第三十三話 中層二階層
「……強ない?」
『さすが、タレント一の冒険者という呼び声は伊達ではありませんね』
「え、そうなの?」
『あくまで強さに焦点を当てた場合ですけど』
にしたってそれは凄いな。
どちらかというと貧弱な印象だった瑠衣が、こんなに強くなっているとは。目の前に現れたモンスターを、バッタバッタと薙ぎ倒す。メイスで。
なんでメイスやねん。そこはレイピアとかそういうんじゃないのか。何でそんなパワー一辺倒なんだよ。幼い頃は身体能力が高くなかったっていう俺の記憶を疑いたくなってくるだろうが。
前衛として、モンスター相手に無双する瑠衣。幾らダンジョン保護がかかっているモンスターとはいえ、その正確な捌きっぷりは凄い。
何より目を見張るのは体力だ。昔から体力だけは凄かった。幾ら時間が経っても、集中力が途切れることはない。
お陰で護衛の男達はカタ無しだ。ザマァ。
やっぱり芸能人ってのは体力いるのだろうか。大変だなぁ。
彼らの攻略はサクサクである。瑠衣の働きっぷりも一因ではあるが、それ以上に大きいのはやはり我が妹の能力だ。
……やっぱ自動マッピング能力とかダンジョン攻略じゃチートだよなぁ。
おそらく明日香の頭脳もあるのだろう。ゴールまでの最短経路を取られ続ける。
「……これは、上層はすぐに突破されそうだな。中層一階層も、時間の問題だ」
『ですね』
既に上層一階層は突破されている。二階層に入った彼らの声が、モニター越しに聞こえてきた。
『ここからは立体構造になっているみたいね。アスカ。マッピングできる?』
『余裕ですねー』
余裕ですねーじゃないんだよな〜。このチート野郎。
『……もうあいつら二人だけでいいんじゃないか?』
『……』
うん。男二人はドンマイ。
予想通り、すぐに上層二階層も突破された。直樹は瞬殺だった。南無。
モンスターは徐々に強くなり、流石に瑠衣だけで突破できない難易度になったようだ。男二人も本格的に戦闘し始めた。
いや男二人もつっよ……。
羽根とかいう、前に明日香とここに来た男は、非常に素直な強さだ。高い身体能力と、高い技術。その上に意外と応用力がある。ただのハイスペックじゃないですかもー。
……ところで傍目に見て我が妹といい感じの雰囲気に見えるのだが。やるじゃないかハイスペックイケメン。
そして向井とかいう男。両手拳銃で戦っている。何だその浪漫。
だがヤバイ。何がヤバイってその拳銃だ。大きすぎるしデザインからいって特別性なのはわかる。だが、異常な威力、異常な反動の少なさ、そして無尽蔵な弾数。え? リロードしてないよなこいつ。装填数六発(無限)じゃないんだよ。リロードは気分じゃないんだよ。
んで拳銃もヤバけりゃ本人もエグい。幾ら反動が少ないとはいえ、両手拳銃でなんだそのエイム。状況判断もずば抜けている。見たところ近接戦闘も行けそうだ。……これ別に大部分がレベル関係ない技術だよな。凄いな人間って。
さて、そんなこんなで中層一階層も攻略されてしまったのでした。パチパチ。
お次は自身のある中層二階層な訳だが……嫌な予感しかしない。
中層二階層。
「……また同じような階層か」
あたりを見渡して、羽根は思わず呟いた。
「随分と単調なダンジョンだな」
「私達が変なとこばっか行ったからそう思うんですよー。新宿駅とかー、新宿駅とかー。普通のダンジョンはだいたいこんな感じですよー」
脳内で『マップ』を使用しながら、羽根に答える明日香。
(ただ、確かに兄さんが作ったにしては単調過ぎますね〜。法則自体は難しくなっているみたいですがー)
明日香の『マップ』は、ダンジョンの全体を瞬時に把握できる能力ではない。ダンジョン内においては、自分を中心に地図が作成され、自分が動いていくことで徐々に地図が完成していく、という仕様だ。
