第三十四話 直角式?
「直角式じゃない……?」
羽根は思わず聞き返した。
「いやどう見ても典型的な直角式だろう? だったら洞窟式か、はたまた特殊式かとでも言うのか?」
「んー、大分するとすればー、洞窟式ですかねー。直角式を偽装した洞窟式と言った感じですー」
明日香の答えに、納得の行かない表情の羽根。
「そうですねー……誰か三角定規とか持ってたりしませんかー?」
「いや持ってるわけ無いだろ」
確実に三角定規はダンジョン探索の持ち物ではない。
仕方ないと、明日香は自分のスマホを取り出し、耐衝撃カバーを外す。スマホを地面に置き、マップを確認した。
「んー、まあこのスマホはほぼ直角ー、ということで良いでしょうー。羽根ー。このスマホの角をー、床の煉瓦にあわせてみてくださいー」
「わかった。………ん? 合わないな」
羽根はスマホをずらしてレンガの角に合わせようとするが、僅かにズレてしまう。しばらく苦戦するも、結果は同じだった。
「見ての通りこの煉瓦ー、微妙に直角じゃないんですよー。ほぼ長方形の平行四辺形だったり台形だったりするんですー。部屋の配置も同じでー、絶妙に直角じゃないんですよー。肉眼じゃわからないくらいー。部屋の隅に合わせると分かりやすいかもですねー」
そう言うと、明日香はスマホを拾い、部屋の角に向かう。
「ほらー、見ての通りー、ここの角は直角よりちょっと大きいんですー。大体91°ってとこですねー」
「なるほど……直角じゃないのは分かった。だが、たった1°ズレているだけだろう? ダンジョンの作りが甘いだけなんじゃないか?」
「1°のズレが90個集まれば90°ですよー? 塵も積もれば山となるって奴ですー」
先程明日香が行き止まりまで直進させたのは、それをハッキリさせるためであった。いくつもズレた部屋が並べば、その歪み、捻れが明日香の『マップ』に自ずと現れるのだ。
「まあ90個というのは仮の話ですがー、この階層はかなり広いですしー、さらに立体構造ですー。うまく計算して作ればー、直角式だと思って高をくくったマッピングをする奴はー、簡単に騙せると言う事ですー」
「なるほど。だから12月の攻略はここで止まったわけだ……」
先の攻略のマッピングミスは、本来繋がるはずのない階段と部屋が繋がった、というものであった。明日香の言う理屈が正しければ、そのミスはなるべくして誘発されたものであったということだ。
納得した様子の羽根を他所に、瑠衣は明日香に聞いた。
「それで? あなたの能力で攻略できるのかしら? アスカ?」
「攻略は、確実にできますー。私の能力では正しく表示されてるのでー、迷うことは無いですー。シラミ潰しにマッピングすればー、いつかは次の階層への出口が見つかりますー」
つまりは真っ当に攻略するということである。時間をかけ、地図を完成させ、出口を見つける。少し複雑な迷路を解くのと変わらない。
「ただー……」
「ただ? 何よ?」
「瑠衣の要求する期日までに攻略が間に合うかはー、別の問題ですー」
「…………」
(私のような存在を想定してかは知りませんがー、私が見つけていた法則ですら偽装っぽいですしー……)
「やっぱ無茶ですよー。あと3日での攻略なんてー。諦めませんかー? 瑠衣ー?」
口を尖らせる明日香。
瑠衣は一つため息をついて、言う。
「イ・ヤ」
「はぁーーーー」
今度は明日香が長く嘆息した。男二人も額に手を当てる。こうなったら金澤瑠衣は意見を曲げない、というのは既に三人の共通認識であった。
大体、端から無理難題の話であったのだ。どれだけ深いかもわからないダンジョンを、極少人数で4日間という短期間での攻略。それを瑠衣の強引さに巻き込まれたのが始まりだ。
最初から無理難題なのは変わらない。だからこそ、今の状況もしょうがないし変わらない。
明日香は自分の鞄から、ノートパソコンを取り出した。
「わかりましたー。わかりましたよー。やればいいんでしょうやればー」
明日香がサクサクと攻略できるのは、ダンジョン生成の法則を見抜いているからだ。しかしこの階層においては、今までの法則がブラフとなるように偽装されている。真の法則は更に複雑であるか、或いは法則がない可能性だってある。
ただ、例え法則はなくても「意図」はあると明日香は考える。この直角式に偽装するというアイディアは、何がしか、恐らく兄の「意図」の介入がある。であるならば、より法則を偽装しようと高度に設計された真の法則か、緻密に組まれた意図があるはずなのだ。そうでなければ、膨大なダンジョンに策略を組み込むことなどできない。
その真の法則か意図を、読み解けば良い。
(要は知恵比べですー。私とー、このダンジョンを作ったモノとのねー)
明日香は今までのダンジョンの情報をパソコン上に再現し、計算を始める。
法則と意図を探るのだ。
まるで、自らがダンジョンを作るように。
90°からズラした配置、どこでどのように曲げれば、より効果的か?
