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異世界「が」転移してきたので、自宅ダンジョンに引きこもる  作者: さいとうさ
第四章 なんということでしょう迷宮都市
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第三十九話 第一歩


 風呂から上がった羽根を待ち受けていたのは、豪華な食卓であった。

 寝間着から着替えた明日香、寝起きでまだ眠そうな瑠依、タンクトップ姿の向井が既に座っていた。


「羽根ー。さっさと座るんですよー」

「あ、あぁ」


 明日香がポンポンと隣の椅子を叩く。羽根は素直に首肯して、座面に座った。


「糸目……ダンジョンマスターはどこだ?」

「隆司様は、外よ」

「は? 外?」


 このダンジョンの外に居るのか……と一瞬羽根は考えるが、明日香はすぐに否定した。


「庭みたいな訓練場でー、ランニングをしてるみたいですよー」

「あぁ、ダンジョン内の」


 羽根は納得する。思い返せば、向井が訓練していた部屋には「第二訓練場」と書いてあった。とすれば、第一ないし他の訓練場があってもおかしくは無い。


「もう兄さんは、朝を食べていたみたいなのでー」

「朝食にしては遅い時間だしな」


 向井はそういいながら、ダイニングに据え付けてある時計に目を向けた。その長針と短針は、既に10時を示している。


「という訳でー、さっさと頂きましょうー。冷めてしまいますよー」

「そう、だな。では、頂きます」


 羽根は食事に手を付ける。メニューはスープにベーコンエッグ、ポテトサラダ、付け合せのパンといった並びであった。洋風に纏められている。

 パンというのはやはり今の日本では希少であり、地上の町についてからすぐダンジョンに潜った羽根は、ここ一年殆どそれを口にしていなかった。

 そのため彼がまず先に手に取ったのはパンである。小さなフランスパンを手で千切り、そのまま食べる。


「……なるほど」


 確かに記憶通りのパンであった。焼きたてであるのか、相当美味しく感じる。少なくとも大量生産で安価にコンビニやスーパーで並んでいる物とは質が違った。

 次にスープに浸して食べる。野菜の風味がよく溶け込んだ物であった。味付けは塩だけのシンプルなものだ。

 ちなみに胡椒は元々自給率0%の香辛料であり、熱帯を原産とする為未だに安定した栽培方法を日本で確立できていない。大豆や小麦以上に出回らなくなった食品である。

 ベーコンエッグにも胡椒が使われていない事から、さすがにこのダンジョンでも胡椒は出ないんだなと羽根は少し安堵した。

 このダンジョンから胡椒が出るとすれば、大航海時代の金額ほどではなくとも、異常な利益を出すことになるだろう。それこそ、幾多の企業組織が権益を奪い合う程に。


「……申し訳ないが、白米も出してくれないか? あまりパンというものを飯に食べるのは好みじゃなくてな」


 向井がスケルトンに声をかける。


(なぜスケルトン……?)


 羽根が疑問を浮かべている間に、スケルトンは向井に一礼して、どこかに下がっていった。


「もしかして、給士役か……?」

「どうやら糸目(ダンジョンマスター)は、スケルトンを使用人のように使っているらしいです」

「そんなレベルで躾けられているのか……」


(使用人として扱えるとなれば……スケルトンが充分に労働力として活用できる……ならもしかしてこの食材も……)


