第三十一話 正月
正月である。
12月末といえば、例年そこら中の店内がクリスマスだったり大晦日だったり正月だったりと慌ただしい季節だ。
クリスマスの敗者達による即興大規模攻略から、まだ一週間程度しか経っていない。
一週間程度しか! 経っていない!
間違っても一年なんて経っていない。やけにこの一週間を長く感じた人間は、人生最高潮に忙しかったか、異世界にでも行っていたんだろ。
去年執り行われなかった紅白は、なんともう今年には再開していた。常連のように出ていた歌手は半分程がいなくなっていたが、その代わり普通なら出演できないような、かつ根強く人気の高い歌手が多く出演できたため、より盛り上がっていたのは皮肉なもんだ。
異世界人の出演は無かった。異世界の音楽文化はジャズに近い。その文化は日本で広く受け入れられ、異世界出身の歌手の人気も徐々に上がってきている。だが、どうも紅白は腰が重いらしく、今年は一人として異世界出身の歌手を出演させなかったのだ。
また裏で、居なくなった歌手のライブの録画を一挙に放送する番組もやっていた。やはり死んだと決まったわけではないとは言え、居なくなった歌手や芸能人のファンの悲しみは、一年経った今でもしつこく残るらしい。
殆どの人間は、肉親や知人が居なくなっている。しかし去年は悲しむ間もなく慌ただしく、何より誰もが誰も同じであること、死んだとは限らないことを理由にか、一年経った今では殆ど風化してしまっている。
或いは、逃避なのかもしれない。
ゆく年くる年ではテレビ画面に着物姿の若者とともにケモ耳やエルフがチラチラと見え、異世界流の新年の迎え方を解説する番組などもありつつ、日本は新年を迎えたのであった。
俺は正月のダラダラとした特番を見つつ、椅子に座りながら机に置いてある蜜柑を食う。
え? コタツ?
正月といえば蜜柑とコタツだって?
いや、いいよあれは。せっかく買ったものだが、この家だとなんかつまらない。別にコタツが好きなわけでもないし。クリスマス前にすでに片してあるよ。
「……この番組つまらなくねぇか?」
そうボヤくのは、向かいに座って日本酒を飲むルドルフである。猪口を使って飲むのにも大分馴染んできた様子だ。
今テレビに写っている番組は、芸人とプロスポーツ選手達が、あらゆる競技とハンディマッチで対決するような物である。例年は結構な人気があった物なのだが、正直今年の出来はルドルフの言うことも頷ける。
主役を張る芸人こそ転移で居なくなったりしていないものの……
「しょうがないだろ。レベルアップによるステータスで得た身体能力なんて、地球のスポーツには考慮されてないんだよ」
極端なこと言えば、五レベルのスポーツ選手に、百レベルのステータスを持った芸人なら、勝つのは後者のことが多い。それだけレベルアップの恩恵はでかい。
その上、ボールは軽く潰れるし、ラケットは爪楊枝のように折れるしで、競技すら成り立たないこともある。
ぶっちゃけ、スポーツよりも魔法と剣技をガンガンかち合わせるリアルファイトのほうが派手で見ごたえがあり、人気があるのだ。
「来年はもう少し面白くなればいいけど……まあ、正月の番組なんてBGMみたいなもんだ。のんべんだらりとかけていればいい」
「そういうもんか」
適当な相づちを打って、ルドルフはまた酒を煽る。
『正月は冒険者もお休みのようで、ダンジョンも暇ですしね。ご主人様、こちら本日の御節供です』
コアの操作するロボットが、重を持ってこちらにやってきた。
「お、毎度うまそうだな。ひょいっと」
「摘むな。無行儀に過ぎるぞルドルフ。あとコア、いい加減おせちの意義を学習したらどうだ?」
確か正月に休んで料理をサボるため、保存の効く料理になっていたはずだ。日替わりで作るものではなかった気がする。
『しかしそう言われましても、コンピューターゆえ休む必要はありませんし』
「お前の魂は人間に近いんだろ? 精神的な問題だって。お前趣味とか無いの?」