90°に気づかれなかったとき、法則を今までどおりと認識させるには、どのように偽装すればいいか?
立体交差が矛盾しないようにするには?
次の階層への出口は?
罠の配置は?
どのように追い込む?
どのように諦めさせる?
どのように誤解させる?
どのようにすれば──
──「このダンジョンは危険だ」と思わせずに、冒険者に諦めさせられるのか?
「……ふぅっ」
明日香は額の汗を拭い、エンターキーを軽やかに弾く。
彼女は中層二階層の出口、ボス部屋の入り口を叩き出した。
「……っこの! やり辛いわね……!」
瑠衣はスケルトンナイトをメイスで叩き潰しながら、愚痴を漏らす。
ボス部屋に居たのは大量のスケルトンだった。スケルトンナイト、スケルトンメイジ、スケルトンプリースト、スケルトンシーカー等など、あらゆるスケルトンが隊列を組み、高度な戦略を持って、瑠衣達の攻撃に対応してくる。
その上、奥には恐らく司令塔であろう、スケルトンキングが待ち構えている。スケルトンキングは巨大で、天井に届きそうなほどだ。その巨体を以て、戦況を俯瞰し指示を出す。スケルトンキング自体も厄介で、非常に長いリーチの他、単純に攻撃力が高く、その上非常に硬い。単純に強かった。
メイスで攻撃しにかかれば、ナイトとシーカーのコンビで絡め取られ、距離を取ればメイジによる魔法やキングによる攻撃を受ける。その上敵は大量のプリーストによって回復する。
ジリジリとスケルトンの数を減らせているものの、瑠衣の消耗も激しかった。回復役の不足と、明日香という非戦闘員、ハッキリしたタンク役が居ないことで、一般的なパーティーとしての安定行動を取れないのだ。
(やっぱり人数もう少し増やすべきだったかしら……、でもこれ以上大人数で訪ねるのは流石に……)
「しょうがない……金澤さん、少し下がってください」
「嫌よ! まだ行けるわ!」
「いや、そういう意味じゃなく……」
「撤退はしない!」
「いやだから……」
羽根の言葉に瑠衣は首を振る。
(ここまで来て諦めきれるもんですか! 絶対にあの日までは諦めないわよ──)
「──邪魔だからどけって言ってんだ!」
「きゃっ!?」
羽根は瑠衣の背中を掴むと、そのまま後ろへ投げるように追いやった。明日香が小さい体ながら、瑠衣を受け止める。
「全く、今までがおかしかったんだ。何で護衛対象が先行するんだって話だ」
「射戦に入って邪魔で仕方ない……」
スケルトンの大群を前に、大剣を担ぐ羽根と拳銃を構える向井。
「ちょっと! あの数を二人でどうにかできるわけ……」
「まーまー瑠衣ー。落ち着いてー」
「二人よ二人! もうパーティーですら無いわよ!? どう戦うというの?」
「大丈夫ですよー。あの二人はー、私が知る限り日本で最もイカれてる二人ですー」
羽根がスケルトンの大群に向かって駆け出した。
「向井、ぶっ放せ」
「了解」
向井はマグナム弾をフルオートで機関銃かの如く撃ちまくる。機関銃や一般的なフルオート射撃との違いは、その精密さ。
面制圧ではなく、その弾丸一つ一つが狙撃。全てが向井のコントロール下にある。
「杖には魔法の導体としての回路がある。武器には破壊の核がある。それらを精密に撃ち抜けば、全てを無効化できる」
数十体のスケルトン達の武器が、一つ残らず破壊される。
一切の戦略と隊列が停止し、支持も止まる。戦場も止まる。
その大きな隙を、羽根は逃さない。
「ここからは俺の仕事だ」
目にも止まらぬ速度で疾走し、スケルトンキングとの間合いを詰める羽根。
キングの硬さは向井の弾丸を弾き、瑠衣のメイスを止めるほどであるが、羽根のレベル100オーバーは伊達じゃない。
「おおおおお!」
渾身の一撃。真正面からの一刀は、容易くスケルトンキングの頭蓋をかち割った。
スケルトンキングの巨体が崩れ落ちる。
その後、全てのスケルトンが、まるで幻影かのように消え失せた。
「ええ……」
「パーティープレイより個人技パワープレイの方が遥かに効率いいんですよねー、あの二人ー」
目の前の光景にあきれる瑠衣と、彼女の方を叩く明日香。
そんな二人に、羽根と向井は首を傾げた。
2月11日。金澤瑠衣一行、中層二階層攻略。
攻略最深層更新。
向井が手下全部やっつけたら羽根がリーダーやっつける。
戦略ナニソレ美味しいの?