表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界「が」転移してきたので、自宅ダンジョンに引きこもる  作者: さいとうさ
第四章 なんということでしょう迷宮都市
56/60

第三十八話 思ったよりもほのぼのと


「……………何をしているのだ俺は」


 羽根は起きて一言目に、そう発した。

 そして布団にくるまったまま、頭を抱える。


「ダンジョン……ダンジョンだぞここは。それなのにここまで無防備に……」


 言うなれば敵地である。

 しかし今の今まで、羽根はここで爆睡していたのだ。


 昨夜、バレンタインチョコを糸目に渡した後、金澤瑠依は幸せそうな顔で倒れた。

 一瞬全員が心配したが、ただ疲れて寝ただけであった。

 連日の急ピッチのダンジョン攻略、しかも昨夜は徹夜までしていたので、彼らは等しく疲労困憊であったのだ。

 見かねた糸目が部屋を貸し、そこに布団を敷いて男女で別れて寝たのが、ここまでの顛末である。


 実に十時間。羽根は熟睡した。


「向井は……」


 隣で寝ていたはずの向井の姿は無く、布団は綺麗に整えられていた。どうやら羽根が目覚めるよりも先に、起床していた様子である。

 それに習って自身も布団を整えると、羽根は警戒した様子で部屋の外に出た。


「……改めて見てもやはり、家だな」


 地下であるが故に窓はないが、廊下はまさに一般的な田舎の広めの民家といった感じであった。唯一不自然な点は、床がフローリングに似たレンガで出来ていた事である。


 と、その廊下の壁に反響して、何かの音が聞こえてきた。


「銃声か?」


 羽根は少々訝しみながら、廊下を進む。突き当たり、反響して分かりにくいが、音は右の方から聞こえてきた。羽根はそのまま音のする方向へ進んでいく。

 暫くすると、毛色の違う部屋が見えてきた。その部屋の扉には民家らしさが無く、剥き出しのコンクリートである。見るからに頑丈な作りをしていた。

 扉は開いており、廊下に強い白色蛍光が漏れている。銃声はその部屋の中から聞こえていた。

 羽根はその部屋の前で少し躊躇したが、すぐに一歩踏み出した。


「失礼」


「あ、羽根刑事おはようございます」

「カレシ君さぁ、こいつさっさと帰してくんねぇ?」


 羽根を迎えたのは、二人の声であった。

 一人はいつもより幾分嬉々とした様子の向井であり、もう一人はうんざりとした表情の糸目隆司──ダンジョンマスターであった。


「……何をやっているんだ?」


 問いつつ、羽根は部屋を見渡す。

 そこにはあらゆる一般的な防具、武器が壁際に並べてあり、床には体育館のように線が至る所に引かれている。

 部屋の一方には、頭を撃ち抜かれたであろう事切れたスケルトンが並んでおり、もう一方には向井が立っていた。

 向井は両手に拳銃(試作ガビエル)を持っており、スケルトンも幾つか武器を持っていたようだ。対して糸目は素手。壁際で二人を眺めるような位置にいる。


「何って、訓練ですよ」

「部屋の外、扉の上に書いてるはずだぞ」


 糸目に言われ、羽根は一歩下がって上の壁を見る。確かに札があり、そこには「第二訓練場」と書かれていた。


「……その魔物は?」

「俺が出した。ちなみにすぐ復活するぞ」


 言うやいなや、糸目の言葉通りスケルトンの死骸は黒い霧となり、再びスケルトンを形作る。


「ダンジョンの幻か!」

「ああ、お前達はそう呼んでいるみたいだな」


 スケルトンは復活したまま動かない。

 糸目が「組め」と言うと、それぞれの武器を持ち陣形を組んだ。


「命令どおりに従うのか……」

「頑張って躾け(・・)てたからな」

「このスケルトンを相手に、暫く訓練していたんです。糸目、もう一度頼む」

「またぁ? 何度目だよ……ほら行け」


 糸目の号令とともに、スケルトン達は動き出した。同時に向井も距離を詰める。……何故拳銃使いである向井が距離を詰めるのか、羽根にはよく分からなかった。

 そして始まる接近戦。断続的に鳴る銃声。

 糸目はいよいよため息をついた。


「この調子で訓練やめないんだよ、こいつ。カレシ君さっさと持ち帰ってくれない? 部下だろ?」

「生粋の訓練馬鹿だからな、暫くは話も聞かないだろう。……というか、先程からその『カレシ君』という呼び方は何だ」

「え? 違うの?」

「誰の彼氏だ誰の」

「またまた。言わなくても分かってるくせに〜」


