外十一話 とあるおっさんのテンプレ
本日は2話投稿
というか一話の予定が長くなったので分割の結果
2018年2月10日
千葉県の、なんの変哲もない冒険者ギルド。いや、変哲のない冒険者ギルドだった場所。
あくまで一施設に過ぎなかったのだが、二ヶ月ほど前に近くにあるテーマパークがダンジョン化し、様相ががらっと変わったのだ。
まず人か増えた。冒険者に限らず、報道陣、観光客、野次馬などなど。ダンジョン化してもなお、テーマパークとしての性質を維持しているのが原因だ。そのため、ダンジョン攻略を目論む冒険者と、テーマパーク目当ての親子連れが混在する場所となっているのだ。
この冒険者ギルドでは、元々冒険者がたむろする酒場が併設されている。それに加え、キャラクターグッズ等を売る売店、フードコートも仮設ではあるが作られているのだ。
そんな冒険者ギルドの酒場の隅に、冒険者としても観光客としても似つかわしくない男がいた。サングラスをかけた男だ。
中年というよりは初老といった容貌。装備に身を包んではいるが、体格は冒険者らしくない。むっくりとした体型で、筋肉というよりは脂肪である。特に腹は、所謂ビール腹というものであった。
そも装備にしても、近くの武器屋に売っている物だ。他の物よりも高価ではあるが、あくまで初心者用の武具である。傷は見当たらず、新品であることが明らかであった。
サングラスは、穏やかな顔をしている彼には似合わなかった。
男は緊張した様子で、度数の低い酒をチビチビと飲んでいた。脇に武器を置いては居るが、慣れた様子で無い事は見て取れる。
「おいおーい、おっさんがパーティ募集者かよ」
三人の若者が、彼に話しかけた。おっさんと呼ばれた男は、強張った表情をそのままに、振り返る。
「……そうだ」
「おっさん、あんたがシャチョーかブチョーか知らねぇが、冒険者ギルドじゃ関係ない。俺たちが先輩だ」
「……そうです」
「オーケー、おっさんは良いおっさんだな。歳だけとった奴ってのは、どうも何か勘違いして偉い気になってる。誰もお前を偉いとは思ってないぜって言ってやりたいがね。害悪害悪」
笑い混じりで若者が言った。それに続けて、二人が声を出して笑う。
ひとしきり笑ったところで、先頭の若者が男に近づき、肩を組んだ。
他の二人は、周りの視線を体で遮るように囲む。
「で、だ。おっさん見たところ初心者だろ? ここは辞めといた方が良いぜ? ダンジョンのランクは低いけど性質がわるいからなぁ。何か欲しいなら依頼を出しな? 俺たちが取ってきてやるよ」
「いや……」
「おっさんは良いおっさんだよな? 物分り良いんだろ? 俺たちが親切で言ってること、分かる?」
若者は男の耳に顔を近づけて言う。
「ここは治安がよくない。警察が無能だからな。その代わり俺達みたいなチンピラが街を守ってやってんのよ。おっさんが居ていい場所じゃねぇって。金払ってくれりゃ、俺等が代わりに行ってやるからよ」
「いや、忠告は有り難いのですが、私は自分で行きたいのです」
「……そうかそうか」
若者は男の肩をほどき、大袈裟に離れた。
「おっさんも浪漫に憧れた口か。そうだよな。おっさんも俺らも変わらねぇ。クソみたいな政治家が作ったクソみたいな社会には、俺らの浪漫は無いんだよ。かっこいいよな冒険者、憧れるよなぁ」
肩を軽くポンポンと叩き、拳を握りしめる若者。
「よし分かった。俺たちは浪漫の味方だ。おっさんの心意気に惚れた。パーティ組もうぜ」
「俺たちはCランクだ。そこまで強くはないが、ちゃんとサポートするぜ」
「泥舟に乗ったつもりでいなよ」
「おまっ……それじゃ沈むじゃねぇか!」
三人は大声で笑い合う。
しかしその中で、男は強張った表情を変えずに、
「すみませんが、お断りさせてください」
と言った。
「は……?」
「有り難い話ですが、同じ初心者同士で組み、じっくりレベルを上げていきたいのです。お声をかけて頂いたことは、本当にありがたい事ですが、またの機会を……」
そこまで言った所で、若者がまた肩を組み、耳元でささやく。
「おっさん。ふざけてるなよ? 何様のつもりか知らねぇが、俺達が先輩であんたは後輩。何も知らない初心者が、知ったような口聞かないほうがいいぜ。恥かく前にな。親切で言ってんの。分かる?」
「……カモにしようとしているのだろう? もっと上手く隠したらどうだ」
男はサングラスを、あまり周囲に見られないように外してみせる。
だがやはり温厚な目をしており、睨んだ効果は若者たちには無かった。
「ぎゃはははは! なに? なにそれ! かっこいいと思ってる!?」
「ひゅ〜、かっこいい〜!」
「チャ、だって、チャ」
男のサングラスを外す仕草を真似してみせる若者。それに二人が指を差して笑う。それを見て、男は深いため息を付き、外していたサングラスを戻した。
「何そのため息。おいあんま調子に乗るなって言ってんだおっさん。なに、痛い目みたいの?」
笑いを引っ込め、拳を握ってみせる。流石に酒場の人間も気づいたのか、ざわつき始めた。
「おい、どけチンピラ共」
その時、スーツ姿の男が割って入った。咥えタバコに剃り残した髭が目立つ。
高木警部だ。
「あぁ? ……なんだよ、おっさん」
その筋肉質な体格と、場慣れした様な雰囲気に気押され、若者はたじろいだ。
「悪いがそこの人は俺の知り合いでね。パーティは組まないがその助けをするために待ち合わせをしていたところだ。親切で声を掛けたんだろうが、消えろ。迷惑だ」
そう言いながら、高木警部は胸ポケットからカードを取り出し、若者達に見せる。
「ちなみに俺はAランクだ。先輩だな」
「え、A!?」
目を見開くAランクの冒険者といえば数少ない先鋭である。
若者達は慌てた様子でこそこそと相談した後、
「お、おっさん。悪かったな」
とサングラスの男に言い残し、そそくさと去っていった。
それを見送った高木は、ふーっと安堵の息を吐く。
「君は……高木警部か」
「まったく、チラッと見えたときはまさかと思いましたが……こんな所でなにをしておられるのですか、名取副総理殿」
名取 大吾──福富内閣の副総理である男は、安堵とも寂しさともとれぬ笑みを浮かべた。




