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異世界「が」転移してきたので、自宅ダンジョンに引きこもる  作者: さいとうさ
第四章 なんということでしょう迷宮都市
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外十二話 小さな決意

本日は2話投稿です。これは二話目です。ご注意

また、本作においての文章は、現実に存在する特定の団体や思想を中傷するものでも擁護するものでもありません。この物語は完全にフィクションです。また専門知識にかけた人間による、非常に正確性のかけた文章であることをご容赦ください。


 高木警部の呆れたような声色に、名取副総理はバツが悪そうな顔をする。政治家、特に国会議員、内閣、最高裁判官は、冒険者家業を行うことを禁止されている。それは福富内閣総理大臣が制定したものだ。政治家、特に福富自身に武力を持たせないための政策である。


「いや、恥ずかしいところを見せた。もう少し有名人かと思っていたがね」

「いえ、まあ、彼らはそういうことなのでしょう」

「やはりついていかなくて正解だったよ」


 高木警部は名取副総のテーブルに座ると、店員に軽く酒を注文する。


「職務中だろう、いいのかね?」

「どっこいということですよ」


 高木警部は苦笑する。名取もため息混じりの笑いを漏らした。


「それで、繰り返して申し訳ありませんが、何故こんな所に? あのチンピラの言うことも、全く間違いじゃない……いや、あなたにどんな理由があろうが、私はあなたを霞ヶ関に送らなければならない」

「……酒に酔って見逃してはくれないのかね」

「見なかったことにして、送り返すのです。それ以上は酔えません。どんなに強い酒でも」


 高木は名取の目を見ながら言う。名取はしばらくその視線を受けたあと、ふいと逸らし、顔を下に向けた。


「ただ、理由を聞きましょう。私に出来るのはそれくらいで、心苦しいですが」

「くだらん愚痴になるが、良いかね?」

「構いません。慣れてますから」


 口を緩めながら、自嘲気味に高木は言った。警部という身分でありながら、彼の人脈は幅広い。

 流石にそんな彼とはいえ、副総理大臣とも有ろう人物と、こんな俗物的な酒場で飲むような経験は無かったが。

 名取は視線をそのままに、ぽつりぽつりと語りだした。


「なあ、日本は随分と落ち着いたと思わないか。確かに治安は悪くなったかもしれないが、少なくとも魔物の脅威は収まった。整備ができたからだ。ライフラインを初めとする利便性も、異世界の技術故に以前より向上してすらいる」

「そうですね。想定以上に、キセル殿を初めとする異世界人が有能でした」

「そうだ。初めこそ国民は国の崩壊の危機感を抱き、それが今実を結んだとも言える。だが今、国民は充足している。そして生活が娯楽となった。国民の半分が消え、肉親の行方がわからない者。彼らはその娯楽に逃避し、現実と未来から目を背けている。刹那主義のそれに近い」


 グラスを片手に持った名取は、その中身を口にした。

 高木は口から煙を吐く。そこに、店員が酒を運んできた。高木が自分で酒を注ぐ。

 コトっと、名取のグラスが机に置かれた。


「高木君。既に国民は大衆と化し始めているのだ。そんな国の頂上に、彼が居ていいのか、私は疑問に思ってしまう」

「福富総理、ですか」

「そうだ。日本は今も百年前も日本なのだよ。今は小さい世界だからいいかもしれない。しかしだ、いつ排他的経済水域の防壁が無くなるか分からない。その時我々はどうなる? 『異世界』とやらは消えるのか否か。いや、どちらにせよ、我々は再度危機に直面するだろう。今の日本のままでそうなることに、私はただならぬ恐怖を感じるのだ」


 名取の口元は震えていた。高木はありったけの頭脳を回して、彼の言葉を噛み砕く。


「……もしかして、ファシズムを警戒しているのですか」

「そうとってもらって構わない」


 即答された高木は息を呑む。名取副総理大臣の遠い目が、妙に透き通って見えた。


「……あなたはまだ、二年年前に居るのですね」

「悪いかね? だがそれで金を稼いでいるような身だ。いや、マスコミの前では言わないが、私は一概に全体主義を悪と断定はしない。だが、稚拙な表現だが、怖いとは思う。警戒するのは当たり前だ。何より福富総理を警戒しているのは、私だけではない」


 酒場の喧騒は既に通常のものに戻っていた。そこら中で冒険者達がたむろし、二人の会話は他の会話に混ざって聞こえない。


「福富総理本人が自身の暴走を警戒している。だからこそ彼はレベルを上げず、私という同じ党とはいえ政敵とも言える人間を代理の第一位に指名した。彼自身の歯止めにするためだ」


 名取は手に持ったグラスを強く握った。老いて皺だらけの手が、細かに震える。


「歯止めになると思っている。あいつは自分のカリスマ(・・・・)を過小評価している。私程度で止められるわけがないのだ。あいつも認めたくないのかもしれないが、あいつの隣に置くべきは私のような思想ではない。対抗可能な能力(アビリティ)を持った人間なのだ」

