第三十六話 ん? 流れ変わったな?
──三日が経過した。
最初の一夜こそ寝袋で睡眠をとったものの、昨夜は徹夜でダンジョン攻略をしていた。一時間の仮眠のみだ。
3日間閉鎖空間で走り回り、モンスターを倒すなどしていたため、四人は既に疲労困憊であった。
特に明日香の消耗が深刻だ。既に足取りはフラフラとしており、目には隈ができている。
そして夜も深まろうというところで、明日香が立ち止まった。
「……無理ですー。投了ですー」
時間制限だ。瑠衣の提案した期日がすぎるまで、あと一時間しかない。
その一時間で、この階層を攻略し、さらにその先のボスを倒すのは不可能だと明日香は判断したのだ。
「うそでしょう……アスカ」
瑠衣は驚愕の視線でダンジョンを見る。明日香は天才だ。それを幼馴染である瑠衣は身にしみて理解している。その明日香を、頭脳で打ち破る存在がいるとは、考えもしなかったのだ。
いつもどおり、なんだかんだ言って攻略できるだろうと考えていたのである。
(多分ダンジョンを動かしているのは、隆司様ではない。あの方は頭がいいけど、アスカ程じゃない……とすれば、何か他の存在が隆司様の側にいるということ……?)
「完敗ですねー。あと一週間くらいあればこの階層は突破できるとは思いますがー、そこから下さらに階層があるとすれば……ホントに嫌になりますー」
「明日香、ここから撤退するとして、帰ることはできるのか?」
ずっと迷い続けた階層だ。部屋が動くのだとすれば、帰り道を辿るのにも多大な時間を要するのではないか、という懸念を羽根は抱いたのだ。
「性格上はー、たぶん素直に返してくれると思いますよー。例え帰す気が無くてもー、一応物資はあと四日分ありますのでー、それまでに入り口にたどり着ければ何とかー」
「四日で撤退可能なのか?」
「出口見つけるよか幾分楽ですねー。『マップ』も結構広がってますしー、入り口の場所もわかってるのでー」
「分かった。じゃあ一晩寝たら撤退しよう。特に明日香は寝とくべきだ。金澤さん、それで良いですね?」
『……無理ですー。投了ですー』
その声が聞こえた途端、俺は思わずガッツポーズした。
3日に渡る長期戦、ついに勝利を手にしたのは、コアだった。
「凄い! 素晴らしいぞコア!」
『あ、ありがとうございます。御主人様』
勝負は二日目の昼までは、明日香有利に進行していた。だが、そこからは形成が逆転した。やはり明日香は天才といえど人間だ。体力に限界がある。時間がないと徹夜を敢行してからは、目に見えて精度が下がった。対してコアはコンピュータだ。睡眠や休息を必要としない。そこが明暗を分けた。
別に徹夜が悪手というわけじゃない。明日香が寝ている間、コアは部屋を動かし放題なのだ。そこで戦況が振り出しに戻るということになる。寝たところで結果は同じだっただろう。
まあ、勝った要因はそういう事だし、勝った事も嬉しいといえば嬉しいんだが……それ以上に、天才たる我が妹に、コアが頭脳戦で渡り合えたことが何よりも嬉しい。
「本当に素晴らしい。最初一つの旧型パソコンに過ぎなかったコアが、これまでの自主改造と研鑽を重ねた上で、ついに我が妹と互角以上の性能に辿り着いたって事だ! これはもはやダンジョンの勝利、いや、俺達の勝利だコア!」
『ちょ……あの、それくらいで……』
「何を言っている! 俺の妹に打ち勝つってのはそれくらい凄い事なんだよ! お前は俺の誇りだ!」
『んー……』
恥ずかしいのか、コアロボットがくねくねと体をよじる。
ごめん。ガチガチのロボットがその動きするのは普通に気持ち悪い。
さて、瑠衣の言う期日が何のことなのかは知らんが、思ったよりも早く撤退してくれそうで良かった。
流石に休憩や睡眠をとったりはしていたのだが、それ以外の時間は俺もモニターにかじりつきっ放しだった。いい加減目と脳が疲れたのだ。いや、詳しくどういう戦いや読み合いが行われていたかは分からないが。
『撤退は待ちなさい。……期日ギリギリまで、粘るわ』
ん? 流れ変わったな?
