められ、規模こそ小さいが有名人となっていた。冒険者ランクもAとなり、生活も軌道に乗っていた。
「いやいや、流石にS級はまだ早いよ。まだレベル60だし……」
「その上能力持ちなのです。というか冒険者ギルドに能力を公表すれば、すぐにでもS級になれますよ」
マホロは、勇人が過小な評価を受けていることに日々憤慨していた。勿論今でも彼の評判はかなり良いのだが、マホロはそれでも妥当な評価だと考えていない。かつて彼女を助けた勇人の光り輝く聖剣は、まさに英雄の持つ剣であったからだ。
「ほらでもやっぱり、異世界人である君たちにとっては聖剣って、きっと大切なものだろうからさ、僕のはあくまで能力だし」
「そんなことありません! あの剣は確実に、かつて魔王を倒したと言われる英雄の持つ剣でした!」
「うーん……」
マホロの熱意に、勇人は苦笑する。彼に英雄願望が無いわけではない。ただ、その剣で何かを為して、それをもって英雄と呼ばれるならともかく、突然与えられた能力で讃えられるのは、彼の本意ではなかった。なにより、異世界で実際に事を成した英雄の栄華を横取りしてしまうようで、気が引けたのである。
「……それに僕は、聖剣を隠したいから能力を隠しているわけじゃないんだよね」
「? どうしてなのですか?」
「だってほら、マホロも言ったじゃないか。能力を公表すればS級に上がれるって。でもそれって、多分僕だけの話でしょ?」
勇人は照れくさそうに頬をかく。
「最悪パーティを解散することになるかもしれない。でも僕は、折角だから、マホロと一緒にS級に上がりたいなって……」
「あ……」
「今までずっと一緒にやってきた訳だしさ。それに……」
「そ、それに?」
森の中、二人は顔を赤くして硬直する。
しばらくして、遠くの方からモンスターの唸り声が聞こえたきた。
「あ、ほら、あっちにモンスターが居るみたいだ。行こう!」
「え、ちょっと、勇人!?」
駆け足で向かう勇人を、マホロは追いかけていった。
「サキュバス? 珍しいですね」
「そうなの、しかもダンジョン内とかならともかく、町中なんて……」
討伐を終え、勇人は街の冒険者ギルドに帰ってきていた。そこで、親しくしているギルド職員から、少し離れた街の話を聞いたのだ。
「被害を抑えようとしているみたいなんだけど、どうも人手が足りないみたいで……」
「大きい街ですよね? 人手が足りないってことがあるんですか?」
「丁度その街のS級冒険者パーティが、富士樹海のダンジョンに駆り出されていてね」
その話は勇人も聞いていたため、合点がいった。紅花香澄率いるS級冒険者パーティ「華園」は有名である。S級冒険者唯一の日本人リーダーであり、かつメンバーが全て女性で構成されているという特異なパーティだ。
その「華園」は、現在富士樹海のダンジョンに、同じS級パーティ「白龍の尾」と本格討伐に向かっているのだ。
「まあ、多分大丈夫だとは思うんだけど……知り合いがいるから心配なのよね」
「良かったら僕が様子を見てきましょうか?」
「え!? いいの?」
不安げに聞く女性職員に、勇人は快くうなずく。
「討伐は難しいかもしれませんが、様子を見に行くくらいなら全然大丈夫です」
「良かったわ……なんだか私が誘導したみたいで悪いわね。そんなつもり無かったのに」
「誘導してくれて全然構いませんよ。僕だって助けになれれば嬉しいですし」
「……うん、ありがとうございます」
女性職員は深々と腰を折った。勇人がなにか言葉をかける前に、マホロが彼の腰に飛びついた。
「だめです!」
「なんで!?」
「勇人は女好きだから、サキュバス誘惑に簡単に引っかかっちゃいます! だからだめです!」
「お、女好き!? なんでそんな……」
慌てる勇人に対し、マホロは女性職員を指差す。
「毎日毎日この女とお喋りしてます! それが証拠です!」
「いやそれは、たまたま話が合ったからで……」
「そうですよマホロ様。私はそんなつもりはありませんから」
そう言いながら、女性職員は手を口に当てて微笑む。
「ほら見てくださいあの色欲に溢れた顔!」
「マホロ!?」
「きっとこの女は悪魔です! 勇人は騙されているんです!」
「そんなことないし失礼だし、なにより話がズレてる……!」
キシャーッと毛を逆立てて女性職員を威嚇するマホロを、勇人はなだめる。
「分かったよ……じゃあマホロも一緒に行こう。僕が誘惑されそうになったら止めてくれればいいから」
「いっしょに行くのは当然です! おいていってもついていきますから!」
「おいていったりしないって……」
勇人は困ったように顎に手を当て、思いついた。
「じゃあついでに近いから、舞浜にいこう。テーマパークのダンジョンだけど、浅い階層なら楽しめるらしいし」
「……なるほど。デートですね」
「まあ……そうなるかな」
マホロは目を輝かせ、今度は勇人の腕をグイグイと引っ張った。
「デートのついでに情報収集ということで! そうと決まればすぐ行きましょう!」
「ちょっと待って! 色々と準備することあるから……!」
そのままギルドの外まで引きずられていく勇人。そんな二人を見て、女性職員はにやける。
「仲がいいですね〜」
彼女はNLのCP厨であった。