「食事、楽しんでる?」


 突然声をかけられ、羽根はすぐさま振り向いた。


「あ、いや。驚かせるつもりは無かったんだ。すまんな」

「いや……こちらこそすまない」


 そこにいたのは、ランニングを終えてタオルを首にかけた、糸目隆司であった。


「食事はとても楽しませてもらっている。特にパンは久しぶりで」

「おいしーですよー」

「流石隆司様です」

「米だ。米が旨くないと俺は認めない」


 スケルトンが白米を山盛りにした茶碗を運んできた。向井はそれを一口食べると、無言で掻き込み始めた。


「向井……」

「即落ち二コマですかー?」


 羽根は頭を抱え、明日香は苦笑する。尚、瑠衣は汗に蒸れたランニング後の糸目隆司の姿を網膜に焼き付けようとしており、向井の事は眼中になかった。

 気を取り直し、羽根は糸目隆司に向く。


「この料理も、スケルトンが作っているのか?」

「あぁ。便利だぞ」

「ということはもしかして……」

「小麦や米など、作物を栽培しているのも勿論スケルトン達だ」


 そう言うと、隆司はタオルをスケルトンに投げ、羽根についてくるようにハンドサインで促した。


「実際に見せよう」







「なるほど……予想してはいたが、改めて見るとなんというか……奇妙だな」

「まあ、全身骨格が農作業してるんだからなぁ……」


 その部屋には空があった。地面は土で畑が耕されており、そこにありとあらゆる作物が植えられている。

 羽根はあらゆるダンジョンを攻略した経験があるため、擬似的に空を作ることも可能だとは予想していた。だが実際に目にしてみれば、その光景の奇妙さが際立つ。


「勿論この部屋だけじゃなく、他にもいくつか作物用の部屋がある。そして今、更に規模を増やそうと考えているところなんだ。爆発的に」

「それで、ダンジョンの宝箱に入っている作物量も急激に増える訳か……」

「ああ、このままだとな。だが」


 そこまで言って、隆司は羽根を正面から見る。


「増加分を、国にそのまま渡してもいいと考えている」

「……それは」

「別に俺がノコノコと地上に出て、はい小麦ですーって渡すわけじゃないけど。例えば後々地上に建てる訓練所にそういう場所を用意するとか、国用の抜け道をダンジョンに設置するとか」


 隆司は更に続ける。


「将来的にはダンジョン内に工場みたいなのを作ってもいいかもな。スケルトンを労働力にして。それで国家が開発する武器を作成して渡すとか……まあ機密情報だろうからこれは信用を得てからの話だけど」


 羽根は眉をしかめる。話の胡散臭さもあるが、それ以上にあまりに国家側に有利すぎる。いや、国家側がどれだけ得するかはどれだけの作物量かに寄ってしまうが、それ以上に隆司(ダンジョン)側が身を切りすぎていることが、羽根は気になっていた。


「……確かに俺に権限はない。だが、ファーストコンタクトを取るためのメッセンジャーくらいにはなれるだろう。だから教えてくれ。何を対価に望んでいるんだ? 何が目的だ」

「戸籍。あと身分」

「……は?」


 羽根は思わず間の抜けた声を出した。隆司は苦笑する。


「そりゃ今まで、混乱に乗じてダンジョンの中に引き籠ってはいたけど、流石に現実を見るようになったのさ。国も大分機能を取り戻しているしな。だから戸籍と身分を認めてもらいたい。作物を渡そうっていうのは、今まで滞納していた納税だと思ってくれ」

「随分と、なんだ、現実的というか……そんなに欲しいか? 身分」

「そりゃそうだろ。ダンジョンマスターの前に日本人なんだよ俺は。例え公共機関を利用しなくとも、国から認められているってのは重要なんだよ。勿論現行にそんな制度はないから、法的な整備をするために時間はかかるだろうけど」


(……認識を改めるべきか)


 羽根は今まで、糸目隆司をダンジョンマスターとして見ていた。人間を害するものであり、一種モンスターのように見なしていたと言っても過言ではない。だがその前に日本人なのだ。国民なのだ。


(随分と異世界が転移してから、思考が染まっていたようだ。前提として、例え犯罪者であろうが国民だというのに……明確に犯罪だと判別できない人物を敵視していたとは)


 そう思考する羽根を、糸目隆司は横目で見ていた。







「では、今日見たことはちゃんと報告しておこう」

「はー、怒られるの確定ですねー」

「隆司様! 私また来ますので!」

「訓練所、待っている」


「おう。帰れ帰れ」


 流石に四人は帰る運びとなった。個人的にはここまでの大人数が、長期間家の中にいるというのはムズムズするというか、端的に言うと不快だった。けど我慢我慢。フレンドリーフレンドリー。ビジネスに笑顔は大切よ。


「この通路行けば上層まで通じてるからな。まあお前らが帰ったらすぐ閉じるから、ここ通れば攻略できるとか考えないように」

「大丈夫です隆司様! 今度は実力で貴方のもとに辿り着くので!」

「あぁぅん……そぅ?」


 やめてほしい。瑠衣だけ出禁にしようかな。


「それはわかったが……次の交渉はどうすればいいんだ? またここまで攻略しろと?」

「いや。インターフォン押してくれればこちらから何とかしよう」


 羽根くんは真面目だなホントに。


「兄さんー、結婚報告とかはどうすればー?」

「戸籍できたら郵便で」

「なるほどー」


「待て! なんの話をしてるんだ明日香!」

「将来的な話ですよー」

「将来って」

「別にそんな変な話じゃないでしょー? 私だって結婚願望くらいはありますしー、いつか誰かと結婚したときのことを考えてですねー」

「あぁ、そういう……」

「どうしたのですか羽根(バカ)ー?」

「いやなんでも……今バカといったな明日香!?」


 イチャイチャは外でやってくれませんかね……。


「ではあらためて、世話になった」

「兄さん次会うときは生きててくださいよー」

「隆司様!」

「じゃあな」


 各々捨て台詞を残し、通路に入る。明日香はなんのフラグ建てたのさ? あと瑠衣は遂に名前だけ叫んだがなんなの?