瑠衣が変なこと言ってる。
まだ諦めないのか?
『でもー、私があと一時間考えてもムダですよー』
『分かってる。これからは私が指揮するわ。あと一時間くらい足掻いても、撤退は可能でしょう?』
『まー、できますけどー』
『……まあ、依頼人はあなたですから、そこまでは貴方の言うとおり、足掻きましょうか』
まだ一時間は終わらないらしい。アディショナルタイムかな?
『全く……諦めればいいものを。まあ、御主人様の妹さんではなくあなたなら、負けることはありえません』
コア、これフラグってやつや。
『さあ、行くわよ。まず真っ直ぐ直進!』
一行はダッシュで直進する。意外なことに、その方向は確かにゴールだ。
『……どうやら勘は良いようですね。しかしそう甘くはありません』
コアが部屋を移動する。その動かし方に油断はない……が。
『……右から隆司様の匂いがするわ。右よ! ……今度は左!』
瑠衣は方向転換を繰り返す。匂いって何じゃ。
『……あれ? はれ?』
コアが困惑の音声を上げる。
瑠衣が勘で進んでいる道は……ゴールまでの最短ルートだ。
コアが道を変える。
しかし瑠衣は適切な道を常に取り続ける。勘で。
『え? お、追いつけません……!』
コアの部屋移動が、彼女達の進行速度に追いつけない。
そしてそのまま三十分足らずで……瑠衣はゴールに辿り着いた。
『凄いな』
『ホントですー。勘が鋭いとかそういうレベルじゃないですー』
『これが隆司様への愛の力よ!』
『負けた……愛の力とやらに……』
コアの悲壮感漂う合成音声。
いや、あの、ドンマイ?
瑠衣はそういう生物だから……。
「さて、ボス部屋ね……」
「多分もう間に合いませんけどねー」
「ここがラスボスかもしれないじゃない」
「ラスボスなら尚の事ー、三十分で倒すのは無理ではー?」
「いいから足掻くのよ!」
「はいはいー」
ここがボス部屋ですよ、と言わんばかりの門。その扉の前に、彼女達四人は立っていた。
意見を曲げようとしない瑠衣に、他の三人はため息をつく。もはや定番の流れと化していた。
勿論この疲労困憊の状態で、その上徹夜までしているというのに、ボスに挑むのは自殺行為だ。しかし放っておけば、瑠衣一人で突貫しそうな勢いである。羽根の性格上、見殺しには出来なかった。
(一番いいのは彼女を気絶させて撤退することだが……撤退のリスクが上がるし、何よりタレントだからな……)
もしもそれでマスコミを敵に回せば、向井や高木、並びに警察の面々に迷惑をかけることになる。それはまずかった。
(気合だ。何とかしてこの階層のボスだけは気合で突破する)
羽根は隣の向井を見た。彼は比較的疲労が少ないように見える。
(だが銃のAIMは寝不足だとすぐブレる。アイツはアイツだから平気かもしれないが、やはり無茶はさせられん。…………ん?)
羽根の視線の先、向井の更に先の方、壁の隅にひっそりと、謎の通路を見つけた。その通路の中に看板があり、何か文字が書かれている。
羽根はさらに視線を凝らして、その文字を読んだ。
「……勝手口?」
『……いいのですか? 勝手口なんて開けてしまって。彼らを招き入れるのですか?』
悲しみから立ち直ったコアが聞いてくる。
「まあ、ここまで頑張って来たみたいだしな……ここから先は攻略できないっつーか、下手すれば次のボスで死にかねないし。何より……」
俺は大きくため息を付く。
仕方なく、仕方なくだからな!
「インターフォン鳴らして、こっちが扉開けたんだもんな。不法侵入者じゃなくて、俺の家の客人だよ。彼らは」
『それにしては、勝手口までが険しすぎる気がしますが』
「ウチの庭は特殊だからなー。番犬もいるしなー」
俺の棒読み台詞に、コアのため息の雰囲気。合成音声だからそんなのないはずなんだが。
でも、あながち嘘じゃない。
あくまでここは俺の家。自宅ダンジョンなのだから。