「……言わなかったのですか、総理に」


 口を滑らせた、と高木は後悔する。

 名取が目を見開いて、彼を凝視する。


「言えるわけ無いだろう……! 『お前は化物だ』と言うものじゃないか……! それは我々にとって最大の侮蔑であり拒絶だ……!」

「……すいません」

「いや……結局は私の我儘だ。私と彼は政敵であり仲間であり友なのだ。国より個人を、理屈より感情を優先させた。嗤いたければ嗤え、高木警部」

「嗤いません。……私が言うのもなんですが、その理屈は最悪の結末を招いた気がします。今も一年前も、どんな縁であれ、縁とは結局のところ感情です。だから私とあなたは今こうして酒を飲んでいる」

「……そうかね。青い事を言うものだ」


 納得していないような口ぶりではあるが、名取の表情が僅かに緩む。高木はそれを見て、グラスに口をつけた。


「何となく、あなたがここに居る理由が分かった気がします。レベル上げ……いや、その先の『特典』ですか」

「そうだ」


 高木は納得した。100レベルに到達した人間は、今や羽根刑事だけではない。100レベルに到達した場合、特典と呼ばれる現象が起こることが判明している。

 100レベルに到達した時点で、

能力(アビリティ)を複数持つ者はその能力(アビリティ)の統合と進化。

能力(アビリティ)を一つ持つ者はその能力(アビリティ)の進化。

能力(アビリティ)を持たない者は、新しく能力(アビリティ)を獲得する。


「名取副総理。あなたは福富総理の扇動(カリスマ)に対抗できる能力(アビリティ)を獲得しようとしておられるのですね。しかしそれは……」

「分かっている。あまりに無謀だと。しかし私にできることが、これしか見つからなかったのだ……。高木警部。私は諦めきれなくてここに居る。駄目だったら諦めるだろう。だから一度でいい。見逃してはくれまいか」

「駄目ですね」


 高木警部は苦虫を噛み潰したような表情をしながら、しかしはっきりと首を振った。


「言ったはずです。理由がどうであれ送り返すと」

「そうだな……。元より無理な話だ。構わない」


 名取副総理は諦めたように両手を上げた。諦念の笑みが漏れる。

 そんな彼に、高木は力強く言った。


「私がやりましょう。私は既に79レベルです。ここからどれくらい時間がかかるか分かりませんし、望む能力(アビリティ)を獲得できる可能性も少ないですが……私があなたの気持ちを繋げましょう」


 高木の目は、いつだって真っ直ぐだ。名取は今度はその視線を逸らさず、笑った。


「あれだな、君と話していると、まるで子供になった気分になる」

「……それは私が子供っぽいと? 自覚はしていますが」


 高木が不満げな表情となる。名取はまた笑った。


「違う。憧憬だ。まるでヒーローショーを見ている少年の気分だ」










 同日、四国。

 元糸目家の周りには迷宮都市ができていた。いや、その規模は都市というほど大きくはないが、冒険者にギルドの支援もあり、一つの町と言えるほどには広がっていたのである。

 そのある意味では辺鄙な迷宮都市には似合わない、黒塗りの車が停車した。

 周囲がざわめく中、三人の人間が車から降りる。


「久しぶりだな。ここに来るのは。一年ぶりか……明日香はそれ以上に懐かしいか?」

「そうでもないですねー、実家という感覚が薄いのでー」

「なぜ俺はここに居るんですかね、羽根刑事」

「念には念を重ねてだ、向井。俺に付いてこれる人間など、お前くらいしか居ないからな」

「うわーむかつくー」


 羽根刑事、糸目 明日香、向井の三人であった。羽根刑事は剣を、向井は特製の拳銃を装備しており、明日香は一応防具をつけ、多少の武装をしている。


「全く、アリアにあとで何と言われるかな」

「私が協力してきたのはー、これを条件にでしょー? お忘れでー?」

「忘れていないからここにいるのだろう。アリアには……土下座で済むだろうか?」

「私も土下座しますのでー。向井もー」

「いやなんでだ。完全に俺とばっちりじゃないか」

「すまん向井。後でなんか奢る」

「あー、そうですね。今回はお言葉に甘えさせていただきます。叙○苑で」

「くっ……」

「ごちになりますー」

「いやお前には奢らん! てかお前が奢れ!」


 思わず大声で突っ込む羽根刑事。明日香はバカはうるさいですねー、と耳をふさいではいるが、どこか楽しそうである。


「しかし、本当にお前の兄がいるのか? ここに」

「もしものもしで、転移していなければの話ですがー」


「居てもらわなくては困るわアスカ。糸目 隆司様にはね」


 車から、もう一人の人間が降りる。輝かんばかりの美貌。栗色の髪は太陽光に煌めき、スラッと長い手足が艶かしい。

 女優かモデルかと言った容貌。いや、実際にそうである。今や国民で知らぬ人は居ない女優兼モデルであり、同時に糸目兄弟の幼馴染でもある。

 金澤 瑠衣。糸目隆司ファンを自称する変人が、ついに迷宮都市に降り立った。


「さあ、さっさとダンジョンを攻略して、隆司様に会いに行きましょう」



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