そのため、実はダンジョンにおいてはチートと言う程の能力は持っていない。タブレットのマッピングアプリと、そう大差無い性能なのだ。違いがあるとすれば、正確さと、壁の向こう側の様子もほんの少し分かるというくらいである。
『マップ』を強力たらしめているのは、他でもない彼女の頭脳である。幾つかのダンジョンを探索するうち、その生成に法則があることに彼女は気づいた。ぱっと見てわかるようなものではない、非常に複雑なものだが、明日香の頭脳を持ってすればその演算に追いつける。壁の配置、分岐の仕方、罠の位置、モンスターの出方から、法則を予測し最短経路を叩き出す。
このダンジョンは、進むにつれその法則が徐々に複雑化している。しかしそれは探索者にとって本来殆ど影響しないもので、明日香からしても僅かな変化であった。
もし糸目隆司がダンジョン生成に関わっているならば、もっと意地の悪い構造にしてもいいはずであった。
「でも正直羽根の言うとおりですねー。ちょっと兄さんらしく無いですー。なっぱりここに兄さんが居ない可能性が……」
「いいえ居るわ」
金澤瑠衣は断言する。
「瑠衣ー。何を根拠にー?」
「女の勘よ」
「…………」
瑠衣はこうなったら意見を曲げないタイプである。
「じゃあ廃人になってるかもですねー。もう兄さんじゃないかもー」
「廃人になったとしても隆司様は隆司様よ」
「えー」
幼馴染ながらドン引きであった。
そんな会話をしている間にも、一行はどんどん進んでいく。
「しかし、不思議だな」
「羽根刑事、何がですか?」
「いや、俺から見て、先程までの階層と、今の階層はそう違いが無いように思える。だが12月の攻略における最大深度はここまでだ。何が原因なんだろうな」
「マッピングミス、という話だったのでは?」
「そう簡単にミスるか? 直角式だぞ」
直角式、というのは、ダンジョンの迷路の形の話である。洞窟式、直角式、特殊式、と大分されており、道や部屋が直角で構成されているこのダンジョンは直角式にあたる。3つの中で最もマッピングが楽な様式だ。
「まあ話に聞く限り、勢いだけの攻略だったようですから」
「うーん……」
羽根と向井の会話を聞きながら、明日香も少し疑問を覚えた。
(確かにー。これ程単調なのにマッピングミスるのはちょっと不自然ですねー。それにさっきから変に気持ち悪いですしー)
体調不良、というわけではない。だからこそパーティーには伝えていないし、非常に軽微なものだ。だが『マップ』を開くたび、妙な違和感を覚えるのだ。
(んー。もしこの単調さが偽装だとしたらー。直角式ー……法則ー……えーーー)
一つ、思いついたことがあった。
「皆さんー。すみませんが経路変更ですー。暫くまっすぐ進んでもいいですかー?」
「ん? あぁ、問題ないが」
彼女の言葉通り、モンスターを倒し罠を避けながら、5つほど部屋を直進する一行。
暫くして、他に扉のない部屋についた。要は行き止まりである。
「お、珍しいな」
「アスカ、どうしたの?」
羽根は相当数のダンジョンを、明日香とともに攻略してきた。常に最短経路を取る彼女が、行き止まりにぶつかるなど、なかった経験だ。
瑠衣も明日香の頭脳を信頼している。だからこそ純粋に心配の言葉をかける。
だが、明日香は笑った。
「うっわー。性格悪ー。なんですかこのダンジョン」
脳内の『マップ』を確認しながら、明日香は振り向いた。
「前言撤回ですー。羽根ー、瑠衣ー。これ絶対に兄さんのダンジョンですー」
「ほら、言ったとおりでしょう?」
「性格悪い? どいうことだ」
胸を張る瑠衣と、首を傾げながら聞き返す羽根。
明日香は彼の質問に答える。
「この階層、直角式じゃないんですよー」