 糸目がニヤニヤと羽根に言う。

 こいつは本当にダンジョンマスターか、と羽根は何度目か分からない疑問を浮かべた。



「出せる魔物はスケルトンだけなのか?」


 向井の訓練姿を傍観していた羽根が、呟くように言った。


「……まさかカレシ君も訓練したいとか言わんよな」

「そんな危険な真似はしない。そしてカレシ君ではない」

「それならいいけど、何で?」

「向井の相手にしては少々弱すぎると思ってな。幻ならば仕方ないのかも知れないが……」

「可能っちゃ可能だな。ウチのダンジョンの魔物で、躾ができてる奴に限るが」

「ふむ」

「ちなみに、ちょっと魔力くれれば幻じゃない魔物も出せるぞ。それでレベルアップも出来るんじゃないか?」

「なっ──」


 目を見開く羽根に対し、糸目はからかうような視線を送った。


「いや、向井君に好評だったらこの訓練場、地表にも作ってみようかと思ってるんだよな。冒険者達にも受けるだろうし」

「……貴様は」


 羽根は糸目に対する認識を改めた。

 確かにこいつはダンジョンマスターだ。そしてその上、糸目隆司は腐っても天才糸目明日香の兄なのだ。


(交渉材料……ということか)


 羽根は頭の回転が悪い訳ではない。訓練場の価値が分かってしまう。

 糸目は冒険者と言ったが、この訓練場はどちらかといえば、大人数を平均的に鍛え上げ、連携を身に着けさせるのにうってつけなのだ。

 つまり練兵である。殆ど軍と化している警察や自衛隊が今、最も欲している環境である。

 それを糸目は、敢えて羽根に見せつけた。警察側のメリットとして。


「……対価に何を要求するつもりだ?」

「おー、馬鹿じゃないなやっぱり。でも早急すぎる。結論を急ぐなよ。カレシ君にそれを決定する権利があるのか?」

「伝令役、という事か」


 職務に忠実な彼は、見たままを国に報告することになる。その馬鹿正直さを、糸目は利用した。


「ま、それだけじゃ無いけどな……」


「お、やっと起きましたかー、寝ぼすけー」


 部屋の入り口の外から、明日香が二人に声をかけた。

 羽根と糸目隆司は会話を中断し、振り向く。


「明日香か。おはよう」

「おう妹よ。そちらの寝ぼすけはどうだ?」

「瑠依は起きる気配ないですねー。随分と気を張り詰めていたようでー」

「奴が起きるまで君らは待機か……さっさとこいつ(向井)帰らせてくれないかな」

「向井さんは何をー? ……ってああ、訓練ですかー」


 明日香は入り口の札を見て、納得した。


「兄さんはここで何をー?」

「訓練の監視。ついでにカレシ君とお話を」

「だから……誰がカレシ君だと」

「おー、流石兄さん。慧眼ですねー」

「だろ?」「明日香!?」


 明日香が何故かボケにのり、羽根は困惑する。


「何を言っているんだ!?」

「妹よ。もしかして違うのか?」

「そうですねー。こんな馬鹿と誰が付き合うかって話ですよー」

「そ、そうだな。我々が付き合っている訳がない」

「羽根ー? それは私が魅力的でないという意味ですかー?」

「ちが……そういう訳では……! 明日香! 何だ君面倒くさいな!」

「よしそこだ妹よ。もっと押せ。行けるぞ」

「君は君で何を言っているんだ!?」

「分かってますよ兄さんー」

「分かってますじゃない!」


 明日香はラジャ、と兄にハンドサインを送ると、さらに煽ろうと羽根に近づく……が、すぐに離れる。

 鼻をつまんで顔をしかめた。


「羽根ー。臭いですよー」

「ぐはっ」

「そうだな。俺もずっとそう思ってた」

「ぅぐ……」


 地味に隆司からの口撃の方が効いた羽根である。

 何分、暫くダンジョンで過ごし、昨夜はそのまま布団に入ったのだ。臭くて当然とも言える。


「お風呂入ってきたらどうですかー?」

「風呂……あるのか?」

「私も先程入ってきた所ですしー」


 明日香の服装は明らかに寝巻きといった上下で、頭にバスタオルを巻いていた。


「そうだな。明日香、案内してくれ」

「了解ですー。じゃあ羽根ー、取り敢えず部屋からまだ綺麗な着替え持ってきて下さいー」

「あ、あぁ」


 兄妹の連携によりスパスパと話が進み、ただ相槌を打つしかない羽根であった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] カレシ君、いいカレシになれそう
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