第三十五話 電王戦開幕
連日更新だと……? 何が起こっている……?
「直樹軍団もあっさり突破か〜」
中層二階層のボス、スケルトンキングとスケルトン軍団も、一行を止めるほどじゃあなかったようだ。
というか男二人がえげつねえ。もはや人外レベルだろ。特に拳銃の方は意味わからん。
『直樹軍団……御主人様がスケルトン達全員に直樹参号とか付けたときは驚きましたね』
「『スケルトン=直樹』ってイメージが強くてどうもな」
決してスケルトン一体一体にそれっぽい名前をつけるのが面倒くさくなったわけじゃない。
「さて、次の中層第三階層は……」
『止められるかどうかは、私次第ですね』
「……やはり外見は、先程までのと同じだな」
羽根の言うとおり、中層第三階層も、中層第二階層、第一階層と共に正方形の部屋と廊下で作られた、直角式の迷路だ。
「また少しずつ歪んでたり曲がってたりするのか……?」
「いえー? どうやら今度は素直に直角ですねー。ちゃんと直角式ですー」
「ふーん? それはまた怪しいわね。きっと何かあるわ」
「でしょーねー」
(……今回はー、法則が読み取れませんねー? これは一体……?)
明日香は疑問に思いながら、取り敢えず五部屋ほど進む。
すると、軋むような音と共に部屋が微振動を始めた。それと同時に、部屋の全ての廊下が扉で閉じられる。
「な、なんだ……? 罠か!?」
「モンスターハウスか何かでしょうか」
「アスカ!?」
「いえー……これは何とまぁー」
三人が事態の把握に苦しむ中、明日香は脳内のマップで、扉の先に何が起こっているか分かっていた。彼女は思わず苦笑する。
暫くして、音と微振動が止むと、廊下を閉ざしていた扉が開かれた。一見、何かが変わったようには見えない。
「アスカ、何があったの?」
「あちらも最終手段というか何というかー。それをやっちゃうかー、という感じですねー」
(だから法則を読み取れなかったと言う事ですかー)
頬をかく明日香。三人は次の彼女の言葉に耳を傾ける。
「……部屋が動きましたー。多分ゴールから遠ざかるようにー?」
「それは、どれだけ進もうとゴールに近づけない……ということか?」
「シンプルに攻略不可能では?」
「ちょっと試してみましょー。ダッシュですー!」
明日香は駆け足で正面の部屋に進んだ。
「バッ……先行するな!」
明日香は戦闘員ではない。索敵はできるが、万が一の自体を考え他三人で護衛する必要がある。故に羽根、瑠衣、向井も彼女の後を追って正面の部屋に入る。
八つほど部屋を進んだところで、また扉が閉ざされた。
部屋の移動が始まる。
「はぁ……はぁ……どうやら、5つ部屋を進んだら、ではなく、時間経過で部屋が移動するようですねー」
「なるほど。しかし、この部屋は本当に動いているのか? 慣性とかは感じなかったが」
「いえー、この部屋は動いてないですよー? 動いてるのはー、周りの部屋ー、それも一部の部屋だけですー」
「ん? しかしさっきは『ゴールから遠ざかるように動いている』と言っていなかったか?」
「言葉の綾って奴ですねー。現在地が変わらなくてもー、経路が変われば実質遠ざかることになりますのでー。ただゴールの位置まで変えられてたらー、厄介極まりないですねー」
漸く息が整ってきたというところで、部屋の移動が終わり、扉が開かれる。
「で、アスカ。他に検証することはあるの?」
「大体のルールは把握したので大丈夫ですー。細かい検証は攻略しながらでー」
「そう。なら、攻略できるのね?」
「それは本当に分からないですねー」
「どういうこと?」
「迷路の法則を理解したんじゃなくてー、ボードゲームのルールを把握したんですー。というかー、現在進行形で変化し続ける迷路にー、法則も何もあったもんじゃないのでー」
今までの階層は、予め与えられた迷路を解くというものであった。対してこの階層は、探索者の進み方に対応して迷宮を変えてくる。互いの先の手を読み、手を打つという、正にボードゲームなのだ。
「かといって攻略不可能とは思いませんー。自由に動かせるならー、部屋を全て動かしちゃうかー、なんならこの部屋を動かせばいい訳ですー。きっとあちらの動かし方にも縛りがありますー。ここからは、本当に私とこれを動かしている何者かのー、一対一の頭脳戦ですねー」
中層第三階層。中層最後の層であり、ギミックで冒険者を追い返す最後の層でもある。そこから先の下層、最下層は、特殊構造とモンスターの配置により、完全に冒険者を全滅させるためのものだ。
出来れば中層を突破させたくはない。下層と最下層を見られれば、このダンジョンのランクが引き上がることは間違いない。そうなれば本格的に大規模攻略される可能性だってあるのだ。それは避けたい。
中層第三階層は、普段は活動していない。冒険者が足を踏み入れた時のみ、活動を開始する。
ギミックは明日香の言うとおりだ。一定時間で部屋の四方にある扉が閉まり、冒険者の居ない部屋の幾つかが移動する。結果的に下層へ向かう入り口への経路が遠のく為、冒険者を足止めできる。しかもいざ彼等が撤退するとなれば、素直に帰れるように部屋を移動して調整もできるのだ。
一応複数のパーティーが来ても対応できるようなシステムにはなっている。
……本当は扉が閉まって見えないため、部屋が動いているかも分からない。迷える森みたいな不思議体験をさせて帰らせるつもりだったのだが、明日香がいるとすくネタバレされてしまう。このチート野郎め。
さて、部屋を動かしているのは我らがコアさんだ。
あちらの進み具合を見て部屋を動かせるので、無敵かと思われるかもしれないが、意外とコア側の縛りも多い。自由に部屋を動かせるわけじゃないのだ。
先ず動かせる部屋の数。部屋を動かすには一々DPが必要だ。中層で大量のDPを消費するわけには行かない。動かせるのは十個までだ。
また、実は部屋を動かす時、パターンを作れば消費DPを節約できるという仕様がある。そのパターンを複数用意して、コアが状況を見て逐一パターンを切り替えるという方法なら、自由に動かすよりかなりDPを節約できるのだ。
つまり、動かせる部屋は十個で、動かし方も事前に準備した分だけ、と言うことである。
その上、罠やモンスターの都合上、同時に動かさなければならない隣接した部屋というのもいくつか存在する。
これだけの縛りがある中で、コアは明日香の動きを読み、経路を計算しながら部屋を動かさなければならない。
かといって、明日香有利なゲームというわけでもない。明日香は恐らく、ダンジョン全体を『マップ』で把握できているわけではないだろう。それは中層二階層の彼女の反応でわかる。多分、隣接する幾つかの部屋の動きしか分からないのではないだろうか。
そこから、コアの動かし方を読まなければならない。
最初こそコア有利だが、時間経過に従って明日香もコアの動かし方や迷路の全体像を把握できていく。時間が経てば経つほどこちらが不利だ。恐らくいつかは突破されてしまうだろう。
しかし明日香側にも時間制限があるはずだ。見る限り長期遠征に充分な物資があるようではない。もって数日、と言ったところか。
その数日の時間制限の中、コアが踏ん張れば我々の勝利。
数日の時間制限中に、明日香側が突破できれば明日香の勝利だ。
コアはスーパーコンピュータもびっくりの演算性能を持っているが、明日香が天才なのは身にしみて分かっている。
もうしばらくコアは喋れていないし、明日香はいつも眠たげな目がかっぴらいている。
きっと高度な頭脳戦が繰り広げられている所だろう。
俺もモニターに映る、部屋の動きと明日香達の動きを簡略化した図から目が離せない。
ここを止められるかどうかで、ここからのダンジョン計画が変わってくるのだ。目を離せるわけがない。
決して、将棋の電王戦を見ている気分になっちゃいない。ダンジョンマスターとしての責務なんだこれは。
お、そこだコア。おお、明日香が一気にゴールに近づいたぞ。ここでコアの鮮烈な一手! 明日香が若干困惑気味だ。いや、明日香が勝負に出た! 今度はコアが後手か……? あ、いや、コアも負けてない……!
いやほんと、楽しんでないから。