『趣味、ですか』
コアの操作するロボットが顎に手を当て、首を傾げる動作を見せる。
生理現象でも癖でもなんでもないはずだが、わざわざ器用なことだ。
『そう言われましても……そうですね、御主人様を観察することとか』
「いや違う。違うというかやめて? ストーカーされてるような気分になる」
『では忘れて下さい』
忘れて下さいってなに。
『しかし、趣味とは本来必要に応じて作るようなものでは無いのでは?』
「あー、まあそうね」
確かに、これをやりたいって事が趣味になるのであって、やれと言われてやるのは仕事だものな。
『そういえば御主人様、新しく大規模なダンジョンができたそうですよ』
「へー、どこ?」
前回は新宿駅だったはずだ。あの日本の魔窟とも呼ばれた場所が、空間がねじ曲がりまくり、偉いことになったらしい。
となると、今度は何処だろうか。
『千葉県のテーマパークです。名前は「ディズ……」』
「へーーい! 止まれ! それ以上言うな! 分かったから!」
なるほど危険だ。とても危険なダンジョンだ。まさか口に出すことも憚られるとは。
「で、羽根つきをしようと思う」
「で、ってなんだ、でって。大体俺、良くそれを知らないまま買いに行かされたんだが」
場所は訓練場。羽根つきをするにはいささかというか余りにも大げさな広さだが、まあ良いとする。そしてルドルフがうるさい。
「バドミントンみたいなもんだ。わかったらくじを引け」
「バド……何とかを知ってる前提で話すな。何で突然」
「正月らしい事をしようと思ってな」
「散々やってるじゃねぇか」
昼間っから酒盛りする事だけが正月ではないのだよルドルフ君
そして、グダグダ言いつつ素直にくじを引くルドルフ。やはり流されやすい。そうじゃなきゃ今こんなとこに居ない。色々な意味でね。
四人にくじをひいてもらった所で、シャッフル&トーナメント。
「一回戦〜、直樹対俺〜、二回戦〜、コアロボット対ルドルフ〜」
「カタ」
『はい』
「コタツのときもだが、当然のようにいるのな、このスケルトン」
一回戦、直樹と対峙する俺。両者の手には羽子板がある。
「面倒くさいので一点先取、そして『何でもあり』ね」
「カタ!?」
顎をあんぐりと開けるスケルトン。抗議のつもりかな? カタカタ言ってて分かんないぞ?
「オラァ!!」
問答無用でサーブ(?)
莫大なレベルにより引き上げられた、ダンジョン保護を受けても十二分に化物な身体能力を存分に奮い、人外の強靭なバネから繰り出されるスイングは、甲高いインパクト音を立て、羽根を目にも止まらぬ速度で吹き飛ばす。
羽根の癖に風を切って突き進むそれは、直樹の体を容赦なく撃ち抜いた。衝撃波か何かで、粉々になる直樹。まあ復活するから大丈夫でしょう。
「よし、二回戦」
「やんねぇよ!?」
「何故」
「この遊びが何なのかよく分からんが、とにかくこうなる遊びなんだろ!? じゃあやんねぇよ!」
『私はこんなことしないので大丈夫ですよ?』
「だとしても万が一勝ち上がったらこれとやるんだろ? 棄権だ棄権」
「はいルドルフ棄権ね? じゃあ三位決定戦は直樹の不戦敗で、これから決勝やるぞ〜」
誠に残念だが所詮前座だ。いやぁ残念残念。
『御主人様、本気でよろしいのですね?』
対峙するコアのロボットが聞いてくる。
「当然だ」
『では手始めに、ダンジョンマスターのダンジョン把握能力を遮断させて頂きます』
「チッ」
これでコアのみが、羽根の動きや俺の動きを把握できるようになった訳だ。
「まあいい。それだけで勝てると思うなよ? 決勝は三点先取だ」
『データが積み重なる後半ほど、私が有利となることをお忘れなく』
「上等だ! オラァ!!」
「日本の正月って怖ええなぁ」
ルドルフの若干的を外した呟きは、すぐに訓練場に反響する打撃音で掻き消される。
そして俺とコアの対決の決着は、羽根と羽子板の破壊という結果に終わったのだった。