 扉が締まり、ようやく奴らの姿が見えなくなった。まだ彼らはダンジョンの中にいるが……一息ついてもいいだろう。


「あーー、疲れた! 吐きそうなくらい疲れた!」

『お疲れ様です』


 久しぶりに聞くコアの音声。といっても、聞かなかった期間は一日だけなのだが、それでも随分久しく感じる。コアという存在は、俺にとってかなり日常の一部となっていたのだと実感できた一日だった。


「コアにも無茶言ったな。ずっと黙ってろとか、それでいてスケルトン達に小型通話機で命令送れとか」

『いえ。これくらいは別に問題ありません』


 コアの存在は何が何でも隠さなきゃならない。明日香を上回る思考力、スパコン並み……というか正にスパコンの計算能力。自己進化する完璧なAIと言えるのだ。人工、と言えるかは怪しいが。

 客観的にコアという存在は、非常に有用かつ非常に危険なのだ。存在がバレれば国が管理しようと強引に手を出してくるかもしれない。

 同時に俺がコアと同一化せずに、ダンジョンマスターの権限だけを手に入れられた理由を明かすわけにはいかない。要はダンジョンコアをコンピューターに同化させればいいのだから、再現が可能なのだ。このダンジョンにおけるコアのような存在が他に生まれるのは非常にまずい。前述したが、その危険性を俺は身をもって実感している。


『……むしろ私としては、ご主人様(マスター)に申し訳ないと感じています』

「ん? 何でだ?」

『私の存在を隠すために、苦労をかけてしまって……』

「まあそれは気にするな」


 コアを隠したいっていうのは、俺の都合が大半だし。コアがいなきゃ俺の引きこもりは成り立たないのだから。

 ……こう考えると、俺ってヒモみたいだな。


『あと恐れながら申し上げますが……少々情報を開示し過ぎでは無いでしょうか? 私の存在を隠すための囮の情報だとしても、です。それに政府や国家に対してここまでオープンになるというのも……』

「こんな形だとは思っていなかったが、いつか国と交渉しなければいけないとは思っていたんだよ。それが早まっただけだ」


 日本政府の立て直しが異常に早かった。だからこそ、国家に公認されることは非常に大きな意味を持つ。何より、国家レベルで戦力が投入されないという保証を得ることは重要だ。ある程度の戦力を迎え撃つ準備はあるが、今の日本レベルで投入されると分からない。

 そもそも俺は、国家と対立したい訳じゃない。引きこもりたいだけだ。当面戦力が整うまでは隠れてましょうってのが今までの方針だったわけで、戦力が整って存在もバレたらそりゃ、方針転換しますよ。

 何より、今のDPの確保ペースでは不足になってきた。より安定して大量のDPを得る。迷宮都市への第一歩だ。


「情報を開示したのは、まあ端的に言えば、俺のことを舐めて欲しいと思ったからだ。脅威ではなく、一国民として見て欲しかったんだ。あるいは、主人公を気取っていた若者として」

『舐められる……?』

「ダンジョン経営物っていうのは、別にマイナーなジャンルじゃないんだよ」


 こんな世の中だ。国家側に、そういう系に親しみのある人間がいるかもしれない。そういう人から見れば、俺はダンジョンマスターの力を偶然手に入れて、物語のようにダンジョン経営を始めたはいいものの、今更現実を見て及び腰になり国家に泣きついた奴に見えるかもしれない。……いやこれは言い過ぎだけど。

 そして羽根くんはメッセンジャーとして最適だった。おそらく彼の性格なら、見たこと体験したことを主観を入れずに伝えてくれることだろう。


『わかりました。しかし結局、ご主人様(マスター)がダンジョンマスターでありながら精神が壊れていない理由は問いただされるのでは無いでしょうか。あるいはこのダンジョンが研究対象にされるかもしれません。それらの対策はどうなさいますか?』


 ああ。もちろんその可能性も考えている。そしてその対策とは…………


「今から考える!」

『え?』

「そりゃ急場の計画なんだ。何もかも対策していられるか! 今から政府から人が送られてくるまで作戦立てるぞ。コアもアイディアくれ!」

『えぇ……?』


 思いつかないと、来る人来る人隷属させたり脅したりせにゃあかんのです。そんな強硬手段取る前に作戦考えるんだよぉ!

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[良い点] 隆司様は